そんなある日……
トゥルルルル…
電話が鳴り、俺は受話器を取った。
「はい、明日真……」
と、受話器の向こうで、みのりちゃんの元気な声が聞こえた。
「明日真先輩!!? わ、私、みのりです」
「えっ、みのりちゃん? ど、どうしたの?」
思わず驚く俺。そんな俺の想いなんてつゆ知らず、みのりちゃんが話しかける。
「24日、空いてますか?」
「24日?……うん。空いてる…ケド?」
「じゃあ、あの…買い物…付き合ってくれませんか?」
―――えっ?
「…あの…ダメ、ですか?」
「ん?イヤ、いいよ」
「よかったあ!…フフフ、ちょっとドキドキしちゃった」
「…どこで、待ちあわせしよっか?」
「あ、駅前。ファッションデパート106がある方。だから…東口のほうね」
「…………」
「あの………先輩?」
「え? あ、ああ。解ったよ。遅れないように行くから」
「ハイ!絶対来てくださいよ。来てくれないと怒っちゃうから!」
「はは、了解。」
「……ゼッタイですよ。ホントに…来てね」
「ああ、解った。…それじゃな」
「うん、おやすみなさい」
―――絶対、行かなきゃな。
12月24日、クリスマス・イヴ。その日は、俺がきらめき市を出る…前日でもあった……
「先輩!こっちこっち!!」
クリスマス・イヴ。俺は、約束の時間5分前ほどに駅前に来た。もっとも、みのりちゃんのほうが早かったのだが。
「ゴメン、遅れたかな?」
「フフ、まだ約束の5分前だよ。じゃ、行こう!」
俺達は、106に向かった。
「どこ行くの?」
「えーと…あ、あっちあっち」
みのりちゃんが指差した先に、見なれない名前のブティックがあった。
「ん?あそこか。…??なんて読むのかな?」
「ああ、あれ?『ベラ・ノッテ』って言うの。確か…イタリア語で“美しい夜”、だったかな?虹野先輩に教えてもらっ
たんだ」
「そうなんだ」
「それじゃ、先輩。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、みのりちゃんは店の奥に入っていった。
店内は割と明るい雰囲気で、中央には展示品らしいウェディングドレスが置いてあった。
―――ウェディングドレスか……みのりちゃんが着たら、似合うかな……って、何考えてんだ、俺わっ!
「せーんぱい」
―――うわ!びっくりしたっ
「あ。ど、どうしたの?」
「先輩こそ?あ、買い物、終わりましたよ」
「あ、そ、そう」
「先輩、どうかしたの?なんかすごく慌ててるような気がするケド…」
「な、なんでもないよ。何でも……」
「そう?」
―――と、とにかく、話題をそらそう…
「そ、そう言えば、みのりちゃん、なに買ったの?」
俺が聞くと、みのりちゃんはちょっぴりはにかんだように微笑んだ。
「えへ、ヒ・ミ・ツ」
「なんか気になるなァ…?」
「気にしない、気にしない。…そうだ!先輩、ちょっと、喫茶店に寄って行かない?」
「え? ああ、いいケド……」
「あは、よかった」
「何が?」
「今日はね、もうちょっと、先輩と一緒にいたいなって、そう想ってたの…」
―――みのりちゃん……
「じゃ、行こうよ!」
それから俺達は、いろいろなところに行った。喫茶店、映画館、楽器屋…。もっとも、一緒に行った、と言うより
は、みのりちゃんに連れまわされた、
って感じが強いのだが。
夕方が近付き、俺達はあの浜辺にやってきた。
「うわぁ……何度見ても綺麗……」
「そうだね」
「……先輩。今日は…ゴメンね」
ポツリと、みのりちゃんが話しかけた。
「?」
「忙しいのに、なんかワガママ聞いてもらって…」
「そ、そんなことないよ。俺も、楽しかったし…」
しばらく二人を、沈黙が包む。俺は、みのりちゃんに言い出せないでいる苛立ちから。みのりちゃんは、言葉が
見つからないのか……
「あ、あのね、先輩……」
ふと、みのりちゃんが静寂を破る。
「ん、何?」
みのりちゃんは、ブティックの紙袋から、小さな包みを取り出した。
「?」
「えへへ。メリークリスマス」
みのりちゃんから受け取った包みを開けると、その中に、シンプルな作りのロケットがあった。
「先輩に、クリスマスプレゼントだよ」
「そうなんだ。…あ、ゴメンね。俺、何も用意してなくって……」
俺の言葉に、みのりちゃんは軽く首を振った。
「ううん、いいの。先輩には、もう、もらったから………」
「何を?」
「……も、もうっ!そんなこと、言わせないでよぉ!」
「……?」
「と、とにかくっ」
と、急にみのりちゃんが真顔になった。
「?」
「今日は、ありがとう。……元気でね…」
―――えっ……
「み、みのりちゃん?」
「知ってたんだ。……先輩、引っ越しちゃうってコト」
「あ、あの、それは……」
「……先輩。何で、教えてくれなかったの?」
いつの間にか、うつむいているみのりちゃんの瞳から涙があふれ、頬をつたっていった……。
「ねェどうして!? 教えてくれたっていいじゃない!」
「それは…その……」
言葉に詰まる俺。みのりちゃんの頬をぬらす涙が、次第に増えていくのが、目に見えて、分かった…。
「みのりちゃん。俺、俺……」
返事はなかった。あたりを、重苦しい空気が渦巻いていった。
「……みのりちゃん、聞いて欲しい」
今度は、俺が沈黙を破る。
「確かに、どんな理由にしろ、俺が引越しのことを黙ってたのは事実だ。……けど、隠すつもりはなかったんだ。…
それだけは…信じて欲しい」
「…………」
「……俺、みのりちゃんの涙を、見たくなかったんだ」
「……?」
「…始めて出逢った時。キミは泣いてたよね。……けど、それから、俺とデートとかして、みのりちゃん、誰よりも笑
顔の似合う女の子に変わっていった。…みのりちゃんも、言ってたよね?『自分に、正直になれた気がする』って
……」
「………」
「自惚れた言い方かもしれないケド、俺、思ったんだ。…俺なんかでいいんなら、ずっと……みのりちゃんのそば
にいようって……」
「……だから…?」
みのりちゃんが口を開いた。
「だから……だから黙ってたの!? 私のこと、傷つけたくないからって……」
「……」
「ずるい…ずるいよ……」
涙ながらの声で、みのりちゃんがつぶやく。
「そんな……わたしなんかの……ずるいよ……」
みのりちゃんの涙が頬をつたいこぼれ落ちる。
「……ゴメン………」
パァン……
俺の言葉がかき消され、みのりちゃんの手が、俺の頬を叩く……。
「バカ!先輩なんて大っ嫌い!!もう知らない!!!」
そう言い残して、みのりちゃんは、北風に煙る浜辺を走って行った……
―――これでよかったんだよな。これで……
叩かれた頬に手をあてながら、俺は心の中で呟いた……
家に帰ると、待っていたかのように、好雄から電話が来た。
「……隼人」
その口調は、いつもの好雄らしくなく、やけに大人び(過ぎ)たイメージを受けた。
「言ったのか?みのりちゃんに……」
「いや。言ったっつーかさ……感づかれてた」
「……そっか…。すまねぇな」
「…気にすんなって好雄。別におまえが悪いわけじゃねェんだしよ」
「でもよ……」
「いいんだって……! …なんとなくふっきれたって気もするしよ」
「…ふっきれた?」
「そのことで、みのりちゃんにひっぱたかれちまったよ。『先輩なんて大っ嫌い!! もう知らない!!!』ってさ。…ハハ」
「そうか……。やっぱ好きだったんか。みのりちゃんのこと」
「そだな。気がついたら……好きになってた」
「へっ、オマエらしいや」
「どーも」
「ところでよ、オマエ明日だろ?立つの」
「ああ、そだけど?」
「…ふっきれたとはいえ、見送りにくらい、来てもらったらどうだ?みのりちゃんによ」
「……」
「ま、強制はしねェからよ。好きにしな」
「…ああ……」
「あ、後よ。俺、明日手伝えねェんだ。悪いな」
「ああ、気にすンな。片付けはもう、あらかた終わっちまってるからよ」
「そっか、じゃあ…明日、見送れねえケド、元気でな、隼人」
「ああ、じゃあな」
電話が切れ、また俺の部屋が静寂に包まれる。
―――みのりちゃんに、電話してみるか。
…………
『ハイ、秋穂です。ただいま留守にしております。ご要件のある方は、発信音の後にメッセージをお願いします』
ピー
―――みのりちゃん、いないのか……
カチャ
俺は、静かに受話器を置いた。
((先輩なんて大っ嫌い!! もう知らない!!!))
もう、あの娘には逢えそうにないな……。そう思った。
それから、二ヶ月が流れた。新しい高校にもあまり馴染めず、なにせ卒業までのたった二ヶ月(卒業式が三月
一日ゆえに)の転校なので、
友達と呼べるようなものも作るに作れず、寂しさつのる毎日を送っていた。
卒業式も、別に世話した後輩とかがいたわけでもなく、少し浮ついた感じがしていた……
親父の転勤で引っ越すのはもう慣れっこになってたけど、今回はやけに寂しさを感じていた。
―――やっぱり俺、みのりちゃんのこと、どうしようもねぇくらい好きになってたんだな………
卒業式が終わり、三日ほどたった。
何気なしに郵便受けを見ると、小さな小包が入っていた。
「ん?俺…宛て? 誰からだろ?」
裏返してみると、見なれた名前が書いてあった。
「秋穂…みのりちゃんから!!?」
俺は急いで自分の部屋へ取って返した。
小包を開けると、中にはカセットテープとメモ書き。そして、木の葉が一枚入っていた。
俺は、はやる気持ちをおさえ、テープをラジカセにセットし、スイッチを入れた。
………………
テープが回り始めると、懐かしい声が、スピーカーから流れてきた。
話している言葉は、きらめきでの卒業式のこととか、引っ越しちまった俺を責めてるようなコトとかで(後で否定こ
そしてたけど)。
だけど、その声は、あきれるくらいみのりちゃんらしく、聞いてて、不覚にも涙ぐみかけた。
そして、テープも半分をすぎた頃、スピーカーから、みのりちゃんの口から、思いもよらない言葉がこぼれた。
『好きです』
一瞬の、たった一言の言葉が、俺の頭に響いて…その一言が、限りなく長く感じた…。
「…………」
―――9時35分。……本気でぶっ飛ばせば間に合う!
カセットが全て巻き取られ、電源が切れた瞬間、俺は家を飛び出した。
ガレージにホコリかぶってたバイクに飛び乗った俺は、きらめき市に向けて始動させた。
途中で二回ほど給油して、きらめき市に入ったのは午後3時をまわっていた。
飯なんか食ってるひまがあったら飛ばせ!と自分に言い聞かせながら、俺は彼女に……みのりちゃんに…逢
いたい一心で、エンジンを
スパークさせていた。
「ようっし。…もうそろそろきらめき高校が見えてくるハズ……」
ガクン……
「な……」
無常にも、エンジンが大きな音を立て、やがて止まってしまった。
急いでメーターをチェックしてみると、案の定、針が大きく"E"の方向へ傾いていた。
「ちぃっ、またガス欠かよっ!」
―――ガソリンを入れてるヒマなんかもうねぇっ。…行くか!
俺はバイクを近くの空き地に置き、走った。
―――バカだよな、俺ってば。
―――口ではさんざリッパなこと言いのけてたくせによ。
―――俺よっか、みのりちゃんのほうがよっぽど大人だぜ。
―――カッコ悪すぎだな、俺……
だけど!俺は、もう自分の気持ちを確信していた。
―――でも! 俺は、みのりちゃんのことが好きだ! 世界中の、どんなヤツより、みのりちゃんが…大好きな
んだ………
「じゃあね、優美。また明日」
―――あ、この声……
一度素通りしかけた角を見ると、見覚えのある後姿があった。
―――みのりちゃんだ………
俺は小走りにみのりちゃんを追いかける。次第に彼女との距離は縮まり……
「みのりちゃん!」
残り10メートルくらいの距離から、俺は耐えられなくなって、声をかけた。
「…………!」
俺の声に気づき、振り向くみのりちゃん。次の瞬間、みのりちゃんの目に、大粒の涙が……
だけど、みのりちゃんは笑っていた、涙をこぼしながら、それでも、俺に満面の笑顔を向けてくれていた……
「明日真…先…輩……」
カバンを落とし、みのりちゃんは、涙の笑顔で俺に抱きついてきた。汗臭い俺の皮ジャンをギュッと握り締め、ま
るで俺の存在を、体温を確認するかのように……
俺は、肩を振るわせて泣きじゃくるみのりちゃんの肩を優しく抱きしめ、そっと囁いた。…俺の今の気持ちを、そ
のまま……
「好きだよ、みのりちゃん………」
「隼人さーん」
おっ、やっと来たみたいだな。
「おーい、こっちこっち」
「ごめんなさい。待たせちゃった?」
「ん、大丈夫、大丈夫」
「あ、隼人さん、そのロケット…」
と、俺の胸元に気づいた彼女がロケットを手に取った。
「ん?ああ。ちゃんと大事にしてるぜ。なんてったって、キミが始めて俺にくれたプレゼントだもんな。みのり」
そう言うと、彼女―――みのりは、急に赤くなった。
「も、もぅ、恥ずかしいよぉ…」
―――照れるこっちゃないだろーに…
「はは。あ、そうそう、ちゃんと入ってるぜ。みのりの写真と、もう一つ、大事なもの……」
「あっ…」
ロケットの中には、みのりの写真の他にもう一つ…あの、“伝説の樹”の葉っぱが入れてある。俺とみのりの、大
切な想い出だから……
「ちゃんと、持っててくれたんだね……嬉しい…」
そう言うと、みのりは俺の腕に飛びついた。
「それじゃ、隼人さん。行きましょ」
「ああ、そだな。…あ、そうだ」
「え?」
「そう言えばさ、俺、みのりに直接告白されてないんだけど……」
俺の一言に、みのりは目を丸くする。
「あ!そう言えば……!」
「それじゃさ、学校行かないか?…“伝説の樹”に行ってさ、もう一度…」
そこまで言ったところで、みのりにさえぎられた。
「ダーメ。カセットで『好きです』って入れただけでもドキドキしたのに!」
「いいじゃんかよ〜。な、行こうぜ」
「もう、しょーがないなぁ!…じゃあ……」
「じゃあ?」
「私の卒業の日に、もう一度、告白してあげる☆」
―――えっ……?
「よ、よーし。約束だぜ!」
「うんっ」
始まったばかりの俺達を、咲きはじめた桜が見守っていた。
4月16日。今日は、みのりの18回目の誕生日だ……。
<想い出のメロディ・fin>