「私はかつて、悪に属していた・・・。」
「しかし、今の私は正義のために戦っている!」
「私の名は・・・。」
第3.5話『子供の味方!ダークナイト見っ参っ!』
神山防獣から約400mほど離れた場所にその店はある。
『喫茶ハーネス』
空一達が利用している憩いの場である。
10年ほど前から倉敷に引っ越してきたロシア人の『ハーネス・グロメット』が経営する喫茶店である。
店主であるハーネスは、普段は黙々とコーヒーを煎れる事に情熱を注いでいる。
その為、誰もが彼の第一印象は威圧的と感じられるが、彼の煎れるコーヒーは香りが良く美味。
その仕事に情熱を注いでいる事がコーヒーを口にした瞬間に誰もが直感で理解できると言う。
今回の『でぃめんじょんまじっく』第3.5話は、その喫茶ハーネスから物語ははじまるのだ。
黒を基調として綺麗に糊付けされたウエイタールックに清潔だと一目で理解できる白いエプロンを身に纏った中年男性、それが『ハーネス・グロメット』である。
「インナー、ちょっといいかね?」
「はい、御呼びでしょうか。」
ハーネスより呼び出しを受けた冷静な表情をしたオッドアイの女性の名は『インナー・デルタ』
喫茶ハーネスの従業員で『デルタ姉妹』の双子の姉である。
「すまないが、買出しに向かってはくれないかな?私達の夕食用の材料が心もとないのでね。」
「かしこまりました。では行ってまいります」
インナーは軽く頭を下げると、手際よくマイバッグを片手に店を出た。
「(確か・・・行き先の肉屋の一人息子は独身だったな・・・。)」
インナーを見送りながらハーネスは小声でポツリと呟いた。
「ハーネスさま、何かおっしゃいましたか?」
隣のいたのはインナーの双子の妹の『アンダー・デルタ』である。
オッドアイのその表情はハーネスに対しての疑いのまなざしである。
「いや・・・何も言ってない、何も言ってないよ。」
「そうですか〜?私達が買出しに向かう先は独身の男性が多いお店が多いんですがね〜。」
彼女、アンダーは冷静な雰囲気な姉と違い、表情が豊かである。
そういわれながらも、ハーネスは表情は変えずに答える。
「偶然だよ偶然。」
「本当ですか?」
アンダーはそれでも疑う。
「じゃあ、何かね?得意でもある近隣の個人経営の商店を無視して大手のスーパーで買い物をすると言うのかな?ただでさえ不況の世の中を助け合いをだね・・・」
ハーネス自身はごまかすつもりで答えるが、そのままお得意のお説教コースへと移行し始めていた。
流石のアンダーも「(しまった)」と言う表情であった。
「(ハーネス様は、お説教の長さが無ければ理想の人なんだけどなぁ・・・。)」
アンダーは内心でそう思っていた。
そう、アンダーにとっての理想の男性像がハーネスそのものであり、買出し中のインナーも同じ理想像を持っているのだった。
彼女達は、幼少の時期を某国の戦災孤児として生き抜いていた所をハーネスに救われ、そのまま彼の背中を見て育ってきた。
その為、救ってくれたハーネスに対する恩義と忠誠を誓っている。
ハーネスが四国から岡山に移ることに対しても反発する事も無く着いて来た。
そして、この喫茶ハーネスの看板双子娘として頑張っているが・・・。
二人揃って『28歳』
そう・・・ハーネスが彼女達を独身男性が多い店舗へ買出しに向かわせる理由はそこにあったのだ。
既に第一次挫折期と通り越した彼女達に『さっさと嫁に行ってくれ』と言う遠まわしなメッセージも込めて、ハーネスは釣り合う年齢の独身男性が営む店に買出しへ向かわせていたのだ(無論、相手側の依頼も含めて。)
だが、結果はハーネスを喜ばせる良い返事は無い。
理由は簡単、彼女達にとっての理想像が前途の通り『ハーネスそのもの』である事が災いしている。
そんなハーネスのお説教にうんざりしていたアンダーに助け舟がやってきた。
「ちわっす・・・。」
空一である。
「いらっしゃいませー♪」
やはり客商売、営業時間は従業員へのお説教よりもお客さまへの対応が最優先。
アンダーは『助かった!』と言わんばかりの笑顔で救世主空一へ声をかける。
空一と、その後を着いて来た女の子が同じテーブルに腰をかけると、アンダーは手際よくお冷とおしぼりを運んでゆく。
「いらっしゃい。」
「あ・・・アンダーさん、こんばんは・・・。」
アンダーは、いつもの営業スマイルだが、相手の空一はそうでもない。
いつもの雰囲気と比べて、ナーバスな感じだ。
しかし、それに相対して向かいに座っている女の子は非常に嬉しそうだ。
「あら・・・見ない顔だけど空一君、この子は?」
アンダーがそういうと、女の子は元気よく答えた。
「あたし!新子!そして・・・・」
丁度、その数分前・・・。
喫茶ハーネスへ向かうグループがいた。
村正宮乃を筆頭とした、井原調査チーム(子供の部)である。
「全く、空一も人が悪いわね。私達を放っておいて先にハーネスさんのトコまで行っちゃうんだから。」
多少、立腹気味の宮内の後ろで、ちょっと言い出しにくそうな地平と水美が二人でボソボソと会話をしていた。
「(ちー兄ぃ・・・どうしましょうかぁ〜宮乃ちゃんには新子ちゃんの事だまっててぇ〜。)」
「(しょうがねぇだろ、母さんからは『少しの間だけ黙ってて』って言うんだからさ。」
「(でぇ〜もぉ〜・・・確実に空兄ぃ〜と新子ちゃんはぁ〜ハーネスさんの所でお茶してるよぉ〜。)」
「(もしも、空兄が完全にソノ気で新子とお茶してる光景を目にしてみろ、宮乃姉ちゃんがどうなるか・・・。)」
「(将輝君がぁ〜『アレ』だから最近は空兄ぃにぃ〜なびいてたじゃないのぉ〜。修羅場じゃぁ〜済まないわよぉ〜。)」
「(まあ・・・ココは母さんの指示通りに見守るしかないな・・・。)」
「(ちー兄ぃ・・・ソレはぁ〜あまりにも酷いのではぁ〜。)」
そんな二人の小声の会話も気にせず、宮内は宮内で一人で考え事をしていた。
「(意識し始めてるんだぁな・・・やっぱり、気になるのかなぁ・・・幼馴染だったから普通だと思ってたけど、将輝の『アレ』が周りから『変』と言われてから私も『変』って思い出してからと言うもの、空一が身近に感じちゃってるのよねぇ・・・。)」
空一と将輝と幼馴染である宮乃は、中学に入学してから妙に二人を意識し始めていた・・・が、中学に入るまで『普通』と思っていた将輝の『アレ』が世間一般では『変』と言うことを理解してからと言うもの、将輝よりも空一を身近に感じているようになっていた。
「(よし・・・ココは一気にビシッと決めてみるわ!がんばれ宮乃!)」
意を決した宮乃と明らかに『巻き込まれそうな予感』の地平と水美の三人は喫茶ハーネスの入り口のドアを開け、入店したその時だった・・・。
「こんばんは♪空一来てま・・・。」
宮乃が空一のいるテーブルに目を向け一瞬視線が彼と会った瞬間、驚異的なタイミングで喫茶ハーネスにいた者達が聞いた言葉が・・・。
「あたし!新子!そして、このお兄ちゃん(空一)の恋人!!」
あまりにも元気良く、躊躇いの無い無垢なる言葉が喫茶ハーネスに響き渡り、周りを凍りつかせた。
「神のいたずらだ」
その時の空一はそう思うしかなかった。
このタイミングで、その台詞が出るとは思わなかった。
「まさか空一までもが『別のアレ』の仲間入り」
その時の宮内はそう思ってしまった。
この状況下で、かなり年下の女の子から漫画みたいな台詞を現実(リアル)で聞かされるとは。
「母さん・・・こうなる事を知ってて黙ってたのなら貴方は鬼だ」
その時の地平と水美は青ざめるしかなかった。
修羅場開始のゴングが鳴るのか・・・。
「うっわー、マジ?」
アンダーは笑顔でドン引くしかなかった。
空一への見方がかなり変わってしまった。
そのような状況下でもハーネスは普通であった。
『子供の戯言』
誰だって子供うちは色んな人たちに憧れを持ち、特に女の子となれば年上の男性にちょっとした憧れを持つ時期があり、子供特有の純真さで素直に憧れや目標が言える。
いずれはその憧れが今後の自分の理想として形成されてゆくもの。
そう、ハーネスにとってはそういうものだ。
さっきの新子の発言も、周りからはドン引きの対象ではあるがハーネスにとっては彼女の発言はあくまでも『憧れや目標の対象である』と言う発言として受け止めたからである。
しかし、状況は酷いものだ。
「冗談ガウマイナァ・・・新子ハ・・・(棒読み)」
冷や汗を流し、のっぴきならない表情の空一。
「空一、誰なのこの子?」
目つきが完全に下賤の者どもを見るような目つきの宮乃。
「俺達・・・おいとまするわ・・・。」
ほとんど予想通りの結果になってしまい、ココにはいられない事を察してしまった地平と水美。
「あはっ・・・あはは・・・。」
その場で、顔を引きつらせ苦笑いしかないアンダー。
「(いかんな・・・私だけ大丈夫でも皆はそうとは思ってない。このままでは店の空気があまりにも酷くなってしまう。これでは皆の憩いの場である意味を成さなくなってしまう。)」
そう思ったハーネスは、コーヒーとカフェオレをお盆の上にのせ、空一達がいるテーブルまで向かう。
「(居場所がナイデスヨ・・・。)」
『顔面蒼白』空一の顔は間違いなく読んで字の如し。
新子以外からの冷たい視線と、宮乃からの殺気にも似た形容しがたいオーラが見えるようだった。
空一に逃げ場無し・・・。
「はっはっはっ、可愛い恋人じゃないか空一君」
ハーネスが声をかけると「ハーネスさんまで!!」といった表情をした空一であったが、ハーネスは軽蔑とかではなく温かみのある綺麗な笑顔だ。
「好意的に思われている空一君は君にとっては相当良いお兄さんなんだね。」
その言葉に新子は元気いっぱいに「ハイッ!」と答えるのであった。
「ハッハッハッ!良い子だ。」
そしてハーネスは周りいる宮乃達に言う。
「みんな、酷いじゃないか好意的に思っているこの子なりの『言葉の綾』なのに空一君をそんな風に見るなんて。」
そして、ハーネスの言葉で凍りついた空気を一気に解凍し始めた。
「あ・・・ごめんね空一、それにしても冗談上手い面白い子ね。」
宮乃も殺意の波動を消し普段の宮乃に戻り、アンダーも『失礼しました』と言った感じで赤面する。
「(とりあえずぅ〜、ハーネスさんに助けられたみたいねぁ〜くー兄ぃはぁ〜。)」
「(ハーネスさんいなかったら、どうなってたか・・・。)」
とりあえず、一安心の雰囲気で地平と水美は胸をなでおろす。
そう、皆は知っているのだ『ハーネスは出来る大人』と言うことを。
「ハーネスさん・・・(涙目)」
空一はハーネスの助け舟に涙するしかなかった。
ハーネスは空一に笑顔で返事をするとカウンターへと戻っていった。
雰囲気が良くなった空一達の席を遠目に見守りながらカウンター席でコーヒーカップの手入れをはじめるハーネスの元にインナーが戻ってきた。
「ハーネス様、ただ今戻りました。」
「ああ、お帰りなさい。」
表情をあまり変えないインナーなのだが、ソノ表情は多少険しかった。
「ハーネス様・・・詮索はいたしませんが、最近の買出しの先に独身の男性多いのですが?」
そう、インナーもアンダー同様の詮索が始まった。
「偶然なのだが・・・それよりも新しいお客様がご来店してるんだ、挨拶してきなさい。」
「あ・・・ハイ。」
流石に言い訳を連続でするのも面倒になったのか、ハーネスはほとんど力技で切り返し、インナーの意見をはじき返す事に成功した。
「ふう・・・そろそろ、この『買出し見合い』は避けたほうが良いな・・・次は『出前見合い』でも計画してみるか。」
空一達のテーブルへと向かうインナーを尻目にハーネスはふと呟くのであった。
「いらっしゃいませ。」
「あら、姉さんお帰りなさい。可愛いお客様よ♪」
早速、ハーネスの指示により空一達のテーブルへやってきたインナーは軽く挨拶をすると、会話の輪の中へ入っていった。
そして、皆にとってはいつもどおりの雑談が始まった。
「空一君も良い娘が見つかって良かったわねぇー。」
こんなアンダーの言葉も、皆にとっては冗談として受け止められたり。
空一にとっても問題の無い会話が弾み、宮乃も新子は妹分のような感覚で接し始め、それはそれは良い雰囲気だった。
あの台詞が出るまでは・・・。
「んで?新子ちゃんにとって、空一の事を『自称恋人』と認識した決め手とは?」
冗談半分で言った宮乃の一言は、安心しきっていた神山3兄弟の活動を一時的に凍りつかせるには容易いものであった。
一応事情は知っている地平と水美は冷や汗を浮かべ。
当事者である空一に至っては、それに付け加えて顔面を青くしていた。
とりあえず、新子の向かいの席に座っている水美と地平は身振り手振りを駆使して新子に『余計なことは言うな!絶対に言うな!言ったら空一が死ぬ!』とジェスチャーをするが、何せ神山ファミリーに入って1日も経っていない新子にとってこのジェスチャーの意味を理解できるはずが無い。
と言うか、気にせず空一にとって最悪の一言が新子の口から出た。
「薄暗い密室で、逸し纏わぬ姿の私を半ば強引に抱きしめてくれた所かな?」
─ガシャン・・・。
カウンター席から陶器の割れる音が響く、ソレを境に皆が一気に凍りついた。
「(やはり、空一までもが『別のアレ』の仲間入り)」
その時の宮内はそう思ってしまった。
「(しまった・・・宮乃姉ちゃんの表情が恐ろしい事に!!)」
その時の地平と水美は青ざめるしかなかった。
修羅場開始の2ラウンド目のゴングが鳴るのか・・・。
「(うっわー、こりゃ本当だわ。)」
アンダーは笑顔でドン引くしかなかった。
改めて空一への見方がかなり変わってしまった。
「最低ね・・・幼い子供相手にそんな事・・・。」
インナーは、ついつい口に出して言ってしまった。
『(予備軍か!?)』
さっきまでは『戯言』と思っていたハーネスだったが、遠巻きから見ても解る。
あの子は『嘘を言っていない目』である事を・・・。
「まだ・・・更生の余地はあるな・・・。空一君!ちょっと来てくれないかな?」
そう言って、ハーネスは空一を呼び出した。
事情聴取前に抜け出せる事ができた空一は、ハーネスに感謝するようにやってきたが、事情聴取よりもきつい現実が空一に降りかかる。
─『お説教タイム』
デルタ姉妹はそう呼んでいる。
人を正しい道へ誘うためのお説教をする時間である。
しかし、それだけならよい・・・ハーネスの場合はそのお説教が『異常に長い』のだ。
「いいかね?空一君、君も若いんだからもう少し節度ある行動をとりたまえ・・・。相手は水美ちゃんと同じくらいの幼子だからって良い様に出来ると思ったら大きな間違いだ!そもそもだね・・・・」
説教が始まったら、逃げる術は無い。
ハーネスが言い切るまでは誰も反論が出来ない。
「あの・・・ハーネスさん・・・コレには訳がありまして・・・」
無論、このような言い訳をするのは愚考である。
「言い訳とは見苦しいぞ!」と言うお決まりの台詞で一蹴され、お説教の時間延長に拍車をかけてしまうのだ。
「(何故だろう、涙が出そう・・・。)」
腑に落ちない何かモヤモヤした辛さで空一は素直にハーネスのお説教聞き入れるしかなかった。
「・・・だからだね、君が思春期の青少年と言うのはわかる!しかしだ!力及ばぬ子供相手に力で欲望を満たそうなど・・・」
「はい・・ハイ・・スミマセン・・・スミマセン・・・(涙目)」
そんな空一の姿を尻目に、いつの間にか空気はいつもどおりになっていたテーブル席では・・・。
「ソレ・・・本当なの?」
怒りをぶつける空一がいなくなった宮乃は表情を戻し、新子に聞く。
流石に年頃の女の子となれば、幼馴染が最低人間の烙印を押されたケダモノだとしても、ソノ話は少々魅力的であった。
そして、事情を軽くしか聞いていない地平・水美。大人の女としても気になる情報を聞いてしまったインナーとアンダー。
全員が興味津々であった。
「うん!」
その返事は元気いっぱいで、誰もが『この笑顔は確かだ』と納得させるものであった。
「(こりゃ・・・負けてられないぞ。)」
宮乃は脳内でそう思い始めていた。
「ちー兄ぃ・・・宮乃ちゃん・・・。」
「ああ、ありゃジェラシーだな。」
地平と水美は付き合いが長いだけに宮乃の表情は察するにたやすかった。
まあ、そんなこんなで営業時間も終了し、宮乃達もそれ以降は目だったいざこざも無く普通に解散・・・店を後にしたのだが。
「んで・・・と言うわけで君にはまだまだ更生の余地があると思うのだよ。解るよね?」
営業時間の21時を有に過ぎて、現在23時30分・・・。
「・・・ハイ(涙目)」
非常に長いお説教で何故だか涙が止まらない空一の返事で、ハーネスのお説教は終了した。
「おや?もうこんな時間じゃないか。長く話しすぎたなぁ・・・夜食でも食べて帰るかね?」
時計を見たハーネスは空一に尋ねるが、空一は完全に意識消沈。
「いや・・・イイです・・・そろそろ帰らないと。」
「そうかね?気をつけて帰りなさいね。」
空一解放。
その後、空一がトボトボと店を出るのを見送ると、ハーネスは一息ついてコーヒーを注ぎ、厨房に備え付けてある大型冷蔵庫のロックを操作する。
すると、大型冷蔵庫がそのまま地面に沈み人一人分が入れる程度の小型エレベーターが現れた。
ハーネスはコーヒーを片手にエレベーターに入り込むと、大型冷蔵庫はそのまま元の位置へと戻る。
─ギューン・・・。
そして、ハーネスを乗せたエレベーターがたどり着いた先は、地下15mのに存在する施設であった。
『ベアードケイブ』
ハーネスとデルタ姉妹はそう呼んでいるこの地下施設は、ハーネスが『ある目的のため』に建設した秘密基地なのだ。
その・・・ある目的とは・・・。
「ただいま・・・。」
自分の部屋に着いた空一は完全に疲れ果てていた。
近くで神山防獣の従業員一同がフル稼動であったが、流石に気にする余裕が無い。
酷い事に家に着く直前に地平や水美の部屋の電気は落ちているのが見えたため、長男である自分があらぬ誤解でお説教を受けたと言うのにさっさと帰って寝ている兄弟に怒りを覚えてしまう。
・・・が。
『眠い』
ソレよりも眠いと言う本能が強くなっていた。
説教による『聞き疲れ』と何故だか解らない辛さによる『泣き疲れ』のWコンボで疲労度はMAXもいい所であった。
「・・・寝よう。」
そう呟き、上着とズボンを脱ぐと、空一は放り投げられた人形のようにベッドに飛び込むと、そのまま眠りに付いた。
「ぐぅ・・・。」
今日は色々あった・・・空一にとっては特に忙しい一日だったと実感せざるをえない。
空一にとって今の睡眠は必要な事であった。
・・・が。
それから数分後・・・。
─ボフッ!
寝ている空一のとなりで何かがベッドに倒れこんだ。
流石に真横で起きた衝撃で空一は目を覚ます。
「う・・・何だよ?」
寝始めの時を無理矢理起こされると辛い感覚を感じながらも、空一は自分の真横を見る。
そこには・・・。
「・・・うっ!!」
─ビュオン!ビュオン!ビュオン!
丁度その頃、ベアードケイブに備え付けられた大型モニターが警報を鳴らす。
その警報を確認するとハーネスは無言でベアードケイブに備え付けられた大型カプセルを開く、その中には厳重に保管されたアーマーが姿を現す。
「ハーネス様、外出でございますか?」
警報が鳴り響く中、インナーは着替え中のハーネスに尋ねる。
「ああ、出動だ。午前7時の朝食までには戻る。」
「かしこまりました。」
軽く頭を下げたインナーが返事をすると、今度はアンダーが言う。
「ですが・・・指定定休日とはいえ、明日はガウェイン産業の会長としての仕事が午前9時にはありますので出来るだけ早くお帰りくださいませ。」
「それは解っているが、世の悪党どもを更生させるには時間が掛かるんだ。」
ソレを聞いて、アンダーは軽くため息をついて言う。
「しかし、今回の警報は・・・。」
「言うな、誤った認識を持ったロリコンから子供を守る為だ。」
そう言って、アーマーを纏ったハーネスは、手際よく漆黒のマントを羽織る。
「だからこそ、未来ある子供達を守るのが・・・。」
既に、ハーネスはいなかった。
そこにいるのは、子供達の平和を守るために日夜戦い続ける漆黒の鎧に身を固めた男・・・。
「この私『ダークナイト』の役目なのだ!」
そう言って、ハーネスことダークナイトはベアードケイブの中に配備された改造車両『ダークモービル』に颯爽と乗り込む。
─ドゥルゥゥゥン!
力強くエンジンを吹かした後、一気にダークモービルは緊急発進用の発車口を駆け抜けていった。
「・・・お姉さま、神山さんトコは徒歩で5分以内よね?」
ダークナイトを見送ったアンダーはインナーに言う。
「確かに、パトロールが無ければ、時間は掛からないと思うしスグに帰ってくるとは思うけど・・・。」
多少、あきれたようにインナーは言う。
「ちょっと大げさなのよね・・・。」
アンダーは思わず呟く。
『本当・・・変な所で神経質な事がなければ素敵なのに・・・。』
双子特有のシンクロした二人の呟きがむなしくベアードケイブに響くのであった・・・。
そして、舞台は空一の部屋へ戻る。
「(なんでコイツが寝てるんだ)」
そう呟く空一の隣で月明かりに照らされたパジャマ姿の新子が『スヤスヤ』と寝息を立てている。
─シャーッ・・・。
ちなみに、神山家には2階にもトイレがある。
その2階に取り付けられているトイレからの水洗タンクに水が流れている音が微かながら空一の耳に入る。
「(なるほど・・・部屋が隣だから寝ぼけて俺の部屋に入り込んだんだな・・・全く・・・。)」
そう察した、空一は新子の頬を軽くつまんで引っ張る。
「おい・・・起きろ。」
「んむぅ〜。」
起きる気配は無い。
このまま気にせず寝ていても良いが、タダでさえ新子の発言のせいで誤解を招きかねない環境になってしまっているのに、この光景が第三者の目に触れでもしたら、その誤解は更なる誤解を招く可能性だってありえないことは無い。
「仕方ない、抱えてコイツの部屋に戻してやるか・・・。」
幸い、新子ぐらいの子供なら両腕で抱えるぐらいは問題ではない。
その上、兄弟は寝ているし両親に至っては業務フル可動状態で帰宅する様子ではなかった。
今なら問題なく事が運べるはず。
そう思い、空一は名残惜しそうにベッドから起き上がり新子を見る。
「今日は、お前のおかげで散々な目に合ってるんだぞ・・・。」
小声で呟く空一の顔は苦笑いだったが、幸せそうな顔をした新子の寝顔を見ていると自然と苦笑いも普通の笑みに変わっていた。
「だけど、その前に・・・。」
空一は新子を抱きかかえる前にやっておくことがあった。
それは、少しはだけた新子のパジャマを直しておく事だ。
「ちゃんと、パジャマを直しておかないと誤解を受けるからな。」
少し胸元が開いている程度で問題はないとは思うが、ココは用心深くなった空一。
ココはきちんとしておかないといけないと、新子のパジャマのボタンに手をかけようとした瞬間だった。
─シュタッ!
一陣の風が空一の頬を霞めた。
最初は何が通ったのか理解できなかったが、空一の目線の先にコーヒー皿程度の大きさの『何か』が壁に突き刺さっていた事は理解できた。
「な・・・何?」
しかし、この部屋のカーテンこそは開いているが窓は閉めている為に密室である。
どのように考えても、自分と新子以外はいないはず。
「ん?」
空一は『何か』が突き刺さっている対象方向を確認した。
カーテンは開いているものの、戸締りをしていたはずの窓がある。
だが、そこで不自然な感覚があった。
「隙間風?」
窓のガラスの所から隙間風が吹いているのだ。
そして、空一はベッドから降りて、窓ガラスと見つめるとそこには壁に刺さった『何か』とほぼ同等の風穴が開いていた。
さらに、空一はガラスの風穴の向こうを良く見ると・・・。
「(誰ーっ!?)」
環境的に大声の出せない空一が小声で絶叫する。
その空一が見た目線の先にいたのは・・・。
「まさか・・・あの黒い鎧と黒いマントって事は、アイツが噂の『子供の味方、ダークナイト』!?」
漆黒の鎧に未を包み、円盤のような『何か』を身構えた『ダークナイト』であった。
ダークナイトは構えを解くと、そのまま『じっ・・・』とマスク越しで解らないが恐らくその視線は空一を見つめ続けている。
「なんで・・・ダークナイトが・・・はっ!!!」
空一の脳裏にあるフレーズがよぎる。
『子供の味方・ロリコンキラー・性犯罪者には容赦なし』
どれをとっても、空一には当てはまらない筈なのだが、今回は違っていた。
『深夜』『自室』『眠っている女の子』そして・・・『パジャマに手をかけようとした空一』
この環境、第三者であるダークナイトからしてみれば、これほどの『該当者』はいない。
「(誤解です!これは誤解です!)」
大声も出せないので身振り手振りを駆使してジェスチャーでダークナイトに訴える。
しかし、ダークナイトは動じずに空一を見つめ続けている。
「(この子が!勝手に入ってきて!これから部屋に連れ戻すつもりなんです!!)」
それでも続けて、必死にジェスチャーで訴える空一。
だが、ダークナイトはそれでも動じない。
「(多分、俺が部屋を出ないと警戒は解いてくれないのか・・・。)」
そう感じた空一は、掛け布団をそっと新子にかけると、後ずさりするように部屋を出た。
─パタンッ・・・。
静かに部屋のドアを閉めた。
「なんで・・・自分の部屋を追い出されなきゃならんのだ(涙)」
今日は本当についていない・・・妙な力を得たけれど、ソレ相応にマイナス効果が発生している。
とりあえず、気を取り直して空一は自室のドアを軽く開ける。
その隙間から見えるもの・・・それはドアのスグ向こうでダークナイトがこちらを見つめている。
「家宅侵入してるっ!」
ズイッと、空一がいる廊下へ出てくると、新子が起きないように静かにドアを閉める。
そして、空一を見下ろすようにマスクが怪しく光ると・・・。
「見張っているぞ・・・。」
ダークナイトは、ただその一言を言うとまた空一を見つめ続ける。
「(やばい・・・コイツ、俺を性質の悪いロリコンと間違えてやがる!)」
そう思う空一だが、装備も無くダークナイトに挑む事はまず不可能だろう。
「ここは素直に・・・。」
空一は、そのままリビングへ・・・。
そして、リビングに備え付けられたソファーに腰を掛け・・・横になる。
その間はずっとダークナイトの監視付きだ。
「眠れねぇよ・・・。」
目を閉じても眠れるわけがないし、たまに目を開けてもダークナイトはそこにいる。
誤解と解きたくても説得不能な威圧感、自分の見下ろして監視されている圧迫感。
時計の針の音だけが延々と鳴り続ける・・・。
午前2時・・・午前3時・・・午前4時・・・。
長い長い静寂が続き『午前6時23分』自宅外で神山防獣の人員が社宅へ戻りだした音が聞こえ出したとき。
目を瞑ったままの空一の耳に入ったのは、あの体躯からも想像がつかないほど微かなダークナイトの靴音だった。
空一は、目を開くことなく耳だけを研ぎ澄ませて、ここから離れてゆく靴音を聞き続けていた。
─ガチャ・・・。
玄関のドアを開く音が聞こえる。
─チャッチャッ・・・。
ご丁寧にも玄関の鍵を閉める音まで聞こえる。
─ブロロロロロ・・・。
恐らくダークナイトの乗ってきたであろう車の走り去る音が聞こえる。
「帰って・・・くれた・・・。」
ここまでの実睡眠時間約20分弱の空一にようやく安心できるひと時が始まる筈だった・・・。
「あら、空一。どうしたのこんな所で寝たりして。」
母、星美の声であった。
「珍しいですね、こんな所で寝ているなんて。」
続いてレイセンの声である。
どうやら、業務を終えて帰ってきたのであろう。
徹夜組の割りにその声に疲れは無い。
「お願い・・・ココで良いから寝かせて。」
さっきまで、視線ならぬ『死線』を受け続けてた上に猛烈な眠気が今更やってきた。
「だめですよ、こんな所で寝たら風邪をひいてしまいますよ。」
そう言って、レイセンは空一の肩を担ぎ部屋へ戻そうとする。
「あっ・・・ありがとうございます・・・。」
完全に意識が遠のきかけていた空一の方を担いで部屋へ向かうレイセン。
・・・その後、皆が知る事になる。
知らなかった『3つのポイント』
『1つ:空一がリビングで寝ていた理由』
『2つ:空一の部屋で寝ている新子の寝相が非常に悪いと言う事実』
『3つ:その寝相の悪さで新子の状況があられもない状況で寝ていると言う現実』
そして・・・その3つの要素から起きる悲劇により、空一の精神的疲労は更なる高み(?)へと向かう。
現在の空一に対する周りからのロリコン疑惑度数「30パーセント」
但し、ダークナイトからの疑惑度数は「80パーセント」
次回予告!
ついに大型ABA(アンチビーストアーマー)の登場だ!
敵は広島からの遠征組!
さらに、ライバル会社の御曹司も登場するぞ!
第4話『襲来!メタルス檜山蟹!!』
続く!