「一人は嫌・・・。」

「ここには暗闇と不自然な光しか見えない。」

「誰もいない。」

「何度目覚めても誰もいない。」

「寂しい・・・寂しいよ・・・。」



 
第一話『出会いへの道』


 3月22日・・・午前10時、春休みの真っ只中。
 国道の車幅ギリギリの大型トラックが颯爽と走っていた。
 その大型トラックには広告が書かれている。
 『害虫駆除から怪獣!怪物!お任せください!神山防獣!』
 そんな広告が書かれた大型トラックの運転座席には金髪の眼鏡の青年、助手席には運転席の青年のように落ち着いた雰囲気の少年と、その少年より少し年下の目つきの悪い少年と後部座席には、その二人よりも年下のセミロングの女の子が座っていた。
 「・・・井原まで出張なんて珍しい事もあるよなぁ・・・。」
 口を開いたのは助手席に座っている落ち着いた雰囲気の少年『神山空一』である。

 『神山空一』16歳
 敷倉学園の高等部新2年生で、母が経営する有限会社神山防獣の3兄弟の長男。
 学業の合間にアルバイトとして家業の手伝いをしている。
 普段は物静かで、何でも冷静に対処できるクールさを持っている。

 「たしかに、僕達はほとんど市内での仕事だから。それに井原には中規模駆除が出来る会社がないからねぇ。」
 運転席の眼鏡の青年『レイセン・ジーク』である。
 
 『レイセン・ジーク』20歳
 敷倉学園大学部の留学生で、学者である空一の父親の勧めで神山防獣のアルバイトをしている。
 北欧の山間部に位置する小さな国の出身なのだが、母の祖母が日本人であった事もあり日本語が達者なのだ。

 「とはいえ・・・倉敷から国道利用の法廷速度で約40分、見渡す限りは公道沿いの河川と山ばっかりか・・・。」
 多少、似たような景色に多少飽きたようなそぶりを見せるレイセン。
 「それではぁ〜、今回のお仕事を復唱しましょ〜。」
 ゆったり口調で切り出したのは後部座席の女の子・・・『神山水美』である。

 『神山水美』9歳
 敷倉学園の小等部新4年生で有限会社神山防獣の3兄弟の三男。
 そう、可愛いルックスにセミロングでスカートが良く似合う女の子ではなく『男の子』
 母の影響で女の子同然に育てられた結果である。
 
 「今回のぉ〜、お仕事はぁ〜井原市のはずれにあるぅ〜山間部の洞穴から大量発生したぁ〜・・・。」
 スローリーに話す水美の苛立った空一の隣に座っている少年が口をはさむ。
 「あー!町外れの山の洞窟から、ようけぇ(たくさん)出てきたクモ退治じゃろ!?」
 多少、岡山弁が混じった喋り方をする少年の名は『神山地平』。

 『神山地平』14歳
 敷倉学園の中等部新3年生で有限会社神山防獣の3兄弟の次男。
 体育会系で脳よりも体で行動するタイプの熱血漢。
 他の兄弟とは違い、父親の影響が多少あってか方言が多少混じった会話をする。

 「でもぉ・・・ちーにぃ〜(地平の事)クモはぁ〜、クモでもぉ〜おっきな怪物ですのよぉ〜。」
 地平の言葉にも動じず、水美はクモ注意を伝えようとする。
 「そうだ、怪物『オニグモ』・・・洞窟や廃墟に現れやすいクモ型怪物で5cm〜70cm、駆除するには楽だが油断は出来ないんだぞ・・・地平。」
 血気にはやる地平に空一は注意を促す。
 「空兄ぃ!(空一の事)ウチの装備なら楽勝じゃねぇか!!『陸神騎(りくしんき)』を出すまでもねぇ!!」
 しかし、地平は自分達が相手をする怪物としては物足りない様子だった。
 「地平君・・・空一君の言う通りだよ、そう言って前回はポルターガイスト相手に苦戦してたじゃないか。」
 レイセンがそう言うと、地平は「うっ・・・」と言葉を詰まらせたが・・・。
 「レイセンさん!あの時はスクラップ工場でポルターガイストどもが、でぇれぇようけぇおったからじゃぁ!(とてもたくさんいたからだ)」
 「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、今回もぉ〜・・・『大量発生』と連絡を受けてるのでぇ〜たっくさんオニグモがいるかもしれないんだよぉ〜。ちーにぃ〜は物量に弱いからぁ〜気をつけてぇ〜。」
 そんな兄弟の会話にあきれながらも空一は手に持っていた資料を眺めていた。

 ─井原市環境課からの報告及び駆除依頼─

 有限会社神山防獣 代表取締役 神山星美殿へ

 井原市国有地山間部に怪物『オニグモ』の大量発生を自称『山菜取り名人の男』より井原市へ通報。
 環境課職員の調査により、国有地の山の洞窟からのオニグモ発生してるのを同職員が確認。
 現在、付近の民家・家畜などには被害はないものの、洞窟を中心に多数のオニグモを確認。
 今後の繁殖状況次第では人的被害が予想される為、これに怪獣退治民間委託法を適用いたしました。
 期日までに貴社に早急なる駆除を要請いたします。
 なお、今回の駆除要請の場所は民家などからは離れた国有地の為、装備に関しては自由とし、駆除の内容次第では岡山県環境管理局への連絡をお願いいたします。

 環境庁岡山環境管理局代表 黒野大吾より

 「(オニグモか・・・確かに10匹程度なら問題ないが、肝心なのは『大量発生』の規模だ・・・となれば装備が問題か?)」
 そんな空一は不安を抱えならがも、大型トラック『神山防獣号』は目的地に向かっていた。


 岡山県井原市・・・岡山県と広島県との県境に近い場所にある人口46000人ぐらいの町。
 美術品・工芸品と自然が満喫できる綺麗な場所で名産品はブドウとジーンズ。
 多少、山に囲まれたような地形で小規模の怪物退治が可能な民間が存在しているが、今回のような比較的大きな怪物退治は装備が充実している企業へと委託している。


 そして、1時間後・・・。
 空一達一行を乗せた神山防獣号は目的の山の麓へと到着していた。
 既に神山防獣号内部のブリーフィングルーム兼待機室で4人は打ち合わせをしていた。
 「・・・と、言うわけで駆除内容の確認するよ。」
 市から提供された地図と発生場所を細かく明記された資料を眺めながらレイセンが指示をする。
 「持ち場はいつもどおりで、前衛を空一君で後衛が地平君。基本は駆除用装備『神山9号(非火薬系多目的短銃)』の基本弾を『スパークショット』をメインで『殺虫弾』『閃光弾』『消火弾』とサブで、それぞれ2発づつ装備『非常用ナイフ』『発煙筒』を必ず忘れないように。残念ながら有効打である第四装備『火炎放射器』は山火事などの原因となりえる事も考慮し使用は、こちら指示が無い限りは使用しない事。」
 レイセンから、そう指示を受けながら空一はテキパキといつものユニフォームともいえる赤い作業服の上に両肩と胴体を守る黒い防刃チョッキを羽織っていた。
 地平も空一と同様に、装備を整え閃光弾をベルトに取り付けられているアタッチメントに取り付けを行っている。
 「通信はいつも通りに水美ちゃん、僕は指示責任者としてココに水美ちゃんと待機している。念のためコンテナ内にある第十一装備ABA(アンチビーストアーマー)『陸神騎(パワードスーツ)』の機動も行っておくので何かあればスグに連絡して退却!僕が陸神騎で出る。」
 レイセンはそう言うと、コンテナ内部の明かりがつき、3機のパワードスーツ陸神騎が姿を現す。
 そして、それぞれの装備を確認したレイセンは口を開く。
 「では、目標の場所はここより山道に沿って500M先の洞窟だ。市からの情報によると洞窟とはいえ大した深さではないらしく、穴の直径は約2m前後、深さは一直線上で10m前後。しかし、目標にたどり着くまでには市の職員が確認したオニグモが多数確認されているとの事だ、十分注意して目標であるオニグモを確認次第駆除を行うこと。最終目標である洞窟に到着せ次第まず、洞窟入り口に防護ネットを設置してオニグモの洞窟外への流出を防ぎます。その後は殺虫弾を使用し洞窟内に発射。その後は煙が消えるまで待機、万が一備え、その間にネットから出てきたオニグモはスパークショットで的確に駆除を行うこと。もしもの場合に備えて一斉に出てくる場合は予め火炎放射の使用は許可します。ただし、火がついたオニグモが森林地帯へ逃げ出す恐れもあるので必ず仕留める事。発煙が終了したら内部調査へ移行、残存勢力の掃討を行いながら原因調査を行ってください。以上!」
 レイセンが作業内容を伝え終わると、それぞれの装備を装着し終えた3人が大きく返事をする。
 「はい!」
 「OK!」
 「りょーかいですぅ〜!」
 元気の良い3人の返事を聞いたレイセンは大きくうなづいた。
 「では!作業を開始します!ゼロ災(ゼロ災害)で頑張りましょう!」
 『ゼロ災でがんばりましょう!!』
 そして4人の若者による怪物駆除が始まった・・・。

 『有限会社神山防獣』(ゆうげんがいしゃかみやまぼうじゅう)
 神山星美が代表取締りを勤める企業。
 有限会社なので従業員数は少なく、大半を家族で切り盛りしている。
 専門は民間からの『怪獣駆除』『怪物駆除』『超常現象調査・解明』『害虫駆除』『自社オリジナル装備販売』である。

 多少、険しい山道を空一と地平はゆっくりと歩いていた、その歩いた後には数匹の焦げたオニグモが転がっていた。
 「なぁ、空兄よぉ・・・。」
 スパークショットをバチバチと鳴らせ、地平が後方を警戒しながら空一に話しかける。
 「ん?どうした急に警戒中だぞ。」
 空一も前方を警戒しながら地平に答える。
 「空兄は『シルバーナイト』の噂は知ってっか?」
 「ああ、聞いたことはある1週間ほど前から現れては悪党や怪物を退治するヒーローだろ?」
 「やっぱ、空兄も知っとったか。」
 「勿論知ってるさ、ヒーローは俺達のような業者にとっちゃ商売敵になりかねないからな。で・・・それがどうかしたのか?」
 「いや、今度のヒーローは子供の味方ともいえる『ダークナイト』と違って危険な悪なら条件無しで退治すると聞いたんでよ、もしかすると出るんじゃないかな・・・と思うてな。」
 いつもなら、強気発言が多い地平にしては多少気弱な口調を空一は背後から感じていた。
 「お前らしくないな、シルバーナイトが怖いのか?」
 「怖くはねぇよ、ウチにとっちゃ資金泥棒だからよ対立とかも考えねーと。」
 ヒーロー対立・・・通常は考えられない話かもしれないが、基本は悪の怪人や悪の組織を相手にする正義の味方なのだが、場合によっては大規模な怪獣や怪物退治に出てくる場合もある。
 そのため、無償で退治してくれるヒーローは市や国にとってはありがたいが、それで給料をもらっている企業にしてみれば迷惑な話。
 それにより、場合によっては駆除業者とヒーローとの対立もしばしばニュースに撮り正される事もある。
 だが、岡山には今のところ『ダークナイト』と呼ばれるヒーローしかおらず子供が危険にさらされる事件以外には全く関与しない為、企業との対立はほとんど無い。
 しかし、1週間前から現れだしたと言う『シルバーナイト』と呼ばれるヒーローは悪は無条件で駆逐する為、企業にとっては痛手となる可能性がある。
 「しかし・・・地平、お前にしては随分と考えてるじゃないか。」
 普段は考えるよりも行動する地平にしては珍しい事と空一は感じてそうつぶやいた。
 「ま・・・対立したら対立したで、ヒーローと戦えるチャンスなんて滅多にねぇしな・・・。」
 空一の背後で地平が嬉しそうに返事をした。
 「まったく、それが目的か。少しでもお前の考えに関心を持った俺が馬鹿だった・・・よっと!」
 ─バシュン!
 そうあきれながら、空一は木陰から出てくるオニグモをスパークショットで焼き焦がす。
 「地平、そろそろ目的地だ私語はここまでだ。」
 「あいよ!」
 空一達の視界の先に目的の洞窟が見えた。
 「水美、目標を肉眼で補足。カメラのからの映像・・・見えてるか?」
 空一は、作業帽に取り付けられた小型通信用カメラのスイッチを押し、トレーラーで待機している水美に伝える
 ─「くー兄ぃ、ちー兄ぃの音声も映像もリアルタイムで確認中よ。」
 いつもならスローモーな口調なはずの水美のハキハキした返事が聞こえる。
 流石に、マイペースでゆっくり口調で喋る水美だが、人命にも影響すると言う事もあってか、この仕事の手伝いをする時だけはいつもとは違う口調で対応してくれる。
 「OK。午後13時12分、午後13時の駆除開始から目標地点に到達。」
 そう言って、空一は水美に伝達すると、続いて地平も水美に伝達する。
 「現在、目標地点までの500mの間に駆除したオニグモは空兄が『6』俺が『7』の合わせて『13』!」
 「レイセンさん、オニグモの巣は道中には確認は取れませんでした。恐らく洞窟から出てきたばかりと思われます。」
 そう空一はレイセンに伝える。
 ─「空一君、恐らくオニグモは卵から孵って間が無いのかもしれません。オニグモの発生は3月ですが、井原は比較的寒い土地です。寒さで卵から孵るが遅れているんでしょう・・・通報が早かったおかげで卵から孵る寸前・・・もしくは間が無い状態で駆除が可能と判断できます。」
 レイセンがそう伝えると、地平は火炎放射器用のカートリッジを取り出し始めてレイセンに伝える。
 「そいじゃま、かるーく焼き卵にしてやろうぜ!レイセン兄貴!!」
 ─「ダメです。」
 勇む地平にレイセンはきっぱりと答える。
 「地平・・・ここは計画通りの殺虫弾を打ち込むぞ、タダでさえ火炎放射は結構燃料食うんだからな。殺虫弾装填開始!」
 「ったく、しゃぁねぇなぁ・・・そんじゃ、防護ネット設置準備開始!」
 そういうと、地平は背中のリュックに入っていた防護ネットを取り出と、洞窟の入り口をネットで防護する。
 洞窟よりも一回りほど大きいネットは入り口に張り付いて銃口が通せる程度の隙間を残ししっかりと固定されている。
 神山防獣謹製の防護ネットの四隅には特殊なアンカーを利用している為、いかなる岩肌に難なく固定が出来るのだ。
 「防護ネット、確認しました!」
 「了解!では殺虫弾の装填を開始!」
 お互いに声を掛け合って神山9号の銃口下にあるアタッチメントに殺虫弾を二人は装填する。
 「殺虫弾装填確認!」
 空一が地平に確認の掛け声をする。
 「殺虫弾!装填確認!メインショットから殺虫弾サブショットへの切り替え確認!」
 地平が装填確認を行うと、引き金の近くにある切り替えスイッチの確認を空一に掛け声をする。
 「切り替え確認良し!では、目標に向かい殺虫弾の発射を行います!通信係、発射のカウントをお願いいたします。」
 ─「了解いたしました。これより殺虫弾による発射カウント10をとります。なお、一斉射出はオニグモの突発的な飛び出しに対処できない場合も考えられますので、波状による発射を行ってください。空一隊員はカウント5で発射、地平隊員はカウント3でサブショット切り替え、カウントゼロで殺虫弾発射を行ってください。空一隊員は射出後スグにメインショットへの切り替えをお願いいたします。カウント開始は1分後の13時24分丁度に行いますので配置についてください。」
 「了解、直ちに配置につきます。再度殺虫弾装填確認!空一隊員問題ありません!」
 「こちら、地平隊員!再度殺虫弾装填確認!波状射出の為メインショットへ一時切り替えを行います。」
 お互いに通信し合い確認をとる。
 基本中の基本ではあるが、集団やペアで行動する上で安全確保と災害防止につながる重要な行動なのだ。
 ─「空一隊員・地平隊員、カウントを開始いたします。配置確認をお願いいたします。」
 水美がそういうと、空一は既に洞窟の入り口横の岩肌に背中を付けていた。
 地平は入り口の反対側の岩肌に背中を付けていた。
 「こちら空一隊員、配置完了いたしました。カウントをよろしくお願いいたします。」
 「こちら地平隊員、同じく配置完了いたしました。問題ありません。」
 ─「了解いたしました。カウントを開始いたします。・・・10・・・9・・・8」
 カウントが開始され、空一はネット正面にある殺虫弾射出専用の隙間に殺虫弾を差し込む。
 ─「・・・7・・・6・・・」
 「5!殺虫弾射出!」
 空一がそう言うと、引き金を引き殺虫弾は勢い良く飛び白い煙を放ちながら洞窟の暗闇の中へと消えていった。
 ─「・・・4・・・」
 「3!メインよりサブへ切り替え確認完了!」
 地平がそういうと、スイッチを切り替えそのまま射出用の隙間へ差し込む。
 ─「・・・2・・・1・・・」
 「ゼロ!殺虫弾射出!」
 地平がそう叫ぶと、殺虫弾は勢い良く飛び、先に飛ばした殺虫弾の煙が立ち始めた洞窟の暗闇の中へと消えていく。
 「こちら空一隊員、地平隊員の殺虫弾射出確認。」
 ─「こちらもカメラからの映像で射出確認了解。両隊員はそのまま警戒態勢で待機をお願いいたします」
 
 ─そして15分後・・・。

 ─「妙だ・・・。」
 静かさの中、口を開いたのはレイセンだった。
 確かに妙だった、さっきまでモクモクと上がる殺虫弾の煙の効果で少なくとも数匹ぐらいは飛び出して防護ネットに貼りつくと思われていた・・・が、実際はオニグモ一匹出てこないのだ。
 「孵る直前だったのか?一応、卵にも効く様に調整された殺虫剤だが・・・。」
 空一もレイセン同様に口を開いていた。
 そして、二人へレイセンからの通信が届く。
 ─「空一くん、後2〜3分ほどで、殺虫弾の煙が消えるはずです。ネットを取り外して洞窟内の調査をお願いいたします。念のため、神山防獣号を近くまで移動させていますのでそれまでは待機をお願いいたします。」
 「了解しました。」
 空一は一旦通信を切ると、通信を聞いていた地平に視線を送る。
 地平はその視線を受け取ると、防護ネットの取り外し準備に取り掛かり始めた。
 「空兄ぃ、もしかして俺達が仕留めた13匹で打ち止めだったんじゃねぇのか?」
 防護ネットのアンカーを取り外しながら地平はつぶやく。
 「そうだといいんだけどな・・・だとしたらお前にとっちゃ物足りなかったか。」
 うっすら笑みを浮かべながら空一は地平に言う。
 「ま!退治したスコアなら俺の方が上だから文句はねぇが・・・ちょいと物足りないのは確かだなぁ。」
 多少、満足げな返事ではあったが地平の言葉通りだった。
 物足りない・・・と言うよりは『何かがおかしい』
 皆、その気持ちは同じだった。
 いくらなんでも、巣に殺虫剤ばら撒かれて逃げ出さない蟲なんていない。
 「おっ、空兄ぃレイセンさんたちが着いたみたいだ。」
 地平がそういうと、洞窟の付近にまで神山防獣号が到着していた。
 「・・・調査を開始するか。」
 空一は準備を始める。
 調査用の用意を持ってレイセンたちが駆け寄る。
 「お待たせ、これ調査用キットね。今回は妙な雰囲気だいつも以上に警戒を怠らないでください。」
 注意を促すレイセンから調査用キットを手にした空一と地平は、手馴れた手つきで調査用キットを手にするとスパークショットを携帯し洞窟へ足を運び出した。
 「さて、山〇探検隊をはじめるとするか。」
 空一なりの軽いジョークが出ると地平が軽く笑いながら二人そろって洞窟へ足を運びはじめる。
 「水美、そんじゃこれから洞窟内の調査をはじめる。モニターをよろしく頼む。」
 ─「はい、ちー兄ぃも十分気をつけてくださいね。」
 そんな、地平と水美の通信を聞きながら空一は先に洞窟内へ入ってゆく。
 その後を追いかけるように地平も洞窟へと入りだした。


 「やはり『変』だ。」
 そう言い出したのは空一だった。
 確かに深さ10m程度の洞窟だった・・・がそこで見つかったオニグモの死骸と卵の数が一致しないのだった。
 「死骸の数は山中で駆除したオニグモは『13匹』洞窟内のオニグモの死骸は『3匹』合わせて『16匹』・・・対して孵った後の卵の数は『9個』数が合わない。」
 「なぁ・・・空兄ぃ、もしかしてオニグモの双子とかってあるのかな?」
 ちょっと不安そうな表情の地平が空一に尋ねる。
 「いや・・・オニグモの生態では卵は1個につき1匹だ。例え双子として産まれたとしても異常だ。それに、大量発生の推定総数は二十匹以上と推測されている。」
 「じゃぁ・・・もしかして、他に生息地があるってことか?」
 ─「いや、やはりこの洞窟から出てきたとしか考えられない。」
 二人の会話にレイセンの通信が割ってはいる。
 「どういうことですか?」
 ─「先ほど、オニグモの死骸を調査したんだがやはり孵ってから2〜3日と間がないようだ。通報は2日前で依頼が昨日だからね。」
 「・・・って事は、空兄ィあいつらはやはりこの洞窟で増えたってことか。」
 地平の言葉に耳を傾けながら空一は最奥の壁面を調べている時だった。
 「・・・ん?残留していた煙を壁が吸い込んでいる。」
 残っていた殺虫弾の煙が壁の一部に染み込む様に消えているのだ。
 「(この先に、何かある?)」
 そう思い、空一が意を決してその壁に触れてみると、その壁は何も無いかのように空一の手を『スッ』と通したのだった。
 「レイセンさん、水美、聞こえるか?立体映像だ!!・・・この壁立体映像で・・・。」
 そう伝えたその瞬間・・・空一は壁に飲み込まれ彼を更なる暗闇へ突き落とした。
 「空兄ぃっ!?」
 地平が振り向いた瞬間、空一の姿は消えていた・・・。


 「うん・・・」
 暗闇の中、空一は目を覚ました。
 「う・・・たたた・・・ココは一体?」
 地面に叩きつけられ痛む身体を起こしながら空一は周囲を見渡す。
 「ライトは・・・無事か。」
 そう言いながら空一は作業帽に常設されたライトにスイッチを入れる。
 「なんだ!?通路だと!?」
 ライトの先から映し出されたのは、天然の洞窟にはありえない無機質なつくりの通路だった。
 「レイセンさん!地平!水美!聞こえるか!?」
 空一は急ぎインカムの通信機にスイッチを入れ通信を開始するが、返って来るのは雑音しか聞こえない。
 「落下の衝撃でいかれたのか?いや・・・周波数に狂いは無いし衝撃テストでも5階建てのビルからアスファルトに落としても問題ない代物だ・・・と、言う事は電波が遮断されている!?」
 ここで取り乱してもしょうがないと考えた空一は自分が落下したと思われる場所を見上げる。
 「急な斜面・・・どうやら、入り口専用のようだ。この装備では登れないな。」
 穴の奥をライトで照らし上げても、地平たちのいる場所から遥か下にいるようだ。
 空一は「ふぅ・・・」と息をつくと、自身の装備を改めて確認する。
 「『神山9号スパークショット仕様』エネルギーは・・・やばい、落下の衝撃でバッテリーが破損しやがってら・・・スパークショットは使えないな、あとは『殺虫弾』『閃光弾』『消火弾』それぞれ2発づつと『非常用ナイフ』『発煙筒』『火炎放射器用カートリッジ』か・・・一応スパークショットのカートリッジは抜いて、火炎放射器用カートリッジを使うか。」
 そう言って、空一は火炎放射器用のカートリッジを取り付ける。
 「(しかし・・・閉所では確かに有効かもしれないが連続放射で10分が限界、そのうえ地下だからな酸素の方も考慮すれば乱用は出来ないぞ・・・。)」
 一時の不安を抱えながら、装備を確認し終えた空一は正面にある通路を見つめつぶやく。
 「出口は、この先にしかないと見ていいだろうな。」
 意を決し、空一はゆっくりと歩き出した。

 
 「空兄ぃがっ!この下に!!」
 そのころ、地平は空一が吸い込まれたと思われる壁をダン!ダン!と叩く。
 「地平君!落ち着くんだ!」
 現場にたどり着いたレイセンが地平を落ち着かせるが地平は取り乱したままだ。
 「レイセンさん!!空兄ぃがっ!空兄ぃがぁぁ!!」
 「地平君ッ!!!」

 ─ぎゅっ・・・。

 レイセンが、いきなり地平を抱きしめる。
 そのいきなりの行動で地平は一気に黙り込む。

 ─数秒の静寂・・・・。

 「うおぁぁぁぁっ!!なにしやがってるんだいっ!レイセンさん!!」
 叫び声と共に地平が青ざめた顔で、背中までギュっと抱きしめられたレイセンの腕を振りほどく。
 「よし、落ち着いたようだね。」
 この『沈静化の抱擁』は、レイセンの母国では冷静を保てなくなった人の沈静方法として使われている。
 山間部に位置し、なおかつ降雪量の多い国だけにこの方法は遭難などに効果を出すと言う古くからの伝統である。
 決して、やましい事ではないが、この国では多少誤解を招きかねない。
 ちなみに、当初レイセンが初めて『沈静化の抱擁』を行った際しばらく誤解が解けなかった事がある。
 なぜなら、レイセンの国では『同性婚が認められている』からである。
 その後はレイセンの人柄と『ソッチの趣味』はないので誤解は自然と消えていった。
 「俺には『ソッチの趣味』はねえ!!けど・・・すまねぇ、レイセンさん・・・空兄が・・・。」
 地平が落ち着きを取り戻したのを確認すると、レイセンは地平が殴りつけていた壁にカメラを向ける。
 「水美ちゃん、反応は?」
 ─「うらやまし・・・はっ!・・・はい!、その地点からは金属反応が出ています。あ・・・あきらかに人工物と思われます。」
 通信越しに水美も多少動揺(?)しているようだが、地平と比べれば、まだ落ち着いていると言えた。
 「なるほど、空一君は立体映像越しの扉に吸い込まれたのか・・・もしも、この扉が開きっぱなしなら・・・。」
 そう思った瞬間レイセンは背筋が凍るような嫌な予感を感じながら水美に通信をする。
 「水美ちゃん!急いで索敵を行ってくれ!でないと空一君が危険だ!!」
 ─「はっ・・・はい!」
 「地平君も周囲の調査をお願いします!」
 「お・・・おう!!」
 「(無事でいてくれ・・・空一君!きっとオニグモは、この地下で繁殖していたとなれば・・・)」
 レイセンが感じた嫌な予感それは・・・。


 「うおおおおっ!!!」
 空一は無機質な通路を一気に駆け抜けていた。
 「畜生!数が一致しなかった理由はコレだったのか!!」
 全速力で走り続ける空一の後ろを追いかける無数の大きな影があった。
 「オニグモだけじゃねぇ!!オオオニグモまで繁殖してやがった!!」
 
 ─オオオニグモ
 オニグモの特殊成長体。
 共食いを繰り返した場合のみで発生するのだが、発生条件が厳しい為に滅多に誕生する事がない
 気性は対照的に獰猛で、人に対する被害も発生する場合がある。
 殺虫剤には抵抗力があり、駆除業者が持つ装備でなければ駆除は困難。
 性質が悪いことにオオオニグモの周囲にいるオニグモは気性が豹変し獰猛になる。

 かなりの距離を走っている間に、幾つか扉は見かけたのだが、頑強そうな扉の為とても逃げ込めるような状況ではなかった。
 「やばい・・・火炎放射を出すにしても放射開始まで時間が掛かる、距離を置かないと・・・。」
 走り続ける空一の先に、半開きの扉らしきものが見えた。
 「(よし!一旦そこに入って体制を整える!!)」
 そう思った空一は腰に下げた閃光弾に手をかけると、そのまま栓を抜くと地面に転がすと振り向かず走り続ける。
 その瞬間・・・。
 ─シュバッ!!
 空一の後ろから光が一瞬のうちに空間一杯に広がる。
 「ギギギギギギー!!!!」
 暗闇の中でしか活動してなかったオオオニグモ達にはきつすぎるほどの光だったのだろう。
 オオオニグモ達のうめき声が後ろから木霊する。
 「今だ!!」
 そう叫ぶと、空一は振り向きざまに火炎放射器を構え、引き金を引く。
 ─カシュッ・・・。
 「出ない・・・。」
 どうやら、落下の衝撃で一部が故障していたのだろう。
 勢い良く出るはずの炎が全くでないのだ。
 「しかし、まだオオオニグモは動けないなら逃げる!!」
 そう言いながら、空一は目の前の扉を開くとそのまま入り込み、扉を閉めた。

 「ふぅ・・・少し落ち着ければいいが・・・。」
 空一が、そうつぶやいた瞬間だった。
 『当室内ニ、適合者ノ反応ヲ確認シマシタ、かぷせるノ電源ヲONニイタシマス。』
 機械的なアナウンスが聞こえると、空一がいる部屋全体に明かりが灯り始めた。
 その部屋は、かなり古くなっていたが研究所のような内装で、巨大なカプセルらしきものが5台並んでいた。
 その景色を目の当たりにした空一は思わず「すごい・・・。」と呟いていた。
 「何かの実験でもしていたのか?随分と古いが・・・このカプセルは一体?」
 その中でも一番端にある『NO:01』と表記された開封されたカプセルはかなりの傷みが生じていた。
 「このカプセルは、未開封だな・・・。」
 そう呟きながら、空一は『NO:05』と表記されたカプセルを覗き込んでみると・・・。
  ─ドキッ!!
 空一の目映ったのは裸の女の子だった・・・思わず見た光景に心臓が飛び出そうになる。
 「お・・・女の子!?なんで!?なんなんだ!?」
 空一は思わず取り乱してしまった。
 カプセルにいた女の子はおそらく年齢から見ると3男の水美ぐらいか、それ以下の・・・と思われる。
 「なんなんだ・・・ここは、何の研究を・・・。」
 空一が呟いたときだった。
 ─ガシュー・・・
 『NO:05』と表記されたカプセルが解放され始めたのだ。
 「!?」
 いきなりのカプセルの解放で空一は驚きを隠せない様子だったが、恐る恐る空一はカプセルに近寄り始めた。
 「やはり、女の子だ・・・」
 カプセルで眠っているのは、白い肌に青い髪の毛の少女だった。
 空一は、このままにはしておけないと言う使命感で女の子の口元に耳を寄せ呼吸の確認をする。
 「息は・・・しているな。」
 そういいながら、空一は軽く女の子の頬を叩き意識の確認を始める。
 「おい!聞こえるか!?大丈夫か!?」
 空一が大きな声で確認する。
 「う・・・ううん・・・。」
 女の子は目を覚ましはじめ、空一と目が合い『君は・・・一体・・・』・・・と問いかけた瞬間だった・・・。
 「う・・・うぇぇぇ・・うえぇぇぇん!!」
 女の子はいきなり泣き叫び始めた。
 空一は全く理解出来ない状況に立たされ、その場でうろたえるしかなかった。
 「この子はいったい・・・?」



 続く!