第二十六話  「キングと呼ばれた男  そしてジン=サオトメ」




 「シャイニング・バァァァドッ!クラァァシュッ!!」

 ゲッP−Xの全身が真っ赤なエネルギーに包まれた。そしてそのエネルギーはまるで不死鳥のような姿に変わっていた。
 これぞ、ゲッP−X最強の必殺技『シャイニング・バードクラッシュ』である。
 ゲッPのエネルギーの大半を機体外部に放出。一種のエネルギーフィールドを発生させ、目標に向けて、その膨大なエネルギーを叩きつけるという、まさに最後の手段である。

 
「いけぇぇぇぇ!!!」
ケイの大絶叫が響く!炎の鳥と化したゲッP−Xが真紅のギア目掛けて突進する!
 真紅のギアもやられまいと、両手に巨大な光弾を発生させる。そして迫り来るゲッP目掛けて放つ!

 カッ!!──

眩い光が周囲を包んだ。次の瞬間には、まるで大型爆弾でも投下されたかのような爆音と爆風が周囲を襲った。



 「う・・・うう・・・・」
 R−ガーダーのコクピットで香田奈は我に帰った。ヘルメットをしてなければ鼓膜が破れそうな爆音が収まり、周囲の砂煙が引いてきた。
 「んん?動く・・・・、死んでた計器が生き返ったの?」
 先程の爆発のショックのせいだろうか、R−ガーダーの計器が生き返り、R−ガーダーは再び動き出した。
 「なんで今頃・・・・」
 よろよろと立ちあがったR−ガーダーは周囲を見渡した。砂にまみれてオンディーヌ隊のロボット達が無残な姿をさらしていた。無傷な機体など一機として無い。
 「そうだ・・・アイツは・・・あの真紅の奴は・・・」
 爆発が起きた方を向いてみた。するとクレーターのように放射線上に広がった爆心地の中央から少し離れた場所に、それぞれ距離を置いてゲッPと真紅のギアが倒れていた。
 「倒した・・・の?」
 確認しようと近づこうとした時、香田奈は目を疑った。真紅のギアはよろよろとだが、立ちあがったのだ。
 「そんな!まだ動く!?」
香田奈は恐ろしい物でも見たように悲鳴に似た声をあげた。ゲッPの最強攻撃を受けて、まだ動けると言うのだ。


 その様子はゲッP自身も確認していた。
 「くそ・・・まだ動きやがるのか・・・」
ジンが恨めしそうな目で見ていた。
 「まさにバケモノや・・・」
真紅のギアをそのような目で見るリキ。
 「くそ・・・トドメを刺されてたまるか。
立てっ!ゲッP−X!!
 ケイが叫んだ。するとゲッPは最後の力を振り絞って立ちあがった。
 「見てろ!ゲッPは不滅だぜ!」
 立ちあがったゲッPを称えるようにケイは叫ぶ。だが、ゲッPに残された力はもう僅かだ。
 「ケイヤ兄い、ガス欠寸前や。」
リキがそう言うと、ジンがそれを補足する。
 「チェンジも出来ない。ビームも無理。しかも動けてあと一分持たないぞ!」
 だがケイはニヤリと笑った。
 「上等だ!天下不滅のゲッP−Xが、ガス欠ぐらいでまいってたまるかっ!」
 ケイの言葉にジンとリキも笑う。
 「そうだな。」
 「いったれ!ケイヤ兄い!!」
 そしてゲッP−Xは真紅のギア目掛けて突進した。それを見てか、真紅のギアもゲッP目掛けて突っ込んできた。双方とも満身創痍のようだ。次の一撃で勝負は決まる。
 「将輝・・・見てろ。今こそ俺の技をゲッPに生かす時だ!」
ケイはそう呟き、真正面の相手を見据えた。真紅のギアはどんどん迫ってくる。
 「今だっ!」
 ケイは相手の突進に逆らわず、真紅のギアの左肩にゲッPの頭を突っ込ませた。それはラグビーやアメフトで押し合う姿に似ていた。
 「ふんっ!」
 そしてそのままギアを掴み、腰と足の力を利用して持ち上げた。そしてギアの両内腿をがっちりと掴み、ギアの自由を奪う!
 「とおっ!」
 そのままギアを掴んだまま、ゲッPは空高くジャンプした。
 「これぞ!48の活人技の一つ!」
そしてまっすぐゲッPは、大地に向けて勢いよく落下する!
 
「マッスルバスタァァァ!!!」

ドカァァァァンッ!!──
 
 爆音を上げ、ゲッPは大地に落下した。これがケイの体術の中でも最大級の威力を持つ必殺技『マッスルバスター』である!その威力は、また裂きに加えて相手の首・背骨・腰骨・大腿骨を同時に粉砕する!
 「もう・・・一歩も・・・動けない・・・」
この技に全身全霊を賭けたゲッPはそのまま崩れるように倒れ付した。そして技を浴びせられた真紅のギアは・・・
 
 「そんな!まだ動くの!?」
香田奈が叫ぶ。ゲッPの渾身の一撃を食らった真紅のギアは、全身から火花を上げ立ちあがった。
 「こうなったら相打ち覚悟で・・・」
香田奈は覚悟を決めた。ボロボロのR−ガーダーを身構えさせ、相手に備えた。だが真紅のギアは、そんなR−ガーダーを無視し、背中のスラスターを吹かし、強引に北の方へ飛んで行った。
 「逃げた・・・の・・・?」
 次の瞬間、香田奈は全身の力が抜け、そのまま意識を失った・・・・



 戦いは終わった・・・・。その結果は惨憺たるものであった。
 オンディーヌ隊の保有する大半のロボットは中〜大破。戦艦ホワイトローズは小破のうえ墜落。負傷者多数・行方不明者多数・・・・。
 しかも目的であったアヴェ開放は失敗に終わった。オンディーヌ隊初めての敗北であった。

 「ちくしょうっ!」
大地が壁に拳を叩きつけた。初めて味わう敗北の味を感じていた。空はかける言葉が見つからず、窓の外に目線を移した。
 外ではミオのクイーンフェアリーと無傷・または軽傷のVRパイロットが無人VRを指揮しながら10/80で、味方の機体の回収作業を行っていた。


 「酷い物だな・・・」
 艦長は次々入る被害報告に顔をしかめていた。特に痛いのは部隊長であるヴィレッタの負傷であった。傷が完治しないままでの出撃に身体が持たず、傷口が開き、集中治療室送りになったのだ。
 「大半の機体が大破しているうえに、ホワイトローズが飛行出来るようになるにはまだ時間が掛かるそうです。」
チェンミンが深刻そうに報告する。
 「パイロットの皆さんも、怪我をした人が多すぎて・・・。シタン先生と詩織さんがてんてこ舞いですよ。お嬢様軍団の何人かが看護に入っているほどです。」
 「解った。チェンミン君、イボンヌ君。ここは私に任せて君達は少し休んでくるといい。」
 「え・・・でも・・」
 チェンミンとイボンヌが顔を見合わす。とてもじゃないがこんな状況で休んでいられない。
 「大丈夫だ。ミキ君とアレフチーナ君を交替要員に呼び出してある。今のうちに休んでおきたまえ。これは命令だ。」
 「了解しました・・・」
 命令なら従わなくてはならない。申し訳ない表情をしながらチェンミンとイボンヌはブリッジを出ていった。
それと入れ替わるようにミキとアレフチーナがブリッジに入ってきた。二人は艦長の言葉を待たずにそれぞれ配置についた。


 格納庫では、整備員だけでは手が足りず、エミリーとセリカ・リアまでが修理に加わっていた。幸い結奈は無傷であった為、中心になりながら修理に取りかかっていた。
 「紐尾主任!ここは我々に任せて休んでください。」
リーダー各の整備員が結奈に言うが、聞く耳を持たない。
 「私はいいのよ!それより修理よ!損傷の軽い機体から優先して行って!VRはある程度なら部品取りに使っても構わない!」
 まるで何かに取りつかれた様に修理を指揮する結奈。
 「(あの力・・・・。あの力だわ・・・私が求めているのは・・・)」
結奈の頭の中は、真紅のギアの事ばかりであった。
 「(一刻も早く修理を終えて、あの機体の行方を追わなければ・・・)」


 医務室は、やっと一区切り付いた所であった。シタンが手術用の手袋を外して、石鹸で手を洗っていた。
 「何にしても、助かって良かった・・・。」
 シタンはそう呟いた。実はあの後、ミオが回収作業を行っていた時、爆発したライードのワイズダックにまだ生命反応があったのだ。
 「ライードが生きてた!?」
ミオから連絡を受けたハルマとりき&まみは狂喜した。
 奇跡的にライードは生きていたのだ。重傷だが命の別状は無い。だがその代償と言うか、今までライードと共に戦っていたワイズダック要員は全て死亡していた。爆発の際に即死だったらしい。
 「お・・・俺だけ生き延びちまった・・・。あいつらが・・・俺を守ってくれたんだ・・・」
 意識を取り戻したライードは涙ながらに、ハルマにそう漏らした。
 「ライードの兄貴!早く良くなってくれよ!それで、みんなのカタキを討とうぜ!」
りきが言える精一杯の励ましだった。りきにとってライードは、頼れる兄貴なのだ。その兄貴の弱気な所は見たくなかった。
 「ああ・・・そうだな。」
りきの言葉がライードには嬉しかった。

 
 「どうだ?様子は。」
ライがリュウセイに話しかけた。ライは片腕を吊っていた。
 「ダメだ・・・。意識取り戻してから部屋に閉じこもりきりだ・・・。」
 リュウセイはドアの外でそう言った。リュウセイも頭に包帯を巻いていた。
 「ショックすぎるぜ・・・・。最愛の弟が生死不明なんだからな・・・」
 リュウセイはそっとドアの方を見た。そこは香田奈と将輝の部屋だった。
 「とりあえず・・・・今は一人にしておいてやるしかないな・・・」
ライの言葉にリュウセイは頷いた。

 「・・・・・・・・」
 香田奈は泣いていた。熱いシャワーも冷たいビールも今の自分の気をはらす事は出来なかった。
 「う・・うううう・・・・」
 目からは止めど無く涙が溢れる。母を亡くした日から・・・・恋人を亡くした日から・・・決して泣かないと誓ったはずなのに・・・
 ベッドにうずくまり、拳を何度も叩きつけた。自分の無力さが情けなかった。
 「ご・・・ごめんなさいお母さん・・・。わたし・・・しょうちゃんを守れなかった・・・。ごめんなさい・・・」
嗚咽を漏らして号泣した。こんなに泣き叫ぶのは数年ぶりだった。
 「なにが・・・しょうちゃんを守るよ・・・。結局守られたのは私じゃない・・・・。あ・・あの人が命を落としてまで守った・・あの子を・・・・」
 ふと顔を上げると、そこには将輝が愛用していたバンダナがあった。そう・・・恋人の遺品を使って自分が将輝に作ってあげたバンダナだ。
 ぎゅっとバンダナを握り締めた。これには自分が愛した二人の思いが込められている。
 「どうして・・・どうして、私の大事な人は・・・みんな私の前から消えて行くのよ・・・・」
バンダナを抱き締めて泣き叫んだ。
 「しょうちゃん・・・・・どうして・・・・」



 砂漠の夜は、昼間とは逆転し、灼熱から極寒へとその姿を変える。真紅のギアにより航行が不能となったホワイトローズの周囲に無人制御の10/80が24時間態勢で警護し、甲板ではお嬢様軍団が交代で見張りに付いていた。
 「さむい・・・・」
白い息を吐きながら、エリカは周囲を見渡していた。昼間の戦闘が嘘のように静かだ。
 「交代よ・・・・。」
 そこへリアがやってきた。手には暖かいココアが入ったマグカップを持っている。
 「ありがと・・・。でも貴方はいいの?昼間修理で・・・」
 ココアを受け取ったエリカが尋ねる。
 「大丈夫よ。仮眠とったから。とりあえずロボットは明け方までには、何機か直るわ・・・」
 「そう・・・。ユナは?」
 するとリアは軽く微笑んだ。
 「大丈夫。ぐっすり寝てるわよ。怪我もしてないし、エルナー達も今は自己修復モードに入ってるわ。」
 「あの子らしいわね。でも・・・私達これからどうなるのか・・・」
 「艦が動けるようになったら、一度日本に戻るらしいわよ。一応初期の目的である宇宙悪魔帝国の前線基地は潰した訳だし・・・」
 その言葉にエリカは頷いた。
 「そうね。今まで手に入れたデータの解析もやりたいし・・・」



 夜が明けた・・・・。幸いアヴェ軍もソラリスの動きも無い。やはり昨日のダメージが大きいらしい。
 「とりあえずの」応急処置を行なったホワイトローズは、フラフラする艦をだましだまし動かし、聖地ニサンへ辿りついた。
 ここで、各ロボットと艦の修理を行なうのだ。ニサンには本格的な戦闘艦の整備ドックは無い。だが砂漠の真ん中で修理するよりは、まだましだ。そして、マルー教母に報告もしなければならなかった。
 集中治療室に入っているヴィレッタに代り、ライとシタンがマルーの元へ向かった。バルト達の事を報告すると、マルーは暗い表情を隠せなかった。
 だが、ライが予想したほど、泣き叫んだりと言う事は無かった。ボロボロのホワイトローズと負傷したライ達の様子から察していたのだろう。
 「大丈夫だよ・・・。若はきっと生きてる。ボク・・・信じてるんだ。若は、そのくらいで死ぬような器じゃないもん。」
ライは思った。「気丈な・・・」と。本当なら泣き喚きたい気持ちなのだろう。だが、教母という立場上それはできない。自分の感情を押し殺しているのだ。
 「ボクに出きる事があったら何でも言ってよ。協力するよ。だって若の友達なんだもん!」
その言葉にライはただ頭を下げ、感謝した。


 ホワイトローズの格納庫では、数機のロボットが修理を終えた。比較的損傷の軽かったR−ガーダーとディアナ、VRなどだ。だが他のロボット達の傷は深く、今だ動けずにいた。
 「よし・・・」
 眼の下にくままで作った結奈が呟いた。徹夜作業だったらしい。年頃の少女とは思えない気迫をたぎらせていた。
 「少し休むわ・・・」
結奈はそれだけ言って、整備員用の仮眠室へ入っていった。整備員達は、やっと休んでくれた・・・と胸を撫で下ろしたのだが、結奈は仮眠を取るために休むわけではなかった。
 「くくく・・・・私の予想通りなら、あの真紅の機体の正体は・・・・」
 不敵な笑みを浮かべて、自分専用の端末を操作する結奈。そして端末のディスプレイに映し出されているデータを眺めた。
 「99%・・・・正体は、あの機体だわ・・・。あとはどうやって、あの機体を手元に戻すかが、問題ね・・・」
少し思案する結奈。そこに仮眠室の外から慌しい声が聞こえてきた。
 「ヴェルトールの反応があったって本当かよ!」
 「本当だ。僅かだが反応があった。」
 トーマスとヘルマンの会話のようだ。どうやら各機に取り付けた発信機の反応を偶然捉えたらしい。慌ててブリッジに向かう二人の足音が聞こえる。それを聞いて結奈は口元を緩ませた。
 「ふふ・・・・万事問題無しのようね・・・。これでゆっくり眠れそうだわ・・・」
 結奈は、そのまま仮眠室のベッドに横になった。



 「なに!キスレブにヴェルトールの反応があっただと!?」
艦長がトーマスとヘルマンの報告を受けて驚いていた。
 「間違いありません!発信機の反応はキスレブの方から発せられていたんです艦長。」
 「と、なるとフェイ君は、キスレブの捕虜になっているのか・・・。」
 艦長の言葉にシタンは頷いた。
 「十分に考えられます。ヴェルトールは元々キスレブ軍のテストベッドに使用されていたギアです。力尽きたヴェルトールを回収された・・・と見るのが妥当ですね。」
 「ううむ・・・」
首を俯かせて艦長は何か考えていた。
 「助けに行きたいのは山々だが、本艦はとてもじゃないが、キスレブまで飛べる状態ではない・・・。どうしたものか・・。」
 「私が救出に行ってきます。彼とは縁のある間柄ですし、少数で潜入するのがベストだと思いますが。」
シタンがそう進言する。確かに現状ではそれがベストだろう。
 「そうか・・・では頼む。ツインザムとゲッPの修理が終わらない限り、ユグドラシルの捜索もできんしな・・・。」
 「最善を尽くします。」
シタンはそう言って話を締めくくろうとした。だがそこへ・・・

 「私も行きます。」

 艦長とシタンが驚いて声のした方へ向くと、そこには香田奈がいた。
 「私も同行します。こう見えても体術には憶えはありますし、足手まといにはならないと思いますが。」
 香田奈の突然の進言に艦長は困惑した。確かにシタン一人だけでは不安だ。だが、彼女では・・・と思った。
 「御願いします。行かせて下さい。フェイ君には何かと御世話になった事だし。」
 「うう・・む。」

 「許可しよう。行ってきなさい匕首中尉。」

 またしても突然、声が掛かった。全員が振り向けばそこにはヴィレッタがいた。
 「私が許可します。よろしいですね艦長?」
 「この部隊の指揮官は君だ。異論は無い。」
艦長の言葉にヴィレッタは敬礼した。
 「ありがとうございます。シタン殿もいいですかな?」
 シタンはただ頷いた。それを確認してヴィレッタは香田奈の方へ向いた。
 「聞いての通りだ中尉。偵察を兼ねて、キスレブへの潜入救出任務を命ずる。期間は五日。いいわね?」
 「はいっ!ありがとうございます隊長!」
香田奈は敬礼した。

数時間後・・・、修理を終えたシタンのヘイムダルと香田奈のR−ガーダーがキスレブへ向けて出撃した。
 ヴィレッタはブリッジからそれを黙って見送った。
 「(私も・・・少し甘いか・・・。)」


 「香田奈さん。フェイに世話になったというのは嘘ですね。」
 艦を離れて、通信限界距離を超えた辺りでシタンは香田奈に話しかけた。
 「解りましたか・・・。シタン先生、カウンセラーの資格もお持ちで?」
 「いいえ。貴方の目がそう語っていましたよ。弟さんの事を考えていましたね。」
 香田奈は少し悲しい顔をした。
 「はい・・・。気持ちの整理がつくまで、なるべくあの子の匂いのする所から離れたかったんです・・・。」
 そう言って胸元を見た。そこには将輝のバンダナが忍ばせてあった。
 「それにフェイ君にはしょうちゃんが、御世話になったことですし・・・・。代りに私が恩を返さなきゃ・・・」
 「フェイは、そんな事思っているような男ではありませんよ。まあ、頑張りましょう。」
 「はい・・・」





 キスレブ──
 旧北アメリカ大陸の国家だ。軍事大国として知られ、ギア発掘の中心的組織『教会』と呼ばれる組織とも関わりが深い事でも知られている。
 アヴェ同様遺跡資源を大量に保有しており、旧連邦崩壊の大戦の激戦地跡に首都『ノアトゥン』は存在する。
本来は多民族国家であったキスレブは、現総統『ジークムント』登場によって急激な政権改革を迫られた。今までは『委員会』と言う統治機関が運営していたが、現総統の台頭によって、その勢力は徐々に縮小されて行った。
 その為、キスレブは改革派と保守派の争いが大きい、極めて政治的に不安定な国家であった。

 キスレブ首都・・・・そしてその総統府、つまり中央政庁の一室。その一室、総統の執務室に一人の伝令役の兵士が入ってきた。伝える相手は勿論、キスレブ総統ジークムントだ。
 伝令役は、ジークムントに定期報告に加えて、『ある次項』を加えた。ヴェルトール奪還についてだ。
 「ほう・・・あの機体を取り戻したのか。」
 ジークムントはそう言った。
 「はっ。それと操縦席に、身元不明の男が一名。アヴェ側の工作員でしょうか?」
 「いや・・・それはあるまい。それにアヴェとの均衡状態が続く今、新型ギアの開発を急がせたい。あの機体が帰ってきただけでも良しとしなければな。」
 ジークムントはそう言い、兵士からヴェルトールの機動データを受け取った。
 「ほお・・・大した物だ。半ば強奪されていた方がいいデータが採取できているではないか。しかも、一部にTDFと思われる技術が加えられている。素晴らしいではないか。」
 恐らく結奈が施したチューンアップの事を言っているのだろう。
 「これは、面白い・・・。あの機体をバトリングに参加させよう。さらなるデータ収集が必要だ。それとパイロットだが・・」
 「はい。」
 「コクピットにいた男を使え、この機体のポテンシャルを引き出すのに最適なテストパイロットだ。」
 すると兵士は「はあ・・・」とだけ答えた。他にも腕効きのパイロットは多くいるからだ。
 「その男は『D区画』に収容させろ。罪状は・・・『ギア強奪と領土侵犯』の容疑だ。」
 「はっ!」
そこで兵士は立ち去った。執務室にはジークムント一人が残された。

 「これで・・・いいのかね?」
ジークムントは呟くように言った。すると、誰もいなかった筈の執務室に黒い影が差した。
 「ふふふ・・・・結構。それでいい・・・」
影が徐々にその正体を現し、軽く笑うように言った。
 「これでいいのだ・・・・」
 影・・・いや黒と茶色に塗り別けられた不気味な仮面をつけた男・・・『グラーフ』はそう言ったのだ。




 「う・・・うう・・・ここは・・・」
 フェイは目を覚ました。身体が少し痛むが、大事は無いようだ。
 「ここは・・・何処だ・・・?」
 フェイは周囲を見渡した。なにやら狭い木造の建物である事はわかった。粗末な二段ベッドの下段に寝かされていた。
 「あっ!気がついた?もう二日も寝たままだったのよ。」
青い服を着た、看護婦らしい女性がフェイに寄り添ってきた。
 「ここは・・?」
 「え?貴方、ここが解らないの?・・・意識を失うほどですものね。記憶が混乱してるのね・・・。いいわ教えてあげる。」
 フェイは看護婦の方へ向いた。今はとにかく情報が欲しかった。
 「ここはキスレブ。キスレブの首都のD区画・・・犯罪者収容施設よ・・・。」
 フェイは驚いた。キスレブ・・・・いつのまにそんな所へ来てしまったのだろう。しかも犯罪者収容施設とは・・・。
 「何故、こんな所に・・・・ん?それになんだ、この首輪のような物は・・・」
 確かにフェイの首には、金属性の首輪のような物が付けられていた。
 そんな時、ガラの悪そうな男が数人、フェイのところへ歩み寄って来た。見れば全員フェイと同じ首輪が取りつけられている。
 「おう!新入りは目が覚めたようだな。『キング』がお呼びだ。」
その言葉に看護婦が驚いた。
 「そんな!この人は病み上がりなのに、もう『洗礼の儀式』なんて。」
 「?」
言葉の意味が解らないフェイは困惑するばかりだ。
 「いいぜ・・・なんだって受けてやる・・・」
 フェイはベッドから起きあがり、男達を睨みつけた。
 「ふ・・いい度胸だ。ついて来い。」

そしてフェイは男達に連れられて、とある一角に連れて来られた。そこにはまたしても印象の悪そうな男数人と、2mは越す身長の緑色の肌に赤色のたてがみのような髪をした大男が待っていた。勿論、首輪もしている。
 「キング!新入りを連れて来ました。」
 男が大男に報告する。この大男がリーダー格のようだ。
 「ようこそ、D区画へ。これより貴様への『洗礼の儀式』を始める!」
キングと呼ばれた男が、大声を上げた。それを聞いて、取り巻きの男達が下品な笑みを浮かべる。
 「おい。洗礼の儀式ってのはなんだ。まずはそれを聞かせろ。」
フェイがキングに向かって言う。
 「簡単な事だ。これから貴様は、俺を含めたここにいる男五人と順に戦ってもらう。それで、貴様のこのD区画での待遇や序列を決める。」
 するとフェイは顔をしかめた。
 「こんな所で、そんな事決めても意味は無い!」
 するとキングはすかさず言い返す。
 「確かに意味など無い!だが、それがこのD区画でのしきたりだ!やれ!儀式の始まりだ!」
 「くっ!」
フェイは襲いかかってきた一人目の攻撃を避けた。どうやら本気でやらなければならないようだ。
 「こうなったらやってやる!かかってこい!」

 戦いを挑んできた男達は、フェイが恐れていたほどの腕前ではなかった。一人・・・二人・・・三人と、所詮実戦を潜り抜けてきたフェイの敵ではなかった。
 「終わりだ!」
 四人目の頭部に踵落しが炸裂した。四人目を倒した所でフェイはキングを睨みつけた。
 「やるではないか・・・。久々に本気で戦える相手とめぐり合えたかもしれん。」
キングは口元に僅かな笑みを浮かべて、襲いかかってきた。
 「!!」
 フェイはキングの攻撃をかわしながら感じた。この男は強い・・・と、恐らくキングの名は飾りではない。フェイは本気を出さなければ危なくなった。

 そこからは、まさに手に汗握る戦いの応酬であった。フェイが技とスピードで優れば、キングはパワーとタフさで優る。まさに柔対剛の戦いであった。
 「せいっ!」
 フェイの突きがキングを襲う!だがキングは避けない。真っ向から受け止めた。
 「なにっ!?」
 次の瞬間、キングの強烈なラリアートがフェイに炸裂した。まさに肉を切らせて骨を絶つ・・・。キングのタフさの勝利であった。
 「ぐ・・・うう・・・」
地面に倒れたフェイを見て、キングはとりまき達に命じた。
 「コイツのランクはAだ。連れて行け・・・」
 キングはそれだけ言って、立ち去った。次の瞬間、キングの胸に激痛が走った。
 「俺を・・・ここまで追いこむ奴がいたとはな・・・」



 地面に倒れふしたままのフェイがいた。キングの取り巻き達が、それをじっと見ていた。
 「どうするコイツ・・・・」
 「どうするも・・・新入りがAだなんて納得いかねえよ。」
 「だけどよ、キングの命に逆らうのか?」
すると、一人の男がニヤニヤしながら口を開いた。
 「このD区画では、行方不明や原因不明の変死が当たり前なんだぜ。」
 ニヤニヤしながらフェイを見つめる。
 「やるのか・・?」
 「キングには、脱走して、首輪が爆発したとでも言えばいいさ。」
 「だな・・・」
 すると、取り巻き達は近くにあった鉄パイプや木材を片手に、倒れたフェイに迫ってきた。
 「あばよ・・・新入り。強くなけりゃ長生きできたのによ・・・」

 
「まてぇいっ!」

 フェイに襲いかかろうとした取り巻き達に、いきなり声が掛かった。振り向けばそこには白いつなぎのような服を着て、背中に日本刀を背負い、頭に『Vの字』が描かれた鉢巻をしめた男が立っていた。
 「なんだぁ?テメエは、コイツの仲間か?」
 「仲間ではない・・・。だが、戦闘不能の相手を集団でいたぶろうなど・・・貴様等、『悪党』だな!」
 男が襲いかかろうとした連中に向けて指差した。
 「バカか?お前。悪党だからこんな所(D区画)入れられてるんだろうがぁ。」
すると一人が気付いたように言った。
 「あいつ・・・首輪してねえぞ。」
 確かに男には首輪が無かった。
 「チッ・・・一般バトラーかよ。一般バトラーにようは無え!怪我したくなけりゃとっとと帰れ。」

 
「サオトメ!ドリルキィィィクッゥゥゥ!!」
 絶叫と共に、男の下半身がまるでドリルのように回転しながら、取り巻き達を襲った!
 「悪党ならば、容赦はせん。」
 男は取り巻き達を睨んだ。それだけで取り巻きたちは顔面蒼白となった。
 「ひっ!ひえええ・・・・」
 怯える取り巻き達に、男の燃える拳が次々と炸裂していく。荒削りな戦法だが、フェイよりも威力はあるようだ。
 「た・・・たすけ・・・」
悪党に情けは無用!そう言うばかりに男の最後の技が出ようとしていた!!

 
「サオトメ・サイックロォォォォンッ!!!」
 次の瞬間、男の身体を中心に猛烈なタツマキが発生した!さらに加えるならタツマキの横に男の顔が幾つも浮かんでいるように見えていた。
 「うわああああ!!!」
取り巻きたちは、一人残らず、タツマキに飲みこまれ、猛烈な勢いで周囲の壁や柱に叩きつけられた。
 男が技を解いた時に、立っている奴など一人としていなかった。
 「宇宙の何処かで、また会おう。」
 男はそう言って、フェイを担ぎ上げ去って行った。

 「お・・思い出した・・・あ、アイツ、このギア全盛のキスレブで、唯一VAでバトリングに参加してる奴だ・・・」
取り巻きの一人が、やっとの事で声を出した。
 「そうだ・・・アイツ・・・一般バトラーで唯一、キングと対等に戦えるかも知れないと噂されてる男・・・」
すると、取り巻き達は驚愕した。
 「じゃ、じゃあ、アイツがコロニー格闘技の覇者にして、最強のVA乗り・・・・」
 「そ・・そうだ。奴が・・・奴が
『ジン=サオトメ』だ!」



 「怪我人だ。診てやってくれ。」
フェイを医務室に担ぎ込んだ男・・・ジン=サオトメが、医務室の男女に話しかけた。
 「ふぇ!フェイ君!やっぱりフェイ君じゃない!」
看護婦らしい女性の声に、フェイは微かに目を開けた。先程の看護婦とは違う声だ。別の人間らしい。フェイがその看護婦を見ると、フェイは目を疑った。
 「か・・・香田奈さん?」
 そう、フェイの目の前には看護婦の格好をした香田奈がいたのだ。
 「なんだ?知り合いか?」
ジンはフェイに話しかけた。フェイは頷く。さらにもう一人の男はシタンだった。
 「せ・・先生まで・・・どうしてここに・・・」
 医務室のベッドに寝かされたフェイは尋ねた。
 「貴方を助けに来たんですよ。このD区画に医者として、潜入したんですよ。」
 フェイの傷の具合を見ながらシタンはそう答えた。
 「だいたいの事情はキスレブの情報局にハッキングして解っています。『ギア強奪と領土侵犯』の容疑がかけられていますね。」
 「ハッキングって・・・、どうやって?」
 すると香田奈がにっこり笑って何かを取り出した。一枚のデータディスクだった。
 「ふふ〜ん♪紐尾さん特製のハッキングソフト〜♪ここに来る為に用意してくれたのよ。」
するとフェイは苦笑した。あいつらしいと・・・。
 「まあ、貴方はいわれの無い罪状で囚われてる訳ですから、さっさとこんな所から出て行きましょう。」
シタンは手当てをしながら言った。

 「それはちょっと無理でヤンス。」
医務室のフェイ達にいきなり声がかけられた。全員が振り向くとそこにはラクダ面をした男が立っていた。首輪をしており、どうやら囚人らしい。
 「ハマーか・・・、何の様だ。」
ジンがめんどくさそうに声をかけた。どうやら面識があるようだ。
 「それはないでヤンス、ジンのダンナ〜。あっ、申し遅れたでヤンス。あっし『情報屋のハマー』と申しヤス。お見知りおきを・・・」
 ハマーと名乗った男は軽く頭を下げた。
 「何故無理と?」
香田奈が尋ねると、ハマーは自分とフェイの首輪をしめした。
 「これでヤンス。これはD区画に収容された囚人にとって牢屋と同じモノでヤンス。」
 「そう言えば・・・これは一体?」
フェイが尋ねた。そう言えばこの首輪の正体を知らない。
 「こいつは『爆弾首輪』と言って、囚人がD区画から出ようとすれば爆発する仕掛けになってるでヤンス。だけど逆を言えば、D区画の中なら自由に動けるという意味でヤンス。」
 ハマーはそう説明した。シタンが興味深そうに首輪を眺めている。
 「なるほど・・・。それなら十分に牢屋の役目を果たせますね。」
 「紐尾さんが見たら、喜びそうね。」
シタンと香田奈のセリフにフェイは怒った。
 「そんな事言ってる場合じゃないだろ!だがキスレブは何故囚人を制限付きとはいえ野放しに?」
 フェイが呟くと、ハマーは答えた。
 「バトリングでヤンス。」
 「バトリング?」
 フェイが言うとハマーは頷いた。
 「私が説明しましょうフェイ。バトリングというのは、ギアを使った格闘試合です。」

シタンが説明するには、キスレブにも普通の刑務所と言う物はある。だが、腕に覚えのある囚人たちはこぞってこのD区画に送られる。バトリングに参加させる為だ。
 「バトリングの王座についた者・・・バトラーは、刑期に関係なく釈放されるでヤンス。勿論そのサポートクルーも含めてでヤンス。」
 ハマーが揉み手をしながらフェイに話しかける。
 「勿論、バトリングは、一般からの参加も可能です。」
 シタンはそう言ってジンを見た。キングの取り巻きたちがジンの事を『一般バトラー』と呼んだのはこの為だ。
 「私達が、調べた結果、バトリングはキスレブの国家的娯楽となっていますが、それは表向きの話です。実際は新型ギア開発の為の試作機のテストです。」
 「ふうん・・・。つまり俺がここにいるってことは・・・」
 「恐らくフェイ、貴方をバトリングに参加させるためでしょうね。これも調べたんですが、貴方のパイロットとしての技量を買われた・・・と行った所ですか。」
 シタンはそう言い切った。
 「と、なると・・・俺は否応無しにそのバトリングってのに出ないとダメみたいだな・・・」
 「ですね。まあ王座につけば、無罪放免ですからやってみる価値はあるのでは?」
その言葉にハマーがニヤリと笑った。
 「さっすがフェイのアニキでヤンス!ではこれからアッシがバトラー登録してくるでヤンス!」
 「ちょっと待て。そのアニキってのはなんだ!?」
 「フェイのアニキの事でヤンスよ。アッシもサポートクルーとして登録してくるでヤンス!でわ!」
そう言い、ハマーは足早に出ていった。その様子にジンが苦笑した。
 「アイツ・・・。俺にサポートクルーを断られたんで、お前に乗り換えたらしい。」
 「そうなのか?」
フェイが尋ねるとジンは頷いた。
 「ああ・・・。アイツはここ(D区画)を早く出たいらしい。それで少しでも王座の可能性のあるバトラーにアプローチをかけてる・・・。まあ情報収集力は高いがな・・・」
 すると香田奈がフェイに寄って来た。
 「へえ・・・フェイ君って、結構有力候補なんだ。」
 「ちゃかさないでくれよ・・・」

 話が一区切りついた所で、ジンが懐をまさぐった。
 「すまないが・・・この男を知っているか?」
 ジンが取り出したのは、一枚の写真だった。写真には身体のあちこちに機械を取りつけたサイバーパンクっぽいスキンヘッドの男が写っていた。
 「いや・・・知らないな・・・。」
 「私も存じませんが・・・」
 「私も・・」
三人は首を横に振った。
 「そうか・・・じゃあな・・・」
ジンはそれだけ言って去って行った。


 「アイツには助けられたな・・・・。何者なんだ?」
フェイは去って行ったジンを見ながらそう呟いた。
 「ジン=サオトメ・・・。コロニー格闘技の王者にして、フリーのVA乗りよ。合法・非合法問わず、VAバトルのチャンプでもあるわ。」
 そう答えたのは意外にも香田奈だった。
 「知っているのかい?」
 フェイがそう尋ねると、香田奈は言い出しにくそうに答えた。
 「そのスジじゃ、有名よ。・・・・私の恋人だった人が、VAバトルのファンでね・・・・。私も興味があって、色々見てたもの・・・」
 遠い目をして答えた。
 「私も知っていますよ。宇宙コロニーの大半がソラリスに制圧されるまで、VAバトルはコロニーでの一大ブームでしたからね。私も本人に会うのは初めてですよ。」
 フェイは「ふうん・・・」とだけ答えた。片田舎に住んでいて、過去の記憶の無いフェイにとって、情報外の事だからだ。
 「ところで先生。バルト達はどうしてるんだ?」
その言葉に香田奈は表情を曇らせた。
 「フェイ・・・実は、若君達は・・・」
シタンは、バルト達の身に起きた事を、こと細かく説明していった・・・・・


 翌日・・・・。ハマーがフェイのバトラー登録が完了したと言う事を報告に来た。勿論、自分をサポートクルーとして登録する事も忘れてはいない。
 フェイは、とにかくD区画から出て、自由になる為バトリングに参加する事となった。
そして、シタンと香田奈を同伴してバトリング競技場へやってきた。バトリングに参加する為のギアを受領する為である。
 D区画のバトラーは、一般バトラーとは違い自分用のギアは持っていない。そこでバトリング協会・・・つまりキスレブ政府が用意したギアを貸与されて戦う事となるのだ。
 勿論、順調に勝ち進めば、それに応じた報酬は与えられるし、稼いだ金で貸与されたギアをカスタマイズする事も許されている。これも新型ギア開発の為のテストを兼ねているからだ。
 そしてフェイに貸与されたギアは・・・・
 「ヴェルトールじゃない。」
ギアハンガーで、フェイに貸与された機体を見て、香田奈の一言。そう・・・目の前にあったのは紛れも無くヴェルトールだ。
 「政府も考えましたね。フェイにパイロットをやらせていた方が、いいデータが取れると踏んだんでしょうね。」
 シタンがそう言ったが、フェイはあまりいい顔はしなかった。
 「どうでもいいさ・・・とことんコイツ(ヴェルトール)とは縁があるようだな。」
フェイはヴェルトールを見上げて呟いた。
 ふと周囲を見渡せば、様々なバトリング用改造を施されたギアが沢山立っていた。その中でフェイが目を引いたのは、赤く塗装された機体であった。
 「・・・・ギアじゃない・・・。なんか雰囲気が違う・・・。」
 フェイはそう呟いた。確かにギアとは何か違う雰囲気を漂わしている。大きさはヴェルトールと差は無いが、スッキリとしたヴェルトールとは対照的に無骨な外観であった。

 「察しがいいな。コイツはギアじゃねえ、VAだ。」
フェイ達に声がかけられた。ラップの音楽を発しているラジカセを持っている褐色の肌の男だ。黄色のズボンに上半身は素肌のまま、その上に黄色のロングコートを羽織っている。首から、幾つものアクセサリーをぶら下げている。軽い感じのする男だ。
 「俺はサンタナ。『サンタナ=ローレンス』、ジンのパートナーだ。まっ、本業はパーツブローカーだがな。」
サンタナと名乗った男は、ガムをクチャクチャ噛みながら話しかけた。何処から見ても軟派そうな男だ。硬派そうなジンとどうやって知り合ったのかが実に興味がある。
 「コイツがジンの愛機BX−02『ブロディア』だ。」
 そう言って赤い機体を見上げるサンタナ。
 「ジンの奴は今、メシ食いに行っていないんだわ。まっ、手合わせする事になったら、お手柔らかに頼むぜ。キスレブじゃあVAのパーツは手に入りにくいんでな。」
 サンタナは、そう言って立ち去った。フェイ達も、試合の時間が近いのでヴェルトールの調整に入った。
だが、その様子を影からじっと見ている連中がいた。先日ジンに倒されたキングの取り巻き達だ。

 「行ったぜ・・・」
 「へへへ・・・・。今のうちだ。」
 「ああ・・・コイツをあのVAに仕掛ければ・・・幾らVAチャンプとはいえ・・・」
男達の瞳が不敵にブロディアを見ていた。



 バトリングの試合が始まった・・・・。
 フェイは王座を勝ち取るためには、まず予選リーグを勝ち抜いて、決勝リーグへのライセンスを得なければならなかった。
 決勝リーグに進むためには予選で五人を無敗で倒さなければならない。だが、予選の相手なぞ、激しい実戦を潜り抜けてきたフェイにして見れば、シュミレーションに毛が生えた程度であった。
 初日の2戦を易々と突破した。フェイの腕もさる事ながら、ヴェルトールの性能が、並のギアを遥かに凌駕しているからであった。
 「フェイ、やりましたね。」
 「フェイ君!すごいじゃない!」
 「流石、フェイのアニキでヤンス。」
三人が初戦突破したフェイを褒め称える。当のフェイも悪い気はしない。
 「まあね。予選だからあんなものさ・・・」
 フェイがさらりと言った時であった。

 
「甘い!甘いぞ!フェイ!」

 いきなりの声に四人はあちこちを見渡す。すると、香田奈が声の主を見つけた。
 「あっ!上!!」
 香田奈がギアハンガーの上を指差した。するとそこには面をつけた男・・・・、アヴェの大武会で、ポリリーナを破り、フェイに武道家のなんたるかを教えて去っていった男・・・ワイズマンが立っていた。

 「フェイ!獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすと言う!幾ら予選の相手が貴様より各下とは言え、自惚れるでない!」
 「なんだと!アンタにそんな事を言われる筋合いは無い!」
するとワイズマンはフェイ達の元へ飛び降りてきて、一言。
 「笑止!!」
 「う・・・・」
ワイズマンのあまりの迫力に、気落されるフェイ。
 「今の貴様は、ギアの性能に頼って戦っているにすぎん!もし、貸与されたギアがヴェルトールでなく並のギアならば、貴様は決勝に進むどころか予選を勝ち抜けるかどうかも怪しいものだ!」
 ワイズマンの言葉がフェイに突き刺さる。
 「それをよく考えるのだな。」
それだけ言って、ワイズマンは去って行った。

 「ワイズマン・・・・アンタは・・・」
フェイが呟いていると、香田奈が首を傾げた。
 「あの人・・・。なんでフェイ君のギアが、ヴェルトールって言う名前か知ってたんだろう・・・?」
 「そうですね・・・何故でしょう・・・。」
 シタンも同じように考えるそぶりを見せた。その時であった!!

ドカーン!!── 突然の爆発音がギアハンガーを包んだ。
 「な・・・なんだ!?」
 フェイ達はあわてて爆発音のした方へ向かった。すると、そこにはジンの愛機ブロディアが左腕から煙を吹いていた。

 「ちょっと!どうなってるのよコレェェ!!」
黒い髪を三つ編みにした東洋系の整備員らしい少女が、左腕を破損したブロディアを見て、声を荒げた。
 「コイツは・・・冗談じゃすまねえぞ・・・」
 サンタナが冷汗を流しながらブロディアの損傷状況をチェックしながら、呟いた。表情は暗い。
そこへフェイ達が駆け寄ってきた。
 「こいつは・・・」
 フェイがブロディアを見上げて呟いた。見ただけでも、ブロディアの左腕が使い物にならない事は明らかだ。
 「おお!あんた等か・・・。畜生やられたぜ。誰かがブロディアの左腕に爆弾仕掛けやがった・・・。試合まで二時間も無いってのに・・・」
 サンタナが苦虫を噛み潰したように言った。そこへ三つ編みの少女が声をかけてきた。
 「サンタナ〜!ボディは無事だけど、左腕はオシャカよ!」
 「あの子は?」
シタンが三つ編みの少女の方へ向いて尋ねた。
 「あいつか?あいつは俺が雇ってる整備士見習のメイシャって奴だ。腕は確かなんだがな・・・。性格がキツクて・・」
 するとメイシャは、むすっとした顔でサンタナの元へやってきた。
 「聞こえたわよ!それよりど〜すんのよ!左腕ェ!!」
 その様子を黙って見ていたジンが初めて口を開いた。
 「左腕の修理は無理そうなんだな?」
 「当たり前よ!試合まで二時間も無いのよ!予備の左腕だって整備中だし。」
メイシャの言葉にジンは決断した。
 「左腕無しで戦う。」
 その言葉に、その場にいた全員が驚愕した。
 「冗談はよせ!ジン!左利きのお前が左腕が使えないってのは、腕無しで戦う事と同じようなものだぜ!」
サンタナがジンに詰め寄るがジンは表情を変えない。本気で左腕無しで戦おうとしているのだ。
 「あ〜!!しょうがねえ!所持パーツの中で使えそうな左腕見つけてきてやる!純正品は無理だからな、期待すんなよ!」
 サンタナはそう言って、何処かへ駆け出した。そしてそのやり取りをじっと見ていたフェイは思った。
 「凄く不利な状況なのに・・・・、あの自信はどこからきてるんだ・・・」


 別のギアハンガーでは、キングの取り巻き達が薄ら笑いを浮かべていた。
 「へへへ・・・やったぜ。これで勝ちはもらったな。」
 「ああ!左腕の使えねえジン=サオトメなんて怖くねえ。」
 

 1時間後・・・・・ブロディアの応急処置は完了した。左腕以外の損傷は少なく、応急処置程度でも一回ぐらいの試合ならば支障はない。だが肝心の左腕だが、赤い機体には不釣合いな黄色に塗装された、巨大過ぎる腕が取りつけられていた。
 「BX-07Rライアット用の左腕・・・・新開発のロケットアームだ。今使える左腕はコイツだけだ。」
サンタナはそうジンに説明した。
 「十分だ。行ってくる。」
ジンはそう言ってブロディアに乗りこんだ。
 「無理だ・・・。あんなバランスの悪い・・・いや悪すぎる機体で戦える筈が・・・」
 フェイはそう呟いた。確かに機体の左右のバランスが悪い。ブロディアの身体が僅かに左へ傾いているのが解る。
 「やられに行くようなものなのに・・・・」
あんな状況でも、揺るぎ無い自信を持ったジンに、フェイはどうかしている・・・と言う考えが頭をよぎった。



 ジンの試合が始まった・・・・・。ジンの相手のギアは『ガナドール』と名づけられた闘士型ギアだ。武器は手に持った銀色の長剣だ。
 フェイ達は、観客席からジンの試合をじっと見つめていた。どう見てもジンの不利は明らか。
 だが、バランスの悪いブロディアはガナドールの攻撃を、そのバランスの悪さを利用して避けていた。
左に重心がある為、左に・・・左に・・という回避行動が取りやすいのだ。
 だが、いつまでも同じ行動が通用するとは思えない。相手は戦法を変えた。積極的に右側を攻める。重心が左にある為、右側からの攻撃が1番辛い。
 「くっ・・・」
 バランスの悪いブロディアを懸命に操りながら、ジンはガナドールにローキックを浴びせる。
 「へっ!甘いぜ!」
やはりバランスが悪いため、ローキックの威力が悪い。易々とブロックされる。しかも重心が乱れてブロディアは転倒してしまった。
 「へっ!勝ちは貰ったぜ。ジン=サオトメ!」
ガナドールのパイロットが叫んだ。だが、男は自分の目を疑った。ブロディアの右腕がしっかりとガナドールのボディを掴んでいたのだ。
 「ふっ・・・」
 ジンはニヤリと笑った。この時を待っていたのだ。がっちり掴んでいればバランスの悪さなど関係無い。
 「くらえ!!」
左腕のロケットを吹かして、ガナドールを何度も殴りつける。ロケットアームのロケット噴射が、倒れたままからの態勢での威力の悪さをカバーしてくれている。しかも左腕が巨大過ぎるため、相手はガードするだけで手一杯。長剣を振るえない。
 「いくぜ!」
 ブロディアは背中のロケットを吹かして強引に立ち上がる。勿論右腕は掴んだまま。左腕のロケットも同時に吹かして、相手を押す!
 「いけぇぇ!!」
ブースターを全開にして、相手を押しやり、競技場の壁に叩きつけた!歪むガナドールの装甲!

 「うう・・・このカミカゼ野郎め・・・。じたばたすんな!!」
男は自らの長剣で、装甲を切り落とした。その部分は、ブロディアが掴んでいる部分だ。
 「どきやがれ!」
ガナドールは片足で蹴りを放ち、ブロディアを身体から引き離した。間合いさえ開けばしめたもの。銀色の長剣が輝く。
 「死ねっ!死ねっ!ジン=サオトメ!!」
長剣がブロディアを襲う。ジンがガードするのがやっとのようだ。
 「へへへ・・・・。お前を倒せば、俺はこのD区画でキングと並ぶバトラーだ。わざわざ爆弾仕掛けた甲斐があったぜ・・」
男の声は、ジンにも聞こえていた。
 「あれは、お前がやったのか・・・」
 ジンが静かに言った。
 「ああ!そうさ!お前が左利きだって事は知っていたからな!とっととくたばれ!この銀色の太刀でよ!」
 「!!!」
ガナドールがトドメとばかりに長剣を振りかざした!だが、ブロディアはそれを左腕で掴んだ!
 「な・・なに!?」
男は驚愕した。自慢の長剣が、ブロディアの左腕から発せられる光で溶け出していくのを・・・・
 「ロケットアーム、リミッター解除・・・、エネルギー放出開始・・・」
掴まれた長剣は、みるみる溶けていく・・・・。男は慌てて長剣を離した。顔色は既に真っ青だ。

 「貴様が銀色の太刀ならば・・・・、俺は
『黄金の腕』!!」
次の瞬間!ブロディアのロケットアームが輝いた。そして大きく振りかぶる!
 
「くらえ!ひぃぃぃさっぁぁぁつっ!!」
左腕の拳をおもいっきり広げるブロディア!そして背中のブースターを全開にして、ガナドール目掛けて突進する!
 
「シャァァァァニングッ!アァァァァムッ!!」

 グワッシャァァァ!!── ブロディアの輝く左腕が、ガナドールの頭部を鷲掴みにする!!

 「ギアバトリング国際条約第1条、
『頭部を破壊された者は失格となる』!!」・・・(ホントかよ)
 ガナドールのコクピットで、男は顔面蒼白どころか、恐怖にのた打ち回っていた。
 「ひっ!ひえええ・・・」
 「まだだ!!まだ貴様に聞きたい事がある!この男を知っているか!?」
接触回線を通して、かろうじて生きているガナドールのモニターにジンが持っていた男の写真が映し出される。
 「しっ!しらねえ!しらねえよ!そんな奴しらねえよお!!」
回線を通して聞こえてくる男の悲鳴にジンは静かに頷いた。
 「そうか・・・。なら!国際条約第二条は!」
 「こ・・コクピットは!狙っちゃなんねえぇぇぇ!!」

次の瞬間、ガナドールの頭部は溶け崩れ、ジンの勝利が決まった。


 「・・・・・・・・」
 「フェイ?」
 「フェイ君?」
シタンと香田奈が、フェイに呼びかけるが返事が無い。フェイはまっすぐジンのブロディアを見つめ、全身総毛立ち、拳を振るわせていた。




 次回予告


  ジンの試合を見たフェイの中で、なにか変化が起き始める!目指せ!バトリングチャンプ!!
 そして向かえるキングとの一騎撃ち!迎える強敵シューティアにフェイはどう戦う?
 そして、キスレブに恐怖が舞い降りる!非道!ソラリスの恐怖の作戦『戦艦落し』!!が迫る!

 次回、サイバーロボット大戦 第二十七話 『バトリングチャンプの正体。恐怖の戦艦落し!』にGO!ファイト!
 次回もバトリングがすげえぜ! 「爆弾首輪は、ラジオの部品では外せません」



 

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