第二十五話 「破壊の権化! オンディーヌ隊全滅!?」
ホワイトローズのハンガーで、R−ガーダーが出撃準備に入っていた。
「よし!行くぜ姉ちゃん!!」
「オッケ!」
パシ〜ンっ!──
将輝と香田奈は御互いの手を打ち合わせ、コクピットに乗り込んでいった。
「・・・・・・・」
その様子を、不思議な表情でリュウセイが見つめていた。
「昨日の様子が嘘のようだ・・・。あんなに感情爆発してたのに・・・」
リュウセイはそう呟いた。そこへライが声をかけた。
「だから心配無いって言っただろう。あの二人はそう簡単に仲たがいする器じゃないのはお前が一番知っている筈だろ?」
ライの言葉は正論だ。TDFに入ってから匕首姉弟と付き合いが一番長いのは自分だからだ。
「二人の問題は二人で解決したみたいだし、俺達がフォローを入れる必要も無かった訳だ。」
ライはそれだけ言って、アルブレードに乗りこんで行った。
「・・・・・そうかもな・・・。」
リュウセイはそう考えグルンガストへ向かった。
「にしても・・・たった一日で、あの喧嘩の応酬から脱出かよ・・・。姉弟の絆ってスゲエな・・・。」
兄弟のいないリュウセイは、そう結論しグルンガストへ乗りこんだ。これから重大な大作戦が始まるからだ。
匕首姉弟の大喧嘩・・・それは普通では考えられない出来事によるものであった。
実の姉に純潔を奪われる・・・・。あってはならないタブーを犯してしまったのだ。将輝にはその気は無くても、結果として起きてしまったのだ。
香田奈が泥酔状態であったとはいえ、将輝の精神的ダメージは大きかった。
一昨日の夜、サイモンにそそのかされて多量の飲酒を行った香田奈は泥酔状態に陥り、そしてサイモン少佐とリッキー一等兵に強烈な殴打を浴びせた。
この出来事については、事の原因を起こしたサイモン少佐が香田奈に謝罪すると言う事で決着がついた。だが問題はその後である。
泥酔した香田奈は、酩酊状態により物事の判断がまるで出来ておらず、心の奥底に秘めていた『元恋人への寂しさ』と『将輝を溺愛』という感情に支配され、同室の将輝を無理矢理・・・・・
こうして一線を超えてしまった将輝は、『実姉に犯された』というショッキングな出来事と『犯してはならないタブーを破った』という己への嫌悪感に支配されてしまったのだ。
ちなみに事の真相を知る者は当の匕首姉弟のみであって、リュウセイやヴィレッタも真相は知らない。それが唯一の救いであった。
そして嫌悪感に支配された将輝から事の真相を告げられた香田奈も、衝撃的な精神的ダメージを受けた。
「う・・嘘・・・。酔ってたとは言ってもわたしがしょうちゃんを・・・・」
顔面蒼白で身体中が震えていた。まるで信じられないものでも見たかのような顔をしていた。
「事実だよ・・・・。酔ってたねえちゃん、俺をむりやり・・・」
将輝は思い出すのも嫌なのか、声を詰まらせた。
「そんな・・・・。サイモン少佐やリッキーさんに怪我負わしただけでもショックなのに・・・。そんな・・・」
思わず頭を抱える。目から涙が溢れそうになった。
「泣きたいのは俺のほうだよ・・・。俺・・姉ちゃんの事大好きなのに。それなのに・・・」
将輝は俯いて静かに泣き出した。
「ご・・・ごめんね。なんて言ったらいいか解らないけど、ごめんなさい!」
ひたすら将輝に向かい頭を下げ「ごめんなさい」を連呼する香田奈。他に謝罪の言葉が思いつかない。
「本当に、何も覚えてないのかよ・・・。」
将輝は泣き顔で言い寄った。頷く香田奈。
「そう・・・。ならそれが数少ない救いだな・・・。でも何か感じた筈だろ?」
「そうね・・・・。朝起きた時、今まで心の奥底にあったモヤモヤが晴れたみたいにスッキリしてた・・・」
すると将輝は、涙を流しながら香田奈の両肩を掴んだ。
「俺って、姉ちゃんのなんなんだよ!?先輩の代わりとでも思ってんのかよ!!」
その言葉は香田奈の胸に突き刺さった。何故か確信に触れられたような気分がした。
「そ・・・そうかもしれない・・。貴方に長船さんの面影を引きずっていたのかも・・・・。でも!しょうちゃんは弟として愛してるのよ!それだけは間違い無い!」
香田奈の必死の弁明に将輝はますます顔を暗くした。
「やっぱそうかよ。あのさ・・・事起こしてる時の姉ちゃん、俺を見てなかったんだよ・・・。俺の中にある先輩を見てたんだ・・。」
「・・・・・・」
記憶に無い香田奈は黙って聞いているしか出来なかった。
「姉ちゃんはさ・・・・俺とじゃなくて、俺の中にある先輩を抱いてたんだな・・・。」
将輝は悲しそうな顔をしてそう言った。将輝の言葉通りなら、香田奈は将輝に対して非常に屈辱的な行為を行ったことになる。
「姉ちゃんの中にある『女』としての感情が、俺にぶつけられたんだな・・・。」
パシ〜ンッ!──
乾いた音を立てて、香田奈の平手打ちが将輝に炸裂した。その顔は悲しみに満ちている。
「いい加減にしてよ!確かに私のした事は許される事じゃないわよ!!でも・・・でも!しょうちゃん、わたしが、あなたの姉がそんなふしだらな女に見えるの!」
すると、将輝は怒りと悲しみが入り混じった表情で立ちあがり、香田奈を睨んだ。
「そうじゃないのかよ!自分の身体の寂しさを弟で慰める女がどこにいるんだよ!」
それからは、二人の御互いをなじる悪態のオンパレードであった。
二人は腹の底にしまいこんでいた不満を爆発させるように罵り合ったのである。
普段仲の良かった姉弟の姿は何処にも無い。
「んふふん〜♪ふふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いながらリュウセイが居住区を歩いていた。
朝食の時間をとっくに過ぎても現れない匕首姉弟を様子見にやってきたのだ。
「お〜い、二人とも〜、まだ寝てるのか〜?」
リュウセイが声をかけ、ドアをノックしようとした時であった。
「しょうちゃんのチビ〜!!!」
「姉ちゃんの露出狂〜!!」
「18年間彼女無し〜!!!」
「うるせ〜!行かず後家〜!!」
「暗い所ダメなくせに〜!!!」
「やかましいデカ女〜!!」
「・・・・・・・・・(滝汗)」
絶句するリュウセイ。いつも仲の良かった二人がこうまで罵り合っている。
「なにがあったんだ・・・・」
とてもではないが、話しかけられる状態ではない。他にも口では言い表せないような悪態が次々と飛び出して行った。
リュウセイはたまらずその場から逃げるように立ち去った。
そして二人の間を考慮して、リュウセイはライだけに相談を持ちかけた。リュウセイにしては頭を使った。
「ほっておけ。」
それがライの発した言葉であった。
「ほっとおけって・・・ライ!お前さ・・・」
「二人の事は二人で解決させるしかない。そうだろ?」
ライはそれだけしか言わなかった。困惑するリュウセイ。
「そうだけどよ・・・・・。」
「まあ、ある程度まで落ち着いたら、軽くフォローするぐらいでいい。今はほっておけ。」
リュウセイは黙って、そうするしかなかった。今の二人に何を言っても多分無駄だろう。
そして、当の本人達は・・・・
「はあはあ・・・」
叫びすぎて息切れを起こしている二人であった。
「・・・ど、どうしたのよ・・・、しょうちゃんネタ切れ・・・?」
「そっちこそ・・・・口ゲンカは女の方が上手じゃないのかよ・・・」
散々悪態をつきまくった二人はそこでしばらく黙りこんだ。
そして、数秒の後、二人の顔に笑みが浮かび、次には一斉に爆笑した。
「ははははは!!!」
「あははははは!」
将輝は先程とは代わり、笑い声で口を開いた。
「ははは・・・。よくもまあ、ここまで不平不満が飛び出すもんだ。恐れ入ったぜ。」
「それは、わたしのセリフよ。言いたいだけ言ってくれちゃって・・・」
顔を合わせて二人は心の底から爆笑した。
「・・・・」
「・・・」
次の瞬間、二人は表情を変え抱き合った。そして抱き合ったまま涙を流し始めた。
「ごめん・・・ごめんね、しょうちゃん・・・。悪いお姉ちゃんで・・・・」
「・・・姉ちゃん。俺さ、やっぱ姉ちゃんのした事許せないよ・・・・でも・・・」
「でも?」
「どんな事されようが、俺、姉ちゃんが大好きなんだよ!シスコンだと言われてもかまわねえ!俺は姉ちゃんが大好きだよ・・・・。」
将輝は香田奈の胸に顔をうずめて泣き出した。発した言葉に裏表は無い。将輝が心の底から発した言葉であった。
「しょうちゃん・・・ごめんね・・・そして・・ありがとう・・・。」
香田奈の精一杯の謝罪の言葉だった。ぎゅっと将輝を抱き締めた。香田奈は今この瞬間ほど弟を愛しく感じた事は無かった。
「姉ちゃん・・・・」
「うん・・・」
二人はそのまま唇を交わした。やましい考えなど無い、恋人達が御互いの愛を確かめ合うようなキスだった・・・
時間は現在に戻り、匕首姉弟は今まで以上の硬い絆で結ばれていた。
そんな事があったとは知らず、ただの大喧嘩だと思っていたリュウセイは二人の様子に安堵の息を漏らした。
「いいな・・・。兄弟や姉妹ってのは・・・」
リュウセイは二人に少し羨ましさを感じ、グルンガストを起動させた。
「さあ!いくぜえ!」
既に頭の中身は切り替えた。問題が一つ片付いた事でリュウセイは集中力が増した。次の瞬間、グルンガストはその黒いボディを大空の下にさらした。
「では、作戦の成功をお祈りします。」
ホワイトローズのモニターにユミールの顔が写っていた。ブリッジの外にはホワイトローズとユグドラシルから離れて行くリーボーフェンが見えた。
「ありがとう、ユミール副長。そちらこそ道中お気をつけて・・・。ジュンペイとキカイオーをよろしく御願いします。」
ヴィレッタは、ユミールに向かって軽く敬礼した。
「それは誓って・・・」
と、そこでモニターにポリンが割りこんだ。
「大丈夫よ〜。ジュンペイ君にはポリンがついてるんだから〜♪」
と、今だ包帯が取れないジュンペイにまとわりつくポリンがいた。
「うっとしい!はなれろ〜!!」
明らかに迷惑そうなジュンペイ。その様子にブリッジ全員が苦笑した。
「では、行ってきます。ヴィレッタ隊長。」
モニターの中でケイが敬礼した。
「二人を頼むわよ・・・ケイ。」
「了解です。」
モニターのケイは微笑むように言った。
「行ったな・・・・」
離れてゆくリーボーフェンを見送りながら艦長が呟いた。
「無事に日本に辿りつけるといいんですけど・・・」
チェンミンが不安そうに言う。
「大丈夫よ。パルシオンが一緒なんだから。」
イボンヌが励ますように声をかける。
「ハワイまで行ければ、ミヤビ少尉達のVA部隊が護衛に付く手筈になっている。心配はいらんよ・・・」
艦長が全員を安心させるように言い聞かせた。
「そうだ、彼等に心配は無い。よし!作戦開始三十分前!!」
ヴィレッタが号令をかけた。いよいよ始まるのだ・・・・『アヴェ奪還作戦』が・・・・
アヴェ奪還作戦──
それはアヴェ政府を現在牛耳っている摂政シャーカーンを打ち倒し、アヴェを開放、そして海賊頭領であり前国王の息子であるバルトが変わって国王の地位につこうとする、一種のクーデターである。
勿論、バルト達の戦闘力は微々たる物、まともに戦えばまず勝ち目は無い。
だが、バルト達には勝算が有った。それはTDF・・・・つまりオンディーヌ隊の参戦である。
ソラリスと関わりを持つアヴェ政府はオンディーヌ隊にとっても敵である。ここでアヴェ政府がバルト達の手に戻れば、ソラリスとアヴェの関係を断ち切る事が出きる上、アヴェとの国交を樹立し正式な協力態勢を取る事も出きる。
そうなればTDFは地球上において、より有利な態勢を取る事が出きる。少なくともアヴェとの全面戦争だけは避けられるわけだ。
「作戦開始五分前です。」
ホワイトローズのブリッジでチェンミンが緊張したような声を出す。モニターにはユグドラシルからミロク小隊のギアとヴェルトールが発進準備に入っている。ユグドラの後部ハッチが上下に開いており、そこからリニアカタパルトに乗ったヴェルトールが見える。
「こちらの全ロボット発進準備完了です。」
チェンミンが続けて報告する。既に三つのカタパルトには、サルペン准尉のテムジン・サイモン少佐のラファーガ・バンガイオーが出動態勢に入っている。
「・・・・・・」
全員が緊張の最中、刻々と時間が過ぎて行く・・・・
そして時計の時刻が『0:00』を指した。黙っていたヴィレッタがカッ!と目を見開いた。
「作戦開始!!!」
ヴィレッタの号令と共に、各ロボット達は砂漠の中へ飛んでいった。
「・・・・・・(頼むぞ。)」
ヴィレッタは心の中で呟いた。そして今一度作戦の詳細を思い起こしていた。
作戦の詳細はこうだ。
いくらオンディーヌ隊の戦力を加えたと言っても、真正面からアヴェの艦隊と戦えば苦戦は必至(戦えない事はない)。そこで、当座の標的を摂政シャーカーンに絞り、シャーカーンを倒した後イグニスエリアを平定。その後でソラリス並びに駐留しているゲブラーとの折衝の中から次の手を考える事にする。
リーボーフェン救出の際の戦闘でアヴェの国境艦隊はダメージを受け、その補充として中央の戦力が幾らか国境に回されている。
その為、幾らか中央の戦力は減少しているが、まだ中央には駐留しているゲブラーがいる。
そこで、ヴィレッタとバルト達が考えた作戦とは、バルト達が王都を制圧するまでの間、ゲブラーを中央から引き離すのだ。
ゲブラーさえいなければ、ユグドラ単艦の戦力でもどうにかなる。
アヴェ軍の大まかな艦隊は大きく湧けて三つ・・・・。中央を警護する『王都防衛部隊』。聖地近辺を警戒している『西方警護部隊』。最後に『国境艦隊』である。これら全てがアヴェ軍とゲブラーとの混成部隊で構成されている。
王都奪還の際には、王都防衛部隊・・・つまりゲブラーの本隊を中央から引き離す。
まずは第1段階・・・アヴェと戦争状態にあるキスレブ軍に偽装した部隊で西方警護部隊を急襲。これらを徹底的なダメージを与え、キスレブが侵攻してきたと思わせ、中央を・・・ゲブラーの本隊を誘い出す。
そして可能ならば、そこでゲブラー本隊を叩き、アヴェにおけるゲブラーとのミリタリーバランスを崩すのだ。
この任務には、拿捕したキスレブ軍のギアを含めたオンディーヌ隊で行う。
次に第2段階・・・手薄になった中央に対し、国境艦隊が中央の支援に迎えないように小規模の遊撃部隊で足止めを行う。幸い国境艦隊のヴァンダーカムは大艦巨砲主義の男であり、人型兵器による戦闘を嫌っている。
その為、機動兵器にとってはまさに格好の獲物であり、非常に戦いやすい。
この任務には、ユグドラシルのミロク小隊を含めたギア中隊とフェイのヴェルトールで行う。
最後の第3段階・・・バルト率いるユグドラシルのクルーと、王都に潜入させているバルトの意志に共鳴した同志達と合流し政庁を制圧、シャーカーンを粛清・・・。
という手筈になっている。特にオンディーヌ隊は西方警備隊とゲブラー本隊とも戦わなければならない。非常に危険かつ、重大な任務である。
「危険な役目だが、我々に退く事は許されない。気を引き締めて挑むように!」
作戦のブリーフィングの際にサルペンが、そう説明するとメンバー達がざわめいた。やはり重大な作戦は緊張もするし、気後れもする。だがそんな中、ケイの一言。
「屁の突っ張りは、いらんですよ!」
言葉の意味はよく解らないが、とにかく凄い自信を持っている事は解った。
その言葉に激励されたのか、メンバー達は俄然燃えていた。
そして、作戦が開始されようとしていた・・・・
その作戦が、実行に移されようとしていた頃、アヴェ中央政庁地下・・・・・
度重なるTDFと宇宙悪魔帝国の攻撃に失態続きのゲブラーではあったが、ようやく態勢を取り戻しつつあった。
キカイオーにより大破させられた、戦艦もようやく修理が終わり戦線復帰も可能なまでに機能を回復していた。
そしてゲブラーに新たな力が加わろうとしていた。
「こいつが隊長!?閣下本気ですかい。」
ランクは大声を上げた。以前、バルト達の海賊アジトを急襲し、キカイオーにより愛機の片腕を、そしてアイボリー軍曹の青ライデンによりさらに機体を真っ二つにされた男だ。
「私も同感ですね。いくらエリートと言ってもね・・・」
ヘルムホルツがメガネを輝かせて言った。海賊アジト急襲の際は、R−ガーダーに半死半生にされかけた男だ。
「これは閣下の直々の指示です。」
ラムサスの隣にいるミァンが感情の無い声で言った。
「・・・・・・・」
ランク達特務部隊四人はそこで黙りこんだ。ラムサスの直々の勅命ならば従うしかない。だが納得は出来なかった。何故なら彼等四人の隊長に任命されたのは、紛れも無くエリィだったからだ。
エリィは黙って、新たな部下となる四人の前に立っていた。自分でも納得はしていない。だが命令ならば従う。それが軍人の義務だからだ。
そんな時、伝令役の兵士がラムサスに何か耳打ちしていた。
「ほう・・・・。やつらがか・・・・こしゃくな真似を・・・」
ラムサスはニヤリと笑い。エリィの方へ向いた。
「斥候が国境艦隊へ向かう未確認ギア中隊を確認したらしい。そこで・・・」
「我々が、討伐に向かえと・・・?」
ラムサスが言うより早く、エリィは口を開いた。それを見てラムサスは不敵に微笑んで頷いた。
「そう言う事だ・・・。新型が使えるようにしてある。『ヴェルエルジュ』・・・お前用に調整してある。部下に認められたければ実力を見せろ。」
ラムサスはそれだけを言って、立ち去った。それをエリィは黙って見送っていた。
「出撃します。」
新たな部下となる男達に向けてエリィはそれだけを発した。
「オラオラオラァ!!」
リュウセイの叫びに呼応して、ブーストナックルが次々とアヴェのギアを葬り去る。ソラリス製のギアならまだしも、発掘品が主体のアヴェ軍のギアなどグルンガストの敵ではない。リュウセイは次々と撃墜スコアを更新して行った。
「いくぜ!ファイナルビィィムッ!」
グルンガストの胸が輝き、膨大な熱戦が放射される。瞬く間に陸上戦艦一隻を沈める。
その上で、二機のラファーガが小型艦に空爆を仕掛けていた。さらに遠目に見れば、ドルカスのハンマーが巡洋艦のブリッジを叩き壊す。まさにオンディーヌ隊の独壇場であった。
「艦長、西方警備隊の戦力60%を無力化。こちらの損害はありません。」
チェンミンが、艦長に戦況を報告する。まさに圧倒的と言える戦いぶりであった。だが、艦長の表情は硬いままだ。
「観測手!どうだ!?中央は動いたか?」
「いえ・・・依然動きは有りません。向こうは増援要請は発しているのは確認しているのですが・・・」
その言葉にチェンミンはイボンヌは表情を曇らせた。
「味方を見殺しにする気なの・・・?」
その言葉に艦長は嫌な予感がした。
その頃、フェイとミロク小隊達のギア中隊は、国境艦隊が配備されている場所まで目前と言う所で、思わぬ妨害を受けていた。
妨害とはゲブラー特務部隊・・・・そしてエリィの乗った新型ギア『ヴェルエルジュ』であった。
「フェイさん!」
「小僧!」
ミロク小隊の面々が叫んだ。立ち塞がる五機のギアの前にヴェルトール一機で立ち向かおうとしていたからだ。
「こいつ等は俺に任せろ!早く国境艦隊へ!」
五対一のハンディキャップを感じさせない声でフェイは叫んだ。
「解った・・・。死ぬなよ小僧!」
ミロク小隊の隊長がフェイに声をかけて先を急いだ。
「オッサンこそな・・・・」
フェイはヴェルトールを身構えさせた。
「さあ!来い!俺が相手だ!」
「けっ・・・甘く見られたもんだぜ・・・」
ランクが吐き捨てたように呟く。
「同感ですね。四対一で勝てると思いなのですかね?」
ヘルムホルツのセリフにフランツが首を傾げた。
「五対一じゃないのかい?」
「あんな得体の知れない新型、数に入れられますか。我々だけで十分です。」
「そうだね・・・。アイツには借りもあるし・・・」
フランツは海賊アジトでヴェルトールに踵落しを食らった事を思い出していた。
「・・・行くぞ。」
ブロイアーが口を開いた。次の瞬間四機のギアはヴェルトールに向けて突っ込んできた。
「あの黒いギア・・・・。フェイか・・・・、やっぱり敵になっちゃったか・・・。」
エリィはヴェルエルジュのコクピットで、四機のギア相手に一歩も譲らないヴェルトールの戦いを見ながら呟いた。
「使うしかないか・・・」
エリィは右手に銃型の注射器を悲しい顔をして見ていた。
「こいつ!前と動きが違うぞ!」
フランツは、ヴェルトールの動きに戦慄を覚えた。少なくとも以前戦った時と比べてスピードもパワーも格段にアップしていた。
「!! ストラッキィ!右だ!!」
ランクが味方の危機に叫んだが、もう遅かった。ストラッキイのソードナイトの側頭部にヴェルトールの回し蹴りが炸裂した!
「ぐえっ・・・・そんな・・」
だが回し蹴り一発で事は終わらなかった。
「なに!?」
特務部隊全員が叫んだ。ロー・ミドル・ハイ・・・と流れるような連続蹴りがソードナイトに浴びせられた。そして最後のミドルキックでソードナイトは完全に機能を停止した。
「なんだ・・・・。あの見事な蹴りは・・・」
ブロイアーが感心したように呟いた。
「ふ・・・、酔っ払った香田奈さんの浴びせた技、たいした威力だ。ひょっとしたらシタン先生の蹴りより効くんじゃないかな。」
フェイは微かに口元を緩ませた。フェイがソードナイトに浴びせた技・・・。それは酔っ払った香田奈がサイモンに浴びせた連続蹴りだった。フェイは香田奈の技を高く評価していた。そして技を真似てみたのだ。
「それに・・・真似たのは俺だけじゃない・・・コイツ(ヴェルトール)もな・・・・」
フェイには、この四機相手でも十分に勝算は有った。何故なら数日前に整備ついでに「技術を見たい」と言った結奈が、ヴェルトールに少々手を加えたのだ。
ヴェルトールのブラックボックスについて、何か解るかもしれないと期待したフェイだったが、天才紐尾結奈をもってしても、ブラックボックスの解明には時間がかかるとの事。
だが、そこで終わる結奈ではない。ヴェルトールにはある種の可変型のサブフレームが存在する事を結奈は付きとめた。そのサブフレームはブラックボックスと関わりのある機構になっていた。
そこで結奈は、ブラックボックスが関与しないギリギリの部分で一部改良を加えた。
それは、ディクセンの関節に用いられている『マグネットコート』を、ヴェルトールのサブフレームに組み込んだのだ。
効果はフェイの予想以上だった。ヴェルトールの運動性は実に30%以上も強化されたのだ。
「油刺したようなもの?」
フェイが結奈に尋ねると結奈は思いっきり不機嫌な顔をした。プライドの高い結奈に『油』という言葉を使ったのがまずかったようだ。
「油で悪い・・・。せめて磁石の反発と言ってほしかったわね。機械的な摩擦は完全に無くなったわ。これは倍のエンジンに交換したと同等の効果よ。まっ・・・エンジンも変えたけどね。出力係数6の物を9の物にね。」
「ようは・・・パワーアップしたんだろ?」
機械の専門的知識が乏しいフェイには、そう答えるしかなかった。
「そうよ。ただフレームの関係上、装甲はそのままよ。攻撃とスピードは増したけど防御に関しては変わり無し。やられたくなければ腕を磨きなさい。」
結奈は話をそう言って締めくくった。
(一度、大破してくれれば、ブラックボックスを解明できるのに・・・・)
という結奈の呟きをフェイは聞き逃さなかった。
出力アップに運動性向上・・・・。これがフェイの勝算であった。海賊アジトの時に比べれば見掛けは変わらないが、中身は別物・・・というぐらいの強化が図られているからだ。おまけにオンディーヌ隊には拳法に通じた人間も多い。フェイの格闘家としての腕も僅かながら上がっている事が自信に繋がっていた。
「とりゃあ!」
上段の掌底がワイドナイツの頭部を吹き飛ばす。さらに背後から迫ってきたカップナイトに強烈な足払いを浴びせ、態勢が崩れた所に胴体に抜き手をぶち込む。
「はあぁぁぁ!」
気合の言葉と共に両の手のひらを合わせる。すると手のひらに真っ白な光の玉が現れた。
「指弾!!」
格闘ゲームの気孔波のような技が、シールドナイトを襲う・・・・。強固な装甲に守られている筈のシールドナイトですら、今のヴェルトールには無力過ぎた。
五分も立たない間に特務部隊のギア四機は戦闘不能に陥った。自らを過信していた彼等の敗北であった。
「・・・・あれがフェイの力・・・・。」
エリィは、瞬く間に特務部隊を倒したヴェルトールに戦慄を覚えた。
「使うしかないのね・・・・」
震える手で袖をめくる。
「!!」
意を決して剥き出しの上腕に注射器を打ち込んだ。それはソラリスの戦意昂揚剤『ドライブ』である。
「・・・出きるなら・・・使いたくなかったけど・・・」
薬物が全身に行き渡るのを感じていた。以前彼女はこの薬の副作用で理性を失い暴走・・・・、同じ士官候補生に重傷を・・・・また、殺害してしまった過去があったからだ。
「!!」
ついに薬の効果が現れたようだ。彼女は理性を失った。
「新型か!?」
フェイは襲いかかってきた最後の一機を見て、そう判断した。外見は軽量級、高機動を得意とする機体で間違い無いだろう。
何処か女性的なシルエットを持ち、白とピンクのカラーリングがそれに拍車をかけている。武器は手に持った警棒のようなものだろう。
「く・・・速い。さっきの四機とは桁違いだ。」
目にも止まらぬ速さで警棒を突き出すヴェルエルジュ。フェイは紙一重で避けるのが精一杯だ。
「ディアナと模擬戦やってて良かったぜ・・・」
フェイは攻撃をかわしながら、そう思った。何日か前、オンディーヌ隊の模擬戦に付き合う際、レイカのディアナ17と戦ったのだ。その時の経験が役に立った。
外見も何処と無くディアナに近いシルエット、女性的なロボットと言う共通点も有ってか攻撃方法もどことなく似ていたのだ。
「スピードじゃ敵わない。パワーで勝負だ!」
警棒の攻撃を右手で受け、そこに左足を叩き込んだ。攻撃を食らい、ひとまず後方を下がるヴェルエルジュ。
「・・・いいじゃないのフェイ〜。」
「!!」
相手のギアから聞こえてきた声にフェイは耳を疑った。
「エ・・・エリィなのか・・・」
エリィだ。目の前の白い女性型ギアに乗っているのは間違いなくあのエリィなのだ・・・。
「もっと戦いましょうよ〜フェイ・・・。わたしとさ〜・・・ファイトしましょうよ〜」
「エリィどうしちまったんだ!」
フェイは、そう叫ぶしか出来なかった。
「こいつが最後だぁぁぁぁ!!!」
横一閃!!──
赤いテムジンのビームソードが、警備部隊旗艦のブリッジを切り裂いた。次の瞬間爆発する旗艦。
「くそ・・・。中央はどうなってるのよ・・・全然動きが無いじゃない。」
旗艦を撃破したと言うのに、サルペンは全然嬉しくなかった。
「おかしい・・・・、幾ら何でも張り合いが無さ過ぎる。」
確かにそうだ。いくらこちらの戦力が優っていたとは言え、ここまで圧倒的に優位にたてるものだろうかと・・・
「弱すぎるぜぇ!俺達が強すぎるせいかもな!」
嬉しそうなのは、りきぐらいだ。作戦の本題が解っているのだろうか・・・と疑問が残る。
そんな時であった。
「何だ!これは!?」
サイモンが声を上げた。見ればサルペンが撃破した旗艦を覗き込んで悲鳴に近い声を上げていた。いつもクールなサイモンからは想像も出来ない声だ。
「どうしたんですか!?」
皆が不思議に思い、集まってきた。サイモンのラファーガが震える指で、旗艦の残骸を指差していた。そこには・・・
「なんだ・・・これは・・・」
サルペンは、声を震わせた。残骸にあった物・・・・それは緑色に光る球体であった。
「!?」
次の瞬間、球体が輝いた。
「やあ、おれだよ。名前?『コア造』ってんのよ。『コア』に『造』て書いて『コア造』ね。職業はね『コア』」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その場にいたオンディーヌ隊全員が黙り込んでいた。それに構わず緑色の球体・・・コアは、話し出した。
「でね、ほんとは秘密だけどね。頭の中にも人いんのよ。『たけし』君。『たけ』に『し』で『たけし』。」
「関係?二人の?それはちょっと言えないね。子供も見てることだし。」
「夢?あるよ。弁護士。もっと身体きたえないとね。基本だから、弁護士のさ。」
「あ?悪いねおればっかで。でも練習、ほら、弁護士の。夢だから」
「・・・・・・・・・・・・」
サルペンのテムジンが震える手でビームソードを構えていた。言葉に出来ない何かがサルペンを支配していた。
「もう壊す?ど〜かなぁ?つまんないよ、壊しちゃうと。なんつ〜の?ほら。」
「うわあああああああああああああ!!!!!!」
サルペンの大絶叫!次の瞬間にはビームソードがコアをメッタ刺しにしていた。それだけでは収まらないのか、既に機能停止している旗艦を切り刻んでいた。
「・・・・・」
全員、止めない。いや・・・サルペンの言いたい事、やりたい事は解っていた。だからこそ止めなかった。
そして、やっとサルペンも落ち着いたのか、ようやくビームソードの電源を落した。
「こいつは・・・・一体・・?」
サイモンが呟くと、サルペンは言い出しにくそうに答えた。
「これは・・・・、SF虎巣喪組の・・・・」
「SF虎巣喪組!?」
虎巣喪組と聞き、サルペンの傍にバンガイオーが近寄ってきた。
「これは、虎巣喪組の『スーパー・エクセレント・スペシャル中枢エネルギー管理システム』。」
その言葉に、全員が黙りこんだ。
「その物凄い技術のおかげで人語を理解し、感情すら持ち合わせていると言う・・・・」
「すごいですね・・・・でも・・・」
まみが話に割り込む。なにか言いたげだ。
「私がVRAにいた頃では五種類の人格が確認されていたわ・・・・」
「でも、今の人格は、コアには不必要な人格ですよね。」
まみの言葉をサルペンはあえて反論しなかった。
「でもこれで一つ解ったな。ソラリスと関わってるのはアヴェだけじゃない。SF虎巣喪組も絡んでる。」
ライが残骸を見つめながら言う。
「恐らく、宇宙辺りで取引でも行っているんじゃないか。」
その言葉は恐らく正しい。虎巣喪組は宇宙マフィアとも言われている。その宇宙で最も力を持つ勢力であるソラリスと繋がりがあってもおかしくない。
「でも・・・、旗艦に虎巣喪組のシステムが組み込まれているってどう言う事?ソラリスの連中、虎巣喪組のシステムをそんなに信頼しているのかしら・・・」
ハルマが何気なく言ったセリフにライは、ハッと何かに気付いた。全身が総毛だった。
「しまった!罠だ!!バルト君たちが危ない!」
その頃、フェイとエリィの戦いは続いていた。
「くっ・・・・エリィ・・・。戦うしかないのか・・・」
フェイはエリィのヴェルエルジュに対して手だしが出来なかった。今のエリィは、今まで自分が知っている彼女ではなかったからだ。
「フェイ〜?どうしたのよ〜。戦いましょうよ〜、わたしと〜。」
違う・・・・。これはエリィではない。フェイは直感的に感じていた。だが、何故こうなったのかが解らない。
「まてよ・・・。もしかしたら・・・」
フェイは海賊アジトで戦った後にシタンから聞かされた事を思い出していた。
ドライブ・・・・。そう言う名前の薬物が、ソラリスのパイロット達の間で使われている事に・・・・
「エリィもその薬のせいで・・・・」
確証は無い。だが今のフェイにはそうとしか思えなかった。でなければあの優しい顔をしたエリィがこうまで変貌するとは思えない。
「フェイ〜。どうしたのよ〜?どうして戦わないの〜?なら本気を出させてあげる〜。」
その声に呼応して、ヴェルエルジュの腰部・・・人間で言うと臀部の上からスカートのように伸びているテールスカートが開いた。
「!!」
フェイは、驚いた。ヴェルエルジュのスカートの中から現れた無数のひし形のくさびのような物が、ヴェルエルジュを守るように宙に浮いていたからだ。
「いけっ!『エアッド』!!」
エリィの脳裏に白い火花が走った。そして無数のくさび・・・『エアッド』からレーザーが発射された。
「うわああああ!!」
無数のレーザーを浴び、防御するのがやっとのフェイは悲鳴を上げた。その声が今のエリィをますます愉快にさせていく・・・。
『エアッド』・・・・・・ それはソラリスが開発した、精神感応誘導型遠隔攻撃兵器である。パイロットの脳波に感応し、妨害電波等に影響されずに的確な遠隔攻撃が可能な兵器である。解りやすく言うとディクセンのA−サテライトのようなビット兵器と同じような物だが、性能的にはこっちが上。
もっと解りやすく言うと、『ファ○ネル』。
その為、強力な精神力やエーテル能力を持った人間で無いと動かす事は出来ない。ヴェルエルジュのパイロットにエリィが選ばれたのも、強力な精神力とエーテル能力を有していたからだ。
「え・・・エリィ!薬に負けちゃダメだ・・・。君は薬に頼るような弱い奴じゃない!」
フェイは、エアッドのオールレンジ攻撃に必死に耐えながら声を振り絞った。
「エリィぃぃぃ!!」
ダッ!──
ヴェルトールが無謀にも、ヴェルエルジュ向けて突進した。レーザーの雨を浴びながら・・・・
一方、バルト達は、ファティマ城に無事辿りついていた。
城下に潜んでいた同志達とも合流は完了し、これよりファティマ城を制圧するために・・・・
「よし!行くぜ!!」
バルトは鞭を構えなおして、同志達に激をかけた。作戦通りなら、ファティマ城にゲブラーはいない。今こそ積年の恨みを晴らし、悲願を達する時であった。
その時であった──
ブチッ!──
「ん?シューズの紐が・・・・」
制圧作戦に参加していたシタンが足元を見た。すると片方のシューズの靴紐の一部が切れていた。
「何か・・・・嫌な予感が・・・」
そしてそれと同じ事は、待機中のユグドラシル内部でも起きていた。
カシャン──
艦内バーで、グラスを磨いていたメイソン卿が、カップが割れているのに気付いた。
「これは若のカップ・・・・。嫌な予感が・・・・」
メイソン卿は胸騒ぎを覚え、バーから何処かへ足を運んだ。
「間に合え・・・・間に合え・・・・」
ホワイトローズのブリッジで、艦長は苛立っていた。大気圏内では空力の関係上、ホワイトローズはそんなに早く飛べないのだ。
完全に作戦は読まれていた。このままではフェイ達はともかく、ファティマ城に向かったバルト達ユグドラシルのクルーが危険だ。ゲブラーは中央にいるのだ。
機動性に富んだロボットを先行させる・・・と言う事も考えたが、先程の警備部隊との戦いで推進剤や弾薬を消費していた。補給が終わるまでは出撃できない。
「くそ・・・何処から作戦が漏れたんだ・・・。」
ライがアルブレードの中で悔しそうに呟いた。
「恐らく、バルト達の同志の中にアヴェに捕まった奴がいるんだろう。大方自白剤でも打たれて・・・」
サイモンがそう答えた。
「または・・・内通者ね・・・」
サルペンのセリフは全員を黙らせた。考えられない事ではない。
「とにかく、今は中央に戻る事が先決だ。こうなったらやむをえん、ゲブラーと正面からぶつかるぞ。」
ブリッジにいるヴィレッタの言葉がやけに重々しく感じた。
ガシィッ!──
ヴェルトールがヴェルエルジュを押し倒した。機動性に長けた機体も組み合ってしまえばその能力は活かせない。それにパワーならヴェルトールの方が勝っている。
「エリィ!エリィ!頼む!正気に戻ってくれ!」
フェイはヴェルトールでヴェルエルジュの顔を引っ叩いた。人間くさい行動で、ギアに効果があるのかどうかは疑問だが、今のフェイは御真面目であった。
「・・・・・フェイ・・・」
「エリィ!?勝機に戻ったのか!」
するとエリィは薄く笑った。
「薬の量・・・・少なかったみたい・・・」
「ははは!!愚か者め!貴様等のあさはかな手など御見通しよ!」
ファティマ城の中央でシャーカーンの笑い声が響いた。
「くそ・・・・、失敗かよ・・・。」
バルトはシャーカーンを親の敵のような目・・・いや実際そうなのだが、それぐらいの憎しみを込めた目で見た。
制圧部隊は、完全に周囲を包囲されていた。回りには武装した兵士が機関銃の狙いをこちらに定めている。シャーカーンの指示でいつでもこちらを射殺できる。
「あさはかな作戦だな。今頃貴様等の潜砂艦には、ラムサス閣下のゲブラー本体が攻撃を仕掛けようとしているころだろう。」
「く・・・・」
読まれていた・・・、どこから作戦が漏れたのかは解らない。だが、今はそんな事を考えている場合ではない。失敗した以上、一刻も早く脱出してユグドラへ戻らなければ・・・
バルトは軽く周囲を見渡した。回りは完全に包囲されている、おまけに兵士達は完全武装だ。突破できたとしても高い城壁が邪魔をする。
と、なると脱出口は空か地下しかない。だが歩兵を中心にやってきた制圧部隊では、そんな装備持ってはいない。
「以前の潜入には、お嬢様達とツインザムがいたからな・・・」
バルトは、少しでもお嬢様達を連れて来なかった事を悔やんだ。白兵戦闘で彼女達より秀でた者はいないからだ。しかも彼女達は空が飛べる。
前回の脱出にはツインザムが関係していた。地中航行能力を持つツインザムならば、こんな危局を乗り切る事もたやすい。
「どうする・・・・」
今から増援を呼んだところで間に合うわけは無い。まさに絶体絶命・・・
「構え!」
シャーカーンが指示を出す。バルトの顔に冷たい物が流れ落ちる。その時であった!!
バラバラバラ!!!──
激しいローター音と共に、一機の小型ヘリがファティマ城に乗り込んできた。それはシタンが保有していた小型の輸送ヘリだ。
「逆賊シャーカーン!一歩でも動くとガトリング砲の餌食だぞ!」
ヘリからメイソン卿の声が響いた。確かに三門の重機関砲がシャーカーンへ向けられていた。
「爺!ナイスタイミングだぜ!」
バルトは喝采を浴びせる。
「若!皆様と共に早く乗ってくださいませ!」
メイソンの声がこの時ほど頼もしく感じた事は無かった。なんという勇猛果敢さであろうか。
バルト達は急いで輸送ヘリに乗りこんだ。そして全員が乗り込んだ事を確認すると、操縦席のメイソンはキッとシャーカーンを睨みつけた。
「勝負は預ける!」
メイソンはそれだけ言うと、大量の煙幕弾を発射して、飛び去って行った。
「爺!急いで戻ってくれ!ユグドラが・・・シグ達があぶねえ!」
「かしこまりましたぞ!若。」
その頃、フェイはアヴェ国境艦隊と激しい戦いを繰り広げていた。情報どおりギアの数は非常に少ない。大型艦中心の艦隊だ。機動性に富むヴェルトールの敵ではない。
「雑魚に構うな!目標は旗艦だ!」
先行しているミロク小隊から通信が入る。
「任せろ!俺が取りつく!援護してくれ!」
フェイは艦砲射撃を易々と避けながら言った。
「了解だ!頼むぜ小僧!」
フェイの頭からは、もうエリィの事は消えていた。今はバルトとの約束守る時だ。
国境艦隊と戦う少し前、正気に戻ったエリィは機体を降りて、フェイと語り合っていた。
「・・・貴方とはじめてあった時、何か・・・他人じゃないって気がしてた・・・」
そうエリィは言った。フェイは黙って頷いた。
「俺もそんな感じがしていた・・・。でもこんな形で再開したくなかったな・・・」
「そうね・・・。でも前にも言ったじゃない。『今度は敵』だって・・・」
そう答えるエリィは何処か寂しそうだった。俯いているエリィを見て、フェイは黙ってヴェルトールに戻ろうとしていた。
「行くの?」
「ああ・・・・バルト・・友人と約束と約束したんだ。」
「そう・・・」
二人の会話はそこで終わった。フェイはヴェルトールで国境艦隊に向かった・・・・
「フェイ・・・」
エリィは遠い目でヴェルトールを見送った。
その頃、国境艦隊旗艦のブリッジで、司令官ヴァンダーカムは迫り来るヴェルトール達ギア部隊に向けて、部下達に指示を飛ばしていた。
「各艦へ通達!兵器使用自由、回避運動開始!但し相互支援のできる陣形を乱すな。」
ヴァンダーカムの航空参謀が各課のオペレーターへ的確な指示を飛ばす。
「了解。旗艦より全艦へ、オールウエポンズフリー、レッツ!ダンス!(各部署、各個に撃て)」
すると、そこにヴァンダーカムが割りこんだ。航空参謀の出した指示に異論があるようだ。
「まあ待て、航空参謀。通信兵!命令変更!第二駆逐戦隊を敵の後方へ回りこませろ。艦隊の横腹をあけて我が旗艦『キファインゼル』の主砲領域へ敵ギアを誘い込む。」
その命令に参謀は耳を疑った。機動力の高いギアを旗艦の主砲で捉えられるわけは無い。
「射撃管制所!砲術長!三式弾を用意。それと主砲発射に備えて、甲板の機銃員を退避させておけ。 カトンボ(ヴェルトールの事らしい)め・・・主砲で光にまで分解してやるわ!」
その命令に参謀は言葉を失った。対ギア戦で機銃員を下がらせるなど正気のさたではない。恐らくこの事を進言しても、「豆鉄砲(機銃)で何ができる!」と言い返されるのがオチだ。参謀は脱出の手段を考え始めていた。
「遅いぜ。」
フェイは艦砲射撃をものともせず直進していた。大型火器は威力は確かに大きい。だが当らなければ意味は無い。しかも戦艦の砲撃は連射が出来ない。次弾の発射までには幾らか時間がかかる。それまで接近してしまえば怖くは無い。むしろ、数が多く連射の効く機銃の方が恐ろしい相手だ。
「あれが旗艦か・・・・」
フェイは旗艦を肉眼で捕らえた。目の前には護衛艦らしき艦が2隻見える。
「よし・・・」
フェイは弾幕をかわして、護衛艦の一隻の前に出た。突然目の前に現れたヴェルトールに驚いたのか、護衛艦の砲塔が動いた。それを見てフェイはにやりと笑みを浮かべる。
狙いを自分に合わせるように動く砲塔・・・。ヴェルトールはまるで誘導するように動く。そして事は起きた。
ズドォォォン・・・──
護衛艦の主砲が火を吹いた。だがそれはヴェルトールを狙うには近すぎた。そしてまんまとフェイにはめられた事も気付いていなかったに違いない。
主砲はもう一隻の護衛艦に命中した。火を上げる護衛艦・・・・。そして呆然とするもう一隻のブリッジ目掛けて機銃を連射するヴェルトール。
牽制用の機銃だが、接近していれば十分な威力はある。たちまち火の手が上がる護衛艦。
「よし!これで旗艦は丸腰だ・・・」
護衛艦を撃破したフェイは、旗艦目掛けてジャンプした。
「き、きたぁぁ!!」
旗艦のブリッジで通信兵が悲鳴を上げた。甲板上にはヴェルトールが立っている。こちら目掛けて機銃を放っている。撃墜されるのも時間の問題だ。
「うろたえるな!見ろ!奴が立っている位置を、主砲の目の前ではないか!砲術長、主砲装填!零距離射撃で吹き飛ばしてやれ!」
この状況で尚も勝利を疑わないヴァンダーカム。こんな至近距離で主砲を撃てば、自分達でさえどうなるか、解らない筈は無いのに・・・
航空参謀はそっと脱出の準備に入った。
フェイが旗艦に取りついたのをミロク小隊も確認していた。ヴェルトールは甲板上を暴れまわっている。足元の副砲を叩き壊し、機銃の発射口に向けて指弾を放ち破壊する。まさに八面六臂の大活躍だ。
「よし!小僧に続け!」
ヴェルトールの戦いに感化されてか、ミロク小隊の赤いギア達が、次々に旗艦に取りつき始めていた。
「もう・・・終わりだ・・・」
通信兵達は、怯え脱出に入っていた。統制も何もあったものではない。
「貴様等!敵前逃亡は重罪だぞ!」
ヴァンダーカムの怒声がブリッジに響くが、誰も聞いてはいない。気付けば参謀も姿を消している。
「おのれ・・・・」
ヴァンダーカムは、ブリッジから見えるヴェルトールを苦々しく睨んでいた。ヴェルトールはヴァンダーカム自慢の巨大な主砲に掌打を何発も浴びせていた。既に主砲は使い物にならない事は誰が見ても明らか。
ヴェルトールはトドメとばかりに、主砲の砲身の中に指弾を撃ちこむ。次の瞬間、主砲は大爆発を起こし、連鎖的に機関全体に誘爆を引き起こした。
「・・・・・・・・」
既にブリッジにはヴァンダーカムしかいない。ヴァンダーカムは何かに取りつかれたような顔をした。
「そうだ・・・まだあれがある・・・あれさえあれば・・・」
ヴァンダーカムはそう呟き、ブリッジから姿を消した。
「何!?」
主砲を破壊したフェイは、旗艦の後部から現れた物体に度肝を抜かれた。
後部から現れたのは、巨大なカメ型ギアであった。
「ヴァンダーカムの野郎、ギア嫌いなくせに、結局はギアに頼ってやがるな。」
ミロク小隊の隊長が吐き捨てるように言う。
「それだけ必死って事か・・・くるぞ!」
フェイが叫んだ後、ギア部隊は散開した。前足が触手のようになっており、伸縮自在のようだ。伸びた前足がフェイ達を襲った。
「この野郎!」
ミロク隊長のギアのキックがカメ型に炸裂する。だが効果は薄い。装甲が分厚いのだ。
「カメだけあって、硬い奴だ・・・。」
フェイが呟く。おまけにスピードの低さを伸縮する前足で補っている。
「狙うは・・・頭か・・・いや!」
フェイは何かに気付いたのか、ミロク小隊に呼びかけた。
「俺に考えがある。悪いが前足の動きを牽制してくれ。」
「了解だ!頼むぜ小僧!」
ミロク小隊のギアが左右へ散った。フェイの提案に従い前足を牽制している。その隙に、フェイが中央の頭を踏みつけ、背中へ飛んだ。
「食らえ!!」
ヴェルトールは、カメ型の背で何度も踏みつけるような蹴りを放った。これはフェイの体術の一つだ。普通は空中で相手を何度も踏みつける技なのだ。フェイは一点に集中して蹴り続けた。すると・・・
ピシッ!──
背部の装甲・・・・甲羅のような装甲に亀裂が走った。一点集中の攻撃が効いたのだ。
「これでどうだ!」
ラスト一発・・・・渾身の力をこめた蹴りが甲羅をついに打ち砕いた。甲羅の中央に穴が開く。
「トドメだ!」
フェイは穴に向けて機銃を撃ち込んだ。これが何を意味するのかは誰にでも解る。
兆弾・・・・・堅い装甲に覆われていれば、その内部に無数の弾丸を撃ちこめば、弾丸は機体の中で飛び回り、内部から破壊する・・・。
ダダダダ──
ヴェルトールに残されていた全弾丸がカメ型の中で飛び跳ねる。やがてカメ型は内部から煙を吹き小さな爆発を何度も起こし、そして動きを止めた。
「終わったな・・・」
フェイは安堵の息を漏らした。
「やったな小僧!」
ミロク隊長が笑いながら寄って来た。通信から聞こえる声は嬉しそうだ。
「ああ・・・。任務完了って所かい?」
苦笑するフェイ。
「よし、若達と合流しようぜ。」
そう言ってフェイ達は戦場から離脱しようとしていた。
ブチッ!──
「またシューズの紐が・・・・」
シタンはまたしても靴紐がちぎれた事に、不安を募らせていた。
「フェイの身に何か・・・・。メイソンさん急いでください。」
「了解です。シタン殿。」
機能停止したカメ型ギアの中でヴァンダーカムは、拳を握り締めて悔しがっていた。無念さに満ちていた。
「このワシが・・・・。このワシが・・・・。あんなオモチャに・・・」
食いしばる口もとの端から赤い物が流れ落ちる。
「うぬは力が欲しいのか・・・・」
「!!」
いきなり声がかけられた。無線は壊れて使い物にならないというのに。まるで脳に直接呼びかけられたように・・・
慌てて、かろうじて生きているモニターを覗きこむ。するとそこには灰褐色で塗装されたスマートな人型ギアが、腕を組んで浮かんでいた。
「答えよ・・・。うぬは力を欲するのか・・・」
そのギアから声が聞こえる・・・。ヴァンダーカムにはそう感じた。
「我は『グラーフ』、力の救導者・・・」
ヴァンダーカムは即答した。
「欲しい!力を、強い力をくれ!」
すると灰褐色のギアは頷き、右手を差し出した。
「我の拳は神の息吹!『墜ちたる種子』を開花させ、秘めたる力をつむぎ出す!!美しき滅びの母の力を!」
右の拳から、言い知れぬ何かが、カメ型ギアに降り注がれた。
ヴァンダーカムは何かに支配された。
「ぐわあっ!」
ミロク小隊のギアの一機がいきなり爆発した。
何事かと思い振りかえれば、先程倒した筈のカメ型ギアがこちらに向かって前足を伸ばしていた。あちこちまだ煙と火花を見せているものの何故か動いていた。しかも背中の甲羅が無く、剥き出しになった背部には大型の砲塔が存在していた。
「やろう・・・まだ生きてやがったか!」
ミロク隊長が吐き捨てるように言い、カメ型に向かって突進して行った。フェイもそれに続いた。
「コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル・!」
フェイには聞こえた。カメ型から発せられた声に。
そして感じた。何か言い知れぬ雰囲気に包まれている事に・・・。先程までとは明らかに違う。純粋な殺意と憎悪に満ちている。
「この雰囲気は・・・・」
だが考えている暇は無い。激しい砲撃と前足の攻撃が容赦無く飛んでくる。スピードもパワーも先程とは比べ物にならない。
「ぐわああ!!」
また一機、ミロク小隊のギアが破壊された。パイロットの断末魔の声が戦場に響く。
「このお!!」
果敢に攻撃を仕掛けるヴェルトール。だがエネルギーは底をつきかけており、機銃の残弾は0だ。
それでも戦った。やられ続けているミロク小隊を見捨てるわけにはいかない。何度も蹴りや得意の掌打を放つ。だが相手はダメージを負う事など気にしてはいない。明らかにこちらを仕留める事しか頭に無いようだ。
「ぐお・・・」
前足の一撃がヴェルトールに襲いかかった。激しい打撃に吹き飛ばされるヴェルトール。コクピットに非常事態を知らせるアラームが鳴り響く。
「くそ・・・、まだまだ・・・」
だがそこで恐れていた事が起きた。
「エネルギーが・・・・オートチャージに三十分だと・・・」
ヴェルトールのエネルギーがついに尽きたのだ。予備電源も作動しない。補助バッテリーが損傷したらしい。
「う・・・動け!このままじゃみんなが!」
だがエネルギーの尽きたヴェルトールは反応しない。非常電源でコクピット内の電力を維持するのがやっとの状態だ。それがフェイをいっそう追いこんだ。映し出されているモニターにミロク小隊のギア達がなす術無くやられつづけていたからだ。
「やめろ・・・・」
「やめろ・・・・・・」
やられ続けるミロク小隊に対して何も出来ない自分が恨めしい。
「やめろぉぉぉぉ!!!!!」
絶叫するフェイ。その刹那、彼の中に何かが現れた。
一方、ユグドラシルに戻ったバルト達にも危機が迫っていた。シャーカーンの言った通り、ゲブラーの本体がユグドラに攻撃を仕掛けていた。
潜砂艦であるユグドラシルとゲブラーの空中戦艦とでは戦闘力が違いすぎていた。ユグドラは対地・対砂装備は充実していても、対空装備に関しては貧弱な面は見逃せない。しかも相手は空中戦艦である、空中からは相手は丸見えであるし、遮蔽物の少ない砂漠では空からの攻撃は防ぎようが無い。
「あそこには、マルー達が残ってるんだ!戻る!絶対に戻る!」
砂の中まで攻撃を仕掛けられながらも、バルトは諦めなかった。
「そうだ!フェイは・・・、フェイ達は無事なのか?オンディーヌ隊の連中は?」
すると通信兵が言い出しにくそうに答えた。
「それが、突入の連絡を受けてから以来、何も・・・。オンディーヌ隊の方々は全速力でこちらへ向かっているようなのですが、西方警備部隊自体が囮だったらしく・・・」
「ようは、まんまと敵に別けられちまったって訳か・・・。畜生、こっちの作戦が利用されちまってる。」
バルトは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ドオオン──
また艦内に震動が襲う。どうやら攻撃を食らったらしい。
「後ろからか・・・。くそっ!」
「若!後方300!発射管開放音確認! 潜砂艦!?大きい・・・速度60相対進路0−0−0!死角に隠れてやがった!」
ソナーオペレーターが叫んだ。どうやら空中戦艦だけでなくユグドラのような潜砂艦まで用意していたようだ。
オペレーターの言葉にシグルドが何かに気付いた。
「この戦法は・・・カールだ。間違い無いラムサスだ。」
シグルドは、思わずラムサスを士官学校時代の愛称で呼んでいた。昔は友人であったが今は敵である男のことを・・
「魚雷接近!数は2!速度87!」
ソナーオペレーターが魚雷の接近を告げる。
「デコイ2番・4番射出!機関停止準備!」
魚雷をかわす為、囮の音響魚雷を打ち出す。そして機関音を察知されないように機関を止める様に指示を出すバルト。
潜砂艦は、潜水艦同様、肉眼での目視が不可能である。その為音が重要視されるのだ。
「舵・・・今だ!思いっきり反対に切れ!機関停止!」
だが、魚雷は囮には引っ掛からなかった。
「ダメだ!魚雷1、なおも追尾中!命中まであと3!!」
「艦体破壊音確認。・・・続いて急速浮上音。敵艦、急速浮上してきます。」
空中戦艦のブリッジでミァンがラムサスに淡々と報告する。
「敵艦周辺の硫化帯電減少中。敵艦砂中機動60%低下・・・。どうやら動力機関とエフェクトフィン(推進用動翼)に機能障害が発生した模様。」
ミァンの報告にラムサスは満足そうに頷いた。
「フィンが死ねば、埋まりっぱなしで身動きが取れない。浮上は懸命な処置だな。砂雷長、敵艦の戦闘力だけ上手く奪ってくれた。見事だ。」
ラムサスにしては珍しく部下を誉める言葉を発していた。
「さて・・・」
ラムサスが浮上してきたユグドラシルに向けて、次の指示を出そうとした時、通信兵が叫んだ。
「閣下!右舷九時の方向より、艦体反応確認。数1!」
その報告にラムサスは呟いた。
「TDFか・・・・」
「全機、補給完了!いつでも出られます!」
ハンガーからブリッジに向けて威勢のいい声が返って来た。補給さえ終わればオンディーヌ隊は天下無敵の力が出せる。
「ユグドラシル、推進機関損傷!行動不能との事です!」
通信を受けたチェンミンが艦長に報告する。
「敵艦の数は2。空中戦艦1に潜砂艦1だそうです。」
「よし!各機緊急発進!ユグドラシルを援護せよ。ゲブラーをここで殲滅するぞ!」
艦長の激が飛ぶ。
「ホワイトローズ各砲座、準備!主砲・副砲スタンバイ!全機発進後、ベルグドル二機ををカタパルトに配置!砲台として使用する!いくぞ、艦隊戦だ!」
「閣下。敵艦、艦載機発進させました。こちらも応戦しますか?」
ミァンの言葉にラムサスは頷いた。
「勿論だ。TDFの連中はあの戦砂艦を護衛しながらの戦闘になる。しかも見ろ、砲戦用の機体を甲板に配置している。どうやら艦隊戦を仕掛ける気でらしい。艦の攻撃力を少しでも上げたいらしいな。」
不敵に微笑むラムサス。どうやら自分も艦隊戦がやりたかったらしい。
「ギア部隊発進だ。戦砂艦には直接敵艦を狙えと指示を出せ。」
そしてゲブラー側も艦載機を発進させてた。
こうして、アヴェのミリタリーバランスを賭けた戦闘が始まった。
「ゲッP−Xとツインザムに砂中の戦砂艦を狙えと指示を出せ!弾幕を絶やすな!」
指示を受け、ゲッPがX−3に変形、ツインザムもそれに続きツインザム2に変形、砂中に潜った。
飛び交う小型ギアの群にラファーガとバイパーUがそれらを迎撃、撃ち漏らしたギアは直援のワイズダックが仕留める。
そしてユグドラの周囲をテムジン・アファームド・ドルカス・青ライデンが取り囲むようにして護衛する。テムジンのビームライフルが光を放ち、アファームドのトンファーが輝く。青ライデンのガトリングガンが吠える!
「ライトニング・シュートッ!!」
ユナが思いっきり叫んだ。エルラインの腕からまっすぐな光の濁流が無数のギアをなぎ払う。
「いまだよっ!」
ユナが後ろを向いて叫んだ。エルラインが開いた一角をバンガイオーが進んだ。
「こ〜ゆ〜時こそ、俺の出番だぜぇ!!」
りきが嬉しそうに叫ぶ。崩れた一角を埋めるように、無数のギアがバンガイオーに群がってくる。その光景にりきは焦るどころか口元を緩ませた。
「くたばりやがれぃ!!!」
バンガイオーの全身からミサイルが飛び出す。その数は群がっているギアの数より多い。
「!!」
ラムサスは絶句した。宇宙最強を自負するソラリスのギア部隊が・・・・。その中でもエリート、精鋭で知られるゲブラーのギア部隊が瞬く間に失われているのに・・・
「閣下!戦砂艦が撃墜されました!」
オペレーターが悲鳴に近い声を上げる。
「なんだと!魚雷でも撃たれたのか!?」
「いえ・・・TDFのロボットに、地中潜行能力を有している機体が二機もいたそうです・・・」
ラムサスの顔を冷たい物が流れ落ちる。
「そんなバカな・・・・自由に地中を移動できる機体など・・・」
地中から攻め入る作戦なら幾らかは知っている。だが、それらは特殊な工作用の機体でなければ無理だ。ましてや工作用の機体に戦闘力など無い。
ラムサスは知らなかったのだ。スーパーロボットと言う物は、『ドリル』さえ付けていればいかなる状況でも地中を高速で掘り進む事が出来る事に・・・・
エリートで理論派のラムサスにとって、ゲッPやツインザムのようなスーパーロボットは理解不能な存在なのだ。
「閣下ぁ!!」
またしてもオペレーターが悲鳴に近い声を・・・・いや悲鳴そのものであった。
「何!」
度肝を抜かれた。空中戦艦の甲板上に女性型の人型兵器・・・・ディアナ17が立っていたのだ。
「苦戦すると思ったけど・・・意外にもろいのね。」
レイカは冷淡に呟いた。
「まあ・・・これが本隊の戦力全部って訳じゃないのものね。」
そう言ってレイカは腕を払った。鋭いカッターのような物が空中戦艦を襲う。次々に炎を上げる砲塔。
「さて・・・これで大まかな戦闘力は奪いました・・・と。」
次の瞬間、ディアナは弓矢を構えた。狙いは勿論ブリッジだ。
「我々はTDF独立遊撃部隊オンディーヌ!ゲブラーに告ぐ、降伏しなさい!」
「降伏だと!我々が貴様等薄汚いラムズ(地球居住者)に屈する筈が無かろう!」
プライドの高いラムサスは叫んだ。
「この状況を見ても解らないの?幾らアヴェにおけるゲブラー全ての戦力じゃないと言っても、ここまでやられて。」
レイカの言葉はラムサスを激昂させた。ここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
「脅しじゃないのよ。我々にはこの戦艦を打ち落とせる準備は出来てるのよ。」
そこでディアナは弓矢の構えを解いた。そして軽く右手を上げた。
ズドオオン!!──
空中戦艦を衝撃が襲った。
「何事だ!」
「敵艦の砲撃です!第二エンジンが破壊されました。推力40%ダウン。」
ラムサスは睨むようにディアナを見た。ディアナは平然と立っている。砲撃の際にはしっかりと着弾点から離れていた。
「どうする?もし降伏しないなら、この『愛と美の戦士 ディアナ17』が貴方たちを・・・・・」
その瞬間であった!!
ドガァァァ!!──
鈍い音を立てて、ディアナが大地に叩きつけられた。何が起きたのか全く解らない。
「レイカさん!返事をして下さい!レイカさん!!」
チェンミンが必死に呼びかける。だが返事は無い。
「生命反応はあります。ただ完全に気を失っているみたいです・・・」
観測員がそう報告した。
「ディアナを回収!急げ!」
艦長がすぐさま指示を出す。
「一体、なにが起きた・・・・・」
これと同じ事はラムサスにも起きていた。いや・・・ラムサスはその正体を知っているようであった。
「や・・・奴か・・・」
ラムサスは怯えていた。声も身体も震えていた。
あのディアナを一瞬で倒した存在・・・・・。それは全身を血の色のような真紅に染め上げたギアが空に浮かんでいた。
「なんだ・・・・アイツは・・・」
空に浮かんでいる真紅のギアを見て、リュウセイは声を震わせた。見かけは細身だが、肩・下腕部・両足が一体形成されたようなスッキリとした装甲で覆われている。胸元は広く、頭部は小さい。頭部のバイザー状の装甲が邪魔で目元が見えない。
最大の特徴は背中のバインダーらしき物だ。まるで孔雀の羽のように広がっている。いや・・・羽根と言うより突起・・・そう、剣のような鋭い突起のようなものが広がっていた。
そして、膝や肘、突起の一部に金色で何か古代文字のようなものが描かれている。
大きさ的にはPTやVRと大差ない。恐らく19mと言った所だ。
リュウセイは何か、殺意のようなものを感じていた。見ているだけで言い知れぬ恐怖が渦巻いている・・・・そんな感じがしていた。流石に今回は、相手のデザインを誉める気にはなれなかった。
「ね・・・姉ちゃん。俺、震えてる?」
将輝は後部座席の香田奈に尋ねた。あの真紅のギアを瞬間から、何か身体が震え出したような気がするのだ。
「しょうちゃんも?・・・・実は・・・私も・・・」
香田奈だけではない。ブリッジにいるヴィレッタも感じていた。
「く・・・・なんだ・・・この純粋な殺意は・・・」
次の瞬間、真紅のギアが動いた。
「!!」
最初の犠牲者はゲブラーだった。ほぼ戦闘力を失った空中戦艦に真紅のギアは容赦無く攻撃を仕掛けた。
「・・・・・・・!?」
あっという間であった。真紅のギアが、体当たりしただけで、空中戦艦の中心を貫いた。それだけで終わった。空中戦艦は煙を吹きながら墜落して行った。
「くるぞっ!」
リュウセイが反射的に叫んだ。真紅のギアは、近くにいたエルラインに襲いかかった。
「きゃあああ!!!」
ユナの絶叫!真紅のギアの手刀でエルラインのライフルがへし折れたのだ。次に抜き手がエルラインの左肩を貫いた。
「ユナァァ!!」
リュウセイが叫んだ。真紅のギアはそんな事お構いなしに攻撃を続ける。次々に繰り出される抜き手の応酬にエルラインの装甲が剥げ飛んでいく。最後に強烈な回し蹴りを側頭部に受け、エルラインは地にひれ伏した。
「よくもユナを!!」
リュウセイが果敢にも真紅のギアに斬りかかった。その手には計斗羅郷剣が握られている。
「食らえ!暗・剣・殺!!」
横に構えた剣が真紅のギアを切り裂く・・・・筈だった。
「なんだと!?そんなバカな!!」
剣の刃先は左手のみで防がれていた。戦艦すら切り裂くグルンガストの必殺技が左手一つで破れたのだ。
ヤベエ・・・・・リュウセイは瞬時に感じた。そして回避するのがあと1秒でも遅れていたら、グルンガストは左腕だけで済まなかっただろう。
リュウセイの顔に冷や汗が流れる。真紅のギアの左腕には、突き刺したままのグルンガストの左腕があった。
真紅のギアはグルンガストの左腕を投げ捨てると、次々にオンディーヌ隊に襲いかかってきた。
まずは、ユグドラを護衛していたドルカスが餌食になった。ドルカス自慢のナパームもハンマーも意味が無かった。蹴りの一撃で中枢を破壊され機能が停止した。
次は青ライデンだ。必死にガトリングガンを乱射し、接近を防いでいたが、弾丸の雨を易々と回避され、右のストレートパンチが炸裂。頭部を吹き飛ばされそのまま動かなくなった。
「この野郎!よくもみんなを!!」
ツインザムが飛び出した。既に形態はツインザム1に変形している。
「待て!大地!バラバラに攻撃しても・・・・」
ケイが制止するように叫ぶが、大地には聞こえていない。思いっきりジャンプし、両腕のキャリアからトマホークを取り出した。しかも今回は二つも。
「ダブルファイヤートマホークっ!」
両腕にトマホークを構えたツインザムが真紅のギアに襲いかかる。だが、子供の浅知恵にすぎん・・・と、あざ笑うように真紅のギアは二刀流トマホークの攻撃を紙一重で避けていた。
「このっ!このっ!」
ぶんぶんトマホークを振りまわすツインザム。だが一向に当らない。真紅のギアはツインザムの相手が飽きたのか、トマホークの連激の隙をついて、ツインザムの胴体に抜き手を突き立てた。
「あ!あの場所は!」
結奈が叫んだ。抜き手が突き刺さった場所・・・・、それはツインザムの最大の弱点とも言える場所・・・。ツインザムの合体接続部分だ。
「うわあああ!!」
「きゃあああ!!」
大地と空の悲鳴が響く。そしてツインザムは上半身と下半身を寸断されていた。
「合体部分の強制破壊・・・・なんて奴・・・」
結奈は、恐怖より感心していた。そして何かを感じていた。だが次の標的は自分だと言う事に気付いていなかった。
「な・・・・」
悲鳴を上げる暇すら無かった。強烈なローキック一発で世界征服ロボの右足がへし折れた。たちまち片膝をつくロボ。
「くっ!」
頭部からビームを放った。だが目線にはもう真紅のギアはいない。そして気付いた時にはロボの頭部が大地に転がっていた。
「・・・・・なんて奴・・・でも素晴らしい・・・」
結奈は動かなくなったロボのコクピットでそう呟いた。
「ふい〜。おやっさん修理状況は?」
バルトは通信機に話しかけた。
「主動力と推進器は無傷だが、他がヒデエ。今、主電捨てて寄せ集めでバイパス作って、電荷稼いでる。まあ全体の七割がやっと、て所だな。」
「第三戦速がやっとか・・・・」
シグルドがやれやれと言うような声を上げた。とりあえずユグドラは動けるようだ。
「よし、じゃあシグ。後は頼むぜ。出るわ。」
バルトはそう言ってブリッジを後にしようとした。
「ですが・・・」
「シグ〜。オンディーヌの奴等も苦戦するような相手だぜ?戦力は少しでも多いほうがいいだろ?それに今のオンディーヌには、頼れるキカイオーがいないんだぜ。」
「解りました。お気をつけて・・・」
するとブリッジに同席していたシタンも立ちあがった。
「私も行きます。微力ながら御手伝いしますよ若君。」
「サンキュー、先生。」
そして、応急処置を終えたユグドラシルから、ブリガンディアとヘイムダルが飛び出した。
「チッ・・・弾が・・・」
サイモンが毒付いた。先程から撃ちまくっているのだが、全然当たらない。しかも機雷程度の攻撃ではびくともしない。
「なんと言う運動性だ・・・」
相手の機動性を冷静に観察しながら呟いた。恐らくスピードに関してなら、ファイターモードのラファーガより上だろう。運動性に関してもディアナ並ある。最初にディアナがやられたのが非常に辛い。
サイモンが観察している間に、攻撃を受けていたのはナカトのディクセンだ。禁固から解かれたばかりではあるが、この際贅沢は言ってられない。『新兵のよくかかる病気』も荒療治で何とかしたほどだ。
「うわっ!」
ディクセンがうつぶせに倒れた。背中のスラスターが損傷しているがフィクサーキャノンに損傷は無い。流石最新鋭のディクセンだ。なんとか紙一重で避けたのだろう。この程度の損傷で済んだのは奇跡だ。
「す・スラスターが・・・」
自機の損傷に、ナカトは過敏に反応した。機動性が売り物のディクセンにとって、スラスターが使えないのは致命傷だ。脚部や肩のスラスターだけでは、真紅のギアの攻撃を避けられそうにも無い。
今はサルペンのテムジンとバイパーUが牽制しているが時間の問題だ。
「ナカト少尉!俺に掴まれ、なんとかするんだ!」
ナカトのディクセンにラファーガが寄って来た。右手を差し出している。
「はい。」
ディクセンの手がラファーガを掴んだ。
「准尉!あとは頼みます・・・・」
「曹長!」
プロンガー曹長のバイパーUがパンチ一発で大破した。装甲が紙細工同然のバイパーでは無理も無い。爆発しなかっただけでももうけものだ。
「く・・・・。」
サルペンはビームソードの振りかざした。三日月状のビーム刃が真紅のギアに向けて放つ。だが通じない・・・。機動力も攻撃力も段違いだ。
「こうなったら・・・・」
サルペンはテムジンをジャンプさせた。目の前には真紅のギアがいる。
「グランディング・ラム!!」
テムジンはビームソードを槍のように突き出して、空中から滑るように相手に向かって突撃した。これはテムジンの最強の必殺技である。本来なら敵中突破や強行突破などに使用される技だ。
「いけえええ!!」
サルペンは叫んだ。ソードの切っ先が真紅のギアに迫る・・・・。だが!
「う・受け止めた!?」
テムジンの渾身の一撃を真紅のギアは両腕でしっかりと受け止めていた。
「う!?」
相手が握力を強めたらしい。ビームソードを構成するライフルの銃身が歪んだ。そしてそのまま力任せにテムジンを放り投げ、大地に叩きつけた。
「Xビィィィィムッ!!」
ゲッPの腹部から青いビームが迸る。キカイオーもパルシオンいない。ディアナもグルンガストも敗れた。こうなれば今オンディーヌ隊が保有する最強の戦力がゲッP−Xだ。
さしもの真紅のギアも生粋のスーパーロボットであるゲッP相手では分が悪いように見えた。ビームは避けられたものの、続くXブレードの前に、初めてダメージを負った。胸の装甲に切り傷が出来ていた。
「いけるぞケイ!やつめ、攻撃力とスピードは大した物だが、防御は並以下だ!」
ジンが声を上げた。
「よっしゃ!ケイヤ兄い。どんどんかましたれぇ!」
「おう!スピードさえ殺せば怖くは無いぞ!」
「その役目、俺達が引き受けるぜ。」
ゲッPの会話に割りこんだのはサイモンだった。だが、ゲッPの視界に入ってきたのはディクセンだった。
「おお!!」
思わずケイは声を上げた。ディクセンの背中にファイターモードのラファーガが貼りついていたのだ。ファイターモードの時、不要となる両腕でしっかりとディクセンの身体を掴んでいた。
「まさに合体だ・・・」
ジンは感心したように呟く。こうすれば機動力の落ちたディクセン・火器を失ったラファーガのそれぞれをカバーできると言うわけだ。
「空中での足止めは任せろ!動きが鈍ったらビームなり鎌なり叩きこんでやれ!」
「よし!フォーメーション攻撃だ!」
ラファーガと合体したディクセンがライフルを真紅のギアに乱射する。良く考えれば攻撃をかわしつづけていたのは、防御に難があったからだ。ゲッPの強大な攻撃力なら十二分な筈である。
「いけるぞ・・・・。スピードは五分だ!」
ナカトは、合体した事によるスピードの上昇に驚いていた。これならなんとかなるかもしれない。
「食らえ!」
出力を絞ったフィクサーキャノンを発射し、牽制する。真紅のギアは追いこまれているように見えた。
「いける・・・いけるぞ・・・」
サイモンも勝利を確信していた。ライフルとキャノンを同時に発射した。すると真紅のギアは動きを止めた。
「今だ!!」
サイモンが叫んだ。見逃すことなくゲッPが構えた。
「Xビィィ・・・・」
ビームは発射されなかった。いやできなかったと言うのが正しい。
真紅のギアが動きを止めたのは、こちらに攻撃するためであったのだ。格闘戦主体・・・と思っていたサイモン達の過ちだった。
真紅のギアは両腕から、無数の光弾を発射したのだ。その威力は大きく、ゲッPは大地に倒れ、ディクセンとラファーガは重なり合うように墜落して行った。
真紅のギアが今一度、光弾を放った。まるで雨のようにオンディーヌ隊を襲う。そしてその攻撃はホワイトローズの後部を直撃した。
「メインエンジン被弾!出力低下!姿勢制御できません!」
激しくゆれるブリッジでチェンミンが悲痛過ぎる声を上げる。皆、必死に近くの物にしがみついている。甲板上のベルグドルも同様に、甲板に貼りついている。
「イボンヌ少尉!なんとかならないか!!」
艦長が操舵手に叫ぶように言った。
「ダメです!舵が効きません!不時着します!!」
「たった一撃でこれか・・・」
「ホワイトローズが・・・・」
艦体後部から煙を上げ、砂漠の中に不時着したホワイトローズを見て、ライが悲しげに呟いた。だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「全機!態勢を立て直せ!ホワイトローズを守るんだ!」
だが、真紅のギアにとっては関係無い。残ったロボット達に襲いかかる。
攻めこまれまいと、ハルマのディクセン・アムリッタのラファーガ・ライードのワイズダックが陣形を組んで撃ちまくっていた。
バンガイオーを除けば、並の弾幕ではない。上段・中段・下段と分かれたフォーメーション攻撃だ。真紅のギアも流石に動きを緩める。その瞬間をハルマは見逃さない。
「今だ!!」
緩んだ所へフィクサーキャノンを叩きこんだ。避けられたものの、そこへラファーガが突っ込んだ。
「これでも食らえぇぇ!!」
ラファーガの掌から電撃が迸る!ラファーガの最大の武器だ。
「これで倒れろぉぉ!!」
真紅のギアに電撃を浴びせ続けるラファーガ。ギアの動きは止まっている・・・・チャンスだ。
「いまだぁぁぁ!!」
ライのアルブレードとライードのワイズダックが突進してきた。プラズマソードとパイルバンカーを同時に叩きこんだ。
それでも真紅のギアはまだ動く。ラファーガの全身から煙が吹き出ている。オーバーヒートだ。
「頼む・・・持って・・・・」
それを補佐するかのように、ライードのワイズダックがギアの足を掴んだ。ライはその間にもソードを叩きつけ続けた。
ガシャン──
ラファーガが力なく倒れた。オーバーヒートだ。電撃から開放されたギアは、ソードを叩きつけているアルブレードを睨んだ。そして・・・・
アルブレードの両腕と頭が宙を舞った。恐るべき切れ味の手刀だ。そして足元をしっかりと掴んでいるワイズダックに向かって、今一度抜き手を叩きこんだ。
だが真紅のギアはそれだけではおさまらないのか、ワイズダックに強烈な蹴りを放った。地面を擦りながら飛ばされるワイズダック・・・そして!
「ら、ライードォォ!!」
ハルマが絶叫した。ギアが光弾をワイズダックに向けて放ったのだ!
「は、ハルマぁぁぁ!!!」
次の瞬間、ワイズダックは大爆発した・・・・・
「いやぁぁぁ!!ライードぉぉぉ!!!」
ハルマが頭を押さえ絶叫した。
「ら・・ライードの兄貴ぃぃぃ!!!」
「ライードさぁぁん!!」
りきとまみが叫んだ。炎を上げるワイズダックを見て・・・・
「よくも・・・・よくもライードを!!」
「ぶ・・・ぶっ殺す!!ライードの兄貴のカタキだああ!!」
ディクセンとバンガイオーがギアに向けて突っ込んだ。
「食らえぇぇ!!」
「死にやがれぇぇ!!」
フィクサーキャノンと無数のミサイルがギアを襲う。だが、頭に血が上った攻撃など見切られて当然・・・・。瞬時に懐に潜り込まれたディクセンは、両腕を。バンガイオーは全身の装甲がへしゃげ、動かなくなった。
殺戮劇は、続いた。
リュウセイのグルンガストは、あの後、頭部と両足を破壊された。増援として出撃した遠隔操縦VR部隊とヴィレッタのR−GUNは、なす術無く大破し、ゴンザレス隊のワイズダックもパイルバンカーを折られ、ひっくり返されてしまった。
そして・・・R−ガーダーもまた・・・・
「ぐうっ・・・・」
動きの遅いR−ガーダーでは、殆ど手出しが出来なかった。すでに装甲は半壊し、コクピットのハッチが吹き飛ばされていた。外から丸見えの状況だ。
「見晴らしが良くなったぜ。」
と言う冗談すら言えない状況だ。ひたすら頑丈さと耐久性の強さでふんばっているが、このままではやられる。援護してくれているバルトとシタンもフラフラだ。
「うおおお!!」
将輝が気丈に叫び、パンチを繰り出すが不発・・・。背後に回られ突き飛ばされてしまった。
「うわあああ!!」
突き飛ばされたR−ガーダーは、墜落したホワイトローズの甲板に叩きつけられた。うつぶせに甲板に横たわるR−ガーダー。
「ち、畜生・・・・まだまだ・・・」
立ちあがろうとする将輝だが、R−ガーダーは反応しなかった。どうやら先程の攻撃で操縦系がやられたらしい。
「おい!冗談じゃないぞ!こんなところで!動け!動いてくれ!!」
背後には真紅のギアが迫る。だが、T−LINKシステムはあれ、ウラヌスシステムが搭載されていないR−ガーダーはピクリとも動かなかった。
「・・・・・・しょうちゃん。」
今まで黙っていた香田奈が口を開いた。
「なんだよ、姉ちゃん。何か手があるのかよ・・・」
「愛してる・・・・」
「!!」
いきなりのくちづけだった。いきなりの出来事に面食らう将輝。そして・・・
ドンッ!──
香田奈がいきなり将輝を突き落とした。うつぶせのおかげで、そんなに高くなかったので将輝甲板の上に無傷で投げ出された。
「姉ちゃん!何するんだよ・・・・・てっ!姉ちゃん!!」
将輝は解った。姉の行動が・・・・。背後から迫った真紅のギアが、R−ガーダーを掴み、投げ飛ばした。トドメを刺す気なのだ。
「姉ちゃん・・・・。そんな・・・。ダメだ!姉ちゃん!ダメだよ!!」
香田奈は、もはや敗北を確信したのだろう。それでせめて将輝だけでも助けようとしたのだ。
「くそっ!姉ちゃんを死なすものか!!俺達はいつも一緒だ!!」
将輝は格納庫に走った。ハンガーには、自分が操縦できる機体がまだ2機ある筈なのだ。
力の無くなったR−ガーダーに向けて、真紅のギアは手刀を構えた。狙いはコクピットで間違い無い。
不思議と香田奈は恐怖心が無かった。死をまじかにして、落ち着き払っていた。
「・・・・お母さんとの約束・・・果たせたかな?あの人が命を落してまで助けたしょうちゃん・・・・。こんな所で死なす訳にはいかないもんね・・・」
香田奈は目を閉じた。気分が落ち着いてきたのか、ゆっくりと思い出を思い起こしていた。
「しょうちゃんは大丈夫よ・・・。もう私がいなくても大丈夫・・・。あの子は強いもの・・・。薙(なぎ)ちゃんも心配無し・・・、あの子はお母さんに似て、賢いものね・・・・」
そしてギアが手刀を繰り出そうとした!
「長船さん・・・・今・・・貴方の元へ・・・・」
「ふざけるなぁぁぁ!!!」
コクピットに物凄い絶叫が響いた。驚いて目を開けると、ギアに体当たりを敢行しているグルンガスト弐式の姿があった。
「弐式!?しょうちゃん!?」
弐式はそのままギアを押し倒していた。それはTDF本部でリュウセイが乗っていた機体だ。基本的にPTの操縦は共通。以前香田奈がR−GUNを動かせたように、将輝も残っていたグルンガスト弐式を動かしたのだ。
「諦めるなよ、姉ちゃん!姉ちゃんはまだ『自分の幸せ』を掴んでないだろうが!それに・・・」
「それに・・・?」
将輝は涙目で絶叫した。
「俺達はいつも一緒だろ!こんな別れ方、俺ゆるさねえぞ!!」
将輝は絶叫しながら、マキシブラスターを放った。零距離からのこの攻撃にギアの装甲が赤熱化した。
「バルト!シタン先生!今だ!!」
将輝が叫ぶまでも無く、ブリガンディアが突っ込んできた。
「そのまま押さえてろぉぉ!!」
バルトが叫び、鞭を放たんとした!
「!!」
まるで、調子に乗るなっ!と言わんばかりの力でギアは弐式を無理矢理引き剥がし始めた。
「なにっ!」
そして力任せに、弐式を投げ飛ばした。それに巻き込まれ、ブリガンディアも・・・・・。そして弐式とブリガンディアはユグドラへ叩きつけられた。
さらに両手に白い光が輝く・・・・。
「ううう・・・・・ジン、リキ、生きてるか・・・?」
ケイは意識を取り戻した。くらくらする頭を押さえ、首を振った。
「ああ・・・なんとかな・・・」
「わいも大丈夫や・・・頭少し打ったがな・・・」
二人とも無事のようである。ケイはゲッPがまだ動くのかどうか調べだした。
「状況は・・・どうなってるんだ・・・カメラが生きてれば・・・・」
計器をいじっていると、モニターの一つが生き返った。どうやらフェイルセーフが働き始めたらしい。
「なっ!!なんだと!!」
ケイはモニターに映る光景に絶句した。
「しょ・・・しょうちゃぁぁぁん!!!!」
香田奈が狂いそうなまでの声を上げた。
「若君!シグルドぉ!!」
シタンも叫んでいた。二人の目の前で、戦砂艦ユグドラシルが沈んでいるのだ。しかもブリガンディアと弐式を巻き込んで・・・・
「動いて!動いてよ!!しょうちゃんを助けるのよ!御願い動いてぇぇ!!」
闇雲に操縦管を叩く香田奈。だがR−ガーダーは沈黙したままだ。
「くっ!流砂が激しい!これじゃ救助に・・・・」
せめてバルトと将輝だけでも助けようと思ったシタンだが、流砂が渦巻き近づく事すら困難であった。そして二人の目の前で、ユグドラは砂の海に消えた・・・・
「しょ・・・しょうちゃぁぁん・・・・・あああ・・・・・」
香田奈はそこで泣き崩れた。シタンもうな垂れている。
「ゆ・・・・ゆるさねえ・・・・・」
「絶対に・・・・ゆるさねえぇぇぇぇ!!!!!」
ケイは拳を握り締めて吠えた。純粋な怒りの感情がケイの『ある力』を目覚めさせた。そして、その変化はホワイトローズでも確認されていた。
「う・・・・これは・・・」
不時着したホワイトローズのブリッジで、気を取り戻したチェンミンが何かに気付いた。
「何これ・・・・ゲッP−Xの数値が・・・95から・・・7000になってる・・・・」
「うおおおおおおおお!!!!!」
ケイの怒りに同調するように、ゲッPは立ちあがった。まるでオーラのようなものをたぎらせて・・・
「いくぞ!!」
ゲッPは空高くジャンプした。その様子に真紅のギアも気付いたようだ。ゲッPの方へ向いている。
「いくぞ二人とも!ペダルを踏むタイミングを合わせるんだ!」
「おう!」
「まかせてや!!」
そして、三人は一斉にペダルを踏みこんだ。その時!ゲッPの身体中を赤いエネルギーが覆った。
「シャイニング・バァァァァドッ!!クラッァァァァシュッ!!!」
次回予告
ゲッP−X、最強の必殺技がついに飛び出した!果たして激闘の行方は・・・・
将輝を失った香田奈は再起できるのか?彼女は再び立ち上がる事が出きるのか!?
行方不明のフェイを捜す為、シタンは一路キスレブへ・・・。そこで出会った男とは・・・
次回、サイバーロボット大戦 第二十六話 『キングと呼ばれる男・・・そして、ジン=サオトメ』に超期待♪
次回も、バトルがすげえぜ! 「俺のこの手が光って唸る!」