第17話 捨て身の激闘!
14人の人影があった。 向かい合って6人と8人が一列に並び、それぞれの対戦相手を睨み合っている。
だがこれは野球の試合でも、柔道や空手の団体戦でもない。 命を賭けたやりとりがおこなわれようとしているのだ。
その様子をまるで監督やコーチ陣の様に見守る一団。 秘密結社Qの幹部レイジ。 この構図からすれば秘書のシャドーローズはマネージャーと言った所。 戦闘員はリリーフ等の控えの選手か。
そして反対側には、3人の男女がいた。 最強怪人の一人を倒した所で力尽きた聖魔装甲ガルファーこと、備前長船。 そして彼を介抱する村正姉妹の姉、彩。そして二人を警護する様に小型のマシンピストルを構える村正姉妹の妹、宮乃。 言うなればこちらが正義側の監督とコーチ陣か。
そして・・・この試合を観戦するのは、秘密結社Qの人質となったかもめ第3小学校の3年生の生徒30名近くと引率の教師。そして・・・十字架に張付けにされ、今だ意識の戻らぬメタモルVの5人。
子供とメタモルVは言わば強制的に観戦させられる観客だ。 これが野球の試合ならジュースとお菓子でも持ち、御目当ての選手の活躍に胸をときめかし、運が良ければホームランボールでもゲット出来たかもしれないが。
よりにもよってプロ野球ではなく、凄惨な正義と悪の戦いを観戦する羽目になろうとは・・・
「・・・・・・・・」
動き無く、他だ睨み合う正義と悪。 悪側6人。正義側8人。 数からすれば正義側、サイバーヒーロー達が有利に見えるが、ムーンライトレディ達は3人1組で真価を発揮する。 罠にはめられたとは言え、ガルファーがあそこまで追い詰められたのだ。戦力的に言ってしまえば五分五分と言った言葉も妖しい所だ。
ザッ!!──
数十秒の緊張が終わり、両者14名が一斉に砂の大地を蹴った。 それぞれ敵対すべき相手向け、真っ直ぐに突っ込んでいく。
ウオオオオオ!!!
ガオオオオオ!!!
雄叫びを上げながら、対戦者向けて駆け出す両者。
「試合開始か・・・いや『死合』だな。」
レイジがそう呟いた。 確かにこれから行われる行為は命のやり取り・・・まさに『死合』だ。
一斉にぶつかり合うと思われた両者だが、衝突の寸前に動きが変わった。 突然動きを止める者・突然別の方向へ駆け出す者・大きくジャンプする者・そのままぶつかっていく者・・・・
両者各々に合わせた戦闘スタイル・・・最も得意とする攻撃手段へ移ろうとしていた。
ボクシングで言うならば、第1ラウンドのゴングが鳴ったのだ。
(みんな・・・・死ぬなよ・・・)
彩の胸に抱かれ、長船は心の中で祈った。そして・・・舞浜の海岸を駆け出す仲間の背中を最後に意識を失った。 長船が意識を失うと同時に、下半身に残っていたガルファーの装甲は音も光も無く消え去り、後には上半身裸で意識を失った長船がいるだけ。
そんな長船を彩はぎゅっ・・・と抱きしめた。
舞浜の海岸には、レンタヒーローの姿があった。 対する相手はコクロコオロギン。ゴキブリのしぶとさとコオロギのバネを併せ持つ怪人だ。 そして、虫をベースにしているだけあって外装が強固だ。 オマケにゴキブリ特有の油ぎったボディが気色の悪い光沢をたぎらせていた。
「でああああ!!!」
レンタヒーローのパンチがコクロコオロギンのボディを叩く。 一発二発三発・・・ドカドカと殴りつけるが効果が薄い。 見た目以上にダメージを与えられない。 逆にレンタヒーローの拳がビリビリと震えている。
(なんて固い表皮なんだ・・・。打撃戦では不利・・・か?)
一瞬、背後に間合いを取るや、一気に姿勢を低くしてスライディングキック!! 上半身に比べやや表皮が薄く柔かい下半身を狙う。 ザザッ!!と砂を撒き散らしながら滑り、コクロコオロギンの足下をすくう。
「ぐわ!!」
狙い通り、上半身が大きいコクロコオロギンは突然足下をすくわれ、前のめりに砂浜に突っ伏した。 コクロコオロギンからして見れば、一瞬でレンタヒーローの姿が消えたように見えただろう。
「今だ!」
倒れたコクロコオロギン目掛け、ジャンプし思いきり両足で踏みつけた。 ぐはっ!と仰け反るコクロコオロギンを無視して首に腕を絡ませた。
「お前みたいな奴と組み合うのは気色悪いけどよっ!!」
頭の大きいコクロコオロギンは後ろに振り向く事ができない。易々と首を取られてしまった。 チョークスリーパーに入ろうとするレンタヒーロー。 怪人に人間と同じ場所に頚動脈があるとは限らないが、効果はある筈だ。
ガッ!と、締め上げようとした時、ぬるっ・・・と嫌な感触がした。 そしてレンタヒーローのチョークを軽くすり抜けてしまった。
「なっ!?」
驚くレンタヒーローの隙を付き、コクロコオロギンの反撃が来た。 コクロコオロギンの最大の武器は足の倍以上の太さを誇り、強固な表皮に包まれた両腕だ。 人間のような指は無いが、代わりに短いが太く強固過ぎる3本の爪が生えている。 それをまるで丸太の様に大きく降りまわし、背後からレンタヒーロー背中に叩きつけた。
バシィィィンッ!!と、打ち付けられたレンタヒーローは、大きく跳ね飛ばされ、砂浜を転がった。
「くううう・・・どうなっているんだ・・・」
電池駆動式とは言え、この強化スーツが無ければ背骨が折れていたかもしれない衝撃。 それよりも普通の人間ならば、完全に決まったチョークなら逃れる術は無いと言うのに、いとも簡単にすり抜けた事にショックを感じていた。
「ふはははは!! 驚いたか!私の身体の表面を覆うこの油分がいかなる攻撃をも受け流すのだ!!」
油・・・・そうか・・・それで・・・。 レンタヒーローの攻撃はコクロコオロギンの身体を光らせている油によって、摩擦を軽減されていた。 それで締め上げても滑って効果が無かったのだ。 総合格闘技の選手が身体を掴まれ難くする為、オイルの塗る様に。
「データによれば、貴様は火器の類の装備はまるで無いそうだな?」
指で示す様に爪を突き出しレンタヒーローに問いかけるコクロコオロギン。
「だとすると、我輩は最も戦いにくい相手と言う訳だ。 己の不運を呪うがいい!!」
ザッ!と、砂を蹴り強固な腕を降りまわすコクロコオロギン。 さすがコオロギの力もあるだけに瞬発力は凄い。 強固な腕との組みあわせと相俟って、恐ろしい威力を発揮する。 腕が重い分大きく降り回さざるを得ない様で隙はでかいが、一発当たった時の衝撃はでかい。 レンタヒーローは避けつづけるのがやっとだ。
「はあっ!!」
コクロコオロギンの大きな攻撃モーションの隙を使って、レンタヒーローは左足を軸にして大きく右足を振り上げスピンキック!! 隙だらけのコクロコオロギンの脇腹に炸裂するが、インパクトの瞬間油で滑って効果が大半逃げてしまった。
「無駄だ!我輩に打撃技は通用せん!」
そうあざ笑うコクロコオロギン。 くっ・・・と、歯を噛み締めると、今度は助走を付け、身体を横向きにしてから右足を矢の様に突き刺す蹴りを放つ。 『ファイアーダーツ』と名付けられた蹴りで、相手を遠くへ弾き飛ばす蹴りだ。
だが、コクロコオロギンがインパクトの直後僅かに身体をずらすだけで、勢いが流れてしまい威力が無い。
「ええい!!」
だが諦めない。 ワン・ツーとパンチのコンビネーションを放ち、その場でバク宙キック!! 強烈なサマーソルトキックがコクロコオロギンの出っ張った顎を捉える。
ぬるっ・・・・。 はやりダメだった。 表皮の弱そうな部分を狙っても全身を覆う油が攻撃を受け流してしまう。
(どうしたらいいんだ・・・・)
焦りながらも、再び蹴りを放つ。 今度は廻し蹴りのコンビネーション。 ロー・ミドル・ハイと幾通りもの蹴りを組み合わせコクロコオロギンを叩く。 威力の大半が受け流されても、小さいダメージは蓄積される筈だ。
しかし、無駄な努力とあざ笑うコクロコオロギン。 ガードもそこそこに技と攻撃を受けているようにも見受けられた。 レンタヒーローにはそれが悔しかった。
ビシビシビシッ・・・・何発の蹴りを繰り出しただろうか・・・? 幾ら強化スーツに身を包んでいようと、足が痛くなってくる。否、それを通り越して足首の感覚が無くなりかけてきた。 恐らくスーツの下の足は腫れ上がっているだろう。 それでもやるしかない。 そんな時だった。
「ぐうっ!!」
何発目かの蹴りの一発に、コクロコオロギンが苦痛を上げたのだ。 腹を押さえよろめいた。
「!?」
蹴ったレンタヒーローも驚いた。足の疲労は限度に達していて、威力はそれほど無い筈なのに、何故あんなに苦しむ・・・?
「貴様ァっ!! 調子付かせたのが間違いだったわ!!」
激怒したコクロコオロギンが、両腕を降りまわし叩きつけてきた。 回避が間に合わない!とっさにガードする。 だが防ぎきれない。 ガードごとレンタヒーローは跳ね飛ばされ、浜辺に数ある海の家の一つに叩きつけられた。
「がはっ!」
激しい衝撃に、声を上げそのまま倒れるレンタヒーロー。 見ればバイザーのHDD(ヘッドマウントディスプレイ)に上半身アーマーへのダメージが表示されている。 上半身部分のダメージメーターが赤く点滅していた。 今度攻撃をまともに受ければ、アーマーが破壊されてしまうだろう。
しかしレンタヒーローの頭にはアーマーのダメージの事は無く、コクロコオロギンの不自然な苦しみ方にあった。
(当然どうしてあんなに苦しんだん・・・だ?)
痛む身体を動かし、コクロコオロギンを注意深く観察する。 あの苦しみ方からして何らかの弱点・・・が?
そして・・・彼は見つけた。 その原因を。
(あれだ!)
先ほど蹴った場所は、コクロコオロギンの腹部。 表皮も分厚く、油分も十分な場所の筈。 だが苦しんだ、その原因がレンタヒーローの目に写っていた。
(腹の表皮にヒビと裂け目! 俺にそこを蹴られたんで苦しんだんだ!)
コクロコオロギンの腹部には、固い表皮にひび割れが起き、僅かながら裂けていた。 良く観察すればその裂け目周辺の表皮は僅かながら他の場所に比べ陥没さえしていた。
(狙いはただ一点! あの腹の裂け目だ!!)
レンタヒーローは知らなかったが、その裂け目こそ、ガルファーが上半身の外装を質量弾として飛ばし、ヘルメットが突き刺さった場所。 レンタヒーローは狙いをその部分のみに集中させた。
「行くぞぉぉぉっ!!」
レンタヒーローが砂浜を蹴った・・・
海岸・・・波が打ち寄せる磯・・・ ヒーローが戦うにこれほど絵になる場所も無い。
砂浜からやや離れた場所のこの磯に、打ち寄せる波をバックに宇宙探偵ディバンとサザエ型怪人『ゴザイマンサザエ』が戦っていた。
ザッパ〜ン!! 波しぶきが飛ぶ中で、ディバンとゴザイマンサザエの激闘が繰り広げられる。 ディバンのパンチをゴザイマンサザエは背中の強固な貝で防護する。
「クッ!!」
さっきからこれの繰り返しだ。 ディバンの攻撃が避けられないと判断するととっさに背を向け、その固い貝で攻撃を受けきる。
しかも厄介な事にゴザイマンサザエの貝は、後頭部から尾底骨周辺までをがっちりと覆っている為、一度背を向けられたら完璧なまでの防御スタイルを取るのだ。
しかも貝表面にはフジツボ状の突起がいくつも存在しており、それ自体が凶器となり、パンチを繰り出しても狙いが外れれば拳を痛めてしまうのだ。 まさに鉄壁の守備!!
「本当・・・防御に関しては最強かもな・・・」
ディバンの皮肉も「ル〜ルル♪ルルッル〜♪」と歌う様に笑い飛ばす。
そんな余裕に感情を乱されること無く、ディバンは構えを直し、睨みつけた。
「だが、貴様の取り得は防御のみ! 先ほどから俺の攻撃を受けているだけを見ると、攻撃には力が無い!」
バッ!とジャンプし、一気に間合いを詰める。
「その貝殻さえなければ貴様は終わりだ! 叩ききってやる!」
腕から輝く剣、レーザー点棒を抜き、上段に構え振りかざすディバン。 狙いはゴザイマンサザエの貝! ディバンが攻撃をしかけるや否や、ゴザイマンサザエは背を向けて防御スタイルを取る。 レーザー点棒を受ける気か。
「無駄だ!貝殻ごと叩ききってやる!!」
眩い太陽の光を背に受け、ディバンのレーザー点棒がきらめく。 そのままゴザイマンサザエの貝を・・・・
「ここは磯。磯は私のホーム。 そして・・・磯の気(いそのけ)は、私に力を最大に与えてくれる・・・。終わるのは貴様だディバン!」
ゴザイマンサザエの背中のフジツボ状の突起が突然輝いた!
「食らえっ! サザエ酸(さざえさん)っ!!」
バシュウウウウ!!!───背中のフジツボから猛烈な勢いで何か液体が発射された。 落下中のディバンに避ける術は無い!!
「ぐわああああ!!!」
まともに食らってしまった。 液体を浴びた瞬間、ディバンのコンバットアーマーから白い煙がもうもうと立ち込めた。
「ぐわ!うわあああ!!」
コンバットスーツから立ちこめる白い煙、苦しむディバン。 姿勢を崩し、そのまま着地地点を誤り海へと落ちた。
バシャアアン!! 海へ叩き落されたディバンだが、すぐに海からジャンプし、磯へと戻ってきた。 だが、自慢のコンバットスーツの表面は焼け爛れてい、あちこち融けかかっていた。
「くうう・・・さ、酸か・・?」
「ほう? 私のサザエ酸に耐えたか。 そう・・・これが私の武器、私以外の様々な物質・・・特に金属等を寄り抜いて溶かす『サザエ酸』だ。」
「く・・・やはりそうか・・・どうりで・・・」
ディバンが海に落ちたのは幸運だった。 すぐに海に落ちて海水で酸を洗い流す事ができなければ、着用者であるダイまで溶かされていただろう。
しかし、流石、宇宙探偵自慢のコンバットスーツだけの事はある、あらゆる物質を寄り抜いて溶かす酸に無傷ではないが、かろうじて耐えたのだから。
だが、これ以上の酸には耐えきれそうにもないが・・・・
「くそ・・・お前を甘く見た。 さすが最強怪人を名乗るだけはある・・・」
「お褒めに預かり光栄ね。」
「だが・・・・俺は負ける訳にはいかない!!」
ディバンはまたしてもジャンプした。 だが今度はゴザイマンサザエから間合いを取る為後ろに下がる。
「ラスターレーザー!!!」
ディバンの腕から、一筋のレーザー光線が放たれる。 この距離ならば酸も届かない。貝ごと貫いてやるつもりなのだ。
「甘い! 磯は私に力をくれる!!」
ゴザイマンサザエは、鞭と化している触手状の右腕を海の中へ突っ込み高速で動かす事で、波を発生させた。 その波は、塀となりゴザイマンサザエをレーザーから守った。
「く・・・・」
「言っただろう? 磯は私に力をくれると。 今のは波を塀とする防御技、『磯の波塀(いそのなみへい)』だ。」
地形的には最悪・・・ゴザイマンサザエが戦場を浜辺から磯へ移動したのはこの為か。 地形的に、そして己の能力を最大限に発揮できる・・・つまり自分が最も得意とする場所に誘ったのだ。
「さて・・・次は私の番!」
そう言ってゴザイマンサザエは腕を大きく広げ叫んだ。
「大いなる磯よ!磯の気よ!私に力を!」
今度はゴザイマンサザエの一方的な攻撃が来た。 主力武器であろう右腕の触手を振りかざしディバンを襲う。 ディバンは巧みに回避とガードを繰り返す、ゴザイマンサザエに一方的な展開になってきた。
「ハアッ!!」と、右腕の鞭がディバンの足下を叩く。 バシャンッと言う音を立てて海水が弾ける。
ヤバイ・・・先ほどの攻撃が当たっていれば、間違いなく足を取られていた。 そうなればそこへ必殺のサザエ酸を浴びせられていただろう。 動きを止めたらアウトだ。 絶えず動いてチャンスを狙わなければ・・・
だがディバンの動きに関する意図は、ゴザイマンサザエには見え見えだ。 またしても先ほどの「ル〜ルル♪ルルッル〜♪」と言う笑い声代わりと思われる歌が聞こえてくる。
「なかなか捕まらないな・・・それならこれならどうっ!?」
ゴザイマンサザエは、右腕をまたしても海に突っ込み、何かゴソゴソと動かしている。 またしても波を利用した攻撃か・・・
「食らえっ!」
腕を海から引きぬくと、腕を大きくしならせ、突然何かを投げつけてきた!! それは緑色のリング状の物体。 それも一つや二つではない。 多数の緑色のリングがディバン目掛けて襲いかかったのだ。
「くっ!」
ディバンは襲いかかる緑色のリングを足元の悪い磯で必死に避ける!! だが次々とゴザイマンサザエが投げるリングに追い詰められてきた。
「やあっ!」 避けられないと見るや、腕のレーザーで撃ち落した。それはクレー射撃の光景に似ていた。 ゴザイマンサザエのリングを次々と撃ち落す。
レーザーを浴びたリングは、その場で燃え広がり、ひらひらと地面に落下する・・・。 そのうちの一つがディバンの足下に落ちた時、ディバンはゴザイマンサザエが投げたリングの正体を知った。
「これは!?」
それはレーザーで半ば焼け焦げたワカメ。 この海で自生した物と見られるワカメであったのだ。 それを何枚も結んでリング状にした物だったのだ
ニヤリ・・・。自らが撃ち落した物の正体に一瞬気を取られたディバン。 ゴザイマンサザエの口元に笑みが浮かぶ。 そしてディバンが気付いた時には遅かった。
「食らえっ! 『磯の輪(いそのわ)』っ!!」
ゴザイマンサザエが新たに投げたリング、ワカメを繋いだ『磯の輪』がディバンを包んだ。
「磯の輪・・・噛めっ!!」
文字通り、噛み付かれた。 ディバンの身体を包んだワカメは、その左右に分かれた葉の部分が『歯』のように硬質化してディバンの身体に噛みついたのだ。
「ぐわあああ!!」
ワカメに噛み付かれ、加えてギュウギュウと締め上げられるディバン。 強固なコンバットスーツがミシミシと悲鳴をあげた。
「苦しめ〜。苦しむがいい〜」
歯と化したワカメに噛み付かれるディバン。 苦しむディバンにゴザイマンサザエは更なる攻撃を加えようと右腕を海へと突っ込む。
「くくく・・・次はコレだ!!」
海から引きぬいた腕には、小魚が絡みついていた。 それも数匹。 それらをディバン向けて放り投げる! たかが小魚・・・と思ったつかの間、小魚であった筈の物が、投げられた瞬間ムクムクと形を変え、重さ数キロのカツオへと姿を変えた。
「なっ!?」
驚くのも無理はない。 だがカツオはディバンの身体にぶつかると同時に爆発した。 たちまち吹き飛ばされ磯へバシャンッと倒れこむディバン。
「どう? 磯のカツオ爆弾の味は?」
自慢げにディバンを見下しうすら笑うゴザイマンサザエ。 どうやらこの怪人、磯にあるあらゆる物を自分の意のままに操る能力を有しているようだ。
このまま磯にいたのでは確実に負けは見えている。 だがディバンにはどうしても打開策が見当たらない。
(どうする・・・?)
奴の力の源は磯だ。 磯から引き離してしまえばその力は半減する。 どうすればいい・・・
「さあ!時間もない! そろそろトドメを刺してくれる! 命乞いをすれば助けてやってもいいぞ?」
ダメージを受けたディバンにトドメを刺すべく、今度は小魚をフグとタラへと変える。これも爆弾の類に違いない。
(待て・・・『時間がない』だ・・・と?)
どう言う事だ? 何かしら理由があるのか・・・。 ディバンは理由を探そうと倒れたままヘルメットのスコープを稼動させた。 じっくりとゴザイマンサザエを見る・・・
(む!? さっきに比べて砂浜広いような・・・)
それはゴザイマンサザエの足下を見て気付いた事だった。 先ほどから足場であった磯。そして砂浜の面積が広がったような気がしたからだ。
(そうか! 潮の満潮と干潮!! 潮が引いて磯が・・・。奴はコレを気にしていたのか!)
そうと解れば・・・ディバンはトドメを刺そうと近づいてきたゴザイマンサザエがフグとタラを投げつけようとした瞬間に立ちあがり、置きあがりざまにレーザーを放った。
「なにいっ!」
ディバンの放ったレーザーは、ゴザイマンサザエが持っていたフグとタラを直撃し大爆発を起こした。 爆炎に包まれるゴザイマンサザエ。
「そのままつぼ焼きになってろ!!」
真っ黒に焼け焦げ、ふらふらしているゴザイマンサザエにディバンはなにやら黒い帯状の物を投げつけた。 帯状の黒い物体が身体に巻きつき、ゴザイマンサザエの動きを封じる!
「き!貴様ぁ!?」
「捕縛用の金属繊維だ! 粘着力の凄まじい強力ノリ付きのな!凄いだろう! 貴様風に名付けるならば『浜のノリすげえ!』ってトコだな!」
だが、これでもゴザイマンサザエを封じるには役不足だ。 奴には例のサザエ酸がある。 しかしこれはゴザイマンサザエを倒す為ではない。 あくまでも時間を稼ぐ為の手段だ。
(あと少し・・・あと少しだけ時間を稼げれば・・・)
舞浜の浜辺から、少し離れた場所に高校があった。 屋内型で大きな飛びこみ台が設置されたプールが自慢の高校だ。
そこで生徒達は学園生活を謳歌していた。 数分前までは。
ドカァァァンッ!! 強大な爆発音と共に校舎の一部が砕け散った。 さらに爆発音は続き、次々と校舎が破壊されていく。
過激派かテロか、慌てふためく生徒達が悲鳴を上げて逃げ出していく・・・・。
教師が必死な顔で生徒達を非難させている。 落ちつくように叫ぶが、この状況では冷静さを望めるはずもなかった。 皆ただ逃げ惑う。 そんな中、一人の女子生徒が崩れ炎を上げる校舎の影でゆっくりと歩んでいる人影を見た。
いや・・・人と言っていいのかどうか解らない異形がそこにいた。
炎をバックにこちらを面白そうに・・・愉快そうに歪んだ笑顔を浮かべる異形。 女子生徒は悲鳴を上げ逃げた。 彼女は見たのだ。 背中に大きなミサイルを背負った漆黒のジャガーを・・・ジャガーの姿をした異形の姿を。
そして・・・その異形のジャガーを、秘密結社Qはこう呼んだ。最強怪人7人衆が一人、『ミサイルジャガー』と。
「邪魔はいなくなった。 周囲も綺麗に片付いた。 戦うには相応しい場所になったかな?」
ミサイルジャガーは背後に気配を感じ凄みのある笑みを浮かべて振り向いた。 そこには異形の怪人とは対照的に、華やかなバトルドレスに身を包んだ3人の少女達、「ムーンライトレディ」がいたからだ。
「酷い・・・どうしてこんな事を・・・」
ムーンライトレディの(一応)リーダーであるアルテミス(本名:彩月日和子)が、焼け焦げた花壇を悲しそうに見つめて尋ねた。
「『どうして』だと? 簡単だ、浜辺で戦うには周りに物が無さ過ぎるんでな。」
「おかしいわ! 貴方の武器はその背中のミサイルでしょう!? それなら障害物の無い場所で戦うほうが有利な筈なのに!!」
ムーンライトレディの頭脳、アクエリアス(本名:水無神綾)が反論する。 ムーンライトレディを本気で倒すつもりでいるなら、武器であるミサイルを最大に利用できる遮蔽物のない場所の方が有利な筈。 わざわざ身を隠す事ができ、盾にも使えるような学校を戦場に選ぶ等、戦術を知らないと言っても良い。
「フッ・・・。せっかくの強力なミサイルだぞ?物を壊さなきゃ勿体無いじゃねえか。」
「まさか・・・それだけの理由で、この学校を壊したって言うの!?」
ミサイルジャガーの言葉に、ムーンライトレディの切りこみ隊長、ミネルバ(本名:姫神麗子)が絶句した。 この怪人は、自分の破壊衝動を満たしたいが為だけに、この学校を破壊したというのだ。
「それに・・・貴様らも本職は学生なんだろう? 素顔を表沙汰にできないんだろう? 見ろよ・・・人っ子一人いなくなったぜぇ。」
焦土と化した周囲を見渡し、両手を広げて笑みを浮かべるミサイルジャガー。
「このお陰でお前らは周りの一般市民の目を気にすることなく戦えるぜぇ・・・。無用な詮索無しに気がね無く戦えるんだ。 感謝して欲しいぜぇ・・・」
そんな時だった。 ガラン・・・校舎の一角が崩れ、避難を無視して隠れていた男子生徒の姿が見えた。
恐らく攻撃を本気にしなかったのか、または隠れてこちらを撮影する気でもいたのか・・・とにかく数人の男子生徒がそこにいた。
「邪魔だな。どこの学校にも先生の言う事を聞かないバカ学生はいるものだ・・・」
そう言って右腕を軽くあげるミサイルジャガー。 右手の先・・・手首に値する部分が無く、まるで海賊フック船長のようなカギ爪になっていた。
シャコン・・・静かな音がした。 ミサイルジャガーの右手のカギ爪が腕の中に引っ込んだ。 引っ込んだ後には丸い穴が開いているだけ・・・
そして、その右手は隠れていた男子学生達の方へと向けられている・・・・
「!!」 その様子からムーンライトレディの3人は何が起きるか察し声を張り上げた。
『お願い逃げてぇぇぇ!!!』
しかしその声は遅かった。 彼女達がミサイルジャガーに掴みかかろうと駆け出したが、時既に遅し・・・。 怪人の右手から一発の小型ミサイルが発射された。
それは、威力にして見れば怪人が装備する武器の中でも最弱の物だろう。 その威力も対した事は無い。
だが・・・一般人を殺傷するには十分過ぎる威力を持っていた。 崩れかけた校舎を破壊するには十分過ぎる威力を持っていた。
崩れる校舎・・・飛び交う瓦礫・・・飲み込まれる男子生徒・・・ほんの数秒。 ほんの数秒の間にこれだけの事が起きたのだ。
「な・・・何てことするのよぉ!!!」
何もかも怖がるアルテミスが、涙を溜め感情を露にして叫び睨みつけた。 だがミサイルジャガーは先ほど同様の薄ら笑いを浮かべているだけ。 罪悪感というものが感じられない。 勿論、『罪悪感』なんて物があったら怪人などできはしないが・・・
「なに、邪魔な障害物を片付けただけだ。 静かになったろう?変な覗きでもいたら気が削がれるからな。 俺はこう見えても繊細なんだぜ。」
自分で言った言葉が可笑しいのか、口元を緩めるミサイルジャガー。 悪の組織の悪者と言うよりは、タチの悪いチンピラのようだ。 彼女達にとってはこの怪人からは嫌悪感しか感じられなかった。
「さて・・・そろそろ始めようじゃないかお嬢さん方。 その綺麗なおべべを粉々に吹き飛ばしてやりてぇ・・・」
そう言って先程までの薄ら笑いが消え、戦う者の目になった。 身体を前傾させ、背中のミサイルを3人に向ける。
「負けない・・・アンタなんかに・・・」
「壊すことしか・・・傷つける事しかできない貴方なんかに・・・」
「私達を壊すことなんて・・・出来ない! させやしない!」
ムーンライトレディは、その両腕を輝かせミサイルジャガーに向け駆けた。
『私達は絶対に負けない!!』
舞浜の海岸を大きく離れ・・・旧江戸川を挟む舞浜大橋。 その下、河川敷で二つの異形が激しい戦いを繰り広げていた。
知らない者が見れば、虫の怪人の同士討ちに見えるだろう。 一方はコオロギ。一方はタガメ。 誰もこれが正義対悪の戦いとは思えないだろう。
そんな異形を持ちながらも、魔を退ける力を持ち、母性と包容力に満ちた慈愛の精神を持つコオロギの異形。 その彼女は「指輪の戦士ジガ」と言った。
「うおおおお!!!」
見かけに寄らず柔軟な動きと素早い動作。 目の前のタガメの異形・・・怪人『タガメ男』のパンチがジガを襲う。
「くうっ・・・」
とっさにガードするが、受けきった腕が痺れ感覚が鈍った。 ただ腕力に任せたパンチではない。腰が入り全身を使った重たいパンチだった。 腕が折れなかっただけ幸運と言えた。
「はあっ!」
今度はジガが反撃する番だ。 強靭な足腰の力を使い、全身を躍動させた蹴りがタガメ男の側頭部を襲う。 だが怪人の頭部の左右をがっちりとした角状の突起(恐らく原型のタガメの前足を模していると思われる)が防いでしまった。
「どうした!? お前の力はそんなものか!」
タガメ男がまるで落胆させるな!と言わんばかりに吼える。 振り上げられたままになっているジガの足をがっちり掴むと、そのまま力任せに放り投げた。
ドカッ!!と、土手に叩きつけられるジガ。 追い討ちが来る・・・と、すぐさま態勢を立て直すジガだが、タガメ男はジッと立っているだけ。 まるでジガが立ちあがってくるのを待っているかのように。
「ほう・・・思ったよりもタフだな。 そうでなくては・・・」
タガメ男の言葉にジガは軽く驚いていた。 どうして追い討ちをかけない?絶好のチャンスであったのに。
「私は『真の意味』で、最強怪人を目指して造られた存在。 正道を突き進む者が倒れた相手に攻撃を食らわしても、自慢にはならない。」
悪の怪人のクセに『正道』とは・・・。 だがジガには目の前の怪人が、今まで戦ってきた『悪』とは何か雰囲気が違う事を感じた。 少なくとも卑怯な手を嫌い、正々堂々と真正面からぶつかり合う事を好む戦い方には好感が持てた。
「貴方・・・そんな高貴な心を持ってるのに・・・何故悪なんかに・・・」
ジガは不意に尋ねてしまった。 なんだろう・・・親しみに似た感情を感じる。 少なくとも他の怪人たちに比べ清々しささえ感じる。
「・・・・私とて好きでこのような姿になったわけでは・・・私は画家志望の大学生だったん・・・」
そこでタガメ男は頭を押さえた。 くう・・・と頭痛に苦しんでいる様子だ。そして「私は何を言ってるのだ?」と、不意に我に返ったようなそぶりを見せた。
「言葉は無粋! 戦いで語るが戦士よっ!!」
先程の言葉をなかったかのように突っ込んできた。 その勢いとインパクトはまさに水中のギャング、タガメを連想させた。
「あなた・・・もしかして洗脳を・・・・」
だが次の言葉は次げなかった。 ヒュンッ!!と、タガメの鋭い口針をイメージさせるような鋭い突きが来たからだ。
左右の腕で連続突きを放つ。 ジガは巧みなディフェンスと鋭い感覚視野で最大に使い攻撃を払いつづける。 だが攻めるタガメ男も手を緩めない。隙を伺おうと、フェイントも混ぜて突きを放つ。
互いに虫の能力を持つ両者。 感覚器官・・・特に視界や聴覚などは人間以上に優れている。 ジガも隙あればパンチを繰り出す。 コオロギとタガメの突きの応酬!! あまりの猛攻が見事過ぎて互いに攻め手がない。
白熱する二人の虫の異形・・・その光景はまるで虫同士が互いの生存をかけて戦う姿に似ていた。 陸と水中、異なる生息環境を持ち、争う事などありえないだろうと思われるコオロギとタガメが戦う・・・
「す・・・スゲエ・・・」
そんな声が聞こえてきた。 ジガが視界を少し広げると、二人が戦っている河川敷に人が集まっていたのだ。 恐らくこの近辺に住んでいる人々だろう。 怖い物・珍しい物見たさに集まってきたのかもしれない。
「危ない!! ここは危険だから離れてっ!!」
ジガが叫んだ。 戦いに巻き込まれる事と自分の姿を公衆に晒されたく無いことが入り混じっていた。
「戦いの最中に他に気を取られるかっ!」
人々に注意が行った事で隙が出来たジガ向けて、タガメ男のアッパーカットが炸裂した!腹部にまともにくらい、吹き飛ばされるジガ。
「うわああああ!!」
河川敷の端まで吹っ飛ばされた。 地面に叩き付けられたが、致命傷ではない。ジガの体表は鋼のごとく強靭で柔軟性に富んでいる。 だが全てのダメージを吸収しきれるはずがない。 腹部に鈍い痛みが残った。
「は・・・早く逃げて・・・」
痛む腹をこらえて声を出した。 怖い物見たさはあるが、タガメ男の力を見せつけられた人々は一目散に散っていく。 それを見てふう・・・と、ひとまず安堵の息を漏らす。 するとシュウウウウ・・・・と、腹部に熱を感じた。見れば殴られた腹部の表皮が修復を始めていた。 ジガの治癒能力は常人を遥かに上回るのだ。
「邪魔はいなくなったようだな。 では続きと行くぞ!!」
やはり立ちあがるまで待っていたタガメ男。 この怪人は他の連中とは違う・・・そう感じながらも、ジガはタガメ男目掛けて飛び蹴りを浴びせる。
ぐうっ!とよろめいたのは一瞬。 そのままジガの身体をがっちり捕まえて締め上げた!
「私の腕力は1054馬力!! このままへし折ってくれる!」
ギリギリと締め上げるタガメ男。 このままでは確実に身体が折られてしまう・・・。ジガは逃れようともがくが、1054馬力はダテではない。力で脱出は不可能・・・。 ならばと、ドカドカとタガメ男の上半身、特に頭部とその周辺を殴りつづけた。 そして何発目かに放った空手チョップがタガメ男の頭部を直撃した。 頭部の左右を強固なタガメの前足状の角でガードされている為か、頭部その物はそれほど強い物ではないらしい。 一撃を浴びせられぐわああ!と、声をあげて苦しみ、ジガを放してしまった。 弱点はあそこか?
「おのれぃっ!」
今度は前傾姿勢で突っ込んでくるタガメ男。 左右の角をブンブンと降りまわし、まるでバッファローのような攻め。
ザシュッ!! 鈍い音と脇腹に熱さを感じた。 角の一撃を食らった・・・脇腹から出血している。刺し口も深い・・・ジガになっていなければ致命傷だったかもしれない。
脇腹を押さえ、よろめいた所にタガメ男の蹴りが来た。 またしても吹き飛ばされるジガ。
くう・・・よろめきながらも立ちあがった。 シュウウウ・・・と熱の篭った音が脇腹から聞こえる。 治癒能力が働き、傷口を塞いでいる。 ジガの治癒能力は優れていると自覚していた。 今までの戦いで傷を受けた事は何度かあった。しかも変身を解除した後でも、長引くが回復は進み、綺麗にふさがるのだ。
以前、上腕に傷を負った事があり、変身を解いた後でも痛みと出血はあったものの一晩で回復していた。
だが、こう何度も攻撃を受けていては、治癒のスピードが確実に落ちているのは目に見えてわかった。
(また・・・長くなってる・・・)
長引けば不利・・・早く決着をつけなくては・・・
ジガは痛む身体に鞭打ち立ちあがった。 その時彼女は気がつかなかった。いや・・・タガメ男でさえ気付かなかった。 全て逃げたと思っていた民衆だが、一人残っていたのだ。 気配を感じさせない様に物陰に隠れ、ジッとジガとタガメ男の戦いを見つけていた。 一人の少女が・・・
痛む身体をごまかしごまかし動かしジガはタガメ男に蹴りを浴びせる。 だが力が落ちているのか威力がない。お返しとばかりにタガメ男のラリアートが来た! 丸太のような太い腕をぶつけられたジガは一瞬意識を失うほどだった。
「あ・・・・」
それだけだった。 ジガは地面に崩れる様に倒れた。 あまりの一撃であったのか・・・タガメ男の目の前で変身が解けてしまった。 それほどのダメージだったのだ。 巴の目が遠くを見つめ、声もなくただパクパクと口を開いているだけだった。
意識が飛びそうになった。 だが・・・かろうじて繋ぎとめられていた。 かすむ視界の中タガメ男がこちらに歩み寄ってくる・・・
「負けた・・・の?」
かすれた声でそう言うのが精一杯だった。 みんなゴメンね・・・。 その言葉が浮かんだ時、彼女の脳裏に浮かぶ物があった。
それは、彼女が最も愛する家族の顔。 幼子にしか見えないが威厳のある一番上の姉、雛乃。 常にクールで感情を見せない要芽。 いつも明るい瀬芦里。高飛車だが頭のいい高領。世話好きだが不器用な海。十年ぶりに帰ってきた末弟の空矢・・・・
「負けられない・・・・負けちゃいけないっ!」
彼女はフラフラと立ちあがった。 既に力は失いかけているが心だけはたぎらせて。 鋭い目でタガメ男を睨む。
「まだ立つか・・・いい覚悟だ・・・む!?」
ジガの素顔、巴の顔を見たタガメ男が、突然何かに驚くようなそぶりを見せた。 構えを解き、何か信じられない物でも見るような感じだ。
(この女の目・・・どこかで見たような・・・)
巴の目を見たタガメ男が次には頭を抱えて苦しみ出した。 その様子に巴も驚きを隠せない。
「何?何が起きたの?」
何が起きたのか全く解らない。 タガメ男は頭を抱え苦しんでいるだけ。 たまに自分を指差し「この目・・・この目を・・」とぼやくだけだ。
(私の目? 一体何を言ってるの?)
「わ・・私は憶え・・・てい・・る。 その目を・・・その目をした女を・・・」
(私の目をした女? 一体この怪人と私の目をした女にどんな関係が?)
そんな時だった。 巴の脳裏に過るものが合った。 そう言えばこの怪人が先程口走った言葉だった。「好きでこのような姿になったのではない。 画家志望の大学生だった」と・・・
(もしかして洗脳が不完全なの?脳改造ってのをほどこされていないとか!? だったら・・・)
巴はキッとタガメ男を見つめた。 この怪人が他の怪人たちと違って、高貴さと人間らしさが感じられた理由が解った気がした。
「きっとそうだ・・・彼は人間なんだ! まだ彼の中には人間としての心が残ってるんだ!」
巴は敵と戦うときも、可能な限り殺生は避けた。 戦わずに分り合えればそれが一番いいと思っている。 甘い理想論だと言われようが、彼女はそれを可能な限り実践してきたつもりだ。
(分り合える・・・この怪人はきっと私に似た女性との思い出が残ってる。 助けてあげなくちゃ・・・)
それにはまず、彼の動きを封じなければならない。 纏身しなければ・・・
巴は纏身する為、意識を集中した。 だが、変わらない。
「え?なんで?」
再度念じるが、身体はジガへの纏身を果たそうとしない。
「纏身っ!! ・・・・どうして? 纏身っ!!」
何度叫んでも念じても姿が変わらない。 どうしてよ!と、指にはめられた指輪を見つめるが、変身する際に輝く筈の指輪は輝こうとしない。
元々ジガは魔を倒す為の力。『魔』ではないタガメ男に、指輪が退魔ではないと判断して力を与えない様にしている? 普段なら巴の意志に戦う相手に関わらず呼応するが、心身ともに疲弊した今の巴に制御を離れ、指示を受けつけなくなっているのか? 何らかの安全装置のような物が働いているのかもしれない。
どうのような理由にしろ、今の巴にはジガの力が必要なのだ。 だが指輪は答えようとはしない。
「もう・・・変わる力さえ、指輪の力を制御する力も残ってないって言うの・・・」
纏身できない現実に打ちのめされそうになる巴。 正道をモットーとするタガメ男が今の自分を襲ってくる事はない。 だが不安定な精神状態のタガメ男が、心の乱れから暴走する危険性は無い訳ではない。 この状態でタガメ男に襲われれば一たまりも無い。 はやく纏身しなくてはいけないのに・・・
「スイッチよ! スイッチをいれるのよ!!」
突然、声が響いた。 まだ幼さを僅かに感じる少女の声だ。スイッチ?何を言っているんだ?巴は周りを見渡した。
すると、舞浜大橋の柱の影から人影が現れ、「そぉれっ!」と言う声と共に黄色い帯状のものが飛び出した。
それはタガメ男の身体に巻きつき、自由を奪った。 さらに電撃のような物が走りタガメ男を苦しめる。 人影はまるでロープ使いの名人のように、黄色い帯でタガメ男を締め上げていた。
それは赤い制服を着た女子高生。 末妹の海と同じ位の歳か・・・と、茫然と見つめていた。
「場慣れしてる・・・」
末妹と同じぐらいの少女が帯一本で自分が苦戦したタガメ男を手玉に取っている・・・この少女何者・・?
「何してるの! 早くスイッチを入れて!!」
「スイッチって・・・私は改造人間じゃないの!!そんなもの付いてない!」
「言葉のあやよ!例えよ! 似たようなものでしょ!!」
その言葉に巴は顔をしかめた。 どうもこの少女も自分のことを改造人間と誤解しているらしい。
「貴方が最も力を発揮する時に・・・・力を発揮させる為の予備動作がある筈でしょ!!」
予備動作・・・それならある。 必殺技のパープルストライクを放つ際、一度右腕を念を込めて正拳突きのように打ち出す。 あの動作の事か・・・
「やるのよ! 早く!!」
バッっ!───両腕を引き、肩の力を抜く。
「それで・・・変身キーワード・・・言霊でしょ?」
少女がニヤリと笑みを浮かべる。 巴は言われるがまま身構え叫んだ。
「てぇぇぇんっ・・・しんっ!!」
ズバッ!!、右腕を突き出した後、空手の構えに似たポーズを取る。 すると指輪が輝き、巴の身体を黒い竜巻が覆いかくした。
シュウウウウ・・・竜巻が止んだ後には巴の姿は消え、退魔の力とコオロギの力を合わせ持つ異形の戦士、ジガが立っていた。
「ふふ・・、やれば出来るじゃない。 由鷹さんばりの閃光・・・じゃなかった変身だったわよ。」
「由鷹・・・?」
一体この少女は何者なのだ? 改造人間の能力を把握しており、それに対する攻撃手段も持ち合わせている・・・
「さあ! これからが貴方の仕事よ!」
舞浜の海岸から離れ、巨大な遊園地が存在する。 日本有数の巨大さを持った遊園地だ。 いや・・・遊園地跡と言った方がいいだろう。 巨大な破壊の跡が残るこの遊園地は何年も前に、当時の正義と悪の戦いによって破壊されてしまったのだ。
破壊され、機能しなくなった遊園地は再建も難しく、そのまま放置されていた。 そして遊園地を経営していた企業も、東京湾に浮かぶ人工の都市、新東京に新たに建造しなおしている。
そして・・・誰も寄りつかなくなった廃墟と化した遊園地。 ここは「東京ねずみーランド」。
その誰もいないはずの遊園地に、二人の男がいた。 正確には一人のヒーローと、一人の素麺型怪人が。
「ここはいい場所。そうは思わない?」
素麺型怪人『ニューメンソーメン』は、目の前に立つ超絶隣人ベラボーマンに話し掛けた。
「私はそうは思いませんね。 こんな廃墟では休日に子供達を連れて遊びに来れません。 それにここは深夜に不良のたまり場と化している。治安の事も考えれば、行政と保有する企業の対応の悪さを考えさせられます。」
「そう・・・私は、この遊園地跡に親近感を感じるの。 人によって生み出されながら、その存在意義を失った・・・または存在意義を果たせない無念さがね・・・」
ニューメンソーメンは全身を覆う長い毛・・・毛に見える素麺を揺らしながらそう話した。 見た目には人型のシルエットに白くて鋭く長い体毛に覆われた雪男にも見えるだろう。 だが全身の体毛は毛ではなく・・・素麺だ。
「その口ぶりからして、貴方はどうやら改造人間の類ではありませんね? ロボットか何かですか?」
「ふふふ・・・私は、人間に食べずに廃棄された麺類の怨念よ・・・特に御歳暮として贈られながらも食べてもらえなかった素麺のね・・・」
ユラユラと体毛である素麺を揺らしながら、女性的な声で怨むような口調の怪人。
「そうですか。つまり・・・貴方の目的は食べ物に関する愛情を失った人間への復讐ですね?」
ベラボーマンは、真っ直ぐニューメンソーメンを見つめた。
「人間の身勝手で捨てられた貴方と、同じように壊れたから・・・と言う理由で一方的に破棄された遊園地。 なるほど親近感が沸くと言うのも頷ける話です。 どちらも・・・人間の業が原因。」
ベラボーマンは目の前の怪人を哀れんだ。 人間の身勝手さがこの怪人を生んだ。 現に彼が勤める会社の取引先には食品会社もある。
そこでは毎日の様に余剰食材が廃棄されている。 食べ物に対してのありがたみが薄れている証拠。
「貴方が復讐したいと言う気持ちは解らなくも無い。 私は子供に食べ物を残すな・好き嫌い無く食べなさいと、教えている。 それは子供の身体の為であり、あなたのような食材をありがたがる為と・・・」
だが、人類全体がそれをすぐに実践できれば、目の前の怪人は現れないだろう。 しかしそれは不可能に近い。人間という物は業の深い生き物。 なにかしら他の生物の反感を買っているのだ・・・
「だからこそ・・・貴方は人間の手で倒さねばならない。 人間が犯した罪が巡り巡って貴方を生み出したのなら、それを正すのも人間がやらなくては!」
先手必勝!ベラボーマンは、ニューメンソーメンが仕掛ける前に、自分から仕掛けた。 彼はニューメンソーメンに哀れみは感じたが、同情はしなかった。
同情したところで何になる。 目の前の怪人は人間への復讐の手始めとして自分を襲うのだ。 こちらとしても命は惜しい。 黙ってやられるわけにはいかない。
自分に出切る事・・・それはこの怪人の悲しみを、人質となった子供達に・・・そして自分の子供達に伝える事。 自分達が出来なくても、次の世代・・・子供達がこの怪人を生み出さないような悲劇を無くす事を教えるのだ。
「だから・・・貴方の悲しみはここで私が止めるっ!!」
ベラボーマンは、そのジャバラ状の右腕を思いきり伸ばし、ニューメンソーメンの身体に叩きつけた。
「貴様も・・・私の恨みを受けるがいい・・・」
「そうですね。私も妻の弁当が無い日に、昼食に食べたラーメンを残した事がありますよ。大好物にも関わらずにね・・・だから貴方の恨みを買うような事はした事になりますね。」
ベラボーマンは手心を加える事無く攻めつづけた。 伸びる手足を次々に叩きこむ。 ニューメンソーメンは体毛である素麺を伸ばして襲い掛かるが、ベラボーマンの手足の方がリーチがあるのだ。 戦いは一方的な物になっている。
「さあ!トドメを刺させていただきますよ!」
ベラボージャンプっ!と、叫び高くジャンプするベラボーマン。 これで終わりです!と、右足を伸ばす。狙いはニューメンソーメンの顔面と思わしき場所。
ヒュンッ・・・・
「!?」
信じられない事が起きた。 ベラボーマンのキックは確かに顔面と思わしき場所を捉えた。 だが、まるでのれんをくぐるような感覚で、するっ・・・と突きぬけてしまったのだ。
「どう言う事です?」
着地したベラボーマンが再度攻撃を仕掛けようとしたときであった。 背後から突然白い無数の麺が飛び出し、ベラボーマンの首に巻きついたのだ。
「ぐうっ・・・一体?」
ベラボーマンが首に巻きついた麺を解こうと手をやりながら後ろを振り向くと、そこにはニューメンソーメンそっくりの怪人がもういったい存在していた!
「くくく・・・苦しメ〜ン」
もう一体のニューメンソーメンが、怨みつけるような声を出しながら、ベラボーマンを締め上げている。
「くくく・・・私達は常に2人1組で行動しているの・・・。貴様が蹴ったのは分離した直後の外皮の部分だよ。ねえ?妹よ。ソーメーンよ。」
「そうですね、ニューメーン姉さん」
「何ですと!?」
つまり、この怪人は『ニューメンソーメン』と言う名前は、『ニューメーン』と『ソーメーン』と言う2体の怪人の合体形態を表していたのだ。
良く見れば締め上げている妹のソーメーンのほうが麺が細いような気がする。
「ニューメーン姉さん。コイツ、ラーメンを食べ残したって言ってましたね・・・」
「ええ、許せない・・・苦しメ〜ン・・・」
真正面に立つ姉の方のニューメーンも麺を放ってきた。 しかもご丁寧な事に若干黄色が掛かっている。どうやらベラボーマンの好物であるラーメンの麺のようだ。
「くっ・・・」
姉のニューメーンは胴を締め上げてきた。 首と胴を同時に締め上げられベラボーマン絶体絶命のピンチ!
普通なら・・・・この場所で行われているのは野球の試合。 球児達が汗と涙を流しなら白球を追いかける清々しい世界だ。
舞浜に存在する市営球場。 プロ野球は不可能だが、学校の試合や草野球には十分だ。 本来ならば今日ここで高校野球部が練習に使用するはずだった。
だが、フェンスを突き破り球状内に現れたのは野球の選手でもなければ、球児でもなかった。
頭部と両肩にウニのような多数の針状の突起を付けた身長2mの異形の大男。 誰が見ても人間ではない事が伺える。 秘密結社Qの最強怪人7人衆の一人にしてリーダーである『ウニアトム』だ。
そして・・・彼を追って飛びこんできたのは、身長160cmそこそこのロングヘアーが似合うメイド美少女であった。ただし・・・右腕の肘から先がドリルであるが。
彼女こそ、『ドリル少女スパイラルなみ』。人間ではなく家政婦用アンドロイドとして生み出された彼女に、土木作業用ドリルアームを装着した姿だ。 ドリルこそ彼女の最大の武器であり、彼女をスパイラルなみたる証であった。
「ここなら思いきり戦えそうだねアト〜ム。」
ウニアトムが嬉しそうに笑みを浮かべた。 舞浜の海岸からここにくるまで、周辺の被害を省みず進路上のもの全てを破壊してここへやって来たのだ。 ウニ状の突起とドリルで蹴散らしながら・・・・
「そうですね。 余計な物を壊さずに済みそうです!」
ここに来るまでにどれだけの物を壊しただろう・・・。 なみのコンピューターにはこの周辺の地図もインプットされており、被害を極力出さないようなルートの選択も出来た。
だがウニアトムは流石『悪』だけあって、意に介さず一直線に突き進んだのみ。 その後に残されたのは破壊の跡だけだった。
「この戦いは・・・私が日の当たる世界での初陣、『正義』として受け入れられた始めての戦い! だから、負けるわけにはいかないんですっ!」
キュィィィンっ!!と甲高い音を立ててなみのドリルが回転する。 ウニアトムを威嚇する様に。
「貴方を倒して、メタモルの皆さんや子供さん達を助けますっ!!」
「倒せるか? この最強怪人7人衆のリーダーたる僕を!このウニアトムを!」
「倒しますっ!!」
なみがドリルアームを回転させ、突っ込んだ。鋭いドリルの切っ先がウニアトムを襲う。 だがウニアトムは下腕部を覆うサポーター状の装甲でがっちりとガードする。
ガリガリとドリルが装甲をえぐるが貫くに至っていない。 外装が分厚すぎるのもあるが、なによりウェイトが違いすぎた。 ドリルの回転を支える身体が軽い為安定性に欠けるのだ。 案の定、ウニアトムの装甲に食いこんだドリルの回転が鈍り始めると、こんどはなみ自身の身体がグラグラと浮き上がり始めた。
「ふんっ!」
ウニアトムが鬱陶しいとばかりに腕を振ると、軽量のなみは簡単に降りまわされてしまった。 すぐにドリルの回転を止め、相手の勢いを利用してドリルを引きぬく。
「それならっ!」
今度は軽量ならでは動きの軽さを利用してのスピード戦法。 巧みなフットワークでウニアトムを翻弄する作戦に出た。 腕をブンブン降りまわすウニアトムのパワー一辺倒の攻撃に対しての対策だ。
「くそ〜、ちょこまかと!!」
パワーあるが攻撃に幅がない。 勢いはあるが隙が大きい。なみのコンピューターは、ウニアトムの力をそう分析した。 隙を見つけては勢いを付けてドリルで突っ込む。
ガリガリィィっ!!と甲高い音を立てて、今度はウニアトムの足を狙う・・・だが装甲の表面を削る程度だ。 フットワークを活かした攻撃ではどうしても突進力を使った攻撃に比べ、決定打に欠ける。
その後も何度か同じ攻撃を繰り返したが、通用しない。 スピードと運動力では勝るがなみが勝るが、装甲とパワー、なによりウェイトの差がウニアトムに大きく差を付けられていた。
学習能力の高いなみだ。 今までこれだけ体重差のある相手とは戦った事がないが、短い時間で戦力分析は出来た。 その結果に応じた攻撃を浴びせているが、やはり装甲とウェイトの差は大きい。
それになみが最も得意とし、強力な攻撃は全身の動きを一直線に集中する突進系の技だ。 ウェイトの小さいなみが武器であるドリルを生かすのは運動力を一点に集中させる必要があった。
「どうやら自慢のドリルも、僕の装甲は貫け無いようだアト〜ム。」
ニヤっと笑みを浮かべ、なみ目掛けてパンチを放つ。 大ぶりなパンチだが威力はある。 しかしなみとの身長差がありすぎる為、やや前傾にならざるを得ないパンチだが。
ドガッ!!パンチが球状の地面に大きなくぼみを作る。 なみが避けられなかったら一たまりもないだろう。 だがウニアトムの攻撃は終わらない。
「その動きを止めてやる! ヘルスティンガー!!」
ウニアトムが前傾姿勢をとったのはパンチを放つためだけではなかった。 頭部のウニ頭の針を発射する為だった。 まるでニードルガンのように無数の針が放射線上に発射された。
「緊急回避っ!」
ウニアトムの針攻撃になみは動きを急変更し、大きくジャンプした。 針は扇状に発射されているからウニアトムの身長より高くジャンプすれば回避は出来る。 結果、なみは針攻撃を回避する事に成功する。だが、そこにウニアトムの狙いがあった。
「掛かったなアホが!」
ウニアトムが叫ぶと同時に着地に入ろうとしているなみ向けて突っ込んだ!! 前傾姿勢は針攻撃の為だけではない。その後の攻撃に対する『溜め』でもあったのだ!
ダンッ!と陸上選手のクラウチングスターとに似た姿勢から突進するウニアトムは恐ろしいスピードでなみに迫る。 ウェイトの差がありすぎ、しかもウニアトムの頭部と両肩には鋭い針があるのだ。 一撃食らえばそれでなみは終わりだ。
しかも着地に入ろうとしているなみに回避の手段は無いっ!!
「終わりダッ!アト〜ム!」
力任せに突っ込んでくるウニアトム。 体重124kgのウニアトムの体当たり・・・なみの体重の倍以上・・・ウニアトムは勝利を確信した。
ドカァァァンッ!! 轟音とモクモクと立ちあがる土煙。 ウニアトムは球場のフェンスにめり込んでいた。 そしてフェンスとウニアトムの板ばさみとなった無残な姿のなみの姿は・・・無かった。
「間一髪でした・・・」
なみは冷や汗を流して着地した。 彼女は本来着地する場所から僅かに離れた場所に着地した。
本当に間一髪だったのだろう。彼女のメイド服のスカートの一部が裂け、彼女の白い太腿が見え隠れしていた。
「貴様・・・ドリルを使うとはな・・・」
めり込んだフェンスからウニアトムが身体を引き剥がしながらなみを睨んだ。
「ええ、ドリルこそ最高の武器! ドリルが穴を掘る為だけの物と誰が決めたんです?」
ぱんぱんと、メイド服についた土ぼこりを払いながらなみは答えた。
実はなみはウニアトムの体当たり寸前に、右手のドリルをフル回転させたのだ。 目標を定めないドリルの回転により重心バランスあえて崩し、空中での回避を行ったのだ。 これもギリギリだったのだが。
「どうです?ドリルはまさに最高の武器でしょう!」
ギリギリだったのにも関わらず、なみは強がった。 自分の象徴とも言えるドリルを誇りたかったからだ。
「なめやがって・・・打ち負かしたら、貴様は秘密結社Q専属のメイドとして一生下働きさせてやる・・・」
憎しみを込めた目でなみを睨みつけながらフェンスから身体を引き剥がすウニアトム。 だが、よほど深く突っ込んでしまったのか、身体が瓦礫に挟まって上手く動けない。
チャンスだ! なみは好機とばかりに、ウニアトム目掛けドリルを突き出し駆けた。
「スパイラルドライバー!!!」
なみの必殺技が、今だ動けないウニアトム目掛けて放たれた。 なみの運動力を一点に集中させ、相手を刺し貫きえぐる技!!
「決まれば必殺!!」
なみは勝利を確信した。 まっすぐにきらめくドリルがウニアトムに迫る! ボゴッ・・・ウニアトムの右腕瓦礫から引きぬかれた。 こちらに向けて右手を突き出したが無駄だ! 右手ごと刺しえぐる!
「なっ!?」
なみは信じられない物を見た。 自分の一番の必殺技である一撃を・・・鋭いドリルの切っ先を、ウニアトムは右手だけで掴んで止めていたのだ! 信じられぬ剛力!!
ボゴッ・・・ボゴッ・・・ドリルを掴んだまま埋もれていた身体を引きぬくウニアトム。 必殺の一撃を力任せに止められ、驚愕するなみの表情を愉快そうに笑みを浮かべて見ていた。
「残念だったなアト〜ム。 いい技だが、軽いな。」
グワッ・・・なみの身体が浮き上がった。右手一本でドリルを掴んだままなみの身体を持ち上げているのだ。
「くたばれっ!!」
そのまま力任せに放り投げた。 掴んで投げる! 単純にして簡潔。ただそれだけに威力もデカイ。 なみはフェンス際にいた筈なのに、ピッチャーマウンド辺りに叩きつけられた。
「う・ううう・・・なんて力・・・。体重差だけじゃない・・・なんなのこの力の差は・・・?」
打ち付けられたダメージに苦痛をあげながらも立ちあがるなみ。 大柄とは言え身長は2m程度で体重だって124kgと、他の怪人に比べれば軽い方なのに・・・
「私だって・・・・このドリルアームに限れば、パワーは他の皆さんより勝っているのに・・・」
その言葉は事実だ。 アンドロイドであるなみの力は家庭用と言う事で低めに設定されているが、彼女の身体に使用されている人工筋肉やフィールドモーター。それらを支える特殊鋼による骨格は軽く耐久性に長けていて、やりようによって常人を遥かに上回る力を発揮するのだ。
また武器であるドリルを支える為と、なみの腕力は非常に強く、その最大パワーは他のメンバーを上回るのだ。
(このパワーを御剣博士が計った際、単純な腕力はなみがトップという結果が出た。 上限を100と定め、数値で表すと平均値は90〜97で、なみは最大値の100をマークした。 ちなみにガルファーは95)
「ふん・・・・そんな物仲間内だけの話しではないかアト〜ム。」
「なんですって・・・。私の動力は最新型の燃料電池で、特殊にカスタマイズされた人工筋肉とフィールドモーターを使用しているんです! パワーの面では並の怪人さんをも上回るんです!! ドリルに限れば最大で一万馬力は出せるんです!」
ドリルをかざし叫ぶなみ。 確かに彼女のパワーは強い。 またドリルも強力で確かに『ドリルだけ』に限れば、確かにそれだけの力は出せる。
「燃料電池とフィールドモーター? それに1万馬力だと・・?」
それを聞いて、ウニアトムは鼻で笑った。
「僕の動力は原子力! そしてパワーの数値は・・・10万馬力だ!!」
「な!なんですってぇぇっ!!」
驚愕の事実、聞かなければ良かったと、なみの脳裏を過った。 燃料電池と原子力。 1万馬力と10万馬力・・・大人と子供以上の差があった。
「く・・・負けるものかぁ!」
驚いたのはほんの一瞬。 なみは言葉に打ちのめされる事無く攻めた。 ドリルを回転させ果敢に攻めた。 だが攻撃パターンが読まれてきたのか、それともただ単に力の差がありすぎる為か、またしてもドリルを受けとめられ、降りまわされて投げられる。
「無駄だ無駄だ! 何と言っても、僕には10万馬力があるんだからなアト〜ム!」
勝ち誇る様に、天に人差し指を突き出し笑うウニアトム。 確かに10倍もの差があればこの余裕は出切るだろう。
「じゅ・・・十万馬力がなんだっていうんですか・・・」
ドリルを杖にしてフラフラと立ちあがるなみ。 その目からは闘志はまるで消えていない。
「幾らパワーの差が大きくたって、テクニックやスピードで幾らでも補う事は出来るんです!!」
そう叫ぶと、ウニアトムの周囲をフットワークを駆使して駆け巡る。 軽量級のボクサーが使う手だ。足さばきで相手を翻弄し、細かい手でダメージを蓄積させていく戦法だ。
ウニアトムの狙いを定めさせずに絶えず動き、ちくちくと消極的だが、ドリルを突き立てては離れるヒット&ウェイ戦法・・・。 だがウニアトムの強固な装甲には通用しない。
「小手先のテクニックなぞ・・・10万馬力の前には無力だ!」
ドリルを突きたてられた足でそのままなみを蹴っ飛ばした! 吹き飛ばされフェンスに叩きつけられるなみ。
「まだまだ・・・力だけの貴方なんかに・・・DOLLファイトで鍛えた私が負けていい筈が無いんですっ!」
ボロボロになりながらも吼えるなみ。 だがそれはウニアトムを怒らせる結果になった。
「この・・・駄メイドがっ! もういいスクラップになりやがれアト〜ム!!」
なみ目掛けて突進するウニアトム。 なみの運命は風前の灯に見えた。
ヒュンッ!! 突然一陣の風がウニアトムの目の前を過った。 突然の事に動きを止めるウニアトム。
「な!なんだ!?」
ビシッ!! 軽い音がしたと思うと、次の瞬間、ウニアトムの視界が変わった。 自分の目の前に地面が迫る。 それが自分がバランスを崩し倒れているんだ・・・と、自覚するまでコンマ数秒を要した。
バタンッ!と地面に顔面から倒れるウニアトム。 一体何が起きたんだ・・・と状況を把握する為に周囲を見渡す。 するとウニアトムは目を疑った。 彼の目の前にはレースクイーン衣装を纏った長身の美女とチャイナドレスを着た小学生ぐらいの少女が立っていたからだ。
「勢いは凄いですけど・・・瞬間的な加速はイマイチね。」
「動きが見え見えなんだもん。 ちょっと足下こずいただけで転んじゃうなんて、バランサーの調子よくないんじゃないの?」
レースクイーン美女とチャイナドレス幼女がそう言うのが聞こえた。 どうやら先程の風と自分が倒れたのはこの2人がやった事らしい。
「き・・・貴様らは・・・」
ズガガガガガ!!!! 立ち上がろうとしたウニアトムの銃弾が打ちこまれた。 突然の事にバランスを崩し、今度は仰向けに倒れるウニアトム。
「幾ら装甲が厚くたってこの距離なら!」
またしても弾丸の雨がきた。 ウニアトムは身体を転がして回避すると同時に立ちあがった。 そこにはセーラー服を着た少女がドラムマガジン式のマシンガンを持って立っていた。
「なんだ・・・貴様らは・・・」
すると、倒れかけたなみに手を貸す英国貴族のようなドレスを着た女性の姿が見えた。
「なみ・・・しっかりなさい。 このぐらいの事で情けないですわよ。」
「貴様、俺の邪魔をするか!」
ウニアトムがドレスの女性目掛け、肩の針を飛ばした。 狙いはバッチリだと思われたが・・・キラっ!と一閃何かがきらめいたと思うと、打ち出した針が全て盾に真っ二つに斬られていた。
「また・・・つまらない物を斬ってしまいましたわね・・・」
ドレスの女性がなみに肩を貸していない自由な方の右手に細身の剣が握られていた。 片手で針を叩ききったと言うのか・・・・
「さ・・・サファイアさん、紅猫さん、レイコさん、それに恵さんまで・・・どうして?」
驚いてるのはなみの方も一緒だった。 かつてDOLLファイトと言う非合法のバトルゲームで友情を築いた好敵手達がなぜこの場に・・・
そう彼女達はなみ同様、本来は様々な職種に合わせて造られたアンドロイドだ。
「貴方のマスターから連絡を受けましてね。」
サファイアと呼ばれたドレスの女性がそう言った。
「桜子さんが!?」
「なみの目を通してモニターしてたらヤバそうな雰囲気だって・・・」
チャイナドレスの幼女、紅猫(くーにゃん)がなみを心配そうに覗きこんでいる。
「それで・・・たまたまドリル堂にいた私達に助けを・・・。」
レースクイーンの美女、レイコが微笑みながら告げた。
「か!勘違いしないでよ! 別にアンタなんかどうなってもいいんだけど・・・私以外にあんたを倒されるのを見たくないだけよ!」
セーラー服の少女、恵が頬を赤く染めながら強がる様に言う。 俗に言うツンデレキャラと言うタイプかも・・・
「皆さん・・・ありがとう。」
なみは思わず目頭が熱くなった。 かつての好敵手達が自分を救う為に来てくれたなんて・・・
「さて・・・強そうなナリしてるけど、私達が総出で掛かればなんとかなるんじゃない?」
レイコが立ちあがろうとしているウニアトムを見ながらそう言った。
「紅猫、こ・・・怖いけど頑張る!!」
「剣の錆にしてやりますわ。」
「戦いは数だよ・・・って奴?」
「皆さん、行きましょう!!」
なみの言葉を合図にDOLL軍団が、ウニアトムに飛びかかった。 さしものウニアトムもなみとほぼ同程度の戦闘力を持つDOLL達に苦戦を強いられていた。
なにしろ、本来の運用法とは別に、非合法的な戦闘用カスタマイズを施されているDOLL達である。 その戦闘力は低くは無い。
「加速装置!!」
まず、瞬間的加速力に長けたレイコが足を使ってウニアトムを翻弄する。 スピードに関してだけはDOLL達の中でもTOPクラスのレイコである。 モーションの大きいウニアトムの攻撃などかすりもしない。
「ええいっ!」
次いで小回りが効き、敏捷性に長けた紅猫が、ウニアトムの隙だらけのボディに打撃を叩きこむ。 体が小さい紅猫の攻撃は重くは無いが、動きを止めるには十分だ。
「落ちろぉぉぉ!!!」
紅猫が離れた刹那、ウニアトムを無数の弾丸が襲う。 動きが止まった所へ火器を装備した恵の一斉射撃。恵はマガジンが空になるまで撃ち続けた。
「銃身が焼けつくまで撃ちつづけてやるっ!!」
弾丸が尽き、鉛の雨が止んだ所へ、ウニアトムの頭上に輝く物が。 サファイアが剣をかざして斬りかかって来たのだ。
「お覚悟っ!!」
スパッ・・・と、ウニアトムの両肩の突起が切り落とされた。
「なみ!トドメよっ!」
サファイアが叫んだ。 DOLL軍団の猛攻に為す術無いウニアトムになみのドリルがきらめく!
「これでトドメぇぇぇっ!!」
「調子に乗るんじゃねええ! この愛玩ロボットどもがっ!!」
ボワアアア!!! ウニアトムの全身から物凄い熱波が放射された。 原子力の熱エネルギーを放射しているのでは無いかと思えるぐらいの熱量だ。 あまりの熱波になみ達の動きが止まる。
「くたばれっ!ヘルスティンガー!!!」
動きの止まったDOLL軍団向けて、ウニアトムの頭部の針が全弾発射された。 放射線状に発射された針はDOLL達を刺し貫き、フェンスへ串刺しにしてしまった。
「くっ!ううう・・・・」
彼女達も戦闘用である。 頭部や腹部などの重要な部分への攻撃は防いだが、手足や肩を刺し貫かれ、大の字になってフェンスに貼りつかれていた。 さながら昆虫の標本の様に・・・・
ガラン・・・・軽い音がして貼りつけられたDOLL達から何かが落ちた。 それは手首・・・一番ダメージの大きいなみの身体はこの針攻撃に耐えきれず、貫かれた左腕の手首がもげ落ちてしまったのだ。
「な!なみ!!」
皆が叫んでなみを見た。 フェンスに張り付かれているのは同じだが、さすが彼女も頭部や腹部などの直撃は防いでいたが、自慢のメイド服があちこち切り裂かれ、肩や脛などにウニアトムの針で貫かれていた。 一番酷いのは左手だ。 強固なドリルアームの右手は無事だが、通常型の左腕は手首から先がもげ落ちていた。
「終わりだな・・・愛玩ロボども・・・」
トドメを刺すべくDOLL軍団に近づくウニアトム。 だが・・・
ドカンッ!! 突然ウニアトムの腹部にドリルが突きたてられていた。 まるでヤクザ映画のワンシーンの様に、ドスならぬドリルを腰だめに構えて突きたてているなみの姿が・・・
「ま・・・まだ負けてませんッ!!」
だが、針を無理矢理抜いたであろう足や肩からは茶色いオイルが血の様ににじみ出ている。 ちぎれた左手からの漏電や出血ならぬオイル漏れも激しい。 このままではなみは10分と動けないだろう。
「この・・・死にぞこないがっ!!」
ブンッ!と振られた腕を、ジャンプでかわし、間合いを開けドリルを廻すなみ・・・
だが、このままのなみでは勝機はない事は見え見えだ。
「なみ!三塁側スタンド!!」
「え?」
突然張付けにされたままの恵が叫んだ。
「私の予備部品!それが三塁側のスタンドにある!それを使って!!」
「ありがとう!恵さん!」
助言を受けてなみは三塁側に向けて駆けた。 それこそ全速力で。
「そうはさせるかっ!」
ウニアトムがなみの後を追う為に駆け出そうとした。 しかし背後から突然の衝撃!
「な・・・なんだ!?」
後ろを振り向けば、そこには無理矢理針を引きぬいた腕で、マシンガンを構えた張付けのままの恵の姿が。
「まだだ!まだ終わらんよっ!」
「貴様ぁ・・・雑魚がっ!」
「ふん!雑魚とは違うんだよ!雑魚とは!!」
恵必死の援護射撃。 そうして稼いだ時間がついに実る時が来た。
「ウニアトムッ!!」
恵に気を取られていたウニアトムに背後からいきなり声を投げつけられた。 ウニアトムが振りかえると、そこには3類側のフェンスに立ったなみの姿があった。
しかも先程までのなみとは異なる部分が合った。それは左腕。 左腕の肘から先がドリルアームとなっていたのだ!
なみは両腕に装着されたドリルを高々と掲げていた。 千切れた左腕を外し、先程恵が言っていた予備パーツを装着したのだ。 なみと恵はメーカーは違えど、同時期に開発されたDOLLで、規格が殆ど同じである事が幸いした。
「す・・・スパイラルドライバー二刀流・・・」
恵が呟いた。 なみは以前から両腕にドリルを装着するのは邪道と言っていた。 だが今回はなりふりを構ってはいられない。
通常のスパイラルドライバーが通用しないなら、力を足せばいい・・・単純だが明快な答えだ。
そして・・・なみのコンピューターは、それだけでは勝てないと判断して、さらに力を足すべく行動に出ようとしていた!!
「1万パワー×2で、2万パワー!!」
そうして、今度は全身を思いきり躍動させ、助走をつけてジャンプした。
「通常の2倍のジャンプで2×2で、4万パワー!!」
ジャンプの最高到達地点に達した時、なみはドリルを前方へ突き出し構えに入った。
「そして、これに通常の3倍のスピンを加えれば!!!」
カッ!!と、空でなみの身体が光り輝く。
「4×3で、ウニアトム!貴方を上回る12万パワーだぁぁぁっ!!」
なみの身体が12万パワーの輝きに包まれた。 狙うはウニアトムの中枢!!
「うお〜!!!」
光の矢と化したなみがまっすぐにウニアトムに迫る!!
次回予告
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次回、サイバーヒーロー作戦 第18話『決着、最強怪人』
次回も、激闘必死ですげえぜ!