第11話 『逆転っぽい裁判 要芽VS御剣!!(前編)』
──5月23日 午後7時30分 かもめ第三小学校 給食準備室
「ま・・・マズイジャガ・・・見られてしまったジャガ・・・」
薄暗い給食の準備室・・・声の持ち主は、足元に倒れる二人の男性を見て、冷や汗を流してうろたえていた。
一人は作業服を着た男性。この小学校に、給食の食材を卸している業者の人間。 もう一人は、白衣を着た片腕に松葉杖を持った大柄な中年男だ。
「・・・・・・うう」
床に倒れている男性達は、生きていた。何か一時的に意識を奪われただけの様だ。
「このままでは、作戦に大きな支障をきたすジャガ・・・どうすれば・・・」
少し考えた後、声の持ち主は何かを閃いた。
「そ!そうジャガ! コイツのせいにしてしまえばいいんジャガ!!」
そう言って、大柄な男の松葉杖を手にすると、倒れている業者の男の上体を起こし、男の頭を思いきり殴りつけた。 松葉杖は強固な金属製、十分威力はある。 勿論、死なない程度に加減をする。 殺さないのは理由は、必要以上に騒ぎを大きくしない為。
意識の無い業者の男を殴りつけた後、その松葉杖を再び大柄な男の手に戻す。 そして、丁寧に指紋を拭取ると、給食準備室の外に出た・・・・
「うう・・・何が起きた?」
かもめ第3小学校保険医にして、銀河連邦警察太陽系方面司令長官、メタモルVの創設者にして宇宙刑事シャトナーこと、大紋寺激は、意識を取り戻した。 軽い頭痛はするが気分はそれほど酷くない。
大紋寺が給食室に来たのは理由が会った。 別に宿直で巡回をしていたわけでもない。 今日は23日・・・給料日二日前。 そして・・・激の給料は決して高くない。 ここがポイントだ。
安月給の上、給料日前・・・備蓄の食糧も底を付き、主食(?)であるカップヤキソバすら満足に買えない状況。
そこで、学校関係者という事を最大限に利用し、給食室に何か食材を『漁り』に来たのである。 また、今日は業者が食材を卸しに来る日でもある。 運が良ければ何かタダで分けてもらえるかもしれないと、淡い期待もあった。
事実、半年ほど前に破棄寸前のメロンを、拝み倒してもらった事もある。 その時、大紋寺は「ベェリィィィ!!」と狂喜して、皮ごとかぶり付いたほどだった。
それ以来、破棄寸前の食材があれば、懇願して分けてもらうのが大紋寺の給料日前のパターンとなっていた。
だが、大紋寺の淡い期待は裏切られた。 給食室に入りこんだ瞬間、暗闇の中、業者の人間が倒れているのを見つけてしまった。 何事か!!と、駆け寄った時、大紋寺は背後に異様な気配を感じた。 負傷し一線を退いている身なれど、宇宙刑事である。 そんなに簡単に背後は取られない筈。
だが、その気配の持ち主は常人とは思えない運動力を見せ、大紋寺に向け、気体状の何かを吐きつけた。 次の瞬間、大紋寺は急激に意思を失いつつあった。
薄れゆく意識の中、必死に気配に向け手を伸ばした。 だがぬるりとした油ぎった嫌な感触があっただけ。 準備室の中に照明が付いていなかった為、相手の姿を確認できなかった事を無念に思い意識を失った。
「何が・・・うっ!!」
意識を取り戻した大紋寺が見たのは、血のついた自分の松葉杖と・・・頭から血を流す給食業者の姿。
「おい!しっかりしろ!!」
表向きは保険医の大紋寺。 すぐに処置を施そうと倒れている業者に向けて詰め寄った・・・その時である。
「ひっ!!」
大紋寺に向け、一筋の光が差し向けられた。 光の元には、懐中電灯を持った初老の男が声にならない声を上げていた。 その表情は引きつっていた。
「良かった。 すぐに救急車を・・・」
懐中電灯を持った男を大紋寺は知っていた。この学校の用務員だ。 大紋寺が、救急車を・・・と、言いかけた時、用務員はワナワナと震える手で、大紋時の腕をしめした。
「?」
不思議に思う大紋寺はしめされた腕を見た。 そこには・・・血のついた松葉杖が・・・
「ひっ!ひい!!」
用務員は抜けかけた腰を揺り動かし、逃げようとする。 その様子に大紋寺は感づいた。
「違う!! 俺じゃない!!」
だが、用務員は引きつった顔のまま、逃げ出した。 「ひ!人殺しジャ!」と叫びながら・・・
そして・・・30分もしないうちに、小学校に警察が集まり、大紋寺は逮捕、連行されていった。
被害者である給食業者は、命に別状は無いものの、今だ意識不明の状態ゆえ、大紋寺の罪状は「傷害・殺人未遂」となった。
「アンタがやったスんね! 間違い無いッス!! 署まで同行してもらうッス!!」
薄汚れたコートを着た刑事が、一方的に決めつけて連行されていった。
「俺じゃねェェェっ!!」
悲痛な声を上げてパトカーに乗せつけられる大紋寺。 騒ぎを聞きつけて近隣の住人が集まり、やたら冷たい目やヒソヒソ話をするのが心に染みた。
「せんせーい!!」
「先生っ!!」
「先生!くるみ信じてるからね!先生がそんな事をする人じゃないって事!!」
3人の女子生徒・・・メタモルVの3人が、悲しそうな・・・いや実際泣きながら訴えてくる。 それだけが心のささえだった。
「俺は無実だぁぁっ!!」
警察での取調べは一方的な物だった。 宇宙刑事である自分が取調べを受けるとはなんたる皮肉・・・。 そう考えていたが、現実は悲惨だった。
まず、状況証拠からして大紋寺に不利な物ばかり、凶器も大紋寺の松葉杖と来ている。 また給食準備室の足跡や指紋も被害者と大紋寺のものしか検出されなかった。
「他に準備室には、正体不明の体毛と油汚れ、そしてゴキブリぐらいしかいなかったッス!」
と・・・言う事だ。 大紋寺がガスのような物を吹き付けられた・・・と、訴えても被害者からも現場からも、そんな痕跡は残されていなかったらしい。
(痕跡を残さないガス・・・? まるで軍の近代兵器じゃないか・・・テロ制圧用などの!)
だが、そんな事は目の前の刑事には通じそうにもない。
「とにかく、アンタで決まりっス!!」
刑事はそう言って、取調べを打ちきった。
数少ない嬉しい事は、取調べの際に食べたカツ丼だけだった・・・
───同日 某時刻 某所(と書いて)秘密結社Q本部
「馬鹿者!誰が戦えと言った!!」
青い軍服を着たドイツ人。 秘密結社Q幹部ガデスは、目の前にいる若き幹部レイジと、怪人を叱咤していた。
「全く! 今回の作戦は、この『AZITO製毒キノコ』を、給食に混ぜて我々秘密結社Qの洗脳下におく事であろうが!!」
そう言って、ガデスは見た目から妖しい極彩色のキノコを突き出す。
ここで、説明しておこう。 AZITO製毒キノコとは、過去、この世界を支配しようと企んだ悪の組織が遺した『悪の商品』の一つである。 その効力は、一種の幻惑成分により、秘密結社Qの洗脳下に置く事が出きると言う恐ろしい商品である。
詳しい説明は省くが、秘密結社Qは、総統Qがある事件をきっかけに誕生した『悪の組織』である。 つまり一個人が作り上げた組織である。
その為、基盤が弱い事は事実。 そこで過去、この地方に君臨しつつもHUMAに壊滅させられた悪の組織の遺した物を再利用しているのだ。 改造人間などの技術なども、そこから得た物が大きい。
この毒キノコも、その過去の『悪』が遺した物を再利用したのだ。 他にも『時空ラーメン』や『ホルモンハート人工心臓』等がある。 これらはダミー会社や闇医療機関を通じて、貴重な収入源となっている。
ちなみに、一番の売れ筋は、『幻想戦士レイブレード』と言う同人アニメ。
「も!申し訳ありません!」
ひたすら頭を下げるレイジ。 だが心の底では「なんで小学校なんだよ・・・」と言う反抗の意思があったのは言うまでも無い。
「全く! おかげで作戦を大きく予定変更しなければならなくなったぞ!」
まだ文句を言うガデス。 だがそれを遮る様に総統Qのレリーフの目が輝いた。
「まあよい。 ここは大紋寺激を合法的に葬れる良いチャンスだ。のう?ガデス。」
「ははっ!確かにおっしゃる通り?」
その言葉に「?」の表情のレイジ。
「あの・・・、たかが小学校の保険医ではないのですか?」
「うむ・・・これは、最近わが優秀なる諜報員からの情報だ。 ここの所、我々のような『悪』に敵対する忌々しい『正義』どもの事は知っているな?」
総統Qの言葉にレイジは頷いた。
「大紋寺激は、その中の一つ、『メタモルV』と名乗る連中の指揮官である事が判明している。 事実彼奴らは数ヶ月前に、極秘裏に地球外知的生命体の侵攻を退けている。」
そう言って、スクリーンに映像を投射する。 そこには白い全身タイツに身を包んだ、ある意味、自分達より怪しい男がそこに映っていた。
「なんと!!」
「コヤツさえいなければ、正義どもの戦力も大幅にダウンする! レイジよ・・・大紋寺激の裁判は明後日だ。 もし、裁判に負けるような事態になれば・・・解っておるな?」
ここまで言ってもらえれば、レイジはテロリスト時代の鋭い知力を働かせる事無く、返答する事ができた。
「勿論です。 大紋寺を有罪に引き摺り下ろす証人として、コイツを潜り込ませます!」
そう言って、隣の怪人を見る。
「ジャガー!!」
隣にいる怪人・・・これこそが、今回の秘密結社Qの怪人『ゴキブリジャガー』である!!
「改めて言うが、こやつはゴキブリとジャガーの合成怪人だ。 こやつの特殊能力は、体内で作り出される『細菌兵器(さいきんへいき)』にある。 その威力は、最初はこやつ自身が耐えきれなかったほどじゃ。 今はどうなのだ?」
「最近平気(さいきんへいき)ジャガ。」
「・・・・・・では、準備に入ります。」
レイジが、その場をとりなすように言う。
「ところで・・・今回の裁判、勝てるのだろうな?」
今回の勝敗とは、勿論大紋寺の有罪判決・・・検察側の勝訴の事だ。 ガデスが確かめる様に聞くと、レイジは笑みを浮かべた。
「ご安心ください。 今回の裁判の検事は、警察の情報を盗んで判明しております。 勝利の為なら、証拠のでっちあげ・証言の操作と・・・まさに我々の為に用意されたような人物です」
「ほほう・・・で?名は?」
「偶然にも、自分と同じ名・・・。『御剣 怜次(ミツルギ レイジ)』です。 並の弁護士ならば、太刀打ちできません。」
──5月24日 某時刻 柊家客間
「・・・・警察の目を欺いて、証拠品を集めるのは大変だったよ・・・。」
私立探偵、神塚ダイは、目の前のテーブルに今回の事件に関する資料と、可能な限り集めた証拠品(の写真等)を広げた。
とはいう物の、数は少ない。 幾つかの写真とビニールパックに入れられた謎の液体と、動物の毛のような物だけだ。
「まあ・・・これだけあれば何とか戦えるんじゃないか?」
そう言葉を発したのは、長船だった。
以前の秘密結社Qの「バスジャッカー電撃隊」作戦の後、大紋寺達の前に姿を見せた長船と村正姉妹。 これに柊巴を加えて、大紋寺達に事情を説明した。 少しでも協力者が欲しかった大紋寺は快く長船達を受け入れた。
大紋寺達は、跳梁跋扈する『悪』と呼ばれる組織や、正体不明の怪生物達から人々を守る為に戦っていた。
過去に存在していた正義の組織HUMAは、壊滅していたが、大紋寺達は彼らの遺志を受け継ぎ、戦いつづけていた。
現在、大紋寺達のもとで戦いつづけている正義は極少数だ。 HUMAの生き残りで、現在の大紋寺達をまとめている女性科学者『御剣亜里沙(みつるぎ ありさ)』博士。その彼女の元で戦う『機動刑事ライオット』と3人の少女達からなる『新世紀美少女戦隊モモヴァルス』の5人。
アルファー遊星人と言う宇宙人から力を託されたサラリーマンが変身する『超絶隣人ベラボーマン』。
某ハイテク企業から、高性能スーツを借り受けた賃貸英雄を名乗る青年『レンタヒーロー』。
神塚ダイが変身する『宇宙探偵ディバン』とパートナーのマリーの二人。
これに大紋寺のメタモルVを加えて・・・総勢13名である。
ライオットとモモヴァルスは、多忙な為、まだ顔を合わせていないが、総勢を代表して御剣博士が面会してくれた。結った髪と眼鏡が似合う知的そうな女性だった。 場所は新東京の某所にある私設研究所だった。 研究所と言っても表向きは使用されていない様に見えたが、中身は最新鋭の機器が取り揃えられていた。
御剣博士は、普段はある研究機関の技師として働いていると言う。 HUMAが壊滅した折、運良く脱出できたらしいのだ、そこで全てを失いつつも悪の野望を食い止める為、HUMA時代のネットワークを駆使して、同じ志を持つ同士を集め、非合法の地下組織を組織し戦いつづけていたのだ。
巴が、「そうまでして、貴方が戦う理由とはなんですか?」と、聞くと悲しげに微笑み「償いの為・・・かな」と言ったのを、長船の心に強く残った。
そして、巴を見てにっこりと微笑み、「家族の為に戦っていたんでしょう?羨ましい・・・わ。私もそんな理由で戦えたら良かったのに・・・」と、言ったのを憶えている。
心に大きな傷を負った女性なのだろう・・・。今は聞くまいと長船は思った。時が来れば彼女の方から、色々語ってくれるだろうと信じて・・・
次に長船は、今の日本は、数多くの『悪の組織』に狙われている事を知った。 敵は秘密結社Qや魔物だけではなかった。
まず、首領ドン・ドラー率いる地球侵略を狙う宇宙犯罪組織『麻龍』。
怪奇ロボット軍団を操る『爆田軍団』
異世界からの侵攻者『くらやみ乙女』
民主クーデターにより母星を追われた『アドニス一派』
これに、秘密結社Qが加わり、さらに謎の怪生物達・・・多くの敵に狙われていた。
「神塚君が言うには、さらにクライオスとか言う宇宙人と・・・謎の星団国家だったな・・・」
長船が言うと、御剣博士は頷いた。
「そう・・・以前から、悪の組織や宇宙人の侵攻はあったけど、ここ数十年で急激に増えてるわ。 さらに魔物なら80年くらい前から頻繁に・・・」
80年・・・その言葉に長船は感づく物があった・・・
今から80年前と言えば、丁度大正時代だ・・・。 長船の脳裏に嫌なイメージが浮かんだ。
「ともあれ、我々はあなた方を歓迎するわ。 ともに頑張りましょう。」
御剣博士の差し出された手を、長船と村正姉妹はしっかりと握り返した。
同時刻 柊家客間
「俺達には、一人でも欠ける事は大きい痛手だ。 だから大紋寺さんは必ず救うんだ。・・・この子達のためにも。」
ダイが客間にいる三人の少女達を見て言う。
三人とも不安そうな顔をしている。無理も無い事だが・・・
ここ・・・柊家の客間に集まっているのは、長船・村正姉妹に神塚ダイにマリー。メタモルVの3名である。 ベラボーマンこと「中村等(なかむら ひとし)」は、前回の秘密結社Qの怪人「デスパイダー」襲われ負傷中とのこと。 レンタヒーローこと、「やまだ たろう」は、スーツの定期メンテナンスらしい。
そして・・・・
「巴、また友達が増えとるな。」
と、柊家長女、柊雛乃は笑みを浮かべていた。
「ウン。良い人達ばかりだよ。」
お茶を運ぼうとしている巴はニコニコ笑みを浮かべている。 雛乃にしてみれば、あの警官と知り合ってから巴の表情がやたら明るくなったのに感づいていた。
雛乃にしてみれば嬉しい事だ。 だが、それが秘密を共有する間柄とは気付いてもいなかったが・・・
「この証拠をどうするんですの?」
エプロンドレスの少女、メタモルVの一人、メタモルブラックこと『南百合麗子(みなみゆり れいこ)』だ。
「ああ・・・御剣博士がいい弁護士を紹介してくれたんだ。 その人に託す。」
ダイがそう説明すると、おさげの子がおずおずと口を開いた。 メタモルイエローこと『友恵もえ子(ともえもえこ)』である。
「そうすれば・・・先生助かるの・・?」
「そうじゃなきゃ困るのよっ!! くるみ達には先生がいなきゃ満足に動けないのよ!」
髪を二つに別けた気の強そうな少女が怒った様に詰め寄った。
『高杜くるみ』・・・変身時はメタモルパープルとなる少女だ。
「まあまあ・・・腕のいい弁護士って言うからなんとかなるんじゃない?」
ダイのパートナーであるマリーが慰める様に言う。
「弁護士・・・・」
その言葉に、お茶を運んできた巴の手が止まった。
「ところで、その弁護士って、なんて人ですの?」
麗子が聞くとダイは名刺を取り出した。
「成歩堂龍一(なるほどう りゅういち) 幾多の事件を解決してきた若手実力派だそうだ。」
5月24日 某時刻 成歩堂法律事務所
「なるほど、お話は解りました。 この弁護引き受けさせていただきます。」
「ありがとうございます。 どうか彼女達の先生を助けてやってください。」
大きなホテルの隣にある、雑居ビルの一室の小さな法律事務所。 それこそが『成歩堂法律事務所』であった。
ここは、凄腕女性弁護士『綾里千尋(あやさと ちひろ)』が運営していたが、某事件により彼女が他界。 弟子であった成歩堂が受け継いでいた。
なお、綾里千尋は、驚異的な霊能力を持った霊媒師の一族の出でもあった。 その為か、この事務所にはあと二人・・・綾里千尋の妹、『綾里真宵(あやさと やよい)』とその従妹『綾里晴美(あやさと はるみ)』の霊媒師の卵がいる。
「これらが、俺が集めた証拠品です。 お約にたつかどうか不安ですが・・・」
そう言って写真やビニール袋を渡したのは探偵であるダイだ。 御剣博士は多忙であるし、その他のメンバーも色々とやる事がある。 長船に至っては、警官と言う立場柄、身内の恥を晒すような真似は出来ない。
その為、この場にはダイとパートナーのマリー。 メタモルVの三人しか来ていない。
「任せてください。 大紋寺さんは救ってみせます。」
龍一の言葉に、メタモルVの三人の少女達は訴えるような目で頭を下げた。 異星人達との戦いならば、迷う事は無いし、力が及ばない事も無い。
だが、法廷での戦い・・・裁判と言う戦場に、自分達はなんと無力なのだろう・・・この時ばかりは、自分達が『子供』である事を痛感させられた。
メタモルVに成長変身する事で、大人へと姿を変えることは出来ても、本質的には元と変わり無いのだから・・・
「よし・・・真宵ちゃん。 準備をはじめようか。」
ダイ達が去った後で、龍一は弁護に入る為の手続きの準備に取りかかろうとした。 助手である真宵も頷き、事務所の中を慌しく動き始めた。
その様子は、隣のホテルの一室の窓から、一目瞭然だった。
「くそ、やはり・・・成歩堂を雇いやがったか・・・読みが当ったな。」
そのホテルの一室から、成歩堂の事務所を覗いていたのは秘密結社Q幹部、レイジであった。 勿論私服だが、同室の戦闘員達はいつもの黒タイツ姿である。
それ以前に、ツインの部屋に十人近くの人間が入り込んでいるのはなんとも言い難い雰囲気があった。
「成歩堂龍一・・・・トノサマン事件や怪盗仮面マスク事件等の怪事件を解決した、若手実力派・・・です。」
ノートPCを覗きこんでいるシャドーローズが説明してくれた。 彼女も私服を着用している。
「あの御剣検事と唯一五部に渡り合えると言う弁護士か。 マズイな・・・金銭面の事から考えて、国選弁護人を立てると考えていたが・・・俺の予想通り、ここに来たか。」
大紋寺の裁判に関して、確実に有罪判決を勝ち取る為に、大紋寺の近辺・・・特に大紋寺が依頼するであろう弁護人を調べていたレイジ達。 そうした動きを監視しているうちに、ある私立探偵が成歩堂に依頼しようとする動きを掴み、このホテルにて見張っていた。
「金銭面という事に関しては、コチラも同じような物ですけどね・・・この部屋、『殺人犯が泊まった部屋』って事で、普通の部屋より高いんですよ。」
そう言って、このホテルのパンフを見せるシャドーローズ。 確かに普通の部屋より数割高い。
「しょうがないだろ・・・、この部屋しか成歩堂の事務所を監視できないんだから・・・。コラ!そこ!ルームサービス頼むな!! ここのアイスコーヒー、一杯で九百円も取られるんだぞ!!」
部屋の受話器を手にしようとした戦闘員を叱咤するレイジ。 以外とセコイ。
「で・・・どうします?レイジ様。」
シャドーローズが尋ねると、レイジは今までに集めた成歩堂の資料を見ながら「う〜ん」と唸っていた。
「よし・・・」
レイジはその場で逆立ちをした。 <これはレイジのシンキングポーズである。これをすると、レイジは何かを閃くのである>
まだ、う〜んと唸っているレイジ。 ふと目を開けると時計が目に入った。
「そうだ!!」
そう言って、逆立ちを解除するレイジ。
「シャドーローズ! 確か、毒キノコのテストケースの『毒コンブ』と、時空ラーメンの試供品がまだあったよな!」
「ええ・・・まだあると思いますけど、それが?」
「ふふふ・・・俺にイイ考えがある」
と、まるでトレーラーに変形する某ロボット生命体の司令官のような笑みを浮かべるレイジであった。
5月24日 某時刻 成歩堂法律事務所
「よし・・・資料や書類も揃ったし。 あとはこれを提出しに行くだけだ。」
手続きに必要な書類をまとめた成歩堂。 すぐにでも手続きに向かおうと思っていた。
「なるほどく〜ん。 その前にお昼にしようよ〜。もうお腹ペコペコだよ。」
紫色の装束を着た少女・・・綾里真宵が涙目で訴えた。 そう言えばダイとの話し合いや準備やらで、昼食をまだ取っていなかった。
「そうだね・・・出前でも取るか・・・」
「なら味噌ラーメン!!」
と、真宵が言いきった。 彼女はだいの味噌ラーメン好きなのだ。 普段は、霊媒の修行の為か、やたら質素な食事らしいのだ。
その為、彼女にとっては味噌ラーメンは、ご馳走らしい。
「それなら、ここに頼んではいかがでしょうか?」
まだ、小学校低学年ほどの少女がチラシを持って走ってきた。 真宵の従妹の晴美だ。 綾里家の本家後継者である真宵を「真宵さま」と言って、実の姉以上に慕っている。
「先ほど、郵便受けに入っていました。なんでも出前専門のお店らしいですよ。」
晴美が持ってきたチラシを見てみると、そこには『新規オープン!! 業界初出前専門ラーメン店!』と、大々的に詠っていた。
何より、成歩堂が目に入ったのはその値段だ。 オープン記念とかなのか、通常の半額とされていた。 若手実力派と言われていても、先代所長である千尋ほど儲かっていない成歩堂にとっては、これは嬉しい。
「よし、今日はここにしてみるか。」
いつもの所の方がイイのに〜と言う真宵の意見を無視して成歩堂は電話を取る。 とにかく安さが一番だ。
「へい!毎度!Qラーメンです!!」
開業初日で、毎度・・と言う言葉に違和感を感じつつも、業界用語なのだろうと割り切り、味噌ラーメンを三人前注文した。
「へい!味噌ラーメン三つですね! ありがとうございやす!すぐにもっていきやす!」
威勢の良い声と同時に、電話が切れた。
「じゃあ、テーブルの上を片付けないと・・・」
晴美がせかせかと片づけをはじめた。 こういった雑用に関しては彼女は年上の真宵よりよほど役に立つ。
十数分後・・・
「毎度!Qラーメンです!!」
速い・・・・異常な速さを感じた成歩堂。 だが、出前持ちが持ってきた味噌ラーメンは、美味しそうな匂いをあげていた。 出前持ちはてきぱきとテーブルの上に丼を並べていく。
「味噌ラーメン三つ!確かに!ありがとうございやす!!」
成歩堂から代金を受け取りつつ、笑みを浮かべる出前持ち。
「いい匂いですね。」
晴美が笑みを浮かべると、出前持ちは笑った。
「うちのラーメンはダシが違いますからね! 上質の昆布を使ってるんですぜ! では!」
そう言って、出前持ちは去っていった。
「さてさて・・・では頂くか。」
成歩堂は、さっそく箸をつけた。 確かに出前持ちの言う通り、味噌に混じって昆布の良い香りがした。
「あ〜!!なるほどくん、先に食べてる〜!」
胡椒と水を持ってきた真宵が、自分達より先に箸をつけている成歩堂に対し怒っている。
「そうですよ!なるほどくん!行儀の悪い!」
「イイじゃないか別に・・・二人も速く食べなよ。確かに美味しい・・・・」
が、成歩堂は最後まで言葉にする事ができなかった。
余りの美味さに言葉を失った? 否・・・急に身体が硬直し、そして・・・そのまま意識を失った。
バシャンッ──意識を失った成歩堂。 顔面から丼に突っ込み、動かなくった。
「な?なるほど君? 気絶するほど美味しかったの?」
「きゅ!救急車ですわ!真宵様!!」
成歩堂の事務所に、救急隊員が駆け込んで来る様子を、物陰からほくそ笑みながら見ていた男がいた。 先ほどの出前持ちである。
「くくく・・・上手くいった。 秘密結社Q特製の、毒コンブと時空ラーメン(+ゴキブリジャガーの細菌兵器)の見事なブレンド、味わっていただけたかな?」
出前持ちの服装を脱ぎ捨てると、そこには秘密結社Q幹部、レイジの姿があった。
「これで、奴は大紋寺の弁護をする事は出来ない・・・。並の国選弁護人程度では御剣には勝てん。くくく・・・」
レイジはマントを翻し、その場を去ろうとした。 そこへいきなり携帯電話が鳴った。
「へい!Qラーメンです! ・・・醤油ラーメン4つ?三丁目の星影法律事務所さん?へい!ありがとうございやす!」
電話を切った後、レイジは偽装に使った店舗に飛び込んだ。
「三丁目の星影さんトコに醤油4つ!急げよ!!」
「Q〜!!」と、厨房にいる戦闘員達が慌しく動き始めた。
「意外と儲かるな・・・」
レイジは、予想外の成果に満足していた。
同日 某時刻 柊家客間
「え!? 成歩堂さんが!!」
柊家に通された真宵と晴美から発せられた言葉は、その場にいた一同を絶望の淵へ叩き落すものであった。
頼りにしていた成歩堂が、食中毒で倒れたと言うのだ。 その為、明日の裁判の弁護は不可能と言うのだ。
弁護が不可能になったことについて、晴美がひたすら頭を下げて謝っていた。 真宵など「こうなったら、あたしがお姉ちゃんを霊媒してぇ・・・」と、まで言い出す始末である。
「他に、頼れそうな弁護士はいないんですか? 裁判は明日なんですよ!」
と、ダイが詰め寄ったが、真宵達は首を横に振った。 真宵の姉の師である星影と言う弁護士も当ってみたのだが、運悪く、その星影という弁護士も食中毒で倒れてしまったと言う事らしい。
その為、二人には他に信用たる弁護士が存在しないので、謝りにやってきたのだ。
「そんなぁ・・・先生。」
メタモルパープル・くるみが泣きそうな顔でへたり込んだ。 いや・・・メタモルイエロー・もえ子なぞ既に泣いている。
「明日の裁判・・・担当検事の御剣様は、なるほど君のご友人で・・・並の弁護士の方々では、難しいかと・・・」
晴美が、悲痛な声を出す。
「こうなったら!! やっぱりお姉ちゃんを霊媒して!!」
「ほう?御主も霊媒が出きるのか?若いのにたいしたものじゃ。」
客間の騒ぎを聞きつけて、柊家長女、雛乃が顔を出して言った。
雛乃が親近感を覚えて、にこにこと笑みを浮かべて真宵に近づく。
「お嬢ちゃんも霊媒出きるの? 凄いね〜!はみちゃんとそんなに変わりないのに!」
ね、はみちゃん!と、晴美に同意を求める真宵。 晴美も同世代・・・・(間違ってはいるが)の少女(ではない)が自分達と同じような能力を持っているのに、素直に喜んだ。
「・・・・・・」
ところが、言われた本人は面白くない。 霊媒が出きると言う事に共感は覚えるが、自分より明らかに年下の者に「お嬢ちゃん」よばわりされたくない。
「・・・・雛乃さんは、この家の長女だぞ・・・」
と、口には出さない大人の長船であった。
「ところで、おぬし等、弁護士がどうとか言っておったが・・・」
雛乃が辛抱強く言った。 長船達は、くるみ達の先生が無罪の罪で逮捕され、明日裁判にかけられる事を説明し、頼んでいた弁護士が急病で出られなくなってしまった事を告げた。
「なんじゃ、そのような事か。 巴、おぬし友人達に要芽の事を話していなかったのか?」
「あぅ・・・言い出しにくかったんで・・・」
その様子に、一同は食らいついた。
「え! と、言う事は知り合いがいるんですか!! 弁護士!!」
「知り合いもなにも・・・・ウチの次女じゃが?」
その瞬間、長船達の目が輝いた。
5月25日 地方裁判所 第三法廷
法廷・・・罪を犯した罪人達が裁かれる場所・・・・
そして、被告人の運命を賭けて、人を疑う検事と、人を信じる弁護士の決闘場所でもある。
重苦しい雰囲気の中、傍聴人席で長船達はじっと見守る事しか出来なかった。 そこから被告人席の大紋寺は、いつもより儚げに小さく見えたのが悲しかった。
今日、ここにやってきたのは、長船・村正姉妹・柊巴・メタモルVの三人そしてダイとマリーである。
知り合ってから日にちは経っていないが、仲間のこんなところは見たくなかった。 とにかく今は大紋寺の無実を信じ、弁護士を信じるしかなかった。
そして・・・傍聴人席には、別の思惑を秘めた者もいた。
「レイジよ。 首尾は?」
同じロングコートを纏った、「いかにも妖しい」一団が、傍聴人席の過半数を占拠していた。 そのうちの一人が隣の男にそっと話しかけた。
「大丈夫です。 気付かれてはいません。 そして・・・成歩堂龍一は今だ病院のベッドの上である事は確認済みです。 並の国選弁護人では御剣に勝てやしませんよ。ガデス様。」
その男は、秘密結社Q幹部のガデスとレイジであった。 この二人も今回の裁判が気になっていたのだ。
「お・・・始まるぞ。 どらどら・・・どんなへっぽこ弁護士が出てくるか楽しみだ・・・」
カンカン── 頭の剥げあがった裁判長の木槌が法廷中に鳴り響く。
「これより、大紋寺激に対する裁判を開始します。 検察側、弁護側、共に準備はよろしいか?」
「検察側、準備完了している。」
赤紫色のいかにも高価そうなスーツを着た、目元の鋭い美男子が宣言する。 この男が検事局始まって以来の天才といわれた『御剣怜次(ミツルギ レイジ)』である。
「では弁護側は?」
裁判長が弁護人席に目をやった。
「はてさて・・・どんな弁護士かね?」
レイジが、弁護人席にたつ者を、小バカにするような目で見た。
「!?」
レイジの身体は固まった。 何故だ!? どうしてこんな奴がここにいる!? 疑う様に弁護人を見つめた。 だが、そこにはまぎれもなく現実に、その人物は存在していた。
「弁護側、準備完了致しております。」
その弁護人席に立つ女性を見て、検察側が微かにざわめいた。 御剣すら目を見張っている。 それだけの人物なのだ。 勿論、国選弁護人などではない。
凛とした容姿。腰まで伸びた黒髪。誰も寄せ付けないような気高く冷たい印象・・・まさに「氷」の様だ。
「どうしたのだ?レイジ。 あの女がどうかしたのか?」
ガデスが表情を変えたレイジを見て話しかけた。
「何故だ・・・。あの女と大紋寺が関わりがあるというのか!?」
「答えろ!なんだ?あの女は?」
「おや・・・。本日の被告人の弁護は成歩堂君と、聞いていたのだが?」
「・・・成歩堂弁護士急病の為に、急遽私に交代しました裁判長。 裁判の進行には何ら問題ありません。」
女性は淡々と言い放った。 明らかに感情を感じさせない冷たい声で。
「柊要芽(ひいらぎ かなめ)。成歩堂龍一に代わり、本件の弁護を行います。」
「柊要芽・・・・氷の弁護士と呼ばれた女。 黒であろうが白に変えてしまう・・・。テロリスト時代、仲間がな人もアイツに証言台に立たされて、そのまま・・・」
「だが、そんな奴が、何故大紋寺等と言う、明らかに金の無さそうな奴の弁護を?」
「それが全然わかりません・・・」
「いや〜助かっちゃったね。 巴さん、ありがとう!」
くるみが隣に座る巴に頭を下げた。
「御礼は先生が戻ってきてからでいいよ。 それにしても、わたしも姉さんがまさか弁護を引き受けてくれるとは、思わなかった。」
巴ですら信じられない事らしかった。 はっきり言って、要芽が満足させるだけの報酬を払えるツテが有った訳ではない。 それでも要芽は引き受けてくれた。
「・・・いいわよ」
ただそれだけだった。 その一言で彼女は弁護を引き受け、成歩堂へ渡した証拠品を手に、この場に立っていた。
「・・・・(あんな人が義理で動くとはな)」
巴達のやり取りを聞きながら、長船は心の中で呟いた。 要芽が弁護を引きうける要因の一つは、成歩堂と巴達の姉である雛乃が関係していた。
雛乃の仕事は、霊関係による問題解決で、霊媒などもやっている。 そして成歩堂の助手である綾里真宵は、日本で最も権力の強い霊媒師、綾里の人間であった。
その関係、雛乃と直接の面識は無いものの、雛乃も綾里の人間に敬意を払っていた。 また一度綾里の人間の権威が地に落ちる事件<DL6号事件>が起きたが、これは、成歩堂の力によって真相が解明され、綾里の権威を復活させている。
つまり、霊媒に関わる人間にとって、成歩堂龍一はまさに大恩人でもあった。
また、綾里の本家の長女である、故人「綾里千尋」は女性凄腕弁護士と詠われていた。
そして・・・要芽は、生前の千尋に出会った事はなかったが、同じ弁護士として尊敬はしていた。
生まれつき得られた綾里家家元の地位を無価値と断じ、弁護士へと転向。 検察側にハッタリを交えた前代未聞の弁護で、勇躍マスコミの表舞台に踊り出る。
そして・・・ことごとく勝訴を勝ち取る!
そんな彼女を、要芽は目標にはしなかったが、弱者達の代弁者として尊敬していた。 その心根を。
その千尋の心根と遺志を受け継いだ成歩堂。 そして彼に協力する千尋の妹、真宵。
「貴方達の頼みじゃ・・・断われないわね。」
それが要芽の本心であった。 尊敬する千尋の後継者と、姉が尊敬する千尋の妹のピンチ・・・たまには代打も悪く無いだろう・・・また姉の雛乃の頼みでもある。 そう感じ、今回の弁護を引き受けた。
(そして何より・・・私は検事局切っての天才といわれた御剣検事! 貴方と戦ってみたかった!!)
彼女は、そう心の中で叫び、笑みを浮かべた。
笑うと言う行為は、本来攻撃的な意味を持つ。 猛獣が獲物を狙う時に、牙をむく行為が原点と言われている。 まさに彼女は法廷という戦場に踊り出る武芸者になっていた。
剣の代わりに証拠とバッジを武器に・・・
「では、検察側、冒頭陳述を。」
裁判長の進行で、裁判が始まった。
「被告人、大紋寺激は、5月23日、被害者『田和部伊作(たわべ いさく)』を口論の末、被害者に重傷を負わせた。」
御剣検事は調書を淡々と読み上げた。
「被告人は、月末になるとこの業者から、破棄寸前の食材を拝み倒して別けてもらっていたと言うのが定例となっていた事が、調べで明らかになっている。 しかも被告人が毎月しつこい様に迫ってくるので、被害者にとっては、相当迷惑がられていた事も関係者からの証言も有る。」
「ふむう・・・つまり、破棄寸前とは言え食料品を無料で恵んでもらおうと・・・」
裁判長が唸っている。
「まあ、食料品を扱う人間にとって、衛生上の問題もあるし、何より小学校と言う特殊な施設に食料品を卸している訳だから、部外者に知られると問題である。 被告人の行為はそうとう嫌がられているのは、火を見るより明らかだ。」
「確かに、小学校に卸している業者の食品を食べて、食中毒でも起こしたら大問題ですからな。」
「その通り。 そして動機も簡単だ。 食品の提供を拒まれた被告は、冷静さを失い衝動的に被害者を襲ったと言うわけだ。」
「なるほど。食べ物の怨みは恐ろしい・・・と言う事ですな。」
裁判長は頷いている。
「凶器は、被告人が普段使用している松葉杖。 これは普通の松葉杖と異なり、体格の良い被告人に合わせたオーダーメイド品で、かなりの強度がある。 これで被害者を殴ったと言うわけだ。」
「なるほど・・・。おや?歪んでますね。よほど強く殴ったのですな。・・・して被害者の容態は?」
「依然、意識不明の重傷との事。 死に至らなかったのが不思議なぐらい強い力で殴られている。 これが医療機関からの報告書です。」
「証拠品として受理します」
<法廷記録 被害者の医療報告書と、凶器の松葉杖をファイルした。 『鈍器で頭部を一度殴られる事による頭皮挫創と陥没骨折』 『大紋寺私物の松葉杖、オーダーメイド品で強固で重い。 犯行の祭に歪んでいる』>
「では、証人を入廷させよう。 今回の事件を担当した所轄の『糸鋸刑事』だ。」
御剣の言葉に、証言台に薄汚れたコートを羽織った大柄な刑事が姿を見せた。
「証人。名前と職業を。」
「糸鋸圭介(いとのこぎり けいすけ)所轄の刑事ッス。」
「では証人。証言を開始してもらおう。」
<証言開始>
「事件は、かもめ第3小学校給食準備室で起こったッス。」
糸鋸刑事は淡々と語り出した。
「事件は、5月23日の夜7時半に起こったッス。」
「随分と時間がハッキリ解っていますね。」
裁判長の言葉に、糸鋸刑事は自信たっぷりに笑みを浮かべる。
「この小学校は用務員が常駐しており、夜七時にきっかりと巡回する事が解っているッス。 それに出入りの業者に受領書に判を押すのも、用務員の役目と聞いているッス。」
「そう。 出入りの業者がいつも7時半にやってくるのは解っているので、巡回ついでに行う事になっていたそうだ。」
御剣検事が補足するように言うと、裁判長がなるほど・・・と頷き、続きを・・・と言う。
「そこに給食準備室に入ったところ、倒れている業者の傍らに血のついた松葉杖を持った被告を見て、慌てて通報したッス。」
糸鋸刑事は、今度は給食室を現した図面を見せた。 現場の断面図らしい。
「これが現場の図面ッス。 出入り口は幾つかあるッスが、犯行時刻は栄養士などの関係者通用口以外は全て施錠されており、納品も終わったんで搬入用のシャッターも閉められ、施錠されていたッス。」
<法廷記録 現場の断面図をファイルした。 『関係者通用口以外の出入り口は全て施錠されていた』>
「通報したのは、用務員の『油虫邪牙雄(あぶらむし じゃがお)』氏ッス。」
そう言って、用務員の資料を証拠品として提出する。
「目撃者は、他にはおらず。学校関係者以外に給食準備室の業者の日時を知っている者も同様。何より用務員が犯行の瞬間をハッキリ見ていることから、逮捕に踏み切ったッス。」
糸鋸刑事の証言が終り、御剣検事がフフン・・・両手を軽く持ち上げ首を横に振った。
「以上だ。 状況・証拠、そして動機から被告人の犯行は明白だ。 裁判長、よってこれ以上の審議は無用だ。 そうそうに判決を。」
「待った。」
冷たく感情を感じさせないが、まるで寒気団のように見に染みるような声が法廷に響く。
「こちらの尋問がまだよ。 弁護側には証人に対して尋問する権利をお忘れ?」
御剣の挑発と解っているなら、こちらも挑発で返せば良い。プライドの高い人間ほど、軽くいなされるのは堪える筈。 勿論、この程度の挑発で、御剣が調子を崩す筈は無い。挨拶代わり以前の軽い御遊びだ。
「勿論ですよ柊弁護士。 無駄だとは思うがね。」
「あら残念。 せっかく粗探しを楽しもうと思ったのですが。 では尋問を始めます。」
軽いお遊び程度の挑発合戦をさっさと取り止め、要芽は尋問を始めた。
<尋問開始>
「糸鋸刑事。貴方は先ほどこうおっしゃいましたね?『事件は、5月23日の夜7時半に起こった』と、間違い無いですか?」
「間違い無いッス。」
「それはどうしてですか?」
「簡単な事ッス!用務員が業者の搬入に立ち会わなければいけないッスから。」
さも当然と言う感じの糸鋸刑事。
「業者は7時半に来る事は解りきっている。 だから犯行時刻がハッキリしているのだ。」
御剣検事が腕を組んだまま言うが、要芽は納得はしていない。
「しかし、糸鋸刑事、貴方は先ほどこうも証言している。『出入りの業者に受領書に判を押すのも、用務員の役目』と。」
「ど・・・どう言う事ッスか?」
「つまり、『用務員は、ただ受領印に判を押すだけであって、搬入には立ち会ってはいない!』」
『ああっ!!』
ビックリした様子で、身体を震わせる糸鋸刑事。
「それを裏付ける証拠もあります。 現場の図面です。この図面によれば関係者通用口以外は施錠されている。」
証拠の図面をパシパシと叩きながら説明する要芽。
「それなのに施錠されている筈の搬入用シャッターが開き、業者が食品を搬入している。つまり、搬入に立ち会わなければならない筈の用務員はその場にいなかった! 7時半に用務員が現場にはいなかったことになる!」
これはどういうことですか?と、言い放つ要芽。 その問いにオロオロする糸鋸刑事。 しばらくして細々と口を開いた。
「実は・・・小学校側が業者を信用して、業者にシャッターと通用口の鍵を預けているッス。」
後頭部を掻きながら証言する糸鋸刑事。
「それで業者は決められた日時に、勝手に通用口とシャッターを開けて食品を納めているッス。 用務員も搬入が終わった時間を見計らってから、準備室に来て受領書にハンコ押して、戸締り確認するだけ・・・と、関係者からの証言が・・・」
「なんですと!それは明らかに馴れ合いから来る職務怠慢ではないですか!」
驚く裁判長。
「いや・・・この小学校のPTA会長と、業者が血縁者でして、その関係から信頼していたと・・・」
糸鋸刑事の言葉には明らかに力が無かった。
「意義あり!! 今は傷害・殺人未遂の審議を説いているのだ! 学校側と業者側の怠慢を説くのは本件とは無関係だ!」
御剣検事が叫ぶ。しかし要芽も負けずと言い返す。
「意義あり!! この事は、犯行時刻の食い違いと、現場に第3者が侵入できる事を現している!」
要芽の言葉に、裁判長の眉が動いた。
「弁護人。 第3者とはどう言う事ですか?」
「簡単な事です。 現場となった給食準備室に入る事が出来る人間が他にも存在しうると言う事です。 検察側に問いたい、この給食準備室の入出する事の出来る鍵を持っているのは?」
要芽の質問に御剣が答える。
「・・・校長と教頭。それに給食準備室勤務の栄養士の責任者。それと用務員の油虫氏。被害者の業者。あと学校職員なら、教頭の許可があれば誰でも職員室にある鍵を手にする事は可能だ。」
「つまり、6つと言う事ですな?」
裁判長の言葉に、御剣検事は頷く。
「その通り。 ちなみに校長と教頭のキーはマスターキーなので、正確には4つ。 現在の所在も明らかだ。栄養士の物も用務員の物も、本人所有と確認済みだ。 職員室の物は校長もしくは教頭のマスターキーが無ければ、取り出す事の出来ない場所にあり、持ち出された形跡もない事は調べがついている。」
そこで御剣検事は、ビニールに包まれたキーを取り出した。
「そしてこれが最後の業者のキーだ。 指紋は業者の物しか検出されていないし、拭取られた形跡も無い。」
「受理します・・・・おや?このキー、油がついていますね。」
裁判官がキーを目にして言った。
「鑑識の報告では、人体に無害な特殊なワックスとの報告が出ている。」
「特殊なワックス?」
「口紅やチョコレートのコーティング剤等に用いられている物と酷似・・・もしくは同じ物と報告が。 ちなみに犯行当日、業者の卸した食品にはチョコレートはなかったが、業者の扱う商品の中には存在している。そこから付いた物だろう。 本件には関係しないと検察側は判断する。」
<法廷記録 準備室のキーをファイルした 『卸しの業者の物。チョコレートに用いる油がついている』>
「この証拠品から考えられる事は一つ。 つまり第3者がキーを持つ可能性は低い!」
チッチッチ・・・口を鳴らしながら指を振る御剣検事。 この事から最初から鍵の事を持ち出される事には予想がついていたのだろう。
だが要芽は冷静だ。 動じた様子を見せた雰囲気は無い。 要芽にとってもこれぐらい予想の範疇だったのかもしれない。 または動じた様子を見せない演技か・・・どちらにしても一徹して表情は崩さない。
(油・・・)
要芽はそっとダイと言う私立探偵が集めた証拠品を見た。 その中に、極微量だが液体の入った袋がある。 専門の鑑定を受けていないので、詳しい事は解らないが、どうやら油の一種のようだ。
(これは・・・切り札になるかも)
「く・・・」
有利な筈の御剣の方が僅かに顔をしかめた。 プライドの高い男ほど自分の意見が無視されることもキツイ事だ。 要芽はそれを知っていた。
「ですが、犯行時間に用務員が現場にいなかった事も事実。すなわち、本当の犯行時刻は7時半より後と言う事になる。」
「それがどうした? 犯行時刻がずれたとしても、せいぜい5分かそこいらがだろう。 その間に現場にいた人間は被害者と被告しかありえない! 学校関係者と言えどカギを持っていない被告には、関係者通用口しか入る事ができなかったのだからな!!」
そこで問答が終わった。 御剣は良い気分はしなかった。自分が有利な筈なのに・・・
(成歩堂なら、ここで『キーをコピーしたかもしれない!!』とか言い出すのだがな・・・この女、次の証人で勝負をかける気か?)
御剣は静かにそう思うことにした。 相手は自分と似た雰囲気を持つ。 自分のペースに乗せてくるタイプではない。 だが、予想が出来ないほどの相手でもない。
(なら、このまま押しきるのは危険だ。 流れを止めずこのままの勢いを維持する!!)
「では、検察側は次の証人を召喚する。」
(来た。)
要芽はそう感じた。 どのみちこの刑事から崩せるとは思っていない。
(予想通りなら、この男以外犯行はありえない。 しかし、動機がわからない・・・まあその辺は幾らでも言えるか・・・)
いつも通り、氷のような知性を働かせる要芽。 勝利の為ならば手段を選ばないのは、御剣も要芽も同じようなもの。
似たタイプ同士の戦いは、様子見の1ラウンドを終え、本番の第2ラウンドのゴングを鳴らそうとしていた。
「では、次の証人を入廷させてください。」
「了解した裁判長。 事件の第一発見者である油虫邪牙雄氏を入廷させよう。」
「い・・・いよいよか。」
傍聴席に座るレイジが冷や汗を流す。
「ヘマすんじゃないぞ・・・ゴキブリジャガー・・・」
証言台に立ったのは、初老の小男だ。 いかにも人の良さそうな人物だが、何か違和感がある。 なんと言うか・・・落ち着かない様子だ。
「証人。名前と職業を。」
「は・・はいジャガ。 油虫邪牙雄、かもめ第三章学校で用務員をしとるジャガ。」
証言台に立った用務員の姿を見て、もえ子が長船の袖を引っ張った。
「どうしたの?」
「へんです・・・。 いつもの用務員さんのおじさんと、何か違う・・・」
もえ子の言葉に麗子も頷いた。
「確かに変ですわ。 いつもの用務員さんは、鈍りと言うんですか?あんなしゃべり方はしませんもの。」
「南百合も?くるみもそう思ってた。 普段なら語尾にジャガなんてつけないもの。」
その言葉に、ダイが長船にそっと話しかけた。
「そう言えば、調べていて少し気になる事があったんだ。 事件には関係無いと思ってたんだが・・・」
「どんな事だい?」
「あの用務員。 事件当夜、警察の事情聴取の後、しばらく学校に戻っていないんだ。」
その言葉に、長船の目が動いた。 警官として何かを感じ取ったようだ。
「本人が言うには、気分を落ち着かせる為に飲み歩いていたって、言ってるんだが・・・どうも嘘っぽい。 それに、この子達が言う通り、事件後の用務員の雰囲気が違うとか子供達が言っていたんだ。 事件の影響で臨時休校になっているから、見かけた生徒が少ない事と、子供の言う事・・・と言う事で捜査官達も耳に入れていないようだった。」
「つまり・・・何か隠している。 いや・・・」
長船は何かを感じたようにダイを見た。 彼も同様の意見らしい頷いた。
「ああ・・・ニセモノと入れ替わったと言う線も・・・。俺も半信半疑だったんだが、この子達の言葉で確信に変わった。」
「頼めるか? できれば、この審議中に。」
長船の言葉にダイはニヤッと笑みを浮かべた。
「任せろっ。 俺は探偵だぜ。」
そう言うと、ダイはマリーと共に、傍聴席を立ち、その場から出ていった。
「後は・・・彼女が・・・要芽さんが奴の正体を暴けるかどうかだ・・・」
長船は祈るような芽で、要芽を見つめた。 とにかく今は信じるしかない。
「では証人。 証言をお願いします。」
「はいジャガ。」
<証言開始>
「じ・・・事件を目撃したのは、夜の7時半過ぎだったジャガ・・・」
妙によそよそしい態度で、証言を始める用務員。 その様子に傍聴席のレイジが、ヒヤヒヤしながら見ていた。
(バカヤロウ! それじゃあからさま過ぎるだろうが!!)
だが・・・決して届かない悲しい心の叫び。
「巡回を終えて、今日は業者の納入日だったので、ハンコを持って給食準備室に行ったジャガ。」
そう言って被告人席に座る大紋寺を見た。
「そ・・・そしたら、言い争うような声が聞こえてきて、次に大きな物音が。 慌てて準備室に行ったら、あの校医が業者の男を松葉杖で殴りかかったんジャガ!!」
(俺じゃねぇぇぇでまかせ言うなぁ!!)
「被告人は静粛に!許可無く発言しない様に!!」
「わ・・ワシはビックリして腰が抜けそうになったジャガ。 それで、慌てて警察に通報したんジャガ。」
「何せ、早く逃げなければワシがやられそうになったからジャガ。」
「ふむう・・・犯行をしっかりと目撃していますね。 証人の意見には筋が通ってますね。」
裁判官の言葉に御剣も頷く。
「当然だ。証人はありのままを話しているし、嘘をつく必然性も無い。 故に被告の犯行は明らかだ。」
「では、弁護人。 尋問を。」
「はい。」
<尋問開始>
「証人。 貴方は7時半過ぎに現場に到着した。 話によれば食品を卸しに関しては、出入りの業者任せであったと聞いていますが、事実ですか?」
要芽はあくまでもクールに聞いた。 感情は込めない。感情を込めれば、必ず隙を見せる事になるからだ。
「じ・・事実ジャガ。 業者はPTA会長の身内ジャから、信頼されてるジャガ。 ジャからワシがやる事はハンコ押すのと、戸締りのチェックだけジャガ。」
「それで、7時半ちょうどに現場に行かなかったんですね?」
「そうジャガ・・・。いつもの事ジャから、業者任せで見回りに専念していたジャガ。」
「その見回りの時、何か変わった事は?」
──意義あり!! 見回りの内容については本件とは関係が無い!!
御剣の言葉に裁判長も「意義を認めます。弁護人は質問を変える様に」と忠告されてしまった。
(からめ手では御剣には通じないか。 流儀じゃないけど、オーソドックスに・・・)
「では、証人。 言い争う声が聞こえたと言う事ですが、それは被告人と被害者の声でしたか?」
「はいジャガ。 あんな特徴のある野太い声は忘れないジャガ。」
「どんな内容でした?」
「ええと・・・確か」
証人による自称回想
被告人『少しぐらいいいじゃないですかぁ!』
被害者『先生もしつこいなぁ・・・。いい加減にしてくれんかね!』
被告人『頼むよぉ・・・もう今週、金欠で・・・』
被害者『いい加減にしろ!! この物乞い校医が!!』
被告人『これだけ頼んでも・・・』
被害者『しつこいんだよ!これ以上言うとPTAと校長に・・・な!何を!?』
被告人『このケチ業者が! このだ〜いもんじ様に逆らうとは・・・死ねぇ!ブルワアぁぁぁ!!』
以上
「と言う訳ジャガ。 あんまりにも印象強いんで、耳に残ってるジャガ。」
その証言に、メタモルの3人は顔を暗くした。
「間違い無いよぉ。 あの『ぶるわあ』は先生の怒鳴り声の一つだよ。」
くるみが泣きながら言う。
「ちょっと巴!アンタ先生を信じてないの!」
くるみがもえ子に詰め寄る。 だが、そう言う彼女も涙目だ。
「だって先生が昔、現役だった頃、色んな宇宙人と戦っていた時、いつも『ぶるわあ』って叫んだって・・・。前にも『ヤサイ人』とか『鉄火マン刃』とか電撃使う魔物とかと戦って、『ぶるわあ』って、耳にタコが出来るくらい聞かされて・・・」
(そんなに叫ぶんだ・・・)と、心の中で思う長船であった。
「ちょっと待ってください! 変ですわ! なぜ用務員さんが、あの『ぶるわあ』を知っているんですの?」
麗子が、はっとした様に言った。
「どう言う事よ、南百合。」
「考えてみれば、解る事ですわ。 先生のあの『ぶるわあ』は口癖ではなくて、ワタクシ達の戦っている時の長官の姿の時にだけ口にしている言葉ですわ!」
『あああ!!!』
長船達全員が驚いた。 それは共に戦う仲間ならば当たり前の事だが、校医ではなく長官としての大紋寺を知らなければ、ありえない事だった。
「つまり・・・あの用務員おじさんは、戦っている私達を知って・・・る?」
もえ子の言葉に皆が頷いた。
「そう!用務員さんにワタクシ達の正体は知られてはいませんわ。つまり、あの用務員さんは・・・」
『ニセモノ!!!』
次回予告
ついに妖しい証人の正体が解りかけた!!(内輪で)
しかし!折角のヒントも、自分達の正体をバラしかねない危険が付きまとう!! 果たして要芽は自力で奴の正体を暴く事が出来るのだろうか? 全ては彼女の腕次第!
そして、神塚ダイは、決定的証拠を見つける事が出来るのか!?
次回、サイバーヒーロー作戦第12話 「逆転っぽい裁判 要芽対御剣(後編)」にジャッジメント!!
大紋寺「どう〜だい神塚君。 帰りに一杯。 岡星って美味い店があるんだよ!(CV:若本)」
神塚「ノリ○ケさんと穴子さんって、関わり無いんじゃ・・・(CV:松本)」
大紋寺「・・・・ぶるわあ(CV:若本)」
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