月ニ思フ




木の葉の隠れ里へと通じる森の中。日はすでに落ち、夜の闇が辺りを支配している。


カカシはその中にいた。



木の幹に背をもたれさせ、両足を投げ出して大きく息を吐く。
カカシの左足大腿部と右肩、右脇腹からは血があふれている。特に深いのは大腿部の傷で、あとの二ヶ所はともかく、しばらく血が止まりそうにない。
携行品のなかから清潔な布を取り出し、止血しながら先程の場景を思い出す。



カカシが機密文書運搬の任務を受け、雷の国霧隠れの里に向かったのは三日前の事だった。任務を終え木の葉の隠れ里に帰る途中に、八人の砂の忍に強襲されたのだった。近年風の国が不穏な動きを見せているという噂はどうやら本当だったらしい。何とか八人を仕留めたが、敵は皆上忍レベルで、戦いが終わった時には体中に傷ができていた。足を引きずりながらカカシは火の国へ入り、この森までたどり着いたのだった。





夜の森は嫌いだ





夜の闇と、うっそうと茂る木々が溶け合ってかもしだす、重々しく圧迫感のある独特の雰囲気が嫌いだ。
気を抜けば、呑みこまれてしまいそうで







果てしなき闇
そのなかはあらゆる存在を呑みこんだ漆黒の世界




何も存在することはなく、何を生み出すこともなく、ただ存在するは闇




黒く
暗く



まるで



自分の心のように――――――








「・・・・」
何を考えている?
カカシは自分の思考にはたと気づいた。なぜこんな事を考えているのだろう。止血さえできれば里に帰って任務終了だ。任務中に傷を負うことはしょっちゅうだが、その時は一度だってこんなこと考えたことはなかった。
夜のせいか・・・
なんとなくそう思った。ばかばかしいと思って別の事を考えようとした。
だが、別のことを考えようとしても、さきほどの思考を止めることができない。







自分の心の奥底にあるのは






この闇と同じような






黒い
暗い






狂気の









馬鹿な
そんなはずはない
だが、あの時。
八人の忍を次々と倒していく自分は、戦いを楽しんではいなかったか?
・・・俺は、どんな顔をしていた?




顔布の下で口元を歪めて
そう



俺は、確かに笑っていた



楽しくて
楽しくて



傷を負ったことも忘れ
それ以上に





命を奪う快楽と


血の匂いに酔いしれて






人を殺めた―――――――










「嫌だ・・・・ッ」
両の手で頭をかかえ、喉の奥から絞り出すようにカカシは呻いた。


一体今まで何人を殺めたのだろう。何人の血で体を濡らしたのだろう。何人の大切な人を奪ったのだろう。
幼い頃から歩んできたのは忍という名の修羅の道
この両手は血に染まり、体中が血に染まり
自分の足元には他人の血で血だまりができている

いつの間にか涙が頬を伝っていた。



もしかしたら、とうの昔に俺は狂っているのかも知れない―――――










その時、雲の隙間から月が顔をのぞかせた。
思わず見上げる。




見事な満月



その光は森の木々を照らし、闇に支配されていた空間を次々と青白い光で溶かし、包み込んでゆく。
幻想的ともいえるその光景に、涙で濡れた顔でカカシは見入った。




そして、思い出した。



自分の闇を溶かし、静かに、優しく包み込んでくれる人の事を。
闇の中の自分が行き着くのは、いつも光にあふれるそこで。
いつもいつも泣きたくなるくらい自分を優しく見守ってくれる人の事を
カカシは
ようやく思い出した。




もう一度月を見上げる。




「アスマ・・・」


一度だけ彼の人の名を呼んだ。





カカシは、もう泣いてはいなかった。





                                  −終−