昭和37年の大梵(だいぼん)交差点

昭和37年大梵交差点
2005大梵交差点
 
 この周辺の方は、厄年になると、たいていお世話になる、厄神社の境内から眺めた水島地区です。
大梵・・・たぶん、仏教から来た名前だと思うのですが、なかなか、この名前の読み方が良いのか悪いのか分かりませんでした。
昭和37年当時は、田んぼの中に連島中学校、最近だと中華そばの「百万両」がある地域といえば、皆さん、この地域は「ああ・・」あそこかと分かると思います。
私は、その百万両に、毎日のように通ったことがあります。
先代の店主が、とにかく毎日味を変えるんですね。
そして、カウンター越しに・・・「今日の、スープはどうだ?」毎日聞いてきたことがありました。
最後に、最高の自分の味を残そうと思っていたんでしょう。
匠の技とか技術伝承という言葉がありますが、なかなか伝わらないですね。
行け麺の私としては、チョット、愚痴っぽくなっちゃいました。(^人^;)

 



厄神社からのパノラマ180°

  
茶屋町


Copyright (C) 2006 shigepi AllRights Reserved