―――遠い遠い昔。
 ―――気の遠くなるほどの昔。

 どこの世界のこととも知れぬ3つの国の物語―――。


 夏の国は、赤い砂漠の国。過酷な暑さの国。
 国王の名は、ライラ。戦いには火のような女。
 信じるものは、蜃気楼の果てに見た唯一絶対の神だけ。
 けれど、燃える水を持っている。


 冬の国は、凍てつく大地の国。過酷な寒さの国。
 国王の名は、セレナ。氷の心を持つ女。
 信じるものは、摩天楼の果てに見た唯一絶対の金だけ。
 けれど、高度な文明を持っている。


 モンスーンの国は、緑と水にあふれた国。2つの風の国。
 国王の名は、Tokkyトッキー。バカな少年王。
 信じるものは、丘の上の雲、草を抜く自分、手を振っている君。
 けれど、なんにも持っていない。



 夏の国と冬の国。
 2つの国は戦争をしていた。
 長い長い戦争を。

 2000年にも及ぶ、果て無き復讐と報復の果てに―――
 ついに、モンスーンの国をも巻き込んだ最終戦争が始まった。

 冬の国の男が持つ銃剣の冷たい刃が光り、夏の国の女が持つマシン・ガンが無数の弾丸を吐き出し、モンスーンの子供たちが持つ拳銃の銃口から、マズルフラッシュが幾重にも閃く。

 やがて本陣から2つの国の女王が戦線に立ち、3方向から始まった戦いは、全てを巻き込む乱戦へともつれ込む。

 放った銃弾が味方の肩をえぐる。びしゃり、と切り裂いた傷口から吹き出た鮮血は盟友のもの。
 既に敵味方はなかった。目の前にいる、自分以外は全て…倒すべき、敵に見えた。





 ―――誰もが自らを見失っていたその時。一人、泣きそうな顔で戦場を走る影があった。





 小さなカバンを両腕でしっかりと抱え、何かから、誰かから逃れるかのように走り続ける、少年。
 かつて、Tokkyと呼ばれた、モンスーンの国の王。
 そのピンク色の頬は、鮮やかな緑色だった彼の衣服は、仲間たちや他の国の人間が流した血で濡れ、赤黒く汚れていた。

 走り続けた。誰も彼のことを追うものはいない。
 というより、既に気づいていないのかもしれない。
 それでも彼は、何かから逃れるかのように走り続けた。




 小高い丘の上に、少年は立つ。
 今は戦場となってしまった自分の国が、仲間たちが、ともに遊んでいた、暮らしていた平原が見える。
 男たちの、喉を引き裂かんばかりの叫びが。女たちの、空を裂く悲鳴が。子供たちの、悲痛な泣き声が……
 少年の、Tokkyの耳に飛び込んでくる。

 耳をふさぎたかった。
 でも、彼はそうはしなかった。
 耳をふさぐための両の手は、彼の抱きしめていたカバンにかけられていたから。




 やがて、意を決したかのように彼はカバンを地面に置き、留め金を外す。
 かちゃり、と金属がこすれる音が小さく響き、カバンはその中身をあらわした。

 それは、小さな小さなボタン。
 それは、この戦争の幕を下ろす最後の切り札…。

 否。
 全てを無に帰す、悪魔の光。




 ……彼は、もはやためらわなかった。


 彼の指が、それを押す。
 平原の真ん中が、紅く熱を帯び…………











 世 界 が 、 閃 光 に 包 ま れ た … … …











 いったいどれだけの時が流れたのだろう。
 もしかしたら、時など流れていなかったのかもしれない。

 光が収まった世界。


 夏の国の人間も、
 冬の国の人間も、
 モンスーンの国の人間も、
 男も女も、子供たちも、
 女王ライラも、
 女王セレナも、


 全てが、その命を終えた。















 万有は、死に帰した―――















 全ての生きとし生けるものが、骸をさらすその大地に、たった一人を残して。






 Tokkyだった。

 彼も、命の灯を消されたはずだった。
 しかし、彼は生きていた。

 誰一人。自分以外、誰一人として存在しないその世界の中心に、彼はひざを抱え、しゃがみこんでいた。
 もう既に、涙は涸れ果てていた……。











 

“―――押してしまったな? ボタンを。”


 誰かの声が、聞こえた。

「…ああ、押してしまった。 ボタンを」
 ぽつりと、Tokkyが答えた。
 

“―――どうだ? この広い世界にたった一人になった気分は?”


 また、聞こえた。

「本当のことじゃないみたいだ」
 淡々と、Tokkyは言った。
 

“―――でも、押したのは…お前だ。”


 声も、淡々と、突きつけるように言った。

「あぁ、押したのは僕だ。 …僕は…バカだ……」
 Tokkyは、泣いた。涙はもう、流せない。乾いた嗚咽が、誰もいない世界に響いた。
 

“―――何故、泣く? オマエが選んだんじゃないか?”


 声が、言った。

「こんなことになるなんて思わなかったんだ」
 Tokkyが、答えた。
 

“―――そうだ。誰もそう言う。『こんなことになるなんて思わなかった』…と。”

“―――でも、これが戦争だ。”


 声が冷たく言い放った。

 それを合図にしたかのように、別の声がし始めた。
 一人ではない。幾人もの、声。







何でこんな事をしたんだ?

なんでこんなことをしたんだ?

ナンデコンナコトヲシタンダ?

nande−kon−na−kotowo−sitanda?




何 で こ ん な 事 を し た ん だ ? ? ?









「何でっ! こんな事をしたんだ!? 僕はバカだからだ……でも……」
 声は止むことなくTokkyに届き、彼を蝕む。
 泣き崩れた彼は、拳を大地にたたきつける。
「僕はっ、ボタンをひとつ押しただけだ。 ボタンをひとつ! それが……」
 血のにじんだ拳を地に押し付け、Tokkyはうずくまった。


 いやな沈黙が、しばしの間続いた。

 不意に、散らばった“声”が集まり、形を成した。人とも、幽鬼とも知れぬ“それ”は、あるものを手に、Tokkyに近づいた。

「…! そのカバン……」
 その手に握られていたモノ。それは…あのカバンだった。
 

“―――そうだ。このカバンだ。”


 “それ”は、静かにカバンを開けた。思わず怖がるTokkyだが、そこには何も無かった……ように見えた。
 

“―――このカバンにたった一つだけ残っているものをお前にやろう。”

 “―――『時間』だ。”


 “それ”が続ける。
 

“―――3ヶ月前、この『物語』が始まった時に戻してやろう。…光の影を追い越して。”


「3ヶ月前?」
 合点がいかず、Tokkyが聞き返す。しかし、“それ”は答えない。
 

“―――ただし、その代償として、お前からは『言葉』をもらう。”


「言葉?」
 また、Tokkyが聞き返した。“それ”は、それにも答えず続ける。
 

“―――その3ヶ月間、お前は『言葉』というものを使うことは出来ない。”

“―――さあ。もう一度このカバンを持って、過去へ行け。今日とは違う『今日』をつくるために。”





「今日とは違う、『今日』…」
 そうTokkyが呟いたとたん、強烈な閃光が目を焼き―――刹那、世界は暗転した。























 そして―――
 時の流れが、逆転する。























 全ての始まり。3ヶ月前の『今日』へと―――























 モンスーンによろしく 〜Say “Hallo!” to Monsoon〜

 Prologue:死 〜万有は死に帰す〜