病んだ社会アメリカ

 今、アメリカの聖職界で大きなスキャンダルが起きています。何年か前に見たアメリカ映画そっくりな事件です。

聖職者と言えども人間です。色んな過ちはあるでしょう。しかし、越えては行けない一線は自ずとあるはずなのです。

少なくとも迷える人々を教え諭し、あるべき道に導いてやるのが聖職者としての勤めです。聖職者に聖人になれとは

言わないまでも、自らの欲望を野放しにしていたのでは何の聖職者かと疑いたくなってきます。

 今回の事件は聖職者が自分の職権を利用して少年を性の対象として弄んだと言う事件です。映画では身よりのない

少年が司教に引き取られ、身の回りの世話をさせられる傍ら、司教自らの性的欲望を満たすために、少年を男色の

相手にさせると言うものでした。少年は司教に逆らえず奉仕を続けるのですが、その内に屈辱に耐え切れなくなり

いつしか復讐の心が芽生えるのです。今、自分が受けている耐え難い屈辱をはらすため復讐を誓うのです。こうして

ついには凶行に及び復讐を成し遂げます。もっとサスペンス的な映画であったような気がするのですが詳しくは覚えて

いません。しかし、今回の事件を新聞で知り、ふと思い出したのです。

 映画にもなるほどですから、この手の事件は事実無根ではなかったのです。少なくとも事件に結びつくような要因は

ずっと以前からあったのではないでしょうか。それは噂になり、噂は脚本となり、映画化されたのではないでしょうか。

 今回、ローマ法王自ら事件を憂いて重い腰を上げたと言いますから、よほど、その実状はひどいのに違いありません。

報道によりますと二百人以上の聖職者が解雇されたと言います。それにしてもアメリカ社会は病んでいます。児童虐待、

ポルノ、テロ、戦争、離婚、家庭崩壊等、銃の乱射、今までにも色んな形でアメリカ社会に潜むの病巣が露呈してきました。

 巨万の富を築いた成功者や社会の頂点でかけ離れた豪華な生活をしている人達、一方では貧困の中で仕事にも

就けず犯罪に手を染める落ちこぼれ達、どちらも今のアメリカ社会のありのままの姿です。現実はヨーロッパからの

移民がアメリカ大陸に上陸し、彼らの居住地を広げていった百数十年前の西部劇時代と全く変わっていないのです。

一体アメリカ社会に精神的な文化なるものは根付いているのでしょうか。百年も百数十年前も全く変わっていないような

気がしてならないのです。

 リトルアメリカと言われる日本ですが、アメリカの流行遅れの文化がどんどん入ってきて、アメリカの社会現象は

数年遅れで日本にも蔓延しています。日本には固有の長い文化と歴史があります。私は戦前のように間違った

国粋主義に陥ることを懸念しつつも、アメリカとは異なる日本は日本らしい精神的文化の延長線上で生きていく

べきだと考えています。慎ましく礼儀正しい日本人であり続けたいと思っているのです。

                                                      2002年6月25日掲載

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