真ん中は30Cmを越える大きなアジ、手前の30Cmサシとの比較  

2001年4月29日撮影

 船は伊予灘を目指していた。薄靄に霞んだ島影が遠ざかる頃、海面では波が次第に高くなり

始めていた。私は三度目の正直ならぬ、四度目の正直を期待して、アジ釣りを目的の琴潮丸の

船上にいた。

 私は過去三回、琴潮丸にお世話になりながら、小さなアジ一匹を釣った事があるものの、それ

らしい釣果を一度も経験した事がなかった。伊予灘から「関アジ、関サバ」で有名な大分県の

佐賀関は、すぐそばだった。佐藤さんの話によると、場所こそ違え、ここで釣れるアジは「関アジ」

と同類のものだという話であった。

 水深は約50m、波が高く、しかも潮流が早いとなると、船を一ヶ所にとどめておくのは大変な

事だろう。いつもお世話になる佐藤さんの船は自動操縦装置、レーダー、魚群探知機等を備えた

最新装備の高速漁船であった。この船は近海で操業する船よりは一回り大きく、しかも船底は

ヨットのような構造になっており、波が高くてもローリングが緩和されるような構造になっている

のだと佐藤さんが説明してくれた。それでも、今回のような時化の海では大きく横揺れし、立って

おられない程の時もあった。

 4月29日、春から初夏にかけての季節の変わり目の天気は気まぐれで、昨日までの穏やか

さとはうって変わって、荒れ模様の天気だった。時化の海に出て来ることの出来る船は、大畠港

の漁船の内でも数隻を数えるぐらいしかないらしい。この日も、私達の船以外には二艘の船しか

見かけなかった。

 同行した4人の仲間の中に雨男がいるのではないかと思うくらい、ここ数回の釣りは雨だった。

この日も早朝から雲が重く垂れ込め、今にも降ってきそうなお天気だった。4月も下旬ともなると

夜明けは早い。船に乗る頃には、既に周辺は明るくなっており、曇り空とはいえ幾分かは気持ち

も軽くなる。しかし、雨足は意外にも早く、釣り場に着いた頃は大粒の雨がぽつぽつと落ち始め

ていた。その上、天気予報通り海上は時化模様で、波も高く船酔いなど先行きの不安を感じさせ

ていた。しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかない。 船頭さんにせかされるようにして釣り

の準備を始めた。

 倉敷を集発する4月28日は晴天だった。しかし、天気予報では29日は雨になると言っていた。

既に出発前から、分かっていたことで、半分あきらめて釣り具と共に、雨具の用意もしていた。こう

すれば、気まぐれなお天気の神様はわざと雨を降らさないのではないかと、半ばあきらめ、半ば

期待もしながら合羽の準備を整えていた。しかし、神様は気まぐれどころか、正直に雨を降らせて

くれた。私は準備していた合羽を身につけ、気重く海面に竿を差し出した。

 最初にあたりが来たのはGさんだった。リールを巻き取る竿が大きくしなっている。かなり大物

のようだ。ぼんやりとGさんの竿を眺めていたら、突然鈍いあたりを感じた。もしやと思い竿を少し

持ち上げ、リールをゆっくり巻き取ってみる。強い引きはないが竿が思い。リールを巻き取るのが

きついくらい重い。船頭さんが跳んで来てくれた。「ゆるめずに巻けよ」という指示に従って、必死

に巻き取る。リールが重くて指示通りには巻けない。竿先が揺れる。巻き上げるのに何分位かか

っただろうか。釣り糸の先端が見え始めた頃、海面近くに銀輪のきらめきが見えた。船頭さんが

横から網を入れて、そっと掬ってくれた。かなりの大物だった。目指していた関アジだった。

 こうして、昼近くまでの数時間、魚との格闘、ビッグファイトが始まった。仕掛けはアミ籠を先端に

付けたサビキ針、アミ籠近くの針二本には「いかなご」を付けている。これはアジ以外の魚を釣る

ためだそうだ。過去にも何度か、この周辺では大きなカサゴやメバル、カワハギや鯛を釣り上げて

いる。アミ籠を付けて水深50mに糸を沈めるだけでも重い。その上、大物の魚が懸かるとその重さ

は半端ではない。一度沈めても寄せのアミはすぐに無くなってしまう。その都度、巻き上げるだけ

でも大変な作業だ。それを何度となく繰り返さなければならない。一旦、糸の張りがなくなるまで糸を

下ろす。海底に着いた頃を確認して素早く巻き戻す。そうしないと海底に引っかかってしまうからだ。

 仕掛けの先端は、海底から1m位の位置が良いらしい。その位置を確保したら、今度は大きく竿を

上げ下ろししながら、先端のアミ籠から寄せのアミをまき散らす。初めの頃は慣れないもので闇雲に

上げ下げを繰り返していたのだが、これではダメだと分かり、一度、上げ下げをしたら、しばらくは、

そのままにしておくことにした。これが釣れ始めたきっかけのようだった。こうして、間断なく釣れる

ようになった。魚群を追って、船の場所を少しずつ移動しながら釣っていく。近くまで来ていた二艘

の船では、まだ釣果はないようだ。わずかな場所の違いでも釣果には著しい差が出るものらしい。

 私達4人の乗った船では、誰かにあたりが来ていた。波はますます荒くなってくるようだ。しかも

雨に濡れて寒い。袖口からは容赦なく雨が伝って入ってくる。既に合羽の中にも、どこからか入り

込んだ雨で濡れている。

 何度かのビッグファイトによって、私の腕から肩に掛けては筋肉がパンパンに張って固くなって

いる。体力は限界に来ていた。心の中では、もう釣れなくても良いなどと贅沢な事を考えている。

そんな折りもおり、また当たりがあった。今までとは違う重さだった。途中で何度も息継ぎをしな

がら必死で巻き上げた。船頭さんが見るに見かねて来てくれた。途中まで巻き上げた糸を手で

たぐり寄せてくれた。何と超大物のアジだった。丸々とした体はずっしりと手応えのある重さだった。

結局、この日の釣りでは、この大物が同行者4人の中では一番大きなアジだった。

 昼近くになり、アジ釣りは終り、メバル釣りの場所に移動することになった。雨は益々激しさを増し、

屋根の下に居ても弁当の中に水たまりが出来るくらいの吹き降りとなった。いささか気持ちも萎えて

いた。私の安物の釣り竿は「ビッグファイト」と言う名前が着いていた。まさしく釣り竿の名前にふさわ

しいビッグファイトだったが、既にリールの止め金具は壊れてしまい、リールが今にもはずれそうな

状態となっていた。寒さと鬱陶しさ、そして疲労のために意識も朦朧としていた。

今回の釣果、アジ、メバルなど  2001年4月29日撮影

 こうして、今回の釣りは終わった。久々の大物だった。しかも釣った数は7、8匹はいただろうか。

港に戻り、生きているアジを全部しめて血抜きをする。こうしないと味が落ちるのだそうだ。船頭さん

に教わって私がしめた。平等に分配し、久々にクーラーの中を満たして家路についた。心地よい

疲労が眠気を誘う。しかし、頭の中は未だ船上のように大きく揺れていた。


 船頭さんのアドバイスに従ってアジは三枚に下ろし、刺身にしました。アジは捨てるところが

ないとの事で、残りの内蔵や頭などは全て煮付けにしました。船頭さんの話通りで内蔵の味も

格別なものでした。さすがに関アジと同じ海域に住むアジだけあって脂の乗りも良く、家族みんな

海の幸に感謝しながら、楽しい夕食となりました。


「関アジ」のリンク

   佐賀関町ホームページ  

   関アジのサイト

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