剣山登山

      

 2005年7月31日、「リュックの会」の仲間達と四国で二番目に高い山である剣山に登った。

総勢二十六人という近年にはない多数の参加者だった。剣山登山は昨年も計画していたのだ

が、前日より大雨が降りアクセス道路上にも土砂崩れ等があって急遽取りやめになっていた。

そんなことから「リュックの会」としても剣山登山は久々の挑戦であった。七月末から八月の上旬

にかけては、キレンゲショウマの開花期であった。登山日は、この開花期に合わせて計画して

いた。

 当日は水島の福田公園が集合場所だった。出発は六時半になっていたが、多少遅れてくる

ものがいたりして出発時間が遅れてしまった。水島インターから坂出インターまでほんの少し高

速道路を走り、坂出インターからは国道483号線に入った。

 途中、道の駅「ことなみ」でトイレ休憩をした。昨日の天気予報では剣山は曇りだったが、友達

のM君が持っている携帯電話のレーダー情報では、かなり激しい雨を伴った雲が、こちらへ移

動中と表示されていた。その内、U君の娘さんから「水島方面は激しい雨と雷が鳴っているが、

そちらはどうか」という電話があった。大雨を降らす雲は、すぐ近くまで追いかけて来ているよう

だ。とにかく登れるかどうかは分からないが、近くまで行ってみようと言うことにして、ここを出発

した。

 そんな怪しい雲行きにも関わらず、久々の遠出なので車の中ではみんなはしゃいでいた。くだ

らない駄洒落のオンパレードで大笑いだった。途中、無理を言ってコンビニに寄って貰った。と

言うのもせっかく準備していた着替え用の下着やズボン等を家に置いたまま来たからだ。みん

なには申し訳なかったが、リーダーのK君に無理を言ってコンビニがあったら車を停めて欲しい

と頼んでいたのだ。私は大急ぎでパンツとシャツを買って車に引き返した。

 こうして再び車は走り出し、一路、剣山に向かった。坂出インターを出てから国道438号線の

沿線上の飯山町、綾歌町、満濃町、琴南町を抜けて美馬町に入った。この町は馬と何らかの

関係があるのだろうか。馬とは関係ないけれど美しい馬という町の名にちなんだものなのだろ

うか、駿馬のレリーフが道のほとりに設置されていた。また、この当たり一帯の田では稲の穂が

重たそうに垂れていた。早場米だろうか。

 ここを過ぎ徳島自動車道の下を通り抜け貞光町に入った。貞光町に入ると道路は急に狭くな

り、ところどころ車を交わすのも難しいようなところがあった。四国の道路事情の改善は、これ

からのようだ。あちらこちらで道路の拡張工事が行われていた。

 貞光町の町並みには「二重うだつ」という独特の建築物が多数残っていた。「うだつ」というの

は、昔の商家が隣家の火事から我が家を守るために考え出されたもののようであるが、後に

は家の格を象徴するものとして如何に立派な「うだつ」を作るかを競ったようである。従って、

「うだつ」の立派な家は、金持ちであるという証にもなっていたようである。ちなみに「うだつが上

がらない」という表現の中にある「うだつ」とは、ここで見た「うだつ」の事である。

 それにしても何故こんな田舎町に、このような立派な家並みが残っているのだろうか。その昔、

この道は多くの旅人が行き交う主要な交通路だったのか、あるいは近隣の商業の中核をなす

ような場所だったのだろうか。今は寂れた町となってしまった狭い道路の両脇にこれらの民家は

建ち並んでいた。ともすれば見過ごしてしまいそうな短い町並みだった。

 ここからは更に山間部に入った。山の斜面を埋め尽くすように植えられた杉や檜が狭い谷の

両脇に林立していた。ここも日本有数の森林地帯のようだ。車は深い谷を見下ろすような高い

ところを走っていた。かつて奥祖谷に行ったときと同じような地形だった。涼しげなヒグラシの声

が先になり後になり聞こえてくる。こんな林の中を抜け、やがて急な坂道にさしかかった。ここは

幾つものヘアピンカーブがあるところだった。ヘアピンカーブには何番目のカーブという表示が

あった。それくらいカーブの数は多かった。

 カーブを曲がる度に剣山は近くなった。やがてカーブが尽きた頃、剣山スキー場に着いた。し

かし、登山口はまだまだ先だった。大人が八人も乗った車は重さにあえぎながら、神社やお寺、

数軒の土産物屋などがある「見の越」に着いた。ここには大きな駐車場があった。前回ここに

来た時には車が多くて駐車場を探すのに苦労したと言っていたが、この日は苦労もなく駐車す

ることが出来た。

    

                   土産物屋等が並ぶ山麓・登山口でもある剣神社の石段・剣神社の拝殿

 剣山は石鎚山と同じように山岳信仰の山であった。従って、登山客の多くが錫杖などを持った

信者の一団であった。そんな人のために「見の越」から中腹の西島までリフトがついていて、お

年寄りでも山頂の本宮「宝蔵石神社」にお参りすることが出来るようになっていた。

 私達は剣神社の境内の横から登山道に入った。早速、高山植物が目に留まった。私はみん

なの最後尾から写真を写しながらゆっくりとしたペースで登った。比較的歩きやすい道だった。

リフトの終点である西島駅までは、何度かの休憩はしたものの無理なく登ることが出来た。

 この頃からポツポツと雨が降り始めた。しかし、明るい空は大振りになるような様子はなかっ

た。友人の携帯電話の雨雲の画像も剣山周辺を避けるように北上していた。まるで奇跡のよう

だった。通常、高い山の方が低地より天気が変わりやすいと聞いていたからだ。何かしら、我々

に遠慮するように雨雲は剣山から遠ざかっていた。

    

                  山の中腹近くにある西島駅まではリフトで上り下りが出来る。

                  登山口近くで見かけた山野草。(中の写真はギンバイソウ)

   

        赤い方はトゲアザミ、白い方はトゲアザミの枯れかけたものではない。(白い方はギョウジャアザミか)

        三角の葉が面白いミヤマタニソバ

 リフトの西島駅からは山頂が見えており、人影も見えていた。しかし、一気に山頂へ登るのは

やめて、今回の登山の目的でもあったキレンゲショウマを見に行くことにした。道は西島駅の横

から脇道へ入るようになっていた。急な坂道で崩れやすい石ばかりの山道だった。何度も何度

も転びそうになりながら、かなり下ったところにキレンゲショウマが群生していた。この花は、日

本でも限られたところにしか生えていない珍しい植物だった。丸い蕾と少し筒状になった黄色い

花に特徴があった。大半は蕾で本格的な開花は来週ぐらいではないだろうか。この植物は石灰

岩が混ざった黒い山土の斜面に生えていた。どちらかと言えば半日陰のような場所を好む植物

のようだ。周辺にはトリカブトなども群生していた。

    

                   リフトの終着駅である西島駅(ここまではハイヒールでも来ることが出来る)

                   さすがにここまで来ると風が爽やかだ。この頃から山にかかった雲も切れ始めた。

   

神域であることを示す注連縄、そして古びた案内板には御神水と書かれていた。

    

食堂周辺で見かけたツルギハナウドやオタカラコウ、山アジサイ(白)等の山野草

 そう言えば、この山は二つの異なる地層から出来ているようだ。私達が登山を開始した剣神

社当たりは、薄い層状になった石がたくさん転がっていた。しかし、中腹以上は石灰岩がたくさ

ん転がっていた。キレンゲショウマの生えている場所にも石灰岩が露出していた。そして、その

地層は山頂まで続いているようだ。

 キレンゲショウマを見るためにかなり下まで降りたので、今度はその分だけ登らなければ元の

場所には戻れなかった。みんな汗びっしょりになって、一方通行の道を上へ上へと登った。そし

て着いたところは先に休憩した西島駅の裏の食堂前だった。ここで、全員が揃うのを待って出

発した。こんどは一気に山頂を目指した。

    

西島駅の近くに群生していた山野草(ニッコウキスゲ、ナンゴククガイソウ、山アジサイ(ピンク))

    

登山道の両脇にたくさん咲いていたシコクフウロ、タカネオトギリ、ウバユリ等

    

蕾は固そうな卵形をしている。これが有名なキレンゲショウマとその群生、群生地の近くには見上げるような崖があった。

   

雲が切れると山全体が見え始めた。山頂近くにはツガやモミなどが生えていた。

 先ほどの回り道で、いささか疲れていたが、何とか山頂にたどり着いた。ここには剣山本宮と

頂上ヒュッテがあった。そして、それらの建物の裏側が山頂に至る木道になっていた。山頂には

一本の木もなく笹に覆われた広場だった。狭い山頂をイメージしていただけに驚くような広さだ

った。

 そのため、先に登った者を見失ってしまった。ともあれ、山頂という案内に従って山頂に行っ

てみたが、みんなの姿はなかった。どうやら、ここの向かい側にある見晴台のところにいるよう

だ。近くに見えていても、そこまではかなり歩かなければならなかった。それぐらい山頂は広か

った。

 ここで昼食にした。ここからは次郎ギュウの美しい山の姿が目前にあった。歩くのをやめたせ

いか急に寒くなってきた。山頂を吹き抜ける風は、汗で濡れた体からは容赦なく熱を奪っていく。

やはり標高が高いだけに気温は低かった。リュックから雨具を出して羽織らなければならない

くらい寒かった。この日も「リュックの会」特製の唐辛子入りみそ汁が体を温めてくれた。いくら

寒いからと言っても汗をいっぱいかいた体にビールの味は格別だった。

    

山頂には木がなく広々としていた。青く見える多くは笹であった。その中を木道あちらこちらに伸びていた。

右の写真は山頂、山頂には標識と小石が積み上げられていた。

   

山頂の向かい側にあった展望台、ここで昼食にした。ここかはジロウギュウや別館雲海荘(右の写真)が見えた。

 こうして一時間ばかり体を休めた後、行動を開始した。もう一度、山頂の標識が立っていると

ころまで行った。ここが剣山の山頂であり標高1955メートルであった。そして、山頂ヒュッテの

トイレで用を済ませ下山準備にかかった。山の斜面には季節の花がいっぱい咲いていた。この

山に自生する何種類かの花を、ここへ移植しているようだ。他の場所に高山植物の群落はなく、

笹とモミかツガの木が生えているだけだった。

 帰りは一気に西島駅まで降りてきた。実はここにもキレンゲショウマがほんの少しと、穂のよ

うになった紫色が美しいクガイソウ等が咲いていた。また、食堂近くにはメタカラコウがまとまっ

て咲いていた。また、ここまでの道すがら何度も目にしたのは可憐な花であるシコクフウロ、また、

山頂近くの道の両側には黄色い花が可愛いタカネオトギリソウ等が咲いていた。

 帰りの足取りは早かった。一気に剣神社まで降りてきた。ここで全員の記念写真を写して駐車

場に向かった。剣神社の境内で変わったものがあるなと思っていたのは宮尾登美子さんの小説

「天涯の花」の記念モニュメントだった。残念ながら後で知った事なので写真に写すことは出来

なかった。

 帰りは一宇村の岩戸温泉に寄った。剣山近くにも風呂(ラフォーレ剣山)はあったのだが、水

不足で営業していないとのことだった。岩戸温泉は川の畔にあった。川の流れは有名な吉野川

の支流で近くには鳴滝という滝等もあった。青く澄んだ流れが大変きれいだった。風呂から見え

る窓には大きなサルスベリが赤い花を付けていた。窓の外ではヒグラシが鳴いていた。岩戸温

泉の駐車場の向かい側には消防支署があり、どうやら、ここはこの村の中心のようだった。

 一宇村のパンフレットを見ると巨樹の里と書いてあった。村の看板にも巨樹のあるところが紹

介されていた。豊かな自然が広がる山深いこの村には、珍しい巨樹がたくさん残っているようだ。

巨樹を訪ねてみるのも楽しいのではないだろうか。パンフレットには一日では廻りきれないほど

たくさんあると書いてあった。

 ちなみにこの当たり一帯も東祖谷谷村と言い、剣山の麓から奥祖谷のかずら橋近くまで行く

バスが出ていた。地図で見ると先ほどの一宇村とは隣接しており、相当大きな村のようだ。従っ

て、剣山にも平家の落人伝説があるのも何となく頷けるのである。

 帰りはひたすら元来た道を引き返し、坂出近くでうどん屋に入った。少し遅い夕食だった。こう

して登山の後、温泉で汗を流し四国の名物である腰の強いうどんを食べ、本当に充実した一日

だった。何よりも天候に恵まれたのは幸いだった。私にとっては久々の登山であり、みんなに着

いていけるかと少し不安であったが、難なく登り降りが出来、少し自信を取り戻した登山であった。

                                       2005年8月19日掲載

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