東京を歩く

2000年8月12日(土)

 わずか数日間でも家を空けるとなると、やっておかなければならないことが山ほどある。

先日来、片づけておきたいと思っていた取り扱い説明書類のファイル化等である。娘に

言わせれば何もこんな忙しい時にやらなくてもいいのにと言うのだが、言われてみれば

その通りである。しかし、性格というものは容易に変えられず、やってしまわなければ

何か落ち着かない。それを済ませて10時からのライフパークでの般若心経の講座に参加する。

今回が最後の講座である。講座が終わり、急いで家に帰り畑や植木鉢の水やり、家の

掃除と夕方近くまで汗をかく。

 結局予定していた昼寝もせずに、夕方になってそさくさとタクシーで味野まで出る。

トピアでビールとつまみを買って下電のバスセンターに行く。東京行きの高速バスは

下電バスではなくチャーター便なのか東急電鉄のものだった。

バスに乗り込むと早速弁当を開き、ビールを飲みながら夕食を取る。車外に展開する

水島の夕日が美しい。旅行の間に雨が降ることを期待しながら児島、水島を後にする。

2000年8月13日(日)

 高速バスは倉敷、岡山経由で津山まで一般道路を走り、中国縦貫道に乗ってからは

高速道路を乗り継いで、ひた走りに走り東京へと向かう。夜の高速道路を8時間近く走ると

東京に着く。私達乗客は目が覚めたら東京というわけだ。

 久しぶりの東京であった。着いた日の朝、東京は小雨だった。

新宿のバス停には朝7時頃到着。いつ来てもここは大勢の人で賑わっている。行動を開始

するにはまだ早く、手荷物も邪魔になるので一度予約しているホテルまで行くことにする。

今回の宿泊先はインターネットを使い予約した新宿ワシントンホテルである。荷物をコイン

ロッカーに入れて、顔を洗いさっぱりとしたところでホテル内の喫茶店で軽い朝食を取る。

 朝食を終えたところで、第一日目の行動開始。屋外の雨はやみそうにない。台風9号の

進路も気になる。今後の行動の妨げにならなければ良いのだが。

 この日、上野の公園一帯も雨の中、公園の中は雨空のせいと鬱蒼と生い茂った木々の

ためにうす暗い。しかし、夏枯れで色あせた倉敷の景色とは異なり、雨の中での緑がとても

色鮮やかで新鮮だ。初めに東京都美術館に直行する。ここではインダス文明展を見学する。

時間が早いせいか、比較的人も少なくゆっくりと見学が出来た。 さすがに東京都の美術館

だけあって、どっしりと大きく構えた茶色の建物は風格がある。色んなコーナーがあり、

様々な企画展を開催している。

 一通り見終わった後で少し早めの昼食をとることにする。早めに昼食にしたのは正解だった。

しばらくしてから次々と人が入って来て瞬く間に満席となってしまった。

 昼食で腹をいやした後は国立博物館に向かう。東京都美術館からは目と鼻の先だ。ここは

エジプト文明展の会場でもあり、今回開催されている4会場のメイン会場にもなっている。

国立博物館は二度目の訪問だ。広い庭のある巨大な建物は東京都美術館よりひとまわりも

ふたまわりも大きく、いかにも国立博物館にふさわしい風格がある。

国立博物館の正面玄関から広い庭園を見たところ

 入場券売り場は入場券を買い求める人で長い列。館内も大勢の人でごった返していた。

列に加わっていたのでは、なかなか先には進めないので、比較的空いているところを中心に

見て回る。あふれかえるような人混みの中で、やっとの思いで全展示物を見終わる。

 さすがにインダス文明展、エジプト文明展と二会場を回ると足が棒のようになってしまい重い。

博物館の庭で少し休んで行動再開。地図を見ながら博物館の周辺を散策する。実に広い敷地だ。

どうやら道を間違えたようだ。私達は谷中を目指していたのだが鶯谷駅の前に立っていた。

仕方なく 電車に乗って一駅先の日暮里に向かう。

 谷中は昔からお寺の多いところとして知られている。谷中の商店街は小さくて、いかにも

下町の商店街といった風情がある。狭い道路の坂道を少し下ると谷中銀座という看板が

商店街の入り口にある。残念ながら、この日は日曜日とあって休みの店も多く、人の賑わいも

なく寂しかった。裏通りに入ると、

さりげなく岡倉天心を祀った小さな公園が通りがかりの路地の一角にあったりと、さすがに

東京は名所や旧跡が多い。

 第一日目は雨のち曇り、一時薄日が射すと言ったような天気で比較的しのぎやすかった。

それでも家内と私の二人は寝不足と歩き疲れでぐったりとしていた。早々にホテルに引き返し

チェックイン、予約の部屋と異なるというハプニングもあったりしたが、ホテル側の配慮で別の

部屋に変更して貰い、おまけに朝食券までサービスして貰った。後になって分かったことだが、

ホテル側の間違いではなく、予約手続きをしたこちらの間違いだったようだ.。申し訳ないことを

してしまった。予約をしてくれた娘に十分な確認をしなかったための間違いだった。

 部屋の中では早速風呂に入り、シャワーを浴びて旅の疲れと汗を流す。やはり風呂は良い。

さっぱりとしてベットに横になると、ついうとうとしてしまう。ホテルの部屋の15階の高さから

見ると近隣の高層ビルが一望できる。窓の外は明るく夏の日暮れは遅い。

都庁最上階から見た周辺部高層ビル

 少し早いが夕食の時間にする。今晩はホテル内の店で、牛シャブとカニの食べ放題。制限

時間は二時間とのこと。いくら食べ放題とは言いながら、そんなに食べられるものではない。

二皿分で満腹になってしまい、心地よい酒の酔いと疲れが一気に眠気を誘う。

2000年8月15日(月)

 朝食はホテル内のレストランでバイキング。すでに、窓側の席は満席状態だ.った。言葉使い

などを聞いていると、台湾か韓国か、いずれにせよ、近隣の国々の人がたくさん宿泊している

ようだ。親子連れも多い。

 第二日目は月曜日、従って都内の美術館は休館日。世田谷美術館は明日行くことにして、

今日は皇居周辺部を散策することにする。

東京駅八重洲口を出たところ

 JR山の手線で東京駅に。ここから歩いて皇居前に出る。周辺部は大きな銀行や官庁関係の

建物が林立している。今日は皇居内には入れないので周辺部のみを歩く。さすがに広い。

堀の水は循環が悪いせいか、あおこの発生で濃い緑色をしている。

アオコの浮いて緑に染まった皇居のお堀

時折、水面には大きな鯉が顔を出して餌を待っている。堀の周辺部は良く整備された遊歩道に

なっている。年を経た大きな桜の木が植えられているが、手入れは良く行き届いている。

中には何本か幹に粘土を巻いてビニールシートで覆っているものがある。老朽化した木の活性化

のためのものだろうか。いずれにせや、桜の季節には見事な花のトンネルとなるのであろう。

     

お堀から見る周辺部の遠景、お堀の土手に咲いていた野草

 大都市の近代的なビルと木々の緑に囲まれた皇居との対比は絵になる風景である。私達は

途中、科学技術館に立ち寄った。ガイドブックに大人も楽しめる展示があるという案内があった

からだ。しかし、正直言って展示は中身のないつまらないものが多かった。夏休み期間中であり、

親子連れも多く、子供向けの色んな催し物が行われているようだ。ここは国内の大手企業が

金を出し合って建てたものらしい。有名企業の名前がずらり並んでいた。

    

科学技術館を出て武道館に続く公園、緑がいっぱいだ

 早々にここを出て、周辺の公園を抜け武道館の前に出る。明日は終戦記念日とのことで、

会場となる武道館は、その準備に忙しそうであった。すでに、警察の機動隊も来ていて、周辺部の

警戒に当たっている。しかし、物々しさはなく比較的のんびりとした武道館周辺であった。ここを後に

して再び堀の周辺に出る。そうして国立劇場や最高裁判所などを右手に見ながら歩いていくと、

やがて靖国神社が見えてくる。ジョギングやマラソンの練習にはもってこいの場所で、お昼近くの

せいか、ジョギングをする人達の幾人かとすれ違う。私達は、ほぼ皇居周辺部を3分の2くらい

巡ったところで、地下鉄に乗って銀座に出ることにした。

武道館から再びお堀周辺にぬける道(江戸城時代の名残をとどめる大きな門)

 銀座も実に久しぶりである。二人ともこの頃になると疲れと暑さとでぐったりしていた。

頃合いの店を見つけて昼食に入る。店は偶然にも、広島旅行の時、夕食を食べた「酔心」と言う

店だった。系列店らしい。都心の賑わいは渋谷や新宿に移ったのかと思ったが、さすがは花の都

東京の銀座である。通りは人で溢れており、大きな店が軒を連ねている。

 家内のショッピングにつき合って、近くのデパートに入る。夏物はすでに安売りとなっており、

大勢の女性客で賑わっていた。家内の話ではサイズや種類は少ないが、大変安いとのこと。

お買い得品が多いようだ。家内も夏物のワンピースを一着買った。

 私達は息子が希望していた今夜の食事場所が見つからず、焦っていた。息子の希望は

道場六三郎氏の経営する店であった。何度も電話をかけるのだがつながらないのだ。結局、

ここで探すのはあきらめて、渋谷に戻った。渋谷周辺の観光案内所で聞いてみようと思ったのだ。

交番で訪ねて、探し歩いた観光案内所も休みとのことで、大勢の人混みの中を、ただただだ、

ろうろとしたばかりだった。道縁には露出した肩に入れ墨をした若者が往き来する人を眺めている。

何をしている連中なのだろうか。渋谷でも目的とするような店は見つからず、息子に電話をする。

息子は今年大学を卒業し、就職難の中、先輩の世話で、4年間アルバイトをしていた居酒屋に

就職したばかりだ。夜が遅い仕事なので休暇を取ったとはいえ、まだ寝ている時間だった。

息子との眠そうな受け答えの中で、とりあえずホテルに引き返すとだけ告げて、重い足をひきずる

ようにして、新宿のワシントンホテルに戻った。やはり仮の宿とはいえ、ホームグラウンドとなった

ホテルは居心地が良く落ち着く。早速シャワーを浴び、一眠り。

 外は薄暗くなり始めたというのに息子からは電話もなく、ここにも来ない。携帯電話に何度も

電話をするのだが何の応対もない。心配で落ち着かない。仕方なく、息子のアパートに電話するが

留守電となっていた。私達は二人とも心配をしながら心細い思いで待っていた。何度か電話をする

内に、やっとつながった。渋谷から電話をしたときには寝ぼけたような受け答えだったが、やはり、

あれから寝込んでしまったと言う。あわてて起きて渋谷近くまでバイクで来て、今ホテルの近くに

いるのだが、このホテルが見つからない言っていた。どうも私達が最初に間違えたと同じ道を来て、

ホテルが見つからないらしい。何度か電話でやりとりの後、目印となるような建物を見つけて、

やっと分かったと電話があった。都会に慣れた若者でも間違うような地下街である。私達が新宿駅前

で何度行ったり来たりしたことであろうか。東京の地下街はまるで迷路のようになっている。

きれいな地下街だが、まるで迷路の様に入り組んでいる

 ホテル真向かいのNSビルの最上階のレストラン街で、頃合いの居酒屋を見つけて入る。

内装は古い民家の柱を使って、田舎風に仕立てた感じの良い店だった。料理も普通の店では

見かけないオリジナルなものが多いようだ.。久々に親子三人酒を酌み交わしながらゆっくりと

食事をする。ホテルの窓からは向かいに都庁の灯りが見える。各階とも仕事中なのか、照明が

赤々とついている。遅くまで仕事をしているようだ。

 9時近くなってオーダーストップとなり、食事も終わりホテルに帰る。ホテルに帰ると急に眠くなる。

いつもの習慣だ。息子と家内とは遅くまで話し込んでいたようだったが、私は我慢できずベッドに

もぐり込んだ。今夜は時間も遅いので、息子には明日の朝帰るように言い置いて寝てしまう。

 何時頃だろうか。私がトイレに起きた後、息子も起きてきた。トイレの後、少しがさごそという音が

していて、そのまま静かになってしまった。息子はそのまま部屋を出ていったらしい。この時間

交通機関は動いているのだろうか。そう言えば新宿まで単車で来たと言っていたな。家内を起こして、

息子が帰ったようだという事を伝えると、帰ったんでしょうとのんきなものだ。

 そんなことがあって、心配で寝られなくなってしまった。幾度寝返りを打った事だろう。それでも

いつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めたらカーテンの隙間から漏れる光は明るかった。

2000年8月16日(火)

 少しぼんやりした目を覚ますと、時計は六時過ぎであった。シャワーを浴びてすっきりしたところで

服を着る。家内を起こし、早めの食事に行く。ホテルでの二日目の朝食は和食に決めていた。

ところが、ここも早くから満席状態だ。

 朝食後は都庁周辺部を散歩する。ここは緑豊かな公園になっていて、上野公園と同じように、

公園を寝起きの場所にしている人もたくさんいる。炊き出しのボランティアだろうか。大鍋が運ばれ、

それを待つ長い人の列。この人達は仕事にあぶれた人達なのだろうか、それとも仕事もせずに、

ぶらぶらとこの周辺で寝起きをしている人達なのだろうか。さほど身なりも見苦しくないような、

一見旅行者風の人達も少なくない。近代的な偉容を誇る都庁と、周辺部に群がるこの人達の

対比は決して地方では目にすることのない、今日の社会の縮図のような感じがする。

 私達はいったんホテルに戻り、部屋の荷物を整理し、精算を済ませて新宿駅へ向かう。

新宿駅に向かう途中、東京都庁に立ち寄る。案内板を見ると9時半から都庁最上階へ上がる

エレベータが動き始めるとのこと。滅多にないチャンスなので少し時間待ちをして、エレベータの

動き出すのを待つことにする。家内は庁内の本屋で立ち読みしながら時間を待つ。

 私は庁内を見て回った。広々としたロビーは時間が早いせいか閑散としている。受付の女性が

パンフレット類を準備している。エレベータが動き始める時間になると急に人が増え、長い列が

出来た。私達も大急ぎでその列に加わった。二度待ちをしてエレベータに乗る。エレベータは

自動的に最上階で停止する。非常に早い。最上階でも案内の人がいてくれて誘導してくれる。

最上階は総ガラス張りの展望台となっており、喫茶店やみやげ物店もある。 ここからは東京の

市街地が一望できる。素晴らしい展望だ。都庁周辺部の高層ビルも間近に見える。

     

超近代的な東京都庁の一部と都庁前のメイン道路

 しばらく最上階からの展望を楽しんで都庁を後にする。地下道を通って新宿駅前に向かう。

新宿駅では帰りのバスの時刻を再確認した後、荷物をコインロッカーに入れておくことにする。

コインロッカーは出来るだけバス停に近い、分かり易い場所にする。

 ともあれ、手荷物がなくなっただけ身軽になり、午前中は天気も良いようなので、新宿御苑に

行ってみることにする。苑内は有料となっている。金二百円也を払って入場。平日でもあるせいか

苑内は閑散としている。こんなきれいな公園を利用しないのはもったいないような気がする。

ここは環境庁の管理区域とのこと。広い芝生には一本の雑草もなく、きれいに刈り込まれていて

良く手入れが行き届いている。木々も大木が多く、木立の間から見え隠れする明るい日差しの

中の芝生の緑がとても新鮮だ。

芝生の緑がとても新鮮だった新宿御苑

 ここ数日、東京周辺はにわか雨が降ったり止んだりして、木々や芝生が生き生きとしている。

苑内には大きな温室もあり、熱帯植物やサボテンも植えられている。かなり年数を経た温室の

ようで、根付いた熱帯植物が天井に届きそうな位大きくなっている。

 温室内を見た後は、園内の一角にある休憩所に立ち寄る。この休憩所のあるところは、元大名の

屋敷内の庭園だったところだとかで、大きな池があり背後には小さな森もある。その森を抜けると

再び明るい場所となり、西洋式の大きな庭園が広がる。西洋式の庭園はバラで埋め尽くされており、

今はシーズンオフとなっている。庭園の両サイドにはプラタナスの並木がロマンチックな雰囲気を

作り出している。広い大通りの一角を見ているような感じで、心憎い演出だ。

西洋式庭園の横にある並木道

 睡蓮の咲き乱れる池の周辺を巡ると、やがて日本式庭園という案内板が立っている。その先には

変わった枝振りの松や芝生や池を配した日本庭園が広がる。この空間には近代的なNTTの高層

ビルが見える。

蓮の広がる池から遠くビル街を望む

 この庭園を抜けると、道は再び出発した場所に戻る。私達が入園したのは正門とは反対側の

裏門からだったようだ。広い苑内である。都会の真ん中に、こんな素晴らしい緑の空間があると

言うことは、元々緑の少ないと言われる東京にとって実にかけがえのない場所だとも言える。

 私達は再び新宿駅近くまで引き返し、昼食を取る。昼食後は地下鉄で用賀駅へ向かう。

目的地は世田谷美術館である。用賀駅からはバスでと思ったのだが、すでにバス停には長い

列が出来ていた。みんな世田谷美術館のメソポタミア展を見に行く人達のようだ。このままでは

とても全員乗り切れないような気もするし、バスの来る時間も遅いので、タクシーで行くことにした。

列に加わっていた東京在住だという女性も一緒に乗せてあげる。

世田谷美術館周辺の人の長い列

 美術館は公園の中にあった。周辺部は駐車待ちの車でごった返していた。大勢の人である。

美術館の入り口は当日券を買う人で、気の遠くなるような長い列。しかし、ここまで来て引き返す

わけには行かず、私達も交代で長い列に加わった。こんな事なら前の会場で4枚綴りの入場券を

買っておけば良かったと後悔したのだが後の祭りである。やっとの思いで入場したのだが、

想像通り狭い館内は大勢の人で足の踏み場もないくらいの混みようだった。多くの展示品の

中には似たようなものを何度か目にしたこともあったが、壁画の一部とか大きな石造りの彫像は

今回初めて目にするものだった。

 そして、何よりもメソポタミア展の目玉は、ハムラビ法典の刻まれた彫像であろう。大きな黒い

石で作られた像の裏表には、びっしりとくさび形文字が刻まれており、そばのテレビでは書かれている

法典の内容を解説していた。疲れた足をひきずる様にして美術館を出ると外は雨だった。

午後から曇ってきていたので懸念はしていたのだが、どうやら本格的な雨になったようだ。

 とにかく大急ぎで通りまで出ることにする。通りに出ればタクシーが拾えるのではないだろうか。

幸いにも公園の入り口にタクシーが止まっており、大急ぎで駆け込む。この頃から大粒の雨に

変わっていた。これで東京における全ての日程は終了した。

 用賀駅から再び電車で新宿に戻る。まずは土産物をと思い、駅近くのデパートに行ってみる。

目的とする鳩サブレーはこのデパートにはなく、向かいのデパートにあると言うことを聞いて

そのデパートに向かう。このデパートは夕食時でもあり、夕食の総菜を買い求める人でいっぱい

だった。食材もさすがに豊富だ。

 新宿ではバスが発車する21時半までには、かなり時間があった。休憩が出来、時間待ちが

出来る場所をと思ったのだが、そんな気のきいた場所はどこにもなかった。やむなく、駅近くの

どんぶり物屋に入り、時間待ちをする事にした。忙しい時間帯でもあり、あまり長居は出来ず店を出る。

かなり時間つぶしをしたつもりだったが、それでも、バスが発車する時間まではかなり時間があった。

 少し休んだせいか身体も楽になったので、夜の新宿を歩いてみることにする。安売りの電化製品やら

パソコン関係やカメラの店が軒を連ねている。ネオンサインも眩しいばかりだ。疲れを知らない新宿の

姿がここにはあった。この町の様子を見る限りでは、日本の不況は感じられない。品数も多く安い。

 東京の歓楽街と言われる歌舞伎町まで足を伸ばしてみたかったのだが、この頃には気力も体力も

なくなっており、あきらめて次の機会に回す事にした。

 私達は21時30分発の岡山行きに乗り東京を後にした。東京はまったく疲れを知らない町である。

倉敷ならとうの昔に店じまいをしているような時間でも、煌々とネオンは輝き多くの若者達で賑わっている。

毎回の事ながら、実に精力的にあちらこちらと見て歩いた。東京には見るべきものが多い。一泊や

二泊ではとても全ては見尽くせない。次回とは言っても、いつのことになるかは分からないが、

東京の空白部分を少しでも埋めてゆきたいと思っている。

 バスに揺られて横になっている間に、いつしか昼間の疲れがどっと出て眠り込んでいた。まだバスは

高速道路を走り続けている。いつしか再び夢の中に引きずり込まれていった。


ホームレス

 ホームレスというのは差別用語になるのであろうか。が、あえて使わせて貰うと東京には実に

たくさんのホームレスがいる。ホームレスの人の中にも、上野公園にいるような定住型と、都庁周辺部に

いる移動型の二通りがあるように見受けられた。定住型の人達はそれなりにテントのようなものを

作り、その中に住んでいる。

 前回、東京に来た時、新宿の地下街はこれらの人達でいっぱいだった。今回は地下街から

追い出されたとのことで、地下街で目にすることはなかったが、その代わり、ビルの軒下や

公園、都庁周辺、上野公園にはたくさんいた。意外に感じたのは、みんな比較的こざっぱり

していて、旅行者が野宿をしているのではないかと思ったほどだった。

新宿、渋谷、銀座

 東京でも一二を争うような大繁華街である。実に若者が多い。東京はやはり若者の街である。

地下街は迷路のようである。地下鉄があり、JRがあり、私鉄があり、これらが一箇所を拠点と

して各地を結んでいる。電車からホームに下りて、目的地に行こうとするのは容易な事ではない。

従って、ホームに下りたらまず目的地に向かう出入り口を探すこと。これを間違うと、とんでも

ないところへ吐き出されしまい、大変遠回りしなければならなくなり、目的地に向かうのは

本当に容易な事ではない。

東京の下町

 今回は谷中に行ったのだが、さすがここらあたりは東京でも都心の喧噪さはなく、昔の東京を

思わせるような風情が残っている。地元に根ざした煎餅やさんやら佃煮屋さんやら庶民的な店が

多く、いかにも下町らしい雰囲気の町である。東京にもこんなところがまだ残っているのかと

ほっとした安らぎを感じるような場所である。

公園が多い。

 新宿御苑を初めとして都庁周辺部の中央公園、上野公園、武道館周りのグリーン地帯、

皇居周辺部、世田谷美術館周辺の公園といった大きな公園があちらこちらにある。そして、

これらの公園を見て回り、共通して感じることは年数を経た大きな木が実に多い事である。

地方都市の近年整備されたような公園とは異なり、実にゆったりと落ち着いている。

歴史の重さを感じさせるような風格がある。東京は単位面積当たりにすると緑は少ないの

かも知れないが、公園の数は多く、散歩やジョギングの場所には事欠かない。

 特に新宿御苑などは広大な緑の空間であり、親子ずれなどにはもってこいの場所では

ないだろうか。ちょっとしたピクニック気分で出かけられる。

東京の緑

 今回は皇居周辺と東京都庁周辺、世田谷美術館周辺、上野公園、そして新宿御苑と緑の

多いところを歩いてみた。下町である谷中にはお寺が多く、ここも都会にあっては比較的緑の

多いところだった。

 このように東京都言えども決して緑は少なくない。緑が少ないというのは総面積に占める割合の

事を言うのだろうが、その気になって探せば、それなりに緑を楽しむことは出来るようだ。

     

新宿御苑内の古い温室で育てられている花々

世界四大文明展

 今回は時間の都合で三会場しか回ることは出来なかったが、それでも十分すぎるほどの

資料を目にすることが出来た。中国展は横浜会場だったので、時間の都合で行けなかった。

 エジプト展では今回初めて一般公開されたと言うものも少なくなかったようであるし、

メソポタミア展ではハムラビ法典などフランスのルーブル博物館から借りたという滅多に

目にすることの出来ないものまで来ていた。

 インダス文明展では初めて目にするものばかりであった。特に紅玉ずいは宝石として

エジプトやメソポタミアにも広く輸出されていたものであると言うことを、エジプト展と

メソポタミア展を見て知ることが出来た。当時の巨大文明圏が決して孤立したものではなく、

お互いに交易を通じて強く結びついていたことを立証するものであった。海のシルクロードと

言われるような、海上を行き来する大きな交易ルートがあったことを、これらの展示物を

通して知ることが出来た。

 コロンブスやバスコダガマ等をさかのぼる遥か以前から、東西は大きな交易ルートで

つながっていたのである。そして建材として用いられる材料こそ異なるものの、それぞれが

素晴らしい都市計画に基づいて作られ、遠く離れた古代都市が共に栄えていたのである。

 これらの都市は都市周辺部に、現代の灌漑設備に勝るとも劣らないような設備を作り、

水をため麦やトウモロコシと言った豊かな農作物を栽培していたのである。そこには

今の世と変わらない人々の日々の営みがあったのである。

新宿の町作り

 東京都庁は実に偉容を誇る近代的な建築物である。同じ様な作りの建物が二棟並び、

それを囲むように付帯設備の建物が周辺部にある。建物は地階も地上部も周辺道路と

立体的に結ばれている。

 周辺部にには超近代的な高層ビルが空に向かって伸びている。この一角はさながら

近未来のSF映画にでも出てきそうな空間である。そして近代的なビルとビルは迷路の

ような地下道で結ばれている。周辺部には巨大な歓楽街を持ち、昼となく、夜となく

多くの人達で賑わっている。後の世の人達は、この街をどんな思いで見るのであろうか。

私達が今回、エジプトやメソポタミア展を見たような、そんな目で見るのであろうか。

新宿は夜のない町であった。

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