高松港周辺再開発

讃岐富士山頂残し夏霞

 高松港周辺はここ数年で大きく変貌した。この周辺は長い間、宇高連絡船が行き来していた頃のままだった。

ちなみに岡山県の宇野港と香川県の高松港は瀬戸大橋が開通するまで宇高連絡船で結ばれていた。かつて、

この航路では国鉄宇高連絡船時代、「紫雲丸」の痛ましい事故があった。四国からの修学旅行生の多くが

女木島沖で溺死した。そんな痛ましい事故も瀬戸大橋が開通してからは関係者以外の人からは忘れられて

しまった。以来、JR宇高連絡船はJR瀬戸大橋線にバトンタッチして長い使命を終えた。

 JR高松駅はこの港に隣接していた。そして長い間、宇高連絡船時代のままであった。これら港や駅は

高松市が行った駅周辺の再開発事業の一環として、数年前から大工事が行われてきた。そして昨年、

主要な設備が完成しオープンした。今、駅にも港にも昔の面影は全くない。駅前には大きな広場が出来、

長く建物の影になっていた高松城跡の玉藻公園が一望できるようになり、港周辺が超近代的な街へと大きく

変貌した。

 私達は今回、「姫神」の高松公演があって久々に高松を訪れた。開演までの数時間をこの周辺の見学で

時間をつぶしたのだが、まったく飽きることはなかった。それどころかまだ見足らぬ感じすらしている。港には

今も近隣の島との行き来や、向かいの宇野港との間を行き来するフェリーがひっきりなしに出入りしていた。

この日は岡山県側にも夏らしい入道雲が湧き、近代的な港らしい景観を見せていた。

    

    

高松駅の前に立つと超近代的な建物が建ち並んでいる。

中でもシンボルタワーの最上階から見下ろす高松市内の景観は素晴らしい。

    

シンボルタワーの最上階からは360度の景色が楽しめる。

そこから東方面に屋島がある。ごらんのように屋島と言うだけあって見事なまでに屋根の形をしている。

    

シンボルタワーの眼下には海に面して芝生の緑が美しい近代的な公園がある。(左の写真)

そして反対側にはそれとは対照的な玉藻公園がある。(右の写真)

    

高松市街地の景色(この方向には金比羅大権現がある)左の写真

円形のモザイク模様の広場は高松駅広場(駅舎も建て替えられて近代的な建物になった)右の写真

    

シンボルタワー横のビルの中には香川県の特産品の他、昔懐かしい町並みが再現されている。

左の写真は高松市内を写した古い写真

    

香川県の特産品には漆器や一閑張り製品などの他、張り子やうちわ等もある。

また特産品とは言えないがかんかん石とも言われているサヌカイトを産する。

この石は大変硬く叩くとカンカン金属的な音がする。(右の写真)

古くは槍の穂先や鏃として使われた。

    

高松港からは次々に連絡船が出入りしていた。この四国フェリーは宇野港に向かうのだろうか。

また、港にはこのような立派な歩廊が作られ、ここからの眺めも最高だ。

追記

 つい先日の16号台風の時には、この周辺も高潮の被害を受けたそうです。港という設備上の制約から

高潮や津波に対する防備は難しいのかも知れませんが一考を要するようです。超近代的な町づくりも

とんだところに落とし穴があったようです。 被災者の方々には心からお見舞い申し上げます。

                                                2004年9月13日掲載

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