一路ケニアに(11月12日〜13日)

 昨日はセイシェルのヴィクトリアにて水先案内人のKさんとSさんが下船した。別れはいつも

寂しいものだ。しかし、Kさんは男性だからともかくとして、女性のSさんがあっけんからんとし

て手を振っているのには驚いた。この日も紙テープが風に舞っていた。

 セイシェルを出発して一路ケニアに向かっていた。セイシェルからケニアのモンバサ港までは

ほぼ真っ直ぐな航路であった。従って、毎日観察している南十字座もほぼ同じ位置に見えてい

た。早朝のデッキは一目南十字座を見ようと言う人でいっぱいだった。観察指導をしている

スバルさんはひっぱりだこだった。

 昨日の朝もそして今朝も空は良く晴れていた。従って、まさに満天の星空だった。天の川が

大きく北から南に流れ、その中にオリオン座があり、天の川の端の方に南十字座などが観察

された。今回の観察で初めてオリオン星雲なるものを教えて貰い、大マゼラン星雲なるものを

知ることが出来た。

 11月12日、船内では早速、次の寄港地であるケニアのツアー説明会が開かれた。毎回、

寄港地毎にツアー説明会が開かれていて、今回は行き先が異なる団体を大きく三つに分けて

行われた。私たちはマサイマラ自然保護区でサファリに参加するグループだった。本格的な

サファリツアーだった。この中にはオプショナルツアーとしてナイトサファリやマサイ族との交流

なども含まれていた。大変楽しみなツアーだった。

 家内が水パとして参加している活弁シネマのワークショップの発表会が昨晩開かれた。4班

に分かれて、それぞれが異なる無声映画に取り組んだ。戦前の人気漫画「のらくろ伍長」や

世界初のSF映画だと言われている「月世界旅行」、そして戦前の戦意高揚のために作られた

「空の桃太郎」、そして家内達が取り組んだ小津安二郎監督作品の「大学は出たけれど」という

4本だった。5回のワークショップで仕上げた作品にしてはなかなかの出来であった。上映の

前には家内が作品紹介と取り組んだ仲間の紹介を行った。

    

そして、最後はファイナルイベントとして佐々木さんのパートナーによる発表があった。

開演に先だって挨拶をする佐々木さん。(写真左)

家内達のチームは「大学は出たけれど」という小津安二郎監督の作品に挑戦し、会場から多くの拍手を受けていた。(写真右)

    

そして、出演者全員が佐々木さんを囲んで記念撮影を行った。(写真左)

すっかり仲の良い友達同士になった家内と佐々木さん。(写真右)

船内の食事と飲食

 船内では食事をする場所が二カ所あった。一カ所はトパーズダイニングルームという大きな

食堂、もう一つは軽食が中心のヨットクラブであった。トパーズダイニングルームの朝食は

ビュフェ方式で昼食と夕食はコース料理になっていた。

 ヨットクラブも朝食はビュフェ方式で昼食はどんぶりものが中心だった。何人かのシェフが

それぞれを担当しているようであった。トパーズダイニングルームには大勢のウエイトレスや

ウエイターが待機していた。

 彼らの国籍も様々であった。中にはブルガリアから来ているという愛らしいスラベナ、クレメナ

姉妹も働いている。感じがよく似ているので見間違う事もあるくらいだ。

 ヨットクラブは夜になると「波へい」という居酒屋に変わる。ここでは日本酒や焼酎などが飲め

るほか、サンマの塩焼きやおにぎり、うどん、ラーメンなどもある。日本食が恋しくなったらここへ

来れば良かった。

 むろん、トパーズダイニングルームでもl定期的に和食メニューが組まれている。また、朝は

お粥や焼き魚、みそ汁、納豆などが置いてあった。

 ヨットクラブの朝食で評判なのはクロワッサンであった。クロワッサン以外のパンも総じておい

しいが、みんなに人気のあるのがクロワッサンなのであった。

 トパーズダイニングルームでの飲み物(ワインやビール)は自己負担である。白いボーディング

カードなるものを出すと飲み物と領収書が付いてくる。これを後日精算するというシステムに

なっていた。これらは個々人の銀行口座から引き落とされる仕組みになっていた。

 その他、ヨットハウスやヘミングウエイバーやスポーツバーなどの飲食費の精算も同じ方式で

行われていた。また、船内の免税店もボーディングカードを使うようになっていた。

 一方、波へいや売店やオプショナルツアーの追加料金などの精算はジャパングレースが発行

しているIDカードを使うようになっていた。

 つまりボーディングカードは船側が発行したものであり、IDカードは旅行代理店のジャパン

グレースが発行したものであった。

 ボーディングカードは船の出入りの確認にも使われていた。いわば船内での身分証明証でも

あり現金代わりのカードでもあった。ボーディングカードをカードリーダーに通すとパソコンの

画面に顔写真が現れ本人かどうか確認できるようになっていた。

老朽船トパーズ号

 先にも書いたようにトパーズ号は人間の年齢に例えれば100歳になろうかという老朽船で

あった。船の傷みは隠せななかった。船内いたるところの鉄板が錆び錆を落とした部分は大き

なくぼみになっていた。厚い錆を丁寧に落とし塗装が行われていた。

 先日の寄港地セイシェルでは船の外壁も錆止め塗装が行われ、出港近くなって仕上げの白

いペンキが塗られていた。

 また、上甲板の板も老朽化していた。隙間には樹脂が詰められ毎日のように補修が行われ

ていた。恐らく他の客船では考えられない事ではないだろうか。また、トイレの排水が良くない。

従って、トイレットペーパーが詰まりやすいのでたくさん使わないようにと言う注意を受けていた。

また、詰まった水がトイレの床にあふれていたという事も少なくなかった。

 先日、大雨が降った日にはTクラブという部屋の前の通路の天井から雨漏りがしていた。

従って、客船と言うにはあまりにも老朽化した船で、人によってはこんな船だったのかとがっかり

している人がいるかも知れない。しかし、慣れてくればそんな事も気にならなくなり親しみがわい

て来るから不思議なものであった。

 ブロードウエーショーラウンジは船尾にあった。この部屋にはスクリューやエンジンの振動が

直接伝わってくるようでいつもガタガタ揺れていた。こんな振動があると言うことは動力設備にも

相当老朽化が進んでいるのではないだろうか。ともあれ、老朽船トパーズ号は今日も大海原を

走り続けているに違いない。

    

トパーズ号は老朽船である。同じ頃、建造された二隻の姉妹船は既に解体されている。残っているのはこの一隻だけである。

従って、エンジンだけでなく船体も相当老朽化が進んでいて港に入ると常にこのような塗装を行っている。

左は塗装前、右は塗装後

                                        2005年3月15日掲載         

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