思いでの尾瀬の旅

 倉敷から尾瀬までは大変遠く、東京から更に電車を乗り継いで行かなければなりませんでした。以前から家内の

強い希望もあって、私達三人(私達夫婦と友人)は、思い切って尾瀬に行くことにしました。

 東京で一泊しました。場末の薄暗いビジネスホテルでした。東京の大学に通っている息子が訪ねて来てくれました。

久々に息子と会って、その次の朝早く東京を発ちました。

 鳩待峠にはバスが入れないと言うことで、四国から来たというご夫婦と相乗りしタクシーを利用することにしました。

おかげで予定よりは、かなり早く鳩待峠に到着できました。ここの休憩所では、これから出発しようという人達が大勢

集まっていました。私達も持ち物をもう一回チェックし出発しました。道の主要なところはほとんど木道となっており、

森の中を歩くなだらかな坂道でした。

 ずっと昔から、歌で想像するだけの尾瀬でしたが、まさか自分たちもここまで来ようとは思ってもみないことでした。

♪♪夏がくーれば思い出す・・・の歌い出しで始まる尾瀬は、私自身にとっても遠い昔から長いあこがれの場所でした。

歩いてみますと、想像していた尾瀬と現実の尾瀬とは随分異なっていました。それは季節の違いによるもののようで

した。私達が訪れたのは早春でした。従って、雪があちらこちらに残っていました。歌に歌われているのは夏の尾瀬

です。春には春の、夏には夏の、秋には秋の良さがあるのではないでしょうか。

(機会があれば、それぞれの季節の尾瀬を味わってみたいものです)

 今回の尾瀬は、やっと山開きが終わったばかりの春まだ浅い尾瀬でした。比較的、雪の少ない年だったとは言え、

道の両脇には雪がたくさん残っており、至仏山も、ひうち岳も山肌一面、雪に覆われ日の光の中で白く輝いていました。

尾瀬の湿地帯は、ただただ広くとにかく広いというのが私の第一印象でした。想像していたスケールを遥かに超える

広さでした。深い山々に四方を山に囲まれたこんな場所に、こんな広い空間があろうとは想像もしていませんでした。

初めてこの地を発見した人はさぞかし驚いたのではないでしょうか。

 この景色は今まで見てきた、どんな景色ともまったく異なるものでした。四方の山が水をせき止め広大な湿地帯を

作っているのです。湿地帯は、湿地帯特有の植物を育み育てています。その代表は水芭蕉であり、日光きすげ等の

群落でしょうか。一面に広がる白い水芭蕉は実にすばらしいの一言に尽きます。辺り一面は冬枯れのままで、その

枯れ草の中に、開いたばかりの真っ白い水芭蕉が群れ咲く様は、やはり尾瀬ならのものではないでしょうか。足下に

あるキンポウゲ科のリュウキンカの黄色も大変きれいです。色の少ない早春の尾瀬にあって春の喜びを告げるものの

ようです。あちこちの雪解け水が鮮烈な流れとなって流れ下っています。遠くには、やっと芽吹きが始まった白樺林が、

ぼんやりと薄紅をさしたように見えています。まさに一幅の絵を見るような幻想的な景色です。

 日差しの明るい尾瀬もいいし、雨の降る尾瀬も又良いものです。今回は両方の尾瀬を体験することが出来ました。

第一日目は山を下り、本格的な尾瀬に入ってから小さな雨が降り始めました。途中、合羽を出して傘をさしてという

不自由な格好になってしまいました。やはり山の天気は変わり易いのです。雨が降り始めると急に気温も下がり寒く

なりました。第二日目の天気は急速に回復しましたが雪道歩行でした。雪道に足を取られながら杖を頼りに山道を

歩き続けなければなりませんでした。雪道歩行は時に停滞し長い列が出来ました。こんなこともあろうかと予測して

買った杖が雪道歩行では随分役にたちました。山歩きの、ましてや雪道歩行の経験がなかった私達には、雪道が

どんなものか、どんな装備でなければいけないのか全く分かりませんでした。そんな訳で、初めから杖など持って

来なかったのです。山小屋で記念にと思い買った杖が、こんなに役に立つとは思いもよらないことでした。

 広大な尾瀬の自然を守ることは大変なことだと思います。ボランティアや環境庁の職員に遊歩道ですれ違うことが

あります。皆さん一日に何度か行き来しながら監視の目を光らせているようです。整備された木道も山道になると、

とぎれとぎれとなってしまいます。補修が行き届かないのではないでしょうか。壊れたままの所もたくさんあります。

私達が訪れた時も夏山シーズンを前に大がかりな補修工事が始まっていました。しかし、限られた予算の中では

補修も追いつかないのかも知れません。少しでもみんなでお金を出し合って、この美しい自然を守るために何とか

したいものです。

 疲れて冷え切った体を温めながら山小屋の布団の中で激しい雨音を聞いていました。この雨で明日の行程を思うと、

まどろみからふと現実に戻ってしまいます。果たして明日は、この激しい雨の中を歩けるのだろうか。そんな心配も

一夜夜明けると嘘のようにおさまっていました。気まぐれな山の天気は、すっかり回復し見る見るうちに、立ちこめて

いた霧が晴れ、雲が切れ、薄日さえも差し始めました。帰り道の沼山峠では山小屋で作ってくれた弁当で遅い昼食

を取りました。私達の歩いてきた後方には遠く小さくなったひうち岳が見えています。そして沼山峠を越えると尾瀬は

見えなくなってしまいます。

 思い出せば山小屋の一夜も懐かしい思い出です。飾り気のない大きなステンレスの風呂は冷え切った身体を優しく

暖めてくれました。最初の日、途中で食べたおそばもおでんも温かくておいしかった。二日目の昼食のおにぎりは

空腹をいやしてくれるのに十分すぎるほど大きかった。陰で支えてくれる多くの人お陰で、こんな素晴らしい体験を

させて貰いました。感謝、感謝の尾瀬紀行でした。

 この時のこの旅は今も得難い思い出となって、私の心に残っています。尾瀬よ至仏山よ、又、会える日が来るまで、

さようなら。

                                                2002年12月14日掲載

あの町この町のページへ戻る

ホームへ戻る