雨の鳴門紀行

 四国の東の端、ここに鳴門海峡大橋が架かり淡路島は陸続きになりました。そして淡路島から更に本土を目指して

明石海峡大橋が架かり、文字通り関西と四国を結ぶ主要な交通路が完成しました。東に尾道今治ルート、真ん中に

倉敷坂出ルートと四国と本土を結ぶルートは三本となりました。

 今回は瀬戸大橋を渡り坂出に着き、国道11号線と一部高速道路を走り継ぎ目的地を目指しました。そして帰りには

国道11号線から高速道路に入り淡路島を縦断し、途中下車はしたものの山陽自動車道を通って倉敷に帰りました。

今回の旅行では、瀬戸内海を渡る二本のルートを通って四国と本州を一周した事になります。

 徳島県といえば阿波踊りと鳴門海峡が有名です。特に橋が架かるまでは四国から淡路島に渡るには船が主たる

交通機関でした。鳴門海峡は昔から潮の流れが早く通行の難所でした。地図で見れば良く分かる事ですが、淡路島が

瀬戸内海への出入り口を大きく遮っているからです。内海に海水が流入するときにも、又、出ていくときにも狭い海峡を

抜けなければなりません。狭い流路を大量の海水が出入りするときには激しい潮流となります。これが有名な鳴門の

渦潮です。

 渦潮の話は後ほどすることにして、今回の旅行の目的について書いておきます。今回は年寄り二人を同行しました。

私の母と家内の母です。家内の母については喜寿の祝いを兼ねていました。

 目的地は鳴門海峡の近くに建っているエクシブ鳴門でした。リゾートトラストが経営する大きなホテルです。敷地内には

ゴルフ場や風呂付きのエステティックサロンや宿泊施設があります。

 国道11号線を走っていると山の上に、まるでお城のような建物が見えます。海の方ばかり眺めていた私達は危うく

見落とすところでした。国道からホテルに続く道の入り口には立派な門があります。門をくぐって急な坂道を登っていくと、

やがてホテルや付属の施設が見えてきます。建物の入口に車を着けると、ボーイさんが出てきて丁寧に説明をしてくれます。

 駐車場はゴルフ場のクラブハウス兼宿泊施設となっている建物の前になっていました。ここに置いて専用のマイクロバスで

ホテルに戻るようになっています。ホテルの入り口は大きな木の扉で、これだけでも圧倒されるような気がします。ホテル内

の一階には大きなロビーやラウンジがあります。

   

豪華な作りの部屋である、窓からは広々としたゴルフ場などが見渡せる

 私達は荷物を預けておいて周辺の観光に出かけました。目指したのは一番札所と二番札所です。行きがけは国道11号線

を通って行きました。このルートは大変な回り道でした。一番札所は霊山寺(りょうぜんじ)、さすがに一番札所とあって

お遍路さんの旅装束などを売っていました。境内は団体や個人の参拝者で賑わっていました。門をくぐって中にはいると

出店もあり、この地方の農産物などを売っていました。

      

霊山寺の山門と多宝塔、境内には絶やしたことのないという原爆の火もある

 二番札所は極楽寺です。霊山寺から車ですとほんのわずかな距離のところにありました。ここは参拝者も少なく閑散と

していました。背後は深い山となっており広い境内には枯山水の庭もあり、手入れが行き届いていました。落ち着いた

静かなお寺でした。ホテル方面から札所への道は山越えの道があります。行くときは長い回り道でしたが、帰り道は短く、

あっという間にホテルへ帰り着きました。

   

左は極楽寺境内の弘法大師お手植えと言われる長命杉、右は本堂にある地獄、極楽絵図

 帰って早速風呂に行きましたが、浴場は他の建物なので浴衣を着てのんびりと言うわけにはいかず、マイクロバスに乗って

行きました。幸い夕食は宿泊と同じ建物の中でした。夕食後、一階のラウンジでショーを見ながらカクテルを味わいました。

当日はサービスデーでしたので飲み物は全て半額になっていました。ジャズピアニストの巧みな演奏に乗せて美人歌手が

歌っていました。空席が多くもったいないような気がしました。先日行った同僚に聞いた話ですとその時ももっと少なかった

ようです。

 エクシブは料理を売りにしているようです。初島の時もそうでしたが、今回も趣向を凝らした料理でした。ホテル内には

小さいながらもショッピングが出来るようになっています。洋服や鞄や装身具などが置いてあります。また、おつまみや

おみやげ等も置いてあります。

 明くる日は朝から雨でした。渦潮は以前から一度見てみたいと思っていましたが、なかなか機会がありませんでした。

鳴門海峡大橋には渦の道があると聞いていましたので行ってみました。日曜日と言うこともあって大勢の観光客で賑わって

いました。

 入り口近くの駐車場が満車との事で下の駐車場から歩きました。駐車場から歩いてすぐのところだろうと思っていたのが

間違いでした。年寄り二人の足には遠すぎる距離でした。そして入り口から渦潮が見えるところまでも、かなりな距離が

あります。

 おふくろは我慢して歩いていたようですが、家内が車椅子を借りてきたら喜んで乗りました。相当疲れていたのでは

ないかと思います。入り口には車椅子が置いてあったようです。渦潮を見る場所までの距離が書いてあれば初めから

車椅子にしたのですが、足腰の弱いお年寄りに対しては少し配慮が欠けているようです。この日は大潮でもなく、時間帯も

悪くあいにく渦潮を見ることは出来ませんでした。何だか騙されたような感じがしました。見える季節や時間の表示が

あっても良いのではないかと思いました。この日は周辺の景色も雨に煙って見通しが悪く、雨の吹き込む寒い通路を

もくもくと歩いただけでした。

   

鳴門海峡大橋の橋脚部に通路が造られている、先端部の休憩所にて

 早々にここを後にして娘達が住んでいる神戸を目指しました。渦の道で予想外の時間を食ってしまい、予定時間を

大幅にオーバーしていました。淡路島はただ走り抜けるだけの島となりました。それにしてもこのスピードで飛ばしても

明石海峡大橋まではかなり時間がかかりました。やっと橋を渡り終えインターチェンジで次の高速道路に入ったのですが、

どこでどう間違ったか、目的の高速道路ではなく何度も同じところを行ったり来たりする羽目になってしまいました。

 カーナビが古いバージョンであったために役に立たなかったのです。結局あきらめて一般道に降り、娘達に迎えに来て

貰いました。お昼前に着く予定が午後3時を回っていました。雨中の走行であり、その上慣れない都会での高速道路の

走行だったので、本当に疲れてしまいました。

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