岡山駅にて

 家内の従兄弟が結婚するというので、9月22日(土)の朝早く長崎に向かいました。新幹線は座席指定を買っていません

でしたので座れるかどうか気がかりでした。その上、レールスターは自由席が少ないのです。禁煙席のある一両目に座る

べく岡山駅新幹線ホームに並びました。さすがに、お客さんは少ないようです。しかし、大阪発なので空き席があるかどうか

分かりません。レールスターが入ってくる前に、登り線に500系のぞみが入ってきました。ロングノーズの丸形ボディの特徴

あるスタイルが洗練されています。いかにも高速列車というイメージです。

 500系のぞみと入れ違いに、私達が乗るレールスターが入って来ました。レールスターの方も洗練されたスタイルです。

私達が子供の頃、SFの世界であったものが現実の姿となっています。前後の席の間が広くゆったりしています。車両が

少ないので既に満席状態でしたが、何とか3人分の席は確保出来ました。

山陽新幹線ひた走る

 今回は家内と娘、そして私の3人の旅行でした。素晴らしい秋晴れの景色が車窓に広がっています。豊かな実りの秋を

予感させる田園風景です。稲田のほとりを縁取るかのような彼岸花の赤色が目に眩しく映ります。残念ながら山陽新幹線は

車外の景色を楽しむにはトンネルが多すぎます。いくつものトンネルをくぐり博多までは、あっと言う間の旅でした。

白いかもめと佐賀平野

 博多ではゆっくりする暇もなく長崎本線に乗り換えました。ここからは座席指定でした。乗り換えた列車は新型特急

「白いカモメ」でした。JR九州自慢の列車です。白い洗練されたデザインの外観と相まって、車内も木製の床、黒い

レザー張りの座席と、今までのJR在来線にはなかった私鉄感覚のしゃれた車内でした。

 窓には広々とした佐賀平野が広がります。ここも又実りの秋近しと言う感じで、稲穂が重く頭を垂れていました。

やはり減反政策なのでしょうか、田圃の間には大豆畑が点在します。総面積にすれば相当な広さになるのではない

でしょうか。この地方は日本でも有数の農業県であり、かつ、米どころです。少なくとも何年か以前までは見られ

なかった景色ではないかと思います。これだけの広大な田圃を遊ばせておくのは実にもったいない気がします。

 やがて有明海が見え始めます。この海の濁りは何でしょうか。大雨の後の泥水を流したような色をしています。

海が荒れているせいでしょうか。しかし、そうではなさそうです。とにかく普通ではありません。びっくりするような

濁り方です。海水浴場とありますが、これでも泳げるのでしょうか。シーズンには綺麗な海に戻るのでしょうか。

 線路はずっと海岸線を走っています。典型的な干拓農地です。綺麗に区画整理された大きな田圃が海岸線に

沿って延々と続きます。

 私達は10時過ぎに長崎へ着きました。この町は平野部が少ないせいか町全体が坂道の連続です。式場までは

タクシーに乗に乗りました。駅からは比較的近いようです。式場の建物からは眼下に港が見えます。

長崎にて

ホテルの窓から見た景色

 式は滞りなく終わり、私達夫婦は娘と分かれ予約していたホテルに向かいました。ホテルは市内にあるホリデーインです。

外国人の旅行者が多いようです。繁華街のど真ん中にありました。すぐ隣はパチンコ屋という喧噪さです。歩いて10分くらい

のところに川が流れています。有名な眼鏡橋の懸かって川です。太鼓型をした大小の橋が幾つも懸かっています。ここは

先年大水が出て橋が崩壊しました。今では元通りに修復され昔の姿を取り戻しています。ところどころ下に降りてゆける

ようになっています。この川が氾濫したなどとは、とても信じられないような緩やかな細い流れです。

   

有名な眼鏡橋と中華街の入口

 秋の夕暮れは早く、はや周辺は薄暗くなり始めました。少し足を伸ばして寺町通りの方に行ってみました。この頃には、

すっかり暗くなってしまい、ゆっくり見て回ることなどは出来なくなりました。

 出来たら明日の朝早く来てみようと言うことにして、一旦ホテルへ帰りました。持っていたおみやげをホテルに置いて

夕食に出かけました。長崎チャンポンが食べたくて中華街へ出かけました。特徴ある門をくぐると中華街です。大小の

中華料理店が軒を連ねています。目的であった店が満員で、やむなく近くの別の店にしました。ここもほぼ満席の

状態です。結婚式の後でもあり、あまり食欲がありませんでしたので、チャンポンだけにしました。味はまあまあと

言ったところでしょうか。

ハウステンボスへ

 明くる日は朝寝坊をしてしまい、結局、早朝の長崎市内散策は中止になりました。市内のバス停までタクシーで行き、

ハウステンボス行きの高速バスに乗りました。高速道路を通って一時間余の時間がかかります。バスは市内を抜けると

坂道を登り高原を走る高速道路に入ります。やがて窓の外には大村湾の美しい景色が広がり始めます。大村湾を回り

込むようにして、やがて高速道路を出るとハウステンボスが見え始めます。

大村湾がやがて見え始める(高速道路にて)

入国しハウステンボスの市民となる

 私達は入口近くにある案内所に入りました。今回は園内のホテルヨーロッパへの宿泊を予約していましたので、宿泊と

園内のパスポートとはセットになっていました。預けた手荷物は直接ホテルに届けてくれるシステムになっていました。

 手荷物を預け身軽になったところで園内に入りました。時間が早いせいか団体が少ないと見えて、どこのパビリオンも

並ぶことなく、次から次へと入ることが出来ました。昼前頃には、さすがに賑わい始めましたが、この規模にして、この

客数は少ないようにも思えます。

   

運河と風車、そして有名な絵画をモチーフに花で作った絵画展

 しかし、何ともすごいものを作ったものです。大村湾の一角に新しい街が出来ています。街の中の建物はすべて西洋建築を

まねて造られています。それらはこうしたにテーマパークに良くあるような張りぼてのにわか作りのものではなく、煉瓦などを

使用した本格的な建築です。オランダをテーマにした園内には運河が造られ、バスやタクシーと言った乗り物の他に主要な

交通機関として船が行き交っています。運河は大村湾と繋がっており、海の魚が泳ぎ、海草がはえ、石垣には牡蠣等も

付いています。

   

運河を囲むようにして立ち並ぶホテル、右は運河のほとりに建ち並んでいるコテージ

 園内にホテルが三つ、その他、別荘風のコテージが105戸とすごい数の宿泊施設があります。そして、園外とは言っても

入り口のすぐ側に、ホテル日航、全日空ホテルと、これもまた大きなホテルが建っています。

 園内には多くのパビリオンがありますが、その規模も内容もディズニーランドには遠く及ばないようです。ディズニーランド

の派手さや喧噪さは、ここにはありません。ただ、日本には珍しい形の建物群と緑と水の組み合わせの美しさがあります。

従って、ディズニーランドのような楽しさや華やかさを期待していくと、いささかがっかりさせられてしまうかも知れません。

これは歴史と伝統のあるヨーロッパスタイルと、派手好きなアメリカンスタイルの違いによるものでしょうか。

ショーを楽しむ

 昼間は園内のところどころでショーが行われています。すべて海外から来た人達によるショーです。中央の広場では花と

食に捧げる感謝祭と称して、ハーベストフェスタが開かれていました。ハウステンボスを一つの町に見立てており、市長夫妻

が主催する感謝祭でした。歌と踊りを中心とする様々なショーが華やかに繰り広げられていました。

 食を中心とするアレキサンダー広場では舞台上で華やかなフラメンコショーが演じられていました。スパニッシュギターの

時には激しく、時には哀愁を帯びて奏でられる音に合わせて、あでやかで妖艶な身のこなし、激しいステップと、本場の踊りを

見たことのないものにとっては、一見の価値あるショーでした。

   

園内でのフラメンコショーと収穫祭の一場面

 その他、ホテルヨーロッパ横の船着き場では、お昼に音楽を楽しみながら食事をすることが出来るようにもなっていました。

このように一日中、どこかのエリアで何らかのイベントやショーが行われているようです。

 夜はレーザー光線と花火、それに音楽の組み合わせによるイベントがあります。夕食が終わりホテルヨーロッパ近くの

海岸にみんなが集まり始めると、やがてサウンドギャラクシーとドリームインザスカイが始まります。ディズニーランドのような

派手な演出ではありませんが、これはこれで十分楽しめます。

   

女性歌手の官能的なショーと夜の園内(運河にかかる橋の照明)

 そして、これらが終わると、宿泊客向けのエンターテイメントショーが始まり大人の時間となります。 私達はホテル

アムステルダムにあるムーンシャワーナイトショーに行ってみました。すでに満席に近い状態でしたが、幸いにも席が取れ、

ゆっくりとショーを楽しむことが出来ました。ヴァイオリンを中心とした四人編成のミュージシャンが、なじみのある音楽を

聞かせる第一部、そして第二部は女性歌手が恋する女を歌で演じたショーでした。大人のムードがむんむんと漂うような

官能的な演出でした。

早朝のサイクリング

 私達は第一日目に主だったパビリオンはほとんど見終わっていました。従って、二日目の朝、先日の夕方借りておいた

自転車で早朝の園内をゆっくりと見て回りました。海からは今まさに朝日が昇り始めるところでした。目の前には、昼間

乗った帆船の観光丸が停泊しています。何かしら異国の朝を体験しているような錯覚を覚えました。

   

早朝の港と朝焼け

 園内の一番奥にあるパレスハウステンボスまで足を延ばしてみました。建物の前は広々とした庭になっており、澄んだ

朝の空気の中で芝生の緑が色鮮やかでした。早朝でもあり園内にはほとんど人影もなく大変静かでした。日中の人の多い

時間帯しか経験したことのないものにとって、人のいないテーマパークの朝は何だか奇妙な感じでした。

親切だったホテルの係員

 こうして早朝の園内を心ゆくまで楽しんで、一旦ホテルに引き返しました。シャワーを浴びてさっぱりし、荷物をまとめて

おいて朝食に出かけました。朝食の場所はバイキング方式と一般的な朝食とに分かれていました。どうやら団体客は

バイキング料理らしく、私達のような個人の宿泊客は定食のようでした。朝食の前にシャンパンが出たのには驚きました。

気の利いたもてなしです。

   

宿泊したホテルと園内で一番高い建物

 精算を済ませるためにカウンター前に並んでいると、昨日、色々お世話になったホテルの案内係の女性がおられました。

多くの客の応対にも関わらず私達の顔を覚えていてくれたようで、声をかけてくれました。私達も昨日のお礼を言うと、

早速、手に持っていた荷物を引き取ってくれ、園の出口まで責任を持って届けておくと言ってくれました。重い荷物を

どうしようかと考えていた時だけに、思わぬ心配りに感謝です。さすがは大きなホテルだけあって、すべてが洗練されて

いるなと感心しました。

特別展「ジャポニムス展」を見る

   

ジャポニムス展が開かれていた園内一番奥の宮殿とその庭園

 パレスハウステンボスではジャポニムス展が開催されていました。19世紀末にヨーロッパに出ていった日本の美術品、

特に浮世絵等には、それまでの西洋にはない洗練された特異なものとして驚きの目を持って迎えられたようです。その

影響を強く受けたのがゴッホ等に代表される絵だと言われており、ジャポニスムとしてアールヌーヴォー等、新しい美術

創造の源泉になったとも言われています。館内には浮世絵と浮世絵の感化を強く受けたと言われている絵画がたくさん

展示されていました。

 その他、展示と言えば、オランダとの交流の歴史を展示したオランダ民族博物館や、シーボルト出島蘭館などもあり、

有田焼を中心とする焼き物やガラス工芸品などを展示した常設館もあります。こうして約二日間、ほとんどの園内施設は

見終わったようです。乗り物にもタクシーを除いて全て乗ってみました。

   

園内の乗り物(運河を行き来する船とバス)

何か足りないハウステンボス

 何とも素晴らしい園内ですが、何か1つ足らないようなものがあるような気がしてならないのです。多くのパビリオンが

映像を中心とするものであること。一言で言うと、作りがちゃちであると言うこと。二度と同じところに入ってみたいと思う

ようなものがないのです。ディズニーランドのように人が演じるショーが圧倒的に少ないのも物足りない原因の一つかも

知れません。ディズニーランドは遊具も多いですが、歌あり踊りありで大人でも子供でも、あるいは老若男女を問わず

楽しめます。

   

園内は四季折々の花がいっぱい、運河を走る船の中から

 しかし、ハウステンボスの場合、運河や周辺を取り囲む海は素晴らしいのですが、緑が少し足りないような気がします。

全てのパビリオンが今ひとつと言った感じなのです。オランダ風の風車が回る周辺の景色は、お花畑があって、それは

それで絵になるのですが、園内の木々はまだ小さく成長も良くないようです。手入れも少し足りないような気がします。

森の中に建物があると言った感じの演出があっても良いのではないでしょうか。その方が古い歴史と伝統の町を形作る

には、重厚な感じが演出出来て良いような気がするのです。人それぞれに感じ方も異なるので一概には言えない事ですが。

賑わいを取り戻すための提言

   

一番高い建物から眺めた景色(園の周辺には分譲住宅も建っている)

 そして、せっかくこんなきれいな海が目の前にあるのですから、この海をもっと活用した何かがあっても良いのではない

でしょうか。ハウステンボスの目指しているものが、一度だけのお客さんでないとしたら、何度でも行ってみたいというような

テーマパークに転換を図らなければならないのではないでしょうか。例えば、今は園内で販売されているものの大半は

外から持ち込まれたものです。園内で自給は出来ないのでしょうか。ミニ牧場を作り、本当に牛や山羊を飼うことは出来ない

のでしょうか。果樹を栽培して園内で販売は出来ないのでしょうか。あるいは地元の農家と連携して体験型のリゾートは

作れないのでしょうか。海に養殖魚を放ってゆっくりと釣りを楽しむことは出来ないのでしょうか。

 すぐ隣には大きな分譲住宅地が開発されています。海や運河に面したところには船を横付けに出来るような桟橋も付いて

います。しゃれた建物群です。また、この園の電気や水を供給できる施設も併設されていると聞きます。ここが近隣の街から

離れており一個の独立した生活圏となっているようです。それであればもっと独立した街づくりらしい構想があっても良い

のではないでしょうか。レジャーと長期滞在型のリゾート、そんな事がここの目的であるとしたらもっと工夫が必要である

ように思われます。

長く愛されることを祈りつつ

 ここ数年、次第に客足が少なくなっていると聞きます。もちろん日本人には長期に滞在して余暇を楽しむという習慣がない

ので、こういったスタイルの施設は育ちにくいのかも知れません。しかし、何かを変えなければ客足は遠のくばかりです。

私達が宿泊したホテルには韓国や中国、台湾と言ったところからと思われるお客さんもかなりいたようです。世界的な

不況と言われています。海外からのお客さんを誘致するのも大変な事ではないでしょうか。

 周辺の観光地が少なく、それぞれが離れているのも不利な条件です。そして何よりも東京のような人口の集中するような

ところではないのも大きな不利な条件です。これからのハウステンボスが今以上を目指すか、現状維持をどうするのか、

その道は非常に厳しいように思います。

さようならハウステンボス

 私達夫婦は入出国ゲートで荷物を受け取りここを後にしました。ここからは駅まで一本道です。長い陸橋を渡りきると、

おもちゃのような駅舎が建っています。ここからハウステンボス号に乗って博多まで帰ります。早岐という駅で車両を

増やします。ここから特急となります。友達の家に遊びに行っていた娘も乗ってきました。あまりにも遠い長崎、そして

ハウステンボス、滅多にここまで来ることはないと思います。

                                                2001年9月22日〜24日の記録

                                                2002年2月14日掲載

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