平成の金比羅宮大遷座祭

 いま、金比羅大権現では平成の大遷座祭斎行記念として奥書院が特別公開されている。あわせて表書院、

高橋由一館、宝物館、金比羅信仰資料収蔵庫、学芸参考館等が見学コースになっている。会期は12月12日

までである。これらすべての会場共通券が2000円だった。すべての展示会場を回る自信も時間もないように

は思えたのだが、とにかく2000円券を買ってみた。

 私達は10月12日、午前9時39分上の町発の琴平行きに乗ろうと思い家を出た。ところが乗車券自動販売

機の下には9月12日までは、先の台風のために琴平行きは運行中止になっていた。仕方がないので坂出まで

行き、そこから琴平に向かうことにした。この日は前日までの連休明けだったので、琴平の町は人通りもなく

静かだった。昼食を食べに入ったうどん屋さんの話だと、平日はいつもこんなものですよとの事だった。天下に

聞こえた金比羅さんの門前町でありながら、こんなに閑散としていることに驚いた。そのうえ大遷座祭がある

ので、もっと大勢の観光客が来ているのではないかと思っていただけに少し拍子抜けの感じでもあった。反面、

展示会場巡りにはもってこいの状態だった。(その前の日は花魁道中があって大変な賑わいだったようだ)

 今回の金比羅参拝のもう一つの目的は家内も私もデジタルカメラの使用練習であった。長い海外旅行に

向けてデジカメは必需品だった。私自身はニコンのデジカメには精通していたので家内に渡し、私は最近買った

ばかりのキャノン一眼レフデジカメの使用練習が目的だった。そんなわけで琴平駅を出ると早速、町の中の

景色をあれこれと撮影にかかった。この町は写真の題材に事欠かない。古い建物や町並み、おみやげ品の

店先など撮影対象になるものはいくらでもあった。

 こうして写真を撮りながら長い石段を登った。何度も写真を撮りながら立ち止まったせいか、石段の二段

とばしで本宮に着いても、ほとんど息切れはしていなかった。先を歩いている人をどんどん追い越しながら

登っていった。多くの人が何度も立ち止まって肩で大きな息をしていた。私達二人はそれなりに日頃から鍛錬

をしているからだろうか。

 境内には大きな木造建築がたくさんある。中でも本宮前の旭社は壮大な木造建築物だ。その大屋根を覆って

いる銅板がめくれていた。先の台風による被害のようであった。そう言えば帰りがけに歩いた森の中でも幾本

かの木が倒れたり枝が折れていた。 

本宮は平成の修理が終わり、同じ敷地内には新しい社務所も出来てすっかりきれいになっていた。また、

日頃は閉まっている窓も開放され、神楽殿にはめったに見ることの出来ない色鮮やかな装飾の太鼓が置か

れていた。

 私達は本宮でこれからの航海安全と健康、留守宅の安全を祈願してここを後にした。テレビドラマのロケ

風景を少し見て最初の展示会場である表書院と奥書院に行った。ここには一般公開は125年ぶりだという

ふすま絵などが公開されていた。それは江戸時代の画家、伊藤若沖が描いたという「花丸図」だった。また、

同時代の岩岱が描いたという「群蝶図」や「幼松に鶴の絵」や「柳の木に鷺が舞う図」など、実に見応えのある

素晴らしいふすま絵だった。

 また、表書院では円山応挙が虎の敷き皮から想像で描いたと言われている「水呑の虎」や「八方睨みの虎」

など見事な絵が描かれていた。ただ、絵が傷むのを懸念して照明が暗く今ひとつ色鮮やかさを味わうことが

出来なかったのは残念だった。何はともあれ大勢の人に押されるようなこともなくゆっくりと見学出来たのは

何よりのことだった。

 そして、地元出身の画家、高橋由一館を見学した。彼の作品の中で「鮭」の絵はあまりにも有名だが、その他

にも江戸情緒のまだ残っている東京の景色を描いた作品には、何かしら郷愁を感じたのは私だけだろうか。

カラー写真など思いも寄らぬ時代だっただけに、彼の作品の多くは精密な筆致で描かれ絵の対象をそのまま

キャンバスに写し取るようなきめ細かい絵であった。

 金比羅大権現が祀られている山を象頭山と言う。遠くから眺めると象の頭のように見えるらしい。この山は

信仰の対象であるだけに手つかずの森が残されている。山中には幾本もの巨木が立っている。参道から一歩

脇道へ入ると日中でも薄暗く感じる坂道があった。私達は最後となった会場の一つ学芸参考館へむかった。

長い坂道には紅葉があり紅葉の頃はさぞ美しいであろう景色を想像しながら歩いた。表参道しか知らなかった

私達にとってまさに穴場としか言いようのない道であった。

 学芸参考館の目玉は人魚の剥製だった。誰がいつ何の目的で作ったのかは分からないが、実に良くできた

剥製だった。人魚と言えばあの美しい女性を想像してしまうが、この人魚は実にグロテスクで不気味な顔を

していた。

 ここを更に下ると再び琴平の町に降りてくる。琴平の下町とも言うべき町並みがあった。何年かぶりに町の

中を歩いて鞘橋へ行った。ここも昔の参道の一つで川の上に屋根がある太鼓橋が掛かっていた。通常は

通行禁止になっている。ここでも何枚かの写真を写して琴平駅に向かった。琴平駅からの往復の走行距離

15000歩の旅でした。

                                            2004年10月14日掲載


      

JR琴平駅と駅前通 

     

高灯篭と金倉川(上流)

     

琴電琴平駅と金倉川(下流)

     

金比羅宮の大鳥居と門前町

     

「虎屋」と「虎屋」の屋根に飾られた見事な彫刻(今はうどん屋)

     

参道の周辺に続くみやげもの店と備前焼の唐獅子

     

船大工が建てたという灯明堂と参道の途中で見た琴平の町並み

     

石段の途中から見上げた大門と大門の内側にいる五人百姓(飴を売っている)

     

大門をくぐると石畳の長い参道が続く、楠の大木の下で休んでいる人達

     

壮大な木造建築の「旭社」と本宮の境内にある神楽殿

     

神楽殿に飾られた雅楽の太鼓と金比羅本宮

     

本宮境内から眺めた眼下に広がる景色(讃岐平野)

     

本宮境内から眺めた琴平の町並みと象頭山の原生林

     

本宮境内にある絵馬殿と絵馬殿の中

     

表書院の玄関口と宝物殿の建物

     

車道になっている脇道は鬱蒼とした広葉樹の中を通っている

金倉川に架かっている鞘橋

     

鞘橋を正面から見ると建物に見える

鞘橋の向こうには公園らしきものがある

町を上げての遷座祭、琴平の商店街

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