羽佐島釣り紀行2005

 2005年10月20日

 久々にサヨリを釣りに羽佐島へ行った。昨年は台風やら地球一周の旅などで10月、11月と

いうサヨリ釣りの最適のシーズンを逃してしまった。

 さて、この日は早朝の四時に起床した。そして準備を整え5時少し前に家を出た。途中、コン

ビニでおにぎりを一個、釣具屋で餌としての赤アミを二パック、寄せ餌としての赤アミのブロック

を一個買った。いつも利用している三宅渡船に着いたのは五時を少し廻っていた。事務所内

には誰もいなかった。船は出た後のようであった。どうやら平日なので、お客も少なく船頭一人

で何もかもしているようだ。

 この日は大潮の次の日、中潮だった。しかし、潮位を除外すれば干潮時間、満潮時間は前日

とほとんど変わらなかった。以前、ここの渡船を利用した時は出発時間もラフだったように思っ

ていて、こんな中途半端な時間に来たのだが、やはり出発時間は一時間毎の五時、六時にな

っているようだ。お客が集まりさえすれば適当に出発するように思っていたのは私の思い違い

だった。

 従って、他のお客もなく、このまま一時間近く待たなければならなかった。しかし、急ぐ必要は

なかった。とにかく周辺が明るくならなければ釣りにならなかったからだ。釣り場所は広く、先客

を気にするような場所ではなかった。時間待ちをしている間に周辺の山や島影がくっきり見える

くらい明るくなってきた。もうすぐ朝の六時だった。その頃になって、ここの船主が帰ってきた。

やはり五時発の釣り客を送ってきたようだ。事務所で受付を済ませ、少し釣り情報を聞いた。

 ここから出ている乗り合いの釣り舟の出発は午前六時で事前予約。これからはメバル、カサ

ゴ、タイ等が釣れる。餌は自分持ち。けっこうみんな釣って帰るとのこと。

 アナゴ釣りは渡船で櫃石。シーズンは七、八月で餌はアオムシで良い。

 午前六時に乗船し他に釣り客がいなかったので他の場所には寄らず羽佐島に向かった。海

面に群れているカモメの姿も見え始めた。そして、東の空は一気に明るくなった。いつものよう

に羽佐島の北側にある階段のところに着いた。潮は干潮の底近く堤防の遥か下に海面があ

った。いつものようにサヨリの集まりやすい橋脚の下近くに荷物を降ろした。向かいの与島の

山影から朝日が昇り始めるところだった。空が神々しいほどオレンジ色に輝いていた。黄金の

色を少し赤くしたような、今まで見たこともないほど神々しい光だった。持ってきたデジカメのシ

ャッターを何度も切った。

 こうして朝日がわずかの間に顔を見せると周辺の景色は一気に明るくなった。この日の瀬戸

内海の夜明けだった。雲はほとんどなく、わずかに吹く風が冷たく秋らしい上天気だった。こう

している内にも足元にはたくさんのサヨリが集まってきた。朝食もそこそこに竿を出した。寄せ

餌の赤アミのブロックは海水に漬けたばかりでまだ溶けていなかった。しかし、この調子だと寄

せ餌の必要はなさそうだった。

 竿を下ろすとすぐに一匹釣れた。しかし、どうしたものか二匹目からは餌ばかり取られて、な

かなか釣れなかった。色々工夫してみての結論は餌がどうも大きすぎるようだった。餌が大き

いと針を飲み込むことなく餌をつついて食べてしまうようだ。これでは餌を取られるだけだと思

い餌を半分にしてみた。これだと一気に飲み込んでしまうものもいて先ほどよりは良く釣れた。

食いつきの良いのは赤アミの頭の方だが、少し柔らかすぎて釣り針へ付けにくいのが欠点だ

った。

 いつものことだが、釣れる時にも周期があるようだ。場所によるものなのだろうか、それとも

潮流によるものだろうか。満ちてくる潮は向かい側の与島に向かって左から右へ流れていた

(北から南)。かなり激しい流れだった。サヨリは寄せ餌とは関係なくいつも足元を泳いでいた。

潮の流れさえあれば寄ってくるようだ。

 しかし、正午近くの満潮時間が近づくと潮はほとんど動かなくなり、緩やかな流れに乗って周

期的に海草やゴミ等が流れて来るようになった。この頃から、ほとんどサヨリの姿は見えなくな

ってしまった。再びサヨリが見え始めたのは午後二時近くになってからだった。再び潮の流れ

が激しくなり始めた頃だった。しかし、この頃になると左から右に流れる潮の流れに沿って泳ぐ

だけで足元にとどまっているようなサヨリは一匹もいなくなった。仕方がないので潮が激しく流

れている南の岩場に行ってみたが、ここは流れが早すぎて釣りにならなかった。餌を取られな

かったのでサヨリはいなかったのかも知れなかった。

 こうして、この日の釣りはほぼ午前中で終わった。午後は帰る直前になって数匹釣れただけ

であった。午後三時と言っていたのに迎えの船はかなり早く来た。船を待たせ大急ぎで帰り支

度をした。帰りは本島経由で帰った。本島の山火事の跡はまだ完全には消えていなかった。ど

うやら少しずつ回復しているようだ。この日の釣果は百匹余りだった。しかし、すべてが小振り

で一昨年の時のように秋刀魚を小さくしたようなものは一匹もいなかった。

和佐島と瀬戸内海の景色(10月20日撮影)

    

渡船が港を離れるとすぐに下津井瀬戸大橋(鷲羽山トンネルから櫃石島まで)が見え始める。

少し雲が懸かった早朝の空は茜色に染まり始めた。(写真左)

舟の舳先には島影が見え、空は朝焼けでオレンジ色に染まっていた。(写真右)

    

やがて舟は次の大きな橋、斜張橋が見えるところへ来た。目指す和佐島は近い。(写真左)

この頃から次第に周辺の景色もはっきり見え始めた。(写真右)

    

瀬戸大橋の中でも斜張橋が一番美しいと言われている。瀬戸内海国立公園という日本有数の景観を損なわないように

するために色んな形の橋が架けられた。斜張橋もその一つ。

    

斜張橋の橋脚の一つは海底の岩盤に固定されている。この側を通ったときは干潮だったので橋脚のかなり下の部分まで出ていた。(写真左)

和佐島に着いたとき、向かいの与島の山影から朝日が顔を見せ始めた。夜明けは近い。(写真右)

    

空は金色に朱色を混ぜたような言葉では表しようのない美しい色に輝いていた。(写真左)

そして、見る見るうちに明るさを増し、ついに山影から一条の強烈な光が洩れた。瀬戸内海の夜明けだ。(写真右)

    

ピースボートの旅の途中、何度も朝日夕日を見たけれど日本の夜明けも捨てたものではない。至福の時とは、こんな時のことを言うのだろうか。

和佐島の防波堤に立ち西側を見た景色。(写真左)

そして、少し東側にカメラを向けると四国の多度津方面が見える。(写真右)

    

日中は一片の雲もなく晴れ渡った。和佐島から向かいの与島に架かる橋はトラス橋と言う。(写真右)

そして、和佐島と岩黒島間は先ほど紹介した斜張橋が架かっている。(写真左)

昨年の台風で海岸一帯に植えられた木々はことごとく波に洗われ根がむき出しになっていた。それでもけなげに生きていた。

そして、猫の親子も。

    

島の東側に目を転ずると竪場島(俗に言うクジラ島)、そして、その向こうに王子ヶ岳の山並みが見える。(写真左)

和佐島から下津井方面には手前からトラス橋、そして斜張橋、小さく下津井瀬戸大橋(吊り橋)が見える。(写真右)

    

斜張橋を眺めるにはこの当たりからの眺めが一番良い。(写真左)

斜張橋をバックにタグボートを水先案内にして大きなタンカーが通り過ぎた。(写真右)

ここは水島臨海工業地帯に出入りするタンカーなど大型船の通り道だ。

   

本島に向かう途中沖の方には水島工業地帯が見えた。高層煙突から吐き出される煙が秋の澄んだ空を曇らせていた。(写真左)

本島は瀬戸内海名物とも言われている春先の山火事で多くの山林を焼失した。数年が経ちやっと山にも緑が戻り始めていた。(写真右)

 11月21日

 約一ヶ月後の今日、再び和佐島を目指した。昨晩の天気予報通り良く晴れて早朝の空は満

天の星だった。そして、渡船に乗った頃には東の空がわずかに明るくなり始め、茜色に輝いて

いた。

 前回の時とわずかに一ヶ月の違いながら今日の冷え込みは厳しかった。朝のニュースでは

今年一番の冷え込みだったと言っていた。最低気温が一月頃の温度だったと言っていたから、

たくさん着込んできたにも関わらず寒かったのは当たり前の事だった。

 こんな日もあるのだろうか。前回と同じ干潮に近い時間だったが潮の動きがほとんどなく、そ

の上、水がとても澄んでいて底が見えるほどだった。この時間であればそれらしき動きが見え

ても不思議ではないのだが、一匹のサヨリも見えなかった。一時間、二時間、三時間と待って

みたが、まったく姿が見えないのだ。こんな日に限って撒き餌を持ってきていなかった。こうして

何度か行きつ戻りつ場所を変えてみたが、どこも同じだった。釣果と言えば流のあるところで

わずかに三匹の小さなフグが釣れただけであった。

 そう言えば以前、いのこに行ったときにもこんな事があったことを思い出した。その日も秋晴

れの素晴らしいお天気だった。あれほどたくさん群れていたサヨリはどこへ行ったのだろうか。

こうして、今シーズン二度目の和佐島行きは惨めな結果に終わってしまい、早々に島を引き上

げた。

 帰りに祇園神社の下で釣っている人達を見たが、どの竿にもサヨリが躍る姿は見えなかった。

ここの海岸も水が澄んでいてサヨリの姿はまったく見えなかった。どうやら今年のサヨリのシー

ズンは終わったようである。

追記

 この島にどうやって来たのだろうか。以前から猫が住んでいる。以前は親猫だけであったが、

先月来たときには子猫もいた。その子猫が少し成長し遠慮することなく、今日も餌をくれと近寄

ってきた。前回、哀れに思えて餌をやったことを覚えていたのだろうか。あまりしつこくやってく

るので追い立てると少し逃げるが、しばらくするとまたやってきた。こんな事を何度か繰り返しな

がらサヨリが来るのを待っていた。

 海岸の木々がみななぎ倒されていた。橋が完成したとき植えられた木も支柱ごと倒れていた。

どうやら昨年の台風によるものらしい。あの沿岸地帯一帯が高潮の被害を受けたときだろうか。

満潮になっても海面までは高さのある堤防なのだが、それでも大きな波が押し寄せたようだ。

それにしても木は丈夫だ。枯れることなく花を咲かせ、今は赤い実が成っていた。

                                 2005年11月21日掲載

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