歌の遍歴   望郷酒場からの卒業

 私はスナックへ行くと好んで「望郷酒場」という演歌を歌っていました。この歌は千昌夫さんが

歌ってヒットした歌でした。私が何故この歌を好んで歌ったかというと訳があります。むろんこの

歌が歌いやすく良い歌だと言うこともあります。しかし、この歌には格別な思い入れがあるから

です。

 私の父は大変な酒好きでした。単に好きだと言うだけでなく酒に溺れてしまうようなところが

ありました。母と父の不仲の原因も父の酒浸かりにありました。正体を失うほど飲んで家に帰ら

ないような事が何度もありました。その度に悲しい思いをしていました。それさえなければ大変

優しく良い父でした。

 私は子供心に大きくなったら絶対に酒は飲むまいと心に誓っていました。しかし、蛙の子は

蛙でした。社会人になった途端にむなしくその誓いは崩れてしまいました。この歌の一節に

「親父みたいなよー酒飲みなどにーならぬつもりがなっていたー」とあります。父のように酒に

溺れることこそありませんが、酒の上での失敗は数多く、結局、父と同じ道を歩くことになって

しまったのです。まさに「望郷酒場」そのものだったのです。それ故にこの歌が余計心に響いた

のかも知れません。

 こうしていつしかこの歌は私の持ち歌のようになってしまいました。以来、酒が入ると必ず

一度はこの歌をリクエストして歌ったものでした。下手な歌でも幾度も繰り返し歌えばうまくなる

ものです。その上、実感がこもっていますから余計うまくなったのかも知れません。私の持ち歌

では一、二を争うような歌になりました。

 しかし、会社という組織を離れた今、この歌とも別れる時だと思っています。会社勤めの憂さ

晴らしに、うらぶれた自分を思い描きながら歌う必要がなくなったからです。今はただ、そっと

この歌とも別れを告げ、過去の私とも決別し遠い昔に葬ってやろうと思っているからです。

                                      2005年2月25日掲載

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