ひばりさんの歌を歌い継ぐものは

 美空ひばりさんが亡くなって15年になると言います。美空ひばりさんは戦後に生きて、昭和が終わる頃に

なくなりました。まさに戦後日本の象徴のような存在でした。私達世代も彼女の歌を子守歌代わりにして

大きくなってきました。再び、世に出ることのない異色の歌手ではないでしょうか。

 彼女は子供の頃から大人顔負けの歌手でした。それが時には傲慢とも映り非難を浴びた事もありました。

しかし、晩年だけでなく生涯孤独な人生だったようです。私生活は決して幸せではありませんでした。いつの

時代も頂点にあるものが味わう悲哀ではないでしょうか。天はけっして二物を与えないもののようです。

 さて先日、没後15周年を記念してひばりさんが歌った歌を今活躍している歌手の皆さんが歌っていました。

しかし、残念ながらどの人も今ひとつという感がぬぐえませんでした。何故でしょうか。ひばりさんの印象が

あまりにも濃すぎて物足りなく感じたのでしょうか。そうではないように思われます。ひばりさんは独自の声質を

持っていました。彼女の声は、女性にしては低音で特有の野太さのようなものがありました。普通に話している

時でさえも感じることでした。俗に言うドスの利いた声とでも言うのでしょうか。そして、低音域から高音域に至る

ところでの裏声への切り替りの絶妙さは見事なものでした。低い地声と裏声のコントラストが彼女独自の世界

を作りだしていたような気がします。もちろん歌のうまさは言うまでもありませんでした。

 従って、美しいだけの声では彼女の歌は歌えないのです。何となく物足りなさを感じてしまうのです。私の知る

限りにおいて、彼女の歌を歌える当代第一人者は天童よしみさんしかいないのではないでしょうか。天童さんは

声質も良く似ています。と言うよりは声だけ聞くと姉妹かと思うほど良く似たところがあります。そして節回しの

旨さはひばりさん以上かも知れません。従って、彼女がひばりさんの歌を歌うと、在りし日の美空ひばりを彷彿

とさせるものがあるのです。

 その次はキム・ヨンジャさんではないでしょうか。キムさんの声質はひばりさんとはまったく異なります。しかし、

声量の豊かさは男性歌手の細川たかしさんに勝るとも劣りません。まるでオペラ歌手のようにマイクロフォン

なしでも朗々と響き渡ります。また、歌唱力は天性のものでしょうか。それとも朝鮮という国土が作りだしたもの

でしょうか。ひばりさんの叙情演歌を歌わせると鳥肌が立つような感じさえ受けます。その叙情性と声量で他の

ものを圧倒します。

 そして、演歌歌手としては、これからが期待される島津亜矢さんではないでしょうか。声量に不足はありま

せん。あの独特の高音の豊かさは誰にも真似の出来ないものです。そして節回しに絶妙なものがあります。

彼女に歌わせたいひばりさんの持ち歌は「津軽のふるさと」です。しみじみとした歌の中に、みちのくの山川が

彷彿として連想されます。

 男性歌手では森進一さんただ一人のような気がします。他の男性歌手がひばりさんの歌を歌っているのを

聞いた記憶がありません。男性歌手には、ひばりさんの歌は音域が広くて歌えないのでしょうか。それとも

歌えるような歌がないのでしょうか。森さんが歌う歌も限られています。「悲しい酒」が唯一の歌でしょうか。

 ひばりさんは在世中1500曲もの歌を歌って来たと言います。そして演歌だけでなく色んなジャンルの歌を

歌っています。彼女に歌えないという歌はなかったようです。その事だけでも不出世の天才歌手だと言えます。

ともあれ、ひばりさんも遠いあの世から自分の持ち歌が歌い継がれていくことに喜びを感じているのではない

でしょうか。それはまた、私達にとっても失ってはならない青春の歌なのです。

                                                   2004年8月21日掲載

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