ウオータークライシス

 瀬戸内海を挟んで向かいの香川県では深刻な水不足が続いている。同じ日本であっても東

京から北は有り余るほどの雨が降ったというのに、この偏りは何とかならないものだろうか。

(この記事は台風十四号が来る前に書いています。台風十四号の来襲により香川県の水瓶と

言われている早明浦ダムは一気に満杯になりました。)日本は温帯モンスーンの気候に属し、

世界の中でも降雨量は多い方だと言われている。山には青々とした木々が生い茂り緑豊かな

国だ。従って、水資源が不足していると言われてもピンと来ない人が多いのではないだろうか。

 一方、世界中には日本とは比較にならないくらい水に困っている人はたくさんいる。特に不足

しているのは飲み水や生活に必要な水ではないだろうか。多くの国々では、おおよそ飲み水に

ほど遠いような水を飲んで病気になっている人が多い。こうした国々に対し日本は経済援助だ

けでなく、井戸を掘ってあげ、井戸掘りの技術などを指導している。井戸掘り技術の指導の中

では、大がかりな機械が必要ではない上総堀(かずさぼり)が有名だ。この技術で井戸を掘り

新鮮な地下水で病気が少なくなったと感謝されている。

 私達が海外旅行をしたとき一番困るのは飲料水だ。国内では味や匂いにこだわらなければ

水道の水は、どこで飲んでもかまわない。しかし、多くの国ではペットボトルに入った水を持って

歩かなければならない。その上、自動販売機なるものを見かけることはない。むろんコンビニ

のような便利な店もない。そんな不便な国が普通だ。日本は世界でもずば抜けて便利な生活を

している。

 今、飲み水で問題になっているのは、水道事業を民営化しようという動きがあることだ。この

ことを知ったのはピースボートに乗ってからの事だった。船上で聞いた講義の中にあった話だ。

まさに寝耳に水のような話だった。そして、そのことは先日のNHKの特集番組の中でも報じら

れていた。

 番組の中で紹介されていたのはフィリピンの事だったが、使用料を支払う事が出来ない家庭

は遠慮なく水道管が撤去されるのだ。フィリピン政府がどういう経緯で民営化に踏み切ったの

かは分からないが、水は人の生死に関わる問題だ。水道管を撤去された人達は、水がなけれ

ば生活できないので密かに自分でパイプを繋いで盗んでいる。

 世界の多くの国々では水道事業の維持存続に苦慮している。一度敷設をしたものの水道管

が腐って漏水が生じ、水圧が低い地域では周辺の汚水が水道管に流れ込むような事が起きて

いる。日本の調査団が調べてみると多くの国で、いるはずのない大腸菌がうようよしていたとい

う事もあるようだ。こうした水道を補修し維持していくには多くの資金を要する。その金がなけれ

ば外国資本に売り渡して維持させようと言うのが、その国の考え方ではないだろうか。

 さて、水に困っているのは飲み水だけではない。更に深刻なのは農業用水だ。昨年、ニュー

ジーランドを旅したとき、南島のカンタベリー平野を走っていると、広い農場に大きな散水設備

があった。遠くからでも、それと分かるような巨大な設備だった。その散水設備から惜しげもな

く大量の水が散水されていた。ここでは、野菜畑だけでなく羊の餌となる牧草地にも散水してい

た。ここは地下水に頼らなければ農業が出来ないところのようだ。

 この膨大な水は地下水だ。過去何万年かの間に溜まった地下水を汲み上げて使っている。

先日、ニュージーランドに住んでいる知人から電子メールが来た。その中にカンタベリー平野

は五十年ぶりの小雨だったと書いてあった。大干ばつに襲われているようだ。余談になるが私

達が訪れた昨年は夏が遅く、気温の低い日が長く続いていたようだ。そして逆に、この冬は暖

冬だった。その上、干ばつである。やはり地球規模の気象異変が生じているような気がしてな

らない。

 話を元に戻そう。地下水を汲み上げて農業をしているのはニュージーランドだけではないよう

だ。アメリカの大規模農業はずっと以前からそうだったし、先日のNHKの「ウオータークライシ

ス」という特集番組ではインドでも同じような農業をしているようだ。インドでは畑ではなく水田に

入れる水を地下から汲み上げていた。稲作は本来、雨水の恩恵を受けてというのが稲作地帯

の常識だが、ここは地下水を汲み上げて田植えをしているのだ。私達の感覚からすれば実に

不思議な感じだ。

 いずれにせよ地下水がなくなれば農業は出来なくなってしまう。既に、その危機が訪れようと

している。アメリカでもインドでも地下水が涸れかけているのだ。地下水も石油や天然ガスと同

じように地下資源だ。地下資源はいつか枯渇することは目に見えている。いつまでも地下資源

に頼る農業ではなく、何か工夫が必要ではないだろうか。

 その点、日本の稲作は大変恵まれている。祖先達が営々として築いてくれた基礎があるから

だ。昔から私が住んでいる西日本地方は何度も干ばつの被害に遭ってきた。そのため、おび

ただしい溜池が作られている。しかし、その溜池も農地が宅地に代わり必要性がなくなって埋

め立てられている。私達の生活の中に潤いのある水の景色がなくなっていくのは実に寂しいこ

とだ。

 稲作は非常に合理的な農業だと言われている。それは田んぼそのものの機能にあるようだ。

一度、田に水を入れておけば後は補給だけでよい。畑のように散水の必要がないからだ。従っ

て、散水のための設備も必要ない。昔から多くの田んぼでは巧みに水を入れる方法を考えて

きた。水車もその一つだ。人間が足で踏んで水車を回す方法もあるが、水量の多いところでは

この水の流れを動力源に水車を回転させるように工夫されている。バーチカルポンプ等という

懐かしいポンプもある。これは発動機やモータの力を利用していた。最もお金のかからない方

法は棚田のように上の田から下の田へと順番に水を落としていく方法だ。

 また、田には私達を水害から守るという機能もあった。上流に降った雨は一時的に田に溜め

られ、満杯になると放流された。たとえ一時的にせよ、ダムのような機能を持っていた。しかし、

昨今のように山間部の農村が過疎化してくると多くの棚田が放棄されている。そのため降った

雨は、そのまま下流へと流れてしまう。天然のダムが年毎に失われている。大変残念な事であ

る。

 私の家では生活用水として衛生上の事もあって水道水(上水)を使っている。しかし、畑や庭

木の散水には井戸水を使っている。この井戸未だに一度も涸れたことがない。しかし、おじいさ

んの時代に比較すると水位が下がってしまった。原因は近隣の田んぼが畑になり、あるいは

埋め立てられて宅地に変わってきたからだ。

 衛生上、上水を使っていると書いたが決して飲み水に出来ないわけではない。きちんと保健

所の検査も受けているし、近年問題になっている化学物質が溶け込んでいないかという検査も

受けている。両方とも問題ないという証明を貰っている。濁りも金気(かなけ=鉄分がとけ込ん

だ水)もまったくない冷たいきれいな水だ。いわば我が家の天然水だ。一時期、衛生上の問題

があって全国各地で水道化が進んだが、もう一度、井戸水の事を見直しても良いのではないだ

ろうか。むろんきちんとした検査を定期的に受けるという条件の下にでだが。

 そして、私は私達自身の水の使い方をもう一度考え直してみてはどうかと思っている。私達の

子供の頃に比較すると一人当たりの水の使用料は格段に増えている。シャワーの回数、入浴

の回数、その度毎の使い方、すべてに言えることであるが贅沢な使い方をしている。ポンプとい

う便利なものが出来るまでは井戸の中の水を汲み出すのは大変な労働だった。従って、風呂

をいっぱいにするのは大きな労力を要した。夏などは行水などと言う簡単な方法で汗を流して

いたこともあった。

 とにかく、工夫すれば色んな節約の方法があるはずだ。水の使用料を減らせばダムも作る

必要がない。ダムにも色んな問題があると言われている。先日、ピースボートで田中優さんと

言う水先案内人と知り合いになった。田中さんは長くNGO関係の仕事をしている人だ。田中さ

んのライフワークの中に、こんなにたくさんダムが必要なのだろうかという問いかけがある。彼

は日本各地に調査に出かけ、実際にダムを見てダムの持つたくさんの問題点を指摘している。

ぜひ、一読をお勧めしたい。

 私の訪れたパプアニューギニアでは今も雨水に依存した生活をしている。私達自身もおじい

さんやその少し前までは同じような生活をしていた。今の便利さを失わないためにも、もう一度

水問題を考え直してみたい。

                                      2005年9月14日掲載

田中 優著  合同出版

「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方」 副題 エコとピースのオルタナチィブ

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