長期政権の弊害

 今、改めて鈴木宗男氏の議員辞職勧告決議案が俎上にのぼったり、もう一度証人喚問をという意見も出ている

ようですが、これらの意見は与党の反対多数で押し切られてしまいました。 

 先に、鈴木宗男氏に関する証人喚問はありましたが、残念ながら目新しいものはほとんどありませんでした。

それというのも社民党の辻本議員の言葉を借りるならば、疑惑の総合商社と言われる鈴木さんである。いかにも質問

の時間が少なすぎる感は否めませんでした。 

 今後、司直の手による解明がどこまで進むのか分かりませんが、どうか、うやむやにだけはして貰いたくないものだと

思っています。望むべくは鈴木さんの口から自民党という長期政権党と官僚の癒着体質の全てが明らかになることを

楽しみにしているのですが。

(結局、再喚問は自民党や保守党の反対で取りやめになりました。外務省の前佐藤分析官の逮捕など外堀は次第に

埋められつつあるのですが、それでもなお証人喚問に応じたくないと言う背景には、自民党にとって表に出されると

まずいことがあるに違いありません。そう考えれば鈴木議員が議員を辞職せずに頑張っている理由も分かるような

気がします。本来なら彼の政治生命はとうに絶たれているはずなのですが。)

 政党にせよ個人にせよ長く権力の座にある事は百害あって一利なしです。それは過去のあらゆる事例がその弊害を

指し示しています。日本においては戦後一貫して保守政党の基盤が変わることはありませんでした。ほんの一時期、

社会党と自民党が共同歩調をとった時はあっても、今の自民党は与党であり続けてきました。その間、数え切れない

ほど多くの不正があり、不正の多くは闇から闇へと葬り去られてきました。今の自民党を解体に追いやらない限り、

この不正腐敗の根を断ち切ることは絶対に出来ないと言っても過言ではないと思います。それでも自民党議員の

多くは生き残るに違いありません。よほど革命的な事でも起きない限り、長くこの腐敗は断ち切れないような気が

してなりません。

 そもそも人間というものは多くの欠点を持っています。長く権力の座にあるものは下が見えなくなってしまい、側に

良き諫言者がいないと奢り高ぶってしまいます。歴代の権力者は諫言を呈するものを疎んじ、甘言を弄するものを

重用してきました。その結果、自らが墓穴を掘り、権力の座から引き下ろされなければなりませんでした。人間という

ものはそんな弱点の多いものなのです。

 そのためには、気を引き締めるに足る敵対勢力があって、適度な緊張感が常になければならないと思っています。

権力者に緊張感を持たせるためには、私達自身が常に正しい批判の目を養っておく必要もあるのではないでしょうか。

こう考えてみると責任の多くは私達自身にあると言っても過言ではありません。

 人間は(ことに男は)欲望に弱いものです。自分の欲望に歯止めをかけるものがいなければ、糸の切れた凧のように

飛んでいってしまうようなところがあるようです。色欲、物欲、権力欲等、男は女に弱く金にも権力の誘惑にも弱い動物

です。ことに権力の座にあるものは、自分の存在がみんなの支えがあって成り立っているのだということを、忘れて

しまい勝ちです。その結果、何でも手に入れることが出来るんだという妙な錯覚に陥ってしまいます。そして、先生、先生

とすり寄って来る者が多くなれば、自分がとてつもなく偉い人間になったかのように錯覚をして、金にも女にも簡単に

手を出してしまうようになるのではないでしょうか。その金がどんな意味を持つお金なのか深く考えようともせずにです。

女にしくじった権力者、お金にしくじった権力者、権力におごり高ぶって自らをおとしめた権力者、すべては仏道で言う

ところの餓鬼です。今の世の中、政界も官界も経済界も一様に餓鬼道に陥ったがりがり亡者がひしめいているような

気がしてならないのです。それは権力の座にあるものだけでなく、私達自身にもあるような気がしてならないのです。

                                                2002年5月19日掲載

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