懸念していたことが現実問題として起きてしまいました。先の山陽新幹線のトンネル内でのコンクリートの剥離脱落

による事故は、全くの偶然によって大事には至らず、救われたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、これが、この種の事故として初めての事故だったのでしょうか。私には、とてもそうは思えません。

建設して30年以上がこようとしているようなトンネルや高架橋は少なくありません。特に大阪から西の山陽新幹線

は大半がトンネルと高架橋で出来ています。高架橋等には、すでに表面が剥離して鉄筋が見えるようなところ

さえあるといいます。

私の住んでいる児島においても中学校の校舎の傷みが激しく修理不可能で結局取り壊して建て直しました。

原因はコンクリート材料の砂が原因だったという話です。少なくとも50年はもつはずのコンクリート建築物が

木造の建物よりも寿命が短いというのはどういうことでしょうか。

昭和38年頃から高度経済成長期に入り、盛んにコンクリート建築物が造られました。それまで材料の砂は

川に求めていました。しかし、相次ぐ大型需要に供給が間に合わなくなってしまいました。

大量に砂を入手するため瀬戸内海では海底の地層が変わるくらい掘られて来ました。今もなを続けられています。

海砂は塩分を抜かなければ使えません。塩分を含んでいると鉄筋を腐らせてしまうからです。

しかし塩分を抜くには大量の水と時間が必要です。需要が供給を大きく上回った建設ラッシュ時代には塩抜きの

十分でない海砂が大量に出回ったことは容易に想像がつきます。

それらは、やがて高い付けとなって跳ね返ってきました。それが近年におけるコンクリート脱落事故です。

同様のトラブルは今後も増え続けるものと思われます。

専門家の話では、ここ5年位すると、多くの建築物に深刻な被害が出始めるとのことです。応急対策が必要との

ことですが、根本的対策としては造り替える以外にはないそうです。

自然のものは自然に戻そう。!!

海砂は年々激減しています。なぜならば砂の供給がないのに、とり続けるからです。大きな河川はことごとく

堰やダムによってせき止められています。その上、水量は少なく岩を砕いたり、砂を海まで運ぶ力はありません。

倉敷の沙美海岸は渋川海岸と同じように近隣の人に親しまれた海水浴場でした。いつの頃からか海岸の砂が

なくなり始めました。原因は良くわかりませんが、沖の海砂採取が原因ではないかといわれています。

倉敷市では他所から砂を買い復元をしてきました。砂浜がなくなっていく、こんな現実があるのです。

無計画に海砂を採取する。塩抜きの十分でない砂が建築に使われる。そのために事故が起きている。

この現実をどうとらえれば良いのでしょうか。不必要な使用を戒め代替品を他に求めなければ、いつまでも

悪循環は続きます。不必要なダムを取り壊し、川の流れを元に戻すことも必要なのではないでしょうか。

少なくとも現在建設中のダムは建設を取りやめ、計画中のものは白紙に返すべきでしょう。

自然は自然のままにある。これがあるべき姿なのではないでしょうか。今回の事故は私たちに多くのことを

教えてくれています。今一度、しっかり考えてみたいものです。


補充記事

山陽新幹線トンネル崩落事故その後        1999年12月11日追記

一度は異常箇所がほとんどないと言っておきながら、再点検を実施したら、一万カ所以上見つかったというのだから

最初の点検は何だったのかと疑わざるを得ない。

早くから、一部専門家の間でも指摘され、私も近辺におきているコンクリート構築物の崩壊について感じることを、

このページを借りて指摘してきたところであるが、その懸念が、非常に大きな規模で現実のものとなっていることに

強い衝撃を受けている。

私の家の庭に戦前のコンクリートの床の一部が残っている。50年以上経過しているにも関わらず、びくともしない硬さを保っている。

本来、それくらいコンクリートは丈夫なものです。にもかかわらず、わずか30数年しか経っていないものが、こう簡単に

壊れるものなのだろうか。

どこかに大きな欠陥を内在していたことは間違いない。その欠陥も、決して一つだけではなく、多くの欠陥が互いに

助長し合うように作用しているに違いない。その点は多くの専門家が指摘しているので、ここでは割愛する。

私が言いたいのはコンクリートや施工に問題があったのではなく、これらを作った人間サイドに問題があり、それは

今も続いていると言うことです。隠し続けられるものでもないことを隠してみたり、場当たり的な事を言ってその場を

繕ってみたり、すべては人間自身がやっていることなのです。コンクリートやトンネルに罪はないと言うことです。

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