ともしび説法

 私が奥原さんにお会いしたのは、児島公民館主催の公開講座があった時です。どのような経緯から奥原さん

に講師依頼があったのかは分かりません。あちらこちらに招待をされては、お話をしてこられたようでしたから、

児島公民館でも是非にという事になったのではないでしょうか。その時には、何故、お坊さんになられたのか、

お坊さんになられる前は何をされていたのか、また、今は何をしておられるのかと言った事を、仏教の教えを

まじえながら、お話をされたように記憶しています。

 倉敷地域の人であれば、大抵、一度や二度は新聞の折り込みチラシで、「ともしび」と印刷されたA3用紙の

手作りチラシを目にされたことと思います。これを発行しておられるのが、奥原さんです。フルネームを奥原

曇龍さんと言われます。

 奥原さんは初めからお坊さんだった訳ではなく、元はと言えば証券会社に勤務する会社員だったそうです。

証券会社の第一線で活躍されていたという事ですから、根っからの証券マンだった訳です。その人がきっぱり

証券業界から足を洗い、改めて僧としての修行をされたそうです。そして、自分のお寺がなかったので、他の

お寺の別院として浄土真宗心光寺(しんこうじ)を持たれたとの事でした。私も一度はお邪魔したいと思いつつ

未だに果たせないでいます。

 奥原さんは別院を持たれる以前から倉敷の市街地を托鉢のために歩かれていたそうです。その時、挨拶を

交わすようになって今の奥様と結婚されたと聞きました。お二人の間には既に三人のお子様がおられるよう

です。奥さんも他の町から手織の勉強に来られていたと聞きました。

 また、奥原さんが主催されている「ともしび説法」には多くの方々が集まり、奥原さんのお話を聞いておられる

ようです。奥原さんの別院は倉敷市にある羽島団地の一角にあると聞いています。奥原さんご自身のご自宅の

ようです。

 「ともしび」には、いつも素晴らしい事が書かれています。人としてあるべき姿を常に説かれています。すでに

昨年の暮れで167号と言いますから、長く続けてこられたと感心をします。発行は多くの方々の浄財で賄われて

いるようです。そんな訳で私も一度だけカンパさせて頂きました。

 どうかこれからも迷える人々に対し、少しでも導きとなるべく「ともしび」の発行が続く事を祈っています。そして、

文字通り迷える私達の「ともしび」であり続ける事を願っています。

 昨年の暮れに発行された167号から、その一部を紹介しておきます。『「禍福はあざなえる縄の如し」とことわざ

にありますが、人の幸と不幸、成功と失敗はよりあわされた縄のように表裏一体のものです。失敗が次の成功

を生むこともあれば、成功したがために不幸になることもあります。だから順境に執着し、逆境から逃れようと

悪あがきして心身を消耗することはやめよう。楽を求めれば求めるほど辛くなるよ。』と書かれています。

 書かれていることには誠に奥深いものがあります。心弱い人間がともすれば陥りやすい落とし穴でもあります。

どうか、功をあせらず川の流れに身を任せるような生き方を身に付けていきたいものです。

                                                 2004年3月22日掲載

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