つい先日、近所のお年寄りが亡くなられた。それとなく親しくしていた人だった。入退院を

繰り返されていたようだったが、最初に入院されて以来会っていない。ほんの目と鼻の先の

家の事でさえ、こんな状態である。

 私のように、住んでいるところから少し離れた会社に勤めていると、地域の人と顔を会わ

せる機会はほとんどない。ましてや、残業や早出と会社での勤務時間が長い人や、夜勤が

多い人にとっては尚更の事であろう。そして、日曜日はゴルフなどといっていたら、地域との

つながりは全くゼロと言って良い状態ではなかろうか。

 私がこの地に移り住んだのは、もう30年あまり前になる。この間、地域の行事には必ず

顔を出すようにしてきた。子供達が小さかった頃には子供会の活動が活発だった。お陰様

で子供を通じて、多くの地元の人達と知り合いになれた。今になって見れば、この経験は

大きな財産となっている。今でも会えば親しく挨拶を交わせるような間柄である。

 今回の葬式では家内がお手伝いをしても良かったのであるが、私が休暇をとって準備等

のお手伝いをした。理由は日頃、地域との接触が少なく、こういう機会でないと地域の人と

顔を会わせたり、話す機会がないからである。

 私は、この地で生まれ育った訳ではないから、地元の知り合いと言えば、家内の親戚位

のものである。子供の頃の事を知っているものは誰もいない。気楽な反面、寂しいことである。

 新しい団地などでは、新しいつき合いも始まっているようだが、まだまだ、これからと言った

ところも少なくない。私の隣に住んでいる親戚のおじさんも地元の人ではない。長くこの地を

離れていたために、定年後(55歳)から地元の人とつき合いを始めた。地元の老人会の

人達とゲートボール等を通じて交流が始まったようだ。現在は地元の人と変わらないような

つき合いが続いている。このように地元との交流は早ければ早い程良いようだ。

 私達もやがては定年退職となり、人生は会社オンリーの生活ではなくなる。ましてや葬式

などは地元の人の援助なしでは出来ない。いずれは地元に戻る身であれば、出来るだけ

日常から朝夕の挨拶はもとより、折に触れて時候の挨拶くらいは、交わせるようになって

おきたいものである。

 私の場合は、畑が共通の話し合いの場となっている。最近は日曜日くらいしか畑に出る

ことはないが、以前は朝早くから夕方遅くまで、会社にいる時間を除いては畑にいることが

多かった。そんなわけで、私自身は気が付かなかったのだが、地元の評判になっていたら

しい。また、地元の道掃除が年に一回はあるのだが、こんな時にも出来るだけ参加するよう

にしている。最近は女の人が出る家庭も多いのだが、こんな時にこそ男の人が出る方が

良いと思うのだが。

 定年になって、地元に何のつながりもないのは実に寂しいことである。何らかのチャンスが

あれば良いのだが、なければ自分でチャンスを作っていかなければならない。年を取っての

行動範囲は狭いし、ましてや男の場合は、誰にでもは、なかなか話しかけにくいものである。

 そんな訳で、会社でのつき合いも、それはそれで大切な事なのだが、定年になる前に、常

日頃から、地元の行事や活動には積極的に参加していきたいものである。そして、地元での

知り合いや友人をたくさん作っておきたいと考えている。

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