天災は政治の貧困がもたらしたもの

 今、外では台風十四号の雨が降っています。昨年、岡山県にも台風が二度も来襲し、大きな

爪痕を残しました。一度は海水による海岸地帯一帯の浸水、もう一度は大雨と海水による浸水

とダブルパンチでした。昔から岡山県は比較的天災の少ないところだと言われてきました。しか

し、近年の異常気象は、特別扱いはしてくれないようです。

 さて、アメリカのハリケーン「カトリーナ」はジャズ発祥の地と言われているルイジアナ州のニュ

ーオリンズや隣町ビロクシに大きな被害をもたらしました。風速七十メートルという猛烈な風と

激しい雨が被害を拡大させたようです。何十年、いや何百年に一度という台風かも知れません。

しかし、あるかも知れないことは数年前から予測され、昨年はそのための訓練も実施していた

ようです。

 また、今回壊れた堤防は風速五十メートル以上には耐えられないということも分かっていた

ようです。何度もテレビで解説がありましたので良くご存じとは思いますが、ニューオリンズとい

う町は四方を水で囲まれたような町です。海抜零メートルというところに町がありますから、ひと

たび堤防が破壊されると町の中は水浸しになってしまいます。ブッシュ大統領もハリケーンが

来る前に緊急避難するように呼びかけていました。しかし、住民の中にはお金がなくて避難で

きないような人もたくさんいたようです。早く、避難できた人は比較的裕福な人が多かったよう

です。

 早くから問題点が指摘されながら、どうして対策をしてこなかったのでしょうか。アメリカは世界

第一の、それもずば抜けて大きな国家予算を持っています。州政府の予算だって、たくさんあっ

たはずです。それにも関わらず住民の生死を左右するような事にどうして予算を組まなかった

のでしょうか。理由は簡単です。イラクに侵攻するお金は使っても国民の生活を守るためにお

金を使わなかったからです。国民の実に五パーセント以上が何らかの形で軍事関係の仕事に

就いているという、まさに軍事中心の異常な国なのです。

 戦前の日本が同じでした。国家予算の多くを軍事力強化のために使っていたのです。従って、

社会的なインフラと言われる道路や橋や海岸の整備等にはほとんどお金が使われませんでし

た。従って、敗戦になったとき地方の村や町の道路は雨が降れば大きな水たまりが出来るよう

な状態でした。私が子供のころ暮らしていた広島県の神辺町という町は江戸時代の宿場町でし

た。古くから山陽道の町として栄えてきました。その山陽道ですら水たまりの出来るようなお粗

末な道でした。子供の頃は広い道だと思っていましたが、今見ると驚くほど狭い道です。昭和に

なっても道路を整備する金すらなく、江戸時代そのままの道を使っていたのです。

 戦後日本は平和国家として表向きは軍隊を持たない国でした。実状は世界に冠たる軍事力

を持っていますが、少なくとも海外派兵は行わず平和主義を通してきました。憲法九条があった

からです。そのお陰で戦前には出来なかったような社会資本の投資を行ってきました。その充

実ぶりは目を見張るものがありました。その間、ゼネコンの絡む汚職や不正蓄財というマイナ

ス面もたくさん見てきましたが、とにかく田舎に至るまで舗装道路が整備されトンネルが掘られ、

高速道路が出来、移動の時間が大きく短縮されました。

 また、箱ものと悪口を言われながらも公会堂や公民館、市民会館等がたくさん作られてきまし

た。台風シーズンになると、こういった施設が利用されています。これもひとえに平和国家に徹

してきたからこそ出来たことです。

 私は数年前、アメリカのボストン周辺を旅行してきました。その時、これがお金持ちだと言わ

れているアメリカの姿だろうかと驚いた事があります。個人の車やタクシー等、廃車しても良い

ような自動車がたくさん走っていました。また、町はずれにいくと道路なども壊れてでこぼこのと

ころがたくさんありました。

 一見、華やかに見えるアメリカですが、成功者と貧困者は両極端のようです。今回の犠牲者

も多くは生活保護を受けなければならないような貧困層だったようです。大国アメリカが、かくも

惨めな姿を他国にさらしたと言うことは、ハリケーンが異常に大きかったと言うより政治の貧困

がもたらした国家的な恥ではないでしょうか。天災がいつどんな形で襲ってくるか分からない。

だからこそ、事前の対策を立てていく、それが政治というものではないでしょうか。決して「カトリ

ーナ」のセイにしてはいけないと思うのです。

 この世の中で起きていることすべては人間が関わっていることであり、その人間の姿勢一つ

でどうにでも変わり得る事なのです。ブッシュ大統領は貧民を見捨てたと言われないように必至

に被災地を訪問し汚名返上のジェスチャーをしているようですが、現実は見捨てていたに違い

ありません。政治が貧困だと、こんな事になってしまうのです。

 岡山県や倉敷市もこの教訓を他山の石とすることなく、何とか早めの対策をしていかなけれ

ばなりません。昨年の台風がもたらした高潮は、まさに今回のニューオリンズと同じです。私は

早くからそのことに気がついていました。誰か気がついて手を打つのではないかと思っていた

矢先に大きな被害を出してしまいました。海に面した堤防のあちらこちらが壊れていました。ま

た、今の堤防の高さでは被害を防ぐことは出来ません。いつ来るか分からない大地震による

津波の被害も心配されます。一日も早く予算化して安心して生活が出来るようになることを願っ

ています。

                                     2005年9月14日掲載

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