社会が複雑化すればするほど犯罪が増えてきている。これは日本だけの現象ではないようだ。

いったいこれから先どうなっていくのだろうという想像が不安感をかきたてる。

私は人間が我と我が身を滅ぼすような事をしているように思えてならない。

私たち人間は、いったいどこから来てどこへ行こうとしているのだろうか。

そんなことを考えながら書いています。

私はこれからインターネットという近代的な媒体を借りて、人間社会が抱えている問題について私なり

の考え方を述べさせてもらい、読者の皆さんに意見を聞かせていただきたいと思っています。

私の娘も是非議論に参加させて貰いたいと言っておりますので、参加させたいと思っています。

                                               1999年3月


子供と社会

第1回目としまして子供と社会の問題について考えています。

いわゆる問題児と言われる子供が小中学校や保育園、幼稚園にいます。

また、問題児とまではいかないまでも、いつ切れるかわからないような問題児予備軍の様な子供も

たくさんいるようです。それに対して学校も家庭も解決の手段を持っていません。

これから社会を担っていくことになる子供達がこのままでいいのでしょうか。

学校任せや家庭任せにするのではなく社会全体の問題として真剣に考えていかなければ取り返しの

つかないことになりそうです。

今、私は私達が子供の頃はどうだったのだろうかと、私たちが子供だった頃の事を振り返っています。

私は高校を卒業して家を出るまで借家住まいでした。それも5軒が軒を連ねた長屋住まいでした。

みんな貧しく、味噌がないといえばこちらに、醤油がないといえばあちらにと、お互いに借りたり貸したりは

日常茶飯事でした。そんな間柄でしたから、長屋の誰かが病気だといえば、あれがいい、これが効いたと

何くれとなくお互いに世話をやきあっていました。

多少干渉がましいところもあったけれど、心温まる近所づきあいでした。

勢い、子供達は近所の人みんなの保護下に置かれているようなもので、大人達の目の届く範囲の中で

育ってきました。悪いことをしていれば親でなくてもしかる。みんなが親であり子供であったような気がします。

先輩後輩の序列はあっても、今日のような陰湿ないじめはなく、ましてや家ではおとなしい子が学校では

切れるなどということは絶対にありませんでした。のんびりとおおらかに、すくすく育ったような気がします。

いつの頃から、こんな世の中になってしまったのでしょうか。

決して過去が素晴らしかったとはいいませんが、何か過去にあって現在の世の中に欠けているものが

ありはしないでしょうか。


幸せのもろさと大切さ

当初ホームページの再編集を行うときには、学級崩壊の問題をテーマに取り上げようと

考えておりましたが、テーマがあまりにも重たいことと、迂闊に何でも思いつくまま

には書けないような気がして、もう少し時間をかけて考えてみようと思っています。

従って今回は身近な問題にテーマを変更しました。

つい最近の事です。けたたましい音をたてて救急車が近くの家に停まりました。

近所のおばさんが急遽入院したとのこと。そこの家ではつい最近おじさんが亡くなられ

葬式があったばかりです。そこの家には子供がいないので老夫婦二人だけの生活でした。

そんなわけで、おじさん亡き後はおばさん一人の生活であったようです。

おじさんが元気であったときには畑などを作り、つましいながらも夫婦だけの幸せな

生活であったはずです。一人が亡くなり、その幸せはもろくも崩れ去り、おじさんの

通夜もおばさん一人だけという寂しいものであったようです。

おばさんも一人だけとなり生きる気力をなくしたのかもしれません。

近所の人の気付くのが遅かったら、おばさんの命もどうなっていたかわかりません。

人の幸せは、かくも儚いものなのでしょうか。そう考えると今をいきることの大切さを

思わずにはいられません。

若者達が若さ故に命を粗末にし、あるいは自らの命を絶つなどの事件が絶えませんが

どうか自分の命を大切にして、人生をたくましく生きてほしいと思っています。

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