砂浜を取り返そう

 今、海岸の多くが埋め立てられている。狭い国土を有効に活用しようと思えば仕方のないことなのかも知れ

ない。しかし、本当にそれで良いのだろうか。特に瀬戸内海沿岸は古くから埋め立てによる土地の拡大が行わ

れてきた。

 わたしが住んでいる児島というところは島であった。少なくとも源平合戦のころはそうであった。従って、今は

児島と呼ばれているが、その昔は小島だったのではないだろうか。江戸時代に入ってから急速に干拓が進んだ。

児島周辺が干拓され田畑に変わってきた。そして、かつての小島は陸続きになってしまった。広大な田畑が

干拓によって誕生したのである。

 そして更に、昭和37年ごろからは水島や玉島の沿岸地帯が埋め立てられて広大な工業用地へと変わって

いった。その後も継続的に埋め立ては続き、今日のような姿になっている。工業地帯の下は高梁川が運んだ

土砂によって作られた広大な干潟であった。干潟は魚の産卵場所であり、水鳥たちの餌場であった。豊かな

栄養を含んだ干潟には、たくさんの貝や魚の餌となる微生物やゴカイ等が住んでいた。

 ところで先日、思いがけないことがあった。かつてないほどの高潮が海岸地帯の町を襲ったのだ。その被害

は甚大で、死傷者こそ少なかったものの多くの家財が失われてしまった。海から押し寄せた水による被害と

しては、津波の被害に匹敵するものであった。家具などは一度潮水に浸かってしまうと、なかなか乾燥しない

ようだ。いつまでも湿っているために箪笥など家具の引き出しが抜けなくなってしまった。あり得る話だ。

 また、被害の大きさには砂浜があるところとないところでは差があった。砂浜があるところは比較的被害が

少なかったようだ。砂浜が高波の力をセーブしたようだ。児島地区の一部では砂浜の修復が行われている。

砂を入れて人口の砂浜を作っているのだ。いま、一部だけ完成しているが、砂浜の修復が終わったところと、

これからのところでは台風の被害に差があった。地元の人からは早く完成してくれという声が上がっている。

 干潟で砂浜を失った瀬戸内海沿岸は、台風による高潮や地震による津波の被害を受けやすい。今更、

埋めてしまった砂浜や干潟を取り返すわけにはいかないが、せめて残っている砂浜だけは守っていきたい。

人口の防波堤は一見丈夫そうに見えても脆いものである。台風後に海岸を走ってみると、打ち寄せた波に

よって多くの護岸が壊されていた。自然を作り変えてきた人間に対する自然のしっぺ返しではないだろうか。

                                           2004年10月8日掲載

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