進歩と失ったもの

 誰が今日あることを想像したでしょうか。今や日本はアメリカに次いで物質的に豊かな国です。平均的な家庭

でさえも自家用車が二、三台位あるのではないでしょうか。もちろん、テレビだって二、三台あるような家もある

でしょう。パソコンがあり、電子レンジがあり、電磁調理器さえあります。電化製品を一通り揃えている家庭も

少なくありません。お風呂はスイッチを入れておけば、二十四時間いつでも使えます。そして、冷暖房はエアコン

の切り替え一つで冷房でも暖房でもOKです。

 高校の修学旅行の際、夜汽車で何時間もかかった東京は日帰りとなってしまいました。旅行は自家用車で

行くこともあり、観光バスは色んなメニューを揃えて待っています。岡山空港に行けば海外旅行も出来ます。

飛行機は東京まで一時間ほどで運んでくれます。

 こんな世の中が来ることを、たった50年前に誰が想像したでしょうか。私の育った家は二間続きの小さな

借家でした。電化製品とも言えないような裸電球が一個の生活でした。電気アイロンはありましたが電気の

使用制限があって使えませんでした。ラジオでさえ、しばらくの間は買えないような、もののない貧しい暮らし

でした。洗濯は近くの川に行き、お風呂は銭湯を利用していました。銭湯と言っても分からない世代も多く

なってきました。(銭湯とは大衆浴場の事です)

 遊ぶ場所と言えば、もっぱら近くの神社やお寺の境内や路地裏の小さな空き地でした。季節毎に移り変わる

お金のかからない遊びが毎年繰り返されていたのです。むろん、ゲーム機など想像も出来ない時代でした。

子供達の楽しみと言えば、お祭りや運動会、土曜夜市など、わずかばかりの小遣いを貰っておもちゃを

買ったりお菓子を買って食べることでした。毎日、巡回してくる紙芝居は何よりの楽しみでした。夏は近くの

川で泳いだり魚を捕まえたり、冬は近くの山でターザンごっこや忍者ごっこ等をして、日が暮れるまで遊び

回っていました。家に帰るのは昼食の時と寝る時くらいでした。家に居ても何もする事はなかったからです。

 私の家では三歳年の離れた弟と兄弟は二人でしたから子守などした事はありませんでしたが、子沢山で

年の離れた弟や妹のいる家では大きい子が小さな弟妹の子守をしていました。風呂がある家庭では風呂

の水汲みや風呂炊きも子供達の仕事でした。買い物等のお手伝いもしていました。牛や馬を飼っている家

では、馬や牛の餌をやるのも子供達の仕事でした。みんな遊びながらも一生懸命家の手伝いをしていたの

です。遊びほうけていると、こっぴどく叱られたものです。

 このように家の仕事が子供達の足腰を鍛え、また、大人になるための準備期間でもあったのです。女の

子達は台所の手伝いをしていたのではないでしょうか。子供達にも家族の一員として、それぞれの仕事が

与えられ、お互いに支え合って生きている大切な家族だったのです。

 先日、椎名誠さんがメコン川を上流から下流に旅する番組がありました。メコン川の周辺にはラオスや

カンボジア、ベトナムと言った国々があります。日本から見れば貧しい国々です。理由は、つい先頃まで

他国の支配を受け、戦乱の中にあったからです。今、多くの国々が疲弊のどん底からたくましく立ち上がり

かけています。終戦後の日本と大変良く似ています。そして、貧困にあるとは言え復興のエネルギーに

満ちあふれています。生活に対するバイタリティーを感じます。椎名さんも現地を訪ね、そんな実感を述

べています。

 椎名さんは1944年生まれと言いますから私と同年齢です。従って、私と同じ経験をしてきているはず

です。だから彼らの生活の中に、自分が子供の頃の思い出と重なる部分があるのではないでしょうか。

子供達は濁った泥水の中で楽しそうに泳いでいました。水遊びが何よりも好きなようです。この川で魚を

獲り、家計の手助けをしています。みんな私達が経験してきた子供の頃と同じです。

 昨晩はDVDを借りてきました。立体音響の中で映像を見ていますと、すさまじい音が体の後ろから響いて

きます。これで映像が立体にでもなれば、まさにバーチャルリアリティです。恐らく近い将来そうなるに違い

ありません。昨日の新聞記事ではシャープが映像画面を振動させて音の出る技術を開発したと発表して

いました。シャープは液晶では最先端を行く企業ですが、この種の技術開発は止まるところを知りません。

フィルム状の画面を開発中とも言いますから丸めた紙を開くと映像と音の出るような電子ブックが開発され

るのも夢ではありません。インターネットで大きな図書館と接続し、情報を音と映像で取り出せる。そんな

時代が来るかも知れません。レンタルビデオだって家に居ながらレンタルショップに接続し、映像を取り

出せるようになるかも知れません。お金の精算はネット上でも行います。全てのことがすさまじい勢いで

変化しています。

 メコン流域の山岳民族が山から下りてきて町に近い便利な場所で生活をするようになっています。村の

長が「情報から取り残されないように、山から降りてきた」と話していました。それが理由の全てではないの

でしょうが、彼らも又、今の時代の変化を敏感に感じているのかも知れません。

 文明の中にどっぷりと浸かって、その恩恵を受けているものの身勝手な言い分かも知れませんが、特徴

ある民族の文化が消え、平準化していくのかと思うと一抹の寂しさを感じます。私達自身、今の生活を手

に入れると同時に多くのものを失ってきました。進歩とはそう言うものかも知れません。

 しかし、豊かさの代償として支払ってきたものの大きさは測り知れません。どちらが良かったのかを判断

するのも難しい事です。ただ、この年になると心豊かでのんびりとした、子供の頃が無性に懐かしく感じられる

のです。

                                           2003年10月26日掲載

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