「働けどなお我が暮らし楽にならざり」有名な石川啄木の詩の一節です。今の日本の経済状態は、正にこの詩の
通りではないでしょうか。
確かに経済には波があります。私が経験しただけでも何度か同じような事があって、浮き沈みを繰り返してきました。
しかし、過去の経済は一過性のもので、一時落ち込むことはあっても、こうまで長引くことはありませんでした。
これから先も不安定な状態はなおも続きそうです。私の考えでは緩やかな回復はあっても、そのまま順調に全ての
経済指標が上向くと言うことはないのではないかと考えています。
高齢化、少子化、企業の海外立地、いずれをとっても国内の経済を活性化させるような要因は何もありません。
政府は「IT産業」(情報技術)を経済の起爆剤にしようとしているようですが、そんなものは焼け石に水程度のもの
でしかないと思っています。
かつての日本経済の根幹を支えてきた重厚長大型の産業のような牽引力は期待すべくもありません。経済的な
強さは雇用力です。IT産業にそれほどまでの雇用力が期待できるのでしょうか。
国内産業は金融やゼネコンだけでなく、もの作りの産業全てが厳しいリストラの中であえいでいます。就労人工を
減して労働生産性を上げようとしていますが、それすらも自ずと限界があるように思われます。
そうやってリストラにリストラを重ね、経費を極限にまで切りつめてコストダウンをはかっても、為替の変動があれば
一生懸命の努力も一瞬のうちに不意になってしまうことも少なくありません。日本がバブルに有頂天になり、ニュー
ヨークの不動産やハワイの不動産を買いあさっていた頃、陰の仕掛け人達はまんまと餌に食らいついてきた日本人
達をほくそ笑んで眺めていたに違いないのです。
つり上げてしまえばアメリカのものです。いや陰の仕掛け人達のものなのです。日本はあえなく一挙に奈落の底に
突き落とされ、営々として築き上げてきた経済大国は砂上の楼閣と化してしまいました。日本から巻き上げた莫大な
金は今のアメリカ経済を支えています。かつて双子の赤字と言われたアメリカ政府の国家予算は好調な経済に支え
られて一挙に赤字を解消してしまいました。
日本人が夜も日もなく、働き蜂のように働いて稼いできた金はいったいどこに消えてしまったのでしょうか。多くは
アメリカの懐にまんまと納まってしまったようです。にわか成金の哀れな末路です。
一方アメリカ人は輸入品の有り余る中で、悠々自適な生活をしています。現に私はアメリカに行って、アメリカ人の
生活がいかに贅沢なものであるかを目の当たりにしてきました。その姿は限界にまで肥え太った人がたくさんいる
ことに象徴されているように思えます。彼らの中には仕事をする様子もなく、昼日中から道路に面した玄関に腰を掛
け道行く人をじっと眺めているのです。もちろん、そんな人が全てだというわけではありませんが、とにかく食べる
ものの質量ともに並のものではないというのが、私の強く受けた印象です。こんな人のためにあくせくと働いているの
かと思うと無性に腹が立った事を思い出します。
アメリカは日本を初めとする多くの国から貿易収支が赤字になるまで輸入を増やし贅沢三昧をしておいて、都合が
悪くなれば、相手国をさんざんにこき下ろすと言うことを繰り返しています。何でそんな国のために、あくせくと我が
身を削るようして働かなくてはならないのでしょうか。いい加減に目を覚まさなければならないときが来ているのでは
ないでしょうか。
私達は私達自身のために、生活向上を目指さなければならないのではないでしょうか。それは単なる生活物資が
豊かになると言うことを言っているのではありません。もっと精神的にも時間的にも豊かにならなければならないと
思っているのです。長時間労働の中で汗を流し、家に帰ればただ寝るだけと言ったような生活が果たして豊かな
生活と言えるのでしょうか。
日本人と欧米人とでは思想的風土は異なります。日本人は勤労こそ最大の美徳としてきました。それはそれで正し
い事だと思います。しかし、昨今の風潮は行き過ぎているように思われることも少なくありません。精神的にも時間
的にも極限まで追いつめられた中高年者が突然死したり、自殺をするような事件も後を絶ちません。これは最早、
勤労が美徳などと言う限度を超えています。もっと心豊かに人間性を取り戻すような時間とゆとりがほしいものです。
地球上は危機的な状況にあると言われています。南北間の経済格差、環境問題、資源問題、人口爆発、数え上げ
れば切りがないほど難問が山積しています。これらの全ては資本主義という経済至上主義の中で生み出されてきた
膿のようなものです。ますます加速されていく資本主義経済の中で、どんな解決方法があるというのでしょうか。
経済発展という名の下に、かけがえのない東南アジアや南米の熱帯雨林は破壊され、今もなお破壊され続けています。
私には21世紀の地球の大半が無味乾燥な荒涼たる砂漠になってしまうような気がして仕方がありません。
今こそ人間社会の全ての営みを根底から問い直し、このかけがえのない地球との共生を考え直してみたいものだと
思っています。
2000年9月16日掲載
|
|
|
|