新たなる戦争の恐怖に怯えた人達が国境付近に避難しつつあると聞きます。いったい、いつに

なったらこの国に平和と安息の日々が訪れるのでしょうか。20年ほど前、ソ連軍の侵攻によって

国土は戦場と化してしまいました。ソ連軍が引き上げ、やっと掴んだ平和も束の間の事でした。

国内の政治体制は二分され、タリバン一派が支配する地域は厳しいイスラム教の戒律の中で、

戦々恐々としながら生きてきたと聞いています。女性はイスラム教原理主義の厳しい戒律を押し

つけられ、人前では顔を出すことすら禁じられ、教育を受けることはまかりならぬと、おおよそ

前時代的な戒律を強要されていると聞きます。

 人は神の前に全て平等でなければならないと思っています。たとえそれがイスラム教と言えども

同じだと思います。まして現代は人類が大きく宇宙に羽ばたかんとする時代です。昔から宗教は

阿片だとも言われてきました。宗教は本来、心の支えであり心のよりどころであるはずです。しかし、

戒律というものを全面に持ち出し、これを押しつけるようになると、それは宗教としての範疇を逸脱

して、弊害だけが目立つようになって来ます。

 かつて日本は、天皇を神と崇める国家神道によって国民を支配してきました。この考え方は国粋

主義として深く国民の間に浸透し男達を戦場に駆り立て、結果的には太平洋戦争において国民を

塗炭の苦しみに追いやる事になりました。多くの若者達は国家のため祖国のためにと言って、あた

ら若い命を戦場に散らせてしまいました。近年ではオウム真理教の教徒達がサリンなどを持ちいて

大量殺戮を企てるというような暴挙に走りました。

 今、アフガニスタンのタリバン一派は、自らの信仰を人々に押しつけ自由を奪っています。宗教と

言えども、人間がこの世に生まれた時から持っている自由までもを奪う権利はどこにもないはずです。

宗教も思想も社会の仕組みも全て人間が考えだしてきたものであり、人間自身が操っているもの

なのです。その人間が繰り返し過ちを犯すものであり、実に迷い多きものである以上、全てが正しい

というものは、この世に存在しないはずです。

 キリスト教も過去には忌まわしい歴史を持っており、今もなお一部には骨肉の争いが続いています。

魔女狩り等はその典型的な例ではないでしょうか。キリスト教は神の前に全ては平等だと説いてい

ます。しかし、現実にはどうでしょうか。宗教を用いる人間サイドに欠陥があると、それはとんでも

ない武器となったり、麻薬と化したりしてしまうことは枚挙にいとまがありません。

 今回のテロ事件を振り返って考える時、アメリカはテロ集団殲滅を誓い、一方タリバン一派や

イスラム原理主義を信奉するもの達は、あくまで徹底抗戦だと言っています。その狭間にあって、

多くの国民達は逃れようのない苦しみの中で、半ばあきらめの状態にあると聞きます。こんなに

不公平で悲しい現実があって良いのでしょうか。キリスト教の精神は生かされているのでしょうか。

イスラム教はそのような事を望むような宗教なのでしょうか。キリストは言っています。右の頬を

打たれたら左の頬を出しなさいと。何人をも彼らの国を蹂躙したり、彼らの自由を奪う権利は

ありません。

 今、私はかつてのカンボジアを思い返しています。長い植民地支配からやっと脱したと思ったら、

今度はポル・ポトというとんでもない集団が国を支配し、多くの市民が思想改造と称して強制労働

にかり出され、尊い人命や国にとってかけがえのない知識人達が惜しげもなく抹殺されていったと

聞いています。その数は百万人とも百五十万人とも言われています。このような忌まわしい出来事

も人間の持つ狂気以外の何ものでもありません。

 思想や宗教は時として暴走を始めると、とんでもないことを引き起こしてしまいます。それは狂気

に走る獣と同じで誰かがとどめを刺すまで走り続けます。中国では毛沢東が権力を奪回するため

に仕掛けたという文化大革命が記憶に新しく、多くの貴重な歴史的財産が消滅し、粛正の名の下

に文化人や学者が辱めを受けてきました。歴史を振り返って見ますと、このような事例はいくらでも

あります。ヒットラーは自らの思想の中にユダヤ人を忌み嫌うものを持っており、ユダヤ人の大量

殺戮を行いました。

 とにかく、うんざりするほど数多くの事例があります。すべて人間自身がやってきたことです。また、

ここでアメリカの正義の名の下に、狂気に走る一部のもの達がテロ集団殲滅という行動を起こそう

としています。まさに狂気と狂気のぶつかり合いにしか見えないこの争いの中で、犠牲にされていく

人達の立場はいったいどうなるのでしょうか。あどけない子供達の将来はどうなるのでしょうか。悲し

むべき事です。いい加減にしろと言いたくても言えないもどかしさを、どうすれば良いのでしょうか。

                                           2001年10月4日掲載

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