先日、このページを読んで下さった方からお便りがありました。バルカン半島の民族対立による

紛争に触れた部分に、誤った解釈による記載ミスがあるというものでした。私自身は、バルカン半島

の紛争を例にとって反戦の記事を書いたつもりでした。私の理解不足による誤った内容について

ご指摘をいただきました。ご指摘につきまして、この場をお借りして、お礼とお詫びを申し上げます。

 つきましては、全く別の視点から書き替えましたものを掲載しました。今後ともよろしくご指導下さる

ようお願い申し上げます。                                 もの作り

                                         2001年4月13日


 私は折に触れて、反戦について書いてきました。戦争は、いかなる理由があろうとも、すべきでは

ないと考えているからです。しかしながら、今日なお、地球上においては多くの場所で、武力による

対立が続き、多くの人が傷つき亡くなっています。

 私自身には戦争の体験も記憶もありませんが、幼少の時代には、太平洋戦争後の生々しい傷跡

が随所に残っていました。戦争で親を失った人、お父さんがソ連に抑留されている友達、物乞いを

する傷痍軍人など、みんな戦争による犠牲者でした。食べるものも十分ではなく、小学校の昼食時

には、そっと教室をぬけだす同級生もいました。みんな戦後の貧しい時代を経て成長してきました。

結局、戦争は一番底辺のものに一番多くの犠牲を強いるのです。戦争に導いていった政治家や

軍人や官僚達は自らの血を流すこともなく、戦後も、のうのうと生きながらえてきたのです。当時、

声の大きい力を持ったものが、他の意見を入れず、ひたすら自己主張を続け、何も知らない多くの

国民を戦争へと引きずり込んでいったのではないでしょうか。それだけに、私達自身も単なる傍観

者ではなく、自らの問題として政治に無関心であってはいけないと思うのです。

 日本の教科書問題が韓国や中国など近隣諸国で問題になっています。歴史は正しく伝えなけれ

ばなりません。戦前の教育は、徹底した皇国思想に基づく軍国主義教育でした。その教育の為に、

好むと好まざるとに関わらず、多くの人が戦争にかり出されていったのです。国家とは、いったい

何なのでしょうか。国家とはなんの為に存在するものなのでしょうか。本来その国に住んでいる

私達自身の為にあるものではないのでしょうか。それなのに、その国が主権者である国民を犠牲

にするなど、あってはならないことだと思うのです。

 政治家は自らの名誉のためや私利私欲を肥やすためのものではなく、国民を幸せにするための

奉仕者でなければなりません。しかし、昨今の政治家を見ていると、そこのところを全く忘れている

のではないだろうかと思わずにはいられません。これからも主権者たる国民全てが政治家や官僚

を厳しく監視していく必要があるのではないでしょうか。そして選挙の際には、正しく国民の為になる

政治家を選ばなければならないと思うのです。

 世界には、今日なお戦争に苦しんでいる人達がたくさんいます。それぞれの国に、それぞれの

事情があるようですが、武力による解決の道は、結局憎しみや悲しみをもたらすものでしかあり

ません。どうか武力によらない解決の道を模索して貰いたいと思っています。ともすればアメリカ

は人権の保護とか、人道上の問題だとか、口実を付けては武力介入をしますが、一時押さえには

なっても、決して良い解決方法にはなっていません。ミサイルや爆弾による弾圧は、多くの市民や

子供達を傷つけるだけなのです。民族的対立であれば話し合いのテーブルを準備するとか、平和

の使者としての役回りはあるはずなのです。自らもベトナム戦争で手痛い経験をしておきながら、

今日なお飽きもせずに武力介入を続けるのは何故なのでしょうか。持っている武器を誇示したい

のか、人殺しのために使ってみたいと考えているのではないかとさえ思われます。

 ともあれ紛争のあるところに1日も早く平和が訪れることを願ってやみません。そのためには

当事国ではない私達も、国をしてお手伝いが出来ること、復興のための援助、傷ついた人達の

救済のため、何か出来ないかと思っています。

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