如何に宗教の為とは言いながら、千数百年にも及ぶ長い歴史を見つめてきた石仏を破壊する

とは、言葉に言い表せない憤りを感じるのは私だけであろうか。バーミヤンの石仏は以前から

顔面を何者かの手によって完全に削り取られていた。これも偶像崇拝を禁ずるイスラム教の

信者達によって削り取られたのだと聞いている。こうした度重なる迫害にも耐えて、今日まで

残ってきた石仏が今、完全にその姿を消してしまった。かけがえのない文化遺産が又一つ

消えてしまったのである。

 ソ連軍がアフガニスタンに侵攻した際にも、この地が戦乱に巻き込まれ、銃撃戦の最中にあって

多くの遺跡が破壊されることについて懸念されていた。しかし、幸いにも石仏は、大きく破壊される

こともなく、戦争の嵐の中をくぐり抜けて来たのだが、戦乱が治まって破壊されるとは、何という

不幸な出来事であろうか。

 文化遺産と言われるものは、決して一国だけや、一民族だけの物ではない。人類共通の遺産で

ある。私達人類の文化のメモリアルである。二度と再び元に戻すことは出来ない。天災によって

破壊されたのなら仕方がないとあきらめもつくが、人為的に破壊されたとなると話は別である。

世界各国からも抗議の声が起きていた。国連もユネスコを通じて破壊を辞めるように勧告を

していた。それにも関わらず彼の国のイスラム原理主義者達は強行したのである。

 私達は、頑迷と無知と戦争という愚かな行為によって、どれくらいの文化遺産を傷つけ破壊して

きたであろうか。その数は数えきれない。かつてカンボジアでは内戦によって多くの仏教遺跡が

破壊されたと聞いている。破壊され地上から消え去った物は、二度と再びこの手に取り返すことは

出来ない。本当に悲しむべき人間の所行と言う他はない。果たしてお釈迦様はどんな気持ちで

これら人間どもの愚かな行いを見ておられるのであろうか。

                                        2001年3月28日掲載


 アフガニスタンにおいてタリバンに変わる新しい政権が誕生し、各国の経済支援も動き始めました。荒廃した

国内の復旧が急速に進み始めたようです。

 そんな復興スケジュールの中に、タリバンによって破壊されたバーミヤンの石仏の再建が計画されています。

大変喜ばしいことだと思います。釈迦の石仏は平和のシンボルです。仏教ほど戦争を嫌い暴力を否定している

宗教はありません。その平和のシンボルともいえる石仏を破壊したという事は、破壊したもの達に対して天罰

が下っても不思議はないのです。

 この度、日本の絵画界の大御所的存在でもあり、自らも被爆体験者であって常に平和を希求しておられる

平山郁夫さんが中心になって再興の話が持ち上がっていることは、仏の導きのような気がしてなりません。

 どうか一日も早く再建が行われ、かつて異教徒達によって削られた顔も同時に修復されると、もっと素晴らしい

のではないかと思っています。もちろん、顔の修復に異論のある方もおられるでしょうが、顔のない石仏の

再建というのもどうかと思うのですが。

                                       2002年1月14日追記

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