歴史を作る

 日曜の午後8時、NHKの大河ドラマ加賀百万国の祖となった前田利家とまつの物語が放映されています。このドラマの

中で信長は桶狭間の合戦を闘いました。わずか数千という少数勢力で万を越す今川軍を破ってしまいます。この戦いは

信長が一挙に覇者への道を駆け登ることになる歴史的な闘いでした。

 その後の信長は単なる力責めだけでなく、秀吉という天才的な戦略家を重用し次々に近隣の国々を滅ぼしていきます。

歴史はこの頃を境に大きく変わっていきます。歴史が変わるきっかけは何だったのでしょうか。人だったのでしょうか。

ものだったのでしょうか。

 少数の兵力で大軍を破る。それには今も昔も人の力に変わるものが必要だったはずです。そのきっかけを作ったのは

鉄砲でした。鉄砲という破壊兵器はそれまでの槍や刀、弓矢と言った武器を圧倒的に凌駕するような兵器でした。信長は

早くから鉄砲に注目し積極的に取り入れて行きました。これが時代を動かす大きな原動力となったのです。

 鉄砲が前面に出て来るようになって戦いのあり方も大きく変わって来ました。源平の頃のように大将同士が自らの名を

名乗り、闘いが始まるという古式に乗っ取ったスタイルや力攻めではなく、蝶略もあり謀略もあると言った、ありとあらゆる

知略を駆使した戦いへと変化していったのです。表向きの戦はなくとも裏では激しい権謀術数が渦巻いていました。

 秀吉はこんな時代が生んだ時代の寵児だったと言えるでしょう。おそらく信長の部下の中で彼の右に出るものはいなかった

のではないでしょうか。武器の変化が戦術の変化を生み、戦術の変化が人を育てたとも言えるのではないでしょうか。

 こうしてみてきますと、世界中にもこんな例が数限りなくあります。ヨーロッパではルネッサンス以降、科学的に物事を

見ていこうという考えが主流になってきました。天体望遠鏡の発明は地球が丸いことを発見し、更に天動説を覆し地動説が

主流になりました。それまで天動説を主張していたローマ法王庁は窮地に立たされました。

 蒸気機関の発明はやがて産業革命へと続きました。力と言えば自ら体を動かすことや、牛や馬と言った家畜を利用

することから、その何倍もの力を作り出すことの出来る機械が現れたのです。生産は飛躍的に伸び、それに従って人口も

増え、労働者と資本家という階級制度も作り出してきました。

 第二次世界大戦は国家総力戦の戦争となりました。武器の進歩は戦線を拡大し、一国をも焦土と化すような大がかりな

ものになりました。そして究極の兵器である原子爆弾は一発で広大な地域を一気に廃墟と化すほどの恐ろしい兵器として、

広島や長崎に壊滅的な破壊をもたらしました。

 常に科学の進歩が一歩先を行き、人間社会がそれに追いついていくという構図が、今日までの歩みであったような

気がします。猿から人間への進歩が、まず手にした棒切れから始まったように、今でも科学の進歩が人間社会をリード

し続けているのではないでしょうか。

 今はパソコンの普及によりインターネットという国境を越えた情報が行き交い、私達の社会に計り知れない影響を

与えようとしています。

                                                       2002年6月8日掲載

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