何という皮肉であろうか。日本中建設ラッシュでいたるところが掘り返され、その結果、思わぬところから埋もれていた

歴史的遺物が続々と発見されている。吉野刈り遺跡、三内丸山遺跡、明日香村の流水遺構、鳥取県の大山の麓で

発掘された弥生時代の大集落遺跡(妻木晩田遺跡)、兵庫県山東町の柿坪遺跡(古墳時代の大集落、ここでつい

最近国内の豪族の建物としては最大級の建物遺構が発見されている)等、日本全国、数え上げればきりがないほど

多くのものが、ここ10数年の間に発見され、私たち考古学ファンだけでなく多くの人たちの関心を集めている。

多くはその場所に何かを建設しようとして事前調査をしたところ発見されたというものが少なくない。

前例とは異なるが、秩父市の前期旧石器時代の小鹿坂遺跡からは、50万年前の狩猟のための拠点と思わしき建物

の柱の穴や石器などが発見された。50万年といえばあの有名な北京原人が生きていた時代と同時代である。

この他にも日本各地において石器時代や縄文時代のものがたくさん発見されているが、原人の生きていた時代と

なると、それらの時代よりはもっともっと昔ということになる。

アフリカ大陸では人類の原点ともいうべき猿人の化石もたくさん発見されているが、いったい人類はいつの時代から

生存し、どのような進化を遂げ、今日に至っているのか興味は尽きないのである。

5000年や1万年が色あせて見えるほど、その時代は遥か彼方なのだ。その頃すでに道具を持ち、移動しながら猟をして、

夜露をさけるために建物を造っていたとすれば、私たちが想像する以上に高度な文明が、すでに芽生え始めていた

ことになる。この発見の歴史的意義は実に大きいといえる。今後の更なる新しい発見が待ち望まれる。

こういった発見は私たちの貴重な共有財産だ。一部の利権のために利用されたり破壊されてはいけない。

明日香村での数多くの発見はその上に万葉ミュージアムを建てようという過程の中で発見されたものだ。まだ何が

発見されるか分からないような、こんな貴重な歴史的遺構の上に博物館を建てようというのだから本末転倒も甚だしいと

いわざるを得ない。

明日香村では今回の流水遺構(亀の形をした石の水槽)の他、飛鳥池遺跡からは富本銭やおびただしい数の加工

途中の曲類等が発見された。その他にも飛鳥京庭園等、歴史的に貴重な発見が相次いでいる。

その上、今回の発見は以前から謎とされていた酒船石との関連も明らかにされるような大発見であり、日本史の謎の

部分が解明される日も近い。

鳥取の妻木晩田遺跡の場合はゴルフ場の建設は一応取りやめになったようだが、今後は吉野ヶ里遺跡のように

遺跡公園として保存し、一般に公開して貰いたい。

私たちの祖先がどんなところでどんな生活をしていたのか、誰しも興味を持っていることだ。狭い国土とは言いながらも

案外、私たちの足下にも古い歴史が埋まっているかも知れないのだ。新しい発見はみんなで大事に保存していきたい。

私が昨年旅行したハンガリーやチェコでは盛んに破壊された歴史的な建築物を復旧していた。そして崩れた建物は

うまく新しい建物の中に取り込んで見学者にわかりやすく公開をしている。是非、見習いたいことだと思っている。

君が代や日の丸を強制するよりは、こういった日本人の歴史を再認識させる方が、はるかに日本人としての自覚と

誇りを育てる事になると思うのだが。政府のやっていることはとんちんかんなことをしているように思えてならない。


関連記事と本の紹介

妻木晩田(むきばんだ)遺跡にリンクしています。

朝日新聞社編  「考古学クロニクル2000」  最近発掘された多くの遺跡が紹介されています。

歴史を学ぶのページへ戻る

ホームへ戻る