歴史を明らかにする

 20世紀後半から21世紀にかけて日本全国至るところで多くの歴史的な遺跡が発見され、発掘調査が行われてきました。

その過程で変な功名心に駆られた考古学者が遺跡をねつ造するなどと言うこともありましたが、総じて正しい歴史認識を

もたらすような発掘や発見が少なくありませんでした。

 私達が学校で習った歴史教科書では、弥生時代以前はひとまとめに縄文時代という曖昧模糊としたものでありました。

しかし、青森の三内丸山遺跡の発掘を初めとして、過去の歴史認識を大きく変えるような大発見が少なくありませんでした。

縄文と言われる時代にも我々の想像を遙かに超えるような素晴らしい文明があり、文化があったことは紛れもない事実と

なってきたのです。

 そして縄文時代以降、激動する大陸の影響を受け、日本海を隔てたこの列島にも大きな変革の時代が訪れたことも周知の

事実であります。弥生時代は統一国家作りへの戦争の時代でもあったようです。最近になってあちらこちらでそれらしき遺跡

の発見が相次いでいます。吉野ヶ里のような環壕集落跡もそうですし、鳥取県の青谷上寺地遺跡では傷ついた夥しい人骨が

発掘されています。

 明日香でも大規模な発掘があり貴重な発見がありました。斉明天皇時代の想像を超えるような水に関わる大規模な遺跡が

次々と発掘されたのです。そして、以前から謎とされていた酒船石の使用目的も次第に明らかになってきました。私達夫婦が

明日香を訪れた時は、古い池が発掘の対象となっていました。そこからも貴重な発掘がたくさんありました。その後、この池

の発掘に引き続いて、その周辺の大規模な発掘が次々に行われ、今日の大規模遺構の発見に繋がっていったのです。

 そして又、彩色墳墓としては高松塚古墳に次ぐような発見だと言われているキトラ古墳の発掘調査もあります。全てが

明らかになった訳ではありませんが、これも高貴な人の墳墓ではないかと言われています。付近には宮内庁が管理している

天皇家のお墓だと言われているものも少なくありません。これらの墳墓が発掘できるようになれば更なる歴史の空白の部分

が明らかになることは間違いがありません。

 天皇家が大陸、ことに朝鮮半島と深い関わりがあることは想像に難くありません。しかし、それらを立証する術は今のところ

まったくありません。全ては発掘調査によらなければならない事ばかりです。そのためには、これら未発掘である墳墓の調査

が不可欠です。私達の先祖がどこから来て今日の日本人の原型をなしていったのか最も知りたいところです。

 今日ではDNAを調べることによってルーツをたどる事が出来るようになりました。そんな時代でもある今日、最早、戦前の

歴史教育のように事実を曲げて教える事は出来ません。天皇家は神でもなければ仏でもないのです。私達と祖先を同じく

する一ルーツなのです。こう考えていくと、なお一層、歴史的な事実関係の解明が望まれるのです。

 そのためには宮内庁の管理している墳墓の発掘調査が欠かせないのではないでしょうか。かつては、天皇陵でないと

されてきた墳墓の中に、天皇その人ではなくとも近縁者のものではなかろうかと推察されるようなものがあるそうです。

ということは逆に長く天皇陵だと長く信じられていたものの中には、そうではないものもあるかも知れません。とにかく調査を

してみなければ何も分からない事ばかりなのです。天皇の安置された場所を暴くというのではなく、きちんとした学術調査で

あれば先祖の御霊も許して下さるのではないかとおもうのですが。

                                                    2002年9月8日掲載

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