駅からの家路を急ぐ時や、散歩道でふと鼻にする甘い香り、この香りはどこかで出会ったこと

のある香りだがと記憶の糸をたぐり寄せて見ます。その記憶は、小学生の頃、学校に通った通りの

高い塀の中から匂ってきたキンモクセイの香りだった事を思い出します。

 匂いにも様々な思い出があるように、音にもまた様々な思い出があります。

折りに触れて、私達は様々な音を耳にします。心地よい音、心かき乱されるようないやな音等、

音の種類も多く、そして、色んな場面で出会います。それらは、心の中に記憶としてしまい込まれ、

ふとしたきっかけで蘇ってきます。

 この音はどこかで聞いたことがあるなと思ったら、風邪を引いて学校を休んでいる時、夢うつつの

中で聞いた音だったりします。ある朝、いつもは聞こえないような船の音が低い単調なリズム音と

なって聞こえて来る時、カーテンを開けてみますと空はどんよりと曇っており、春の何となく重苦しく、

けだるいような空模様だった事もあります。

 夏の夕暮れ、遅い昼寝からふと目覚めると、ヒグラシの声がかすかに聞こえてきます。

ヒグラシの声は幼い頃、母に手を引かれ、母のふるさとへの夕暮れの道を急ぐ時、後から追いかける

ようにして聞こえてきた山辺の田舎道のヒグラシの声と重なって聞こえてきます。

 汽車や電車と行った鉄道の音にも数多くの色んな思い出があります。

冬の凍てつくような寒い夜、炬燵に潜り込んで眠れぬままに耳を澄ませていると「ぽー」という

汽笛の音が聞こえてきます。何となくもの悲しい切ない音です。思わず掛け布団を引き上げて、

深いため息をつきながら布団に潜り込んだ事もありました。

 高校の修学旅行は東京行きの夜汽車の旅でした。新幹線の走っていない時代でした。座席で

横になるもの、通路と通路の間に新聞紙を敷いて横になるもの、長い長い夜汽車の旅でした。

通路に横になっていると、直接、線路の音が耳に入って来ます。眠れぬままに線路の音を

聞いていました。それでも、疲れていたのか、いつしかうとうととしていました。「ぎー」と言う

大きなきしみ音がして、次に連結器の「がしゃん」という音に、ふと目を覚ますと見知らぬ駅の

ホームでした。夜のプラットホームには人の姿はなくがらんとしていました。東京はまだまだ先の

ようです。再び夜汽車は走り始めました。

 会社の同僚達もみんな若かった頃、夜汽車で金沢方面に旅行に行きました。一晩、夜行列車の

中で過ごしました。レールの継ぎ目の音が、いつまでも耳について寝付かれませんでした。

それでも、明くる日は永平寺、東尋坊と見て歩きました。宿泊は芦原温泉でした。夜は夜で

大酒を飲んで、みんなでストリップ劇場に繰り出して行きました。みんな若くて元気な頃でした。

ストリップ劇場で聞いた、この地方の和太鼓の演奏は実に勇壮でした。龍神太鼓と言いました。

九頭竜川にちなんだ地元の民謡も聴きました。ストリップ劇場のけばけばした雰囲気の中での

民謡や和太鼓の演奏でしたが別に違和感はありませんでした。

その時の同僚達も次々に定年退職になったり、亡くなったものもいて、和太鼓の音を耳にする度に

妙にもの悲しい寂しさを伴う思い出となって蘇ってきます。

 熊本工場に就職をしたその年の暮れ、私は帰省のため夜汽車に乗っていました。寝台車も走って

いましたが、小遣い銭にも不自由をしていた頃でしたから、寝台車に乗るようなお金は持って

いませんでした。そんなわけで、熊本から夜行の急行列車に乗って神辺を目指しました。何時間

かかったのか、乗り換え無しで帰ったのか記憶は定かではありませんが、長い時間、堅い座席に

座ったままであった事は印象に残っています。座席に座ったまま窓に頭を寄せてうつらうつらしていると、

線路の音が伝わってきます。何駅毎にか列車は停車します。その度に薄目を開けてホームを

見渡します。ああ、ここは何駅だ、ああ、もうここまで帰ってきたと、心がおどります。列車がきしみ音を

たてて駅に停まる度に、我が家が近づいて来ます。心は「ただいま」と言って家の玄関の戸を開けています。

そんな遠い昔の思い出が、今も折に触れて蘇って来るのです。もう何十年も昔の事になってしまいました。

 寒い冬の夜、窓の外に御詠歌が聞こえます。私が子供の頃の事、近隣のお年寄り達の毎年の行事

でした。何となくもの悲しいメロディーは長く厳しい冬の訪れを伝える風物詩でした。詠歌(うた)と

詠歌(うた)の間に響く鐘の音の、何と、か細く悲しげな音でしょうか。いつしか御詠歌も鐘の音と共に、

北風の中にかき消されるように遠ざかっていきます。僕らは炬燵の中にまるこまって聞いていました。

何となく聞き覚えてしまった御詠歌のメロディは今も私の心の中に残っています。

 これら全てがセピア色となってしまった私自身の遠い音の風景です。

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