お天気

 今年は、ことのほか台風の上陸個数が多いようです。これも異常気象なのでしょうか。それとも年ごとに

異なる気象変化に過ぎないのでしょうか。それだけに、温暖化を防ごうと言ってもアメリカのように自国の利益

を優先して京都議定書にサインをしない国も出てくるのです。しかし、昨今の気象現象は、私達が子供の頃

感じていたものとは少し異なっているように思えるのです。

経験と勘が頼りだった時代

 ここに、私が住んでいる児島のお天気についてのいくつかのがあります。これは、郷土史家であった故角田

直一さんが書かれた製塩に関する本に書かれていたものです。かつて、この周辺の重要な地場産業であった

製塩業は晴れていることが絶対条件でした。古くから瀬戸内海地方の製塩業が盛んであったのは、この地方

には年間を通じて晴天の日が多かったからです。

 昔、塩は塩田と言うところで作られていました。塩田には砂が敷き詰められ、この上に海から汲み上げられた

海水を撒き、天日で乾かしていました。従って、晴天でなければ出来ない仕事でした。それだけにお天気の変化

を見極めることが重要なことでした。今日のように気象学などのない時代でしたから、すべて人間の経験と勘に

よって判断していました。そのことが「お天気の言い伝え」として残っているのです。

 その中の一、二を紹介してみます。その一つには「秋北、春南」と書かれています。これだけだと何を言い

表しているのか分かりません。これは、お天気が変わってくる方向を季節毎に言い表しているようです。つまり、

秋は北から、春は南から変わってくるよと教えているのです。また、こんな風に書かれたものもあります。

「菰池奥と久須美の鼻」、菰池や久須美の鼻と言うのは、この地方のある場所を示しています。つまり、菰池の

奥や久須美の鼻(岬)の方向に夕立雲が出ると大夕立が来るぞという警告なのです。

 このように、地方毎に目標となる場所があって、その方向の変化を見てお天気を判断していました。従って、

今日のような天気予報のない時代には、おじいさんやおばあさんなど高齢者の知識や経験がたいへん大切

でした。

 このように経験と勘しか頼りにならなかった時代には、予測も付かないときに突然強風が吹き荒れたり、大雨

が降って家が押し流されたりといった事も少なくなかったはずです。その恐ろしさは、現代人の私達には、想像

がつかないようなものであったに違いありません。そんな体験が様々な伝承や絵となって、今日に伝えられて

いるのではないでしょうか。

16号台風

 さて、この度の台風16号はたいへん大きな被害を残し、日本列島を南から北へと縦断するように通り抜けて

いきました。瀬戸内海地方は昔から天災が少ないところだと言われて来ました。特に台風に関しては、南に

四国山脈があり北に中国山地があって天然の要崖に守られてきました。たとえ西から来たとしても九州で

エネルギーを使い果たし、岡山県に達したときには勢力も小さくなりほとんど被害はありませんでした。

 私は過去二度くらい大きな被害があったことを記憶しています。一度は確か小学生の頃のことでした。九州

へ上陸した台風が中国地方を縦断した時の事でした。向かいの家のトタン屋根がべりべりと音を立てて

はがれて飛んだ事がありました。恐ろしさに震えながらも、怖いもの見たさからそっと戸を開けて見ていました。

この時には台風の目に入ったことも経験しました。今まで激しく吹いていた風がぴたりとやんで青空が見え

ました。それは突然の事でした。異様とも思えるような瞬間でした。

 そして、もう一度は平成3年の19号台風の時でした。この時も西から東へと中国地方を縦断しました。この

時には、アルミサッシの戸がはずれるのではないかと思うほどの強い風が長時間吹き続けました。雨が降ら

ない、いわゆる風台風でした。外へ出てみましたが、強い風に押されて立っておられないほどでした。この時

には電気設備に大きな被害がありました。強風にあおられた海水がかなり広範囲にまき散らされたからです。

当日、勤務であったI君の話によりますと、近くにある送電線が激しく火花を散らしていたそうです。おそらく、

強風にあおられた海水が空中にまき散らされ、空気の絶縁が著しく低下し空中放電をしていたのではないかと

思われます。そして、その明くる日には電気的な事故が相次いで発生しました。海水の塩分が碍子に残り、

碍子の絶縁が低下したために起きた事故でした。雨を伴う台風であれば、海水が洗われますので、こんな事

にはならなかったと思われます。

 この時には、我が家の果樹にも大きな被害がありました。収穫前であった柑橘類や柿などが、果実どころか

葉っぱまでもぎ取られ、裸同様の姿になっていました。大きな枝が折れたものもありました。中でもひどかった

のはレモンの木でした。二つに裂けた幹が根本近くで折れて倒れていました。

 あれから、13年過ぎてしまいました。その時の後遺症はまったく見られないほど見事に回復していました。

そこへ今回の16号台風でした。キウイの棚が傾いただけでなく、レモンの木が再び倒れてしまいました。レモン

の木自体が折れやすいのか、ここだけに強い風が吹き付けたのか定かではありません。そばにあるネクタリン

の木も太い枝が折れていました。栗の木も実がほとんど落ちてしまいました。

 16号台風は、ここ倉敷にも広範囲に大きな被害を残しました。大半は高潮による被害です。台風が通り過ぎ

た23時頃が満潮時間でした。また、この日(8月30日)は満月に近く大潮の日でした。そのため潮位は更に

高くなり、近くの宇野港では観測史上最高の潮位2.5メートルを記録しました。

 冠水した下の町の河口付近は、今までにも何度か気味が悪いくらい潮位の高い時がありました。私は行政

や地区の人が何の関心を示さないことに疑問を感じていました。津波でも来たらひとたまりもなく海水が浸入

してくるのではないかと懸念されるような場所が、下の町だけでなく児島地区にはたくさんありました。

 そんな地域が軒並み被害を受けました。床下浸水や床上浸水の被害でした。児島地区では下の町、唐琴、

小川といったところがひどかったようです。翌日の道路脇には浸水被害にあった家財道具がうずたかく積まれ

ていました。玉島地区では柏島地区周辺の被害が大きかったと報道されていました。水島コンビナートにも

被害があったようですが詳しくは報道されませんでした。

 被災地域は倉敷周辺だけでなく広範囲に及びました。向かいの高松市では海岸近くの高松港周辺の被害が

大きかったようです。また、世界文化遺産である宮島も回廊が沈んでしまうほどの異常潮位でした。

 災害は突然やってくると言います。しかし、今の時代は実に正確な気象情報をリアルタイムに伝えてくれます。

毎時間ごとのラジオやテレビのニュースや天気予報、インターネットを通じての情報など、気象情報に事欠く

ことはありません。

 あるかも知れないと感じながらも対策をしていないことがたくさんあります。せっかく作った設備も日頃の点検

不足のために、いざという時にまったく役に立たなかったという例が少なくありません。

 今回、玉島の柏島地区周辺では、せっかく設置してあった排水ポンプが停電のために動かなかったそうです。

また、排水口を開けようとしたけれど扉のハンドルが壊れて動かせなかったそうです。このように人間サイドの

ミスから二重、三重に被害を拡大したようなことがあったのではないでしょうか。

 児島地区の浸水についても日頃私のように注意しながら潮位を見ていた人が何人いたでしょうか。早くから

気が付いてそれなりの対策をしていたら、こんな災害は防げたはずです。人間の生命と財産を守ることは、

何にも増して優先すべき事です。道路等は後回しでも良いのです。「備えあれば憂いなし」、改めて噛みしめて

みたい言葉です。

瀬戸内も安心ではない

 今回、被害を受けられた方々に対し心からお見舞い申し上げます。私も家内の叔母の家へ後片付けの

手伝いに行って来ました。周辺一帯の家々ではどの家も後片付けに追われていました。海に面した地域には

うずたかく水浸しになった家財道具が積み上げられていました。叔母の家でも借りてきた車で何度となく大量

のゴミや水浸しになった家財道具を運びました。

 その後(9月1日夕方)、児島地区を回ってみました。家を出て八幡様へ続く裏道を走り下の町に出ました。

八幡様の下にも廃棄物が積まれていました。一見海から離れ地理的には高い場所のように見えますが、古い

町並が残るこの地域には溝を伝って海水が入ってきたようです。

 ここから旧道を通って田の口まで行きました。この地域には繊維関係の工場があります。これらの工場から

も、出荷前の製品が段ボールの箱ごと運び出されていました。また、道の周辺の家々からも家財道具が

たくさん運び出されていました。日頃、何気なく通っている時には感じないことですが、平面に見える土地にも

微妙に高低差があるようです。

 田の口から唐琴方面に行ってみました。ここは海岸近くに多くの民家が建ち並んでいるところです。そして、

被害がもっとも大きかった地域です。海が間近に見えるところもあり、これらの家々で感じた恐怖は大変なもの

だったに違いありません。垣根の「うばめがし」が茶色に変色していました。大量の海水を被ったからでは

ないかと思われます。

 王子ヶ岳の下まで走ってみました。ここには国民宿舎がありますが、庭の桜の木がすべて茶色に変色して

いました。やはり海水による被害です。海水は大量に吹き上げられたのではないかと思われます。山頂付近

の木々にまで広範囲な変色が見られました。

 また、海岸道路の至るところで防波堤が壊れていました。防波堤と言うにはあまりにも低く貧弱なものですが、

激しく打ち寄せた波によって破壊されたようです。壊れた防波堤を見てみますと基礎に固定すべき鉄筋が入って

おらず、防波堤自体も鉄筋が入っていない貧弱な構造のものでした。これでは簡単に壊れてしまいます。

 海水は広範囲にまき散らされ、明くる日口にした我が家のブルーベリーも塩辛く感じました。海から数キロ

離れたところまで海水は飛んできたようです。

街路樹の台風被害

 8月31日、黄熱病の予防接種を受けるため神戸に行きました。予防接種は神戸検疫所で受けました。検疫所

は海岸近くにありました。ここら周辺の並木にも海水の被害があったようです。この日は晴天となり、かなり

高温でもありました。海水は塩分だけを残し乾燥したようです。そのため、風の被害だけでなく残った塩分が

激しく葉っぱの水分を奪ったのではないでしょうか。赤茶けた並木が何とも無惨でした。

 並木にも何種類かの木が植えられていますが、銀杏は特に塩害には弱い木のようです。宇野津の信号を

右に曲がり呼松方面に向かう大きな道路があります。ここの両脇には銀杏が植えてありますが、すべての葉が

茶褐色に変色し散り始めていました。また、ケヤキなども弱いようです。比較的強いのはアクラです。この木は

風に飛ばされることもなく海水を被っても青々としていました。

潮被害と津波被害予想

 今回は向かいの町、高松でも大きな浸水被害がありました。被災した地域は海岸に面した広範囲な地域

でした。ここは南海沖地震等大規模地震の際には津波の被害が懸念されていた地域でした。今回の高潮の

潮位は約2.5メートルでした。津波の際の想定水位も2.5メートルでした。今回の被災地域と津波による

被害想定地域を重ね合わせるとぴったり一致するそうです。皮肉にも津波被害の想定地域が立証された

訳です。従って、いつ起きるか分からない大規模地震に対する津波対策が早急に望まれます。

 現に、岡山県においても津波被害想定地域の地図が出来ています。しかし、対策はこれからと言った状態

です。これを期に本腰を入れて津波対策をして貰いたいと思っています。

 そんな心配をしている折りもおり、紀伊半島沖の二つの震源地による同時地震が発生しました。幸い津波は

小規模なものでした。その後、余震が何度かあり不安は増すばかりです。先ほどもパソコンを立ち上げて

しばらくしてから余震と思われる揺れがありました。そして18号台風が時々刻々と近づいています。今回も

午後から夕方にかけて、この地方へもっとも近づくとの予報が出ています。私も昨日、16号台風の後片付けと、

わずかばかりの台風対策をしてきました。あとは運を天に任せるしかありません。

 私は昭和19年生まれの申年です。申年は縁起の良い年だと言われていますが、そんな昔からの言い伝えを

否定するような出来事が相次いでいます。まさに荒れる2004年(平成16年)になってしまいました。合掌。

猛烈な風台風18号

 今回の台風も各地に多くの被害を残して行きました。前回ほど、高潮による被害はありませんでしたが、

強烈な風は多くの被害を残しました。広島市内では観測史上初めての瞬間最大風速60.2メートルを記録

しました。

 世界遺産に指定されている国宝の厳島神社にも多くの被害を残しました。広島市内では原爆にも耐えた

アオギリの木が倒れてしまいました。

 また、この台風は北海道へも上陸しました。日本海へ出た台風は勢力が衰えたかに見えましたが、北海道

へ再上陸する頃には再び勢力を盛り返していた。北海道大学のシンボル的なポプラ並木まで根元から倒れて

いました。そして、今まさに稔りの秋を迎えようとしていた各地の果樹園も多くのリンゴやなしなどが被害を受け

ました。

台風の後には地震発生

 一難去ってまた一難。16号台風が過ぎ去った後、9月1日に浅間山が噴火しました。幸い人や建物などへの

被害はありませんでした。しかし、周辺各地へ大量の灰を降らせました。現在は小康状態にあるようですが、

今後どのように推移するのか気がかりな状態です。今回の噴出物の中には1983年の時とは少し異なるもの

が見られるようです。従って、前回と同じような一回の噴火だけで終わるのか、噴火を繰り返すのか予測が

つかない状態です。

 9月5日の午後7時過ぎに、かなり広範囲な地域で地震を感じました。震源地に近かった奈良県や和歌山県

では震度5弱でした。震源地は紀伊半島沖だったようです。その後、東海道沖を震源地とする小規模な地震が

ありました。また、9月8日には新潟県沖を震源地とする震度3の地震を観測しました。とても偶然とは思えない

ような各地での地震です。

 このように火山活動や一連の地震は一見別物のように見えますが、何かしら連動しているように思えて

なりません。専門家の見解では東南海沖地震と直接の関係はないと言っていますが、大きな視点に立って

みれば大規模地震の前触れのようにも思えてなりません。昔から天乱れるとき地も乱れ、そして人も乱れると

言います。天保や天明の頃のようにならなければ良いのですが。

                                                  2004年9月10日掲載

政治経済社会問題のページへ戻る

ホームへ戻る