お袋さんの応援歌

 もう何年か前の事になります。弟が笠岡の家を売って倉敷に家を建てたときのことです。恐らくは家を建てる事、

引っ越しの事などで、弟には他を顧みる余裕などなかったのではないかと思います。

 その反動が母親であるお袋に向けられました。お袋はどちらかというと気をつかいすぎる方です。弟に対し、

ついつい、あれこれと口出しをしていたのではないでしょうか。その結果、二人の間ではいさかいが絶えず、

とうとうお袋はノイローゼ気味になってしまいました。せっかく建てた新築の家なのに、家族内での喜びは

ありませんでした。大変不幸な事です。

 私にとって見れば近くに弟たちが来てくれて大変心強く思い、また、いつも気がかりだったお袋に、いつでも

会えると心から喜んでいました。しかし、こちらに来てからのお袋の生気のない顔を見ていると素直には喜べ

ませんでした。

 そこで何か気分転換になるようなものはないかと考えました。なまじ旅行など今のお袋にはかえって負担に

なるような気がしました。それに、いくら素晴らしい観光地に行っても心が晴れなければ美しいものも美しくは

見えないでしょう。

 そんな事を考えていた時、細川たかしショーが岡山の市民会館であったのです。私と家内が介添え役となって

市民会館へ行きました。その頃お袋は両脇で支えなければ歩けないほど体も弱っていました。心の病気が

体まで蝕んでいたのではないでしょうか。そんなお袋を、細川たかしさんの朗々たる声量のある歌が弱って

いたお袋を元気付けてくれました。舞台を見るお袋の顔に本当に久々に晴れやかさが戻り、笑顔を見せて

くれました。連れて行った私達夫婦もほっと胸をなで下ろしました。細川たかしさんの歌はお袋にとって元気を

回復させる薬となったのです。

 マイクを遠くに離していても聞こえてくる声量は天性のものでしょうか。それとも三橋美智也さんを師と仰ぐ

細川さんの精進の賜なのでしょうか。恐らくは両方だと思いますが素晴らしい歌声に、お袋ならずとも介添え

役で付いていった私達も元気を貰いました。

 民謡良し、アップテンポの歌も良し(ただし細川さん流の演歌調にはなっていましたが)、そして、じっくり聞か

せてくれる演歌も全てが満点でした。まさに大熱演の一言です。そして歌と歌の間のトークにも笑いがあって、

細川さんの人間的な温かさを感じました。

 今は感謝の一言です。今でもお袋は私達夫婦に感謝しながらこう言います。「あの時、あんた達に連れて

行って貰わなかったら、どんなになっていたか分からない。今こうして元気になったのも細川たかしショーに

連れて行ってくれたから」だと。余程うれしく、余程感激したのではないでしょうか。元気をくれてありがとう。

本当に素晴らしいショーでした。

                                                2003年11月23日掲載

私の心の応援歌のページへ戻る

ホームへ戻る