お足 

 昔、お金の事を「お足」と言いました。貨幣経済が急速に発達した江戸時代の頃からのようです。「お足」とは文字通り

足のことを指しています。江戸時代の人は何故お金のことを「お足」と言ったのでしょうか。人間や動物は足を使って

どこへでも移動できます。それと同じように、お金は人間が使うことによって自由にあちらこちらへと行き来します。

つまりお金に本当の足は付いていなくても、人間が使うことによって自由自在に世の中を動き回ることが出来るのです。

 日本経済は長期に渡って、かつて経験したことのないような逼塞状態の中にあります。デフレという聞き慣れない言葉

で表現されています。品物は市中に溢れているのですが、買う人が少ないために、どんどん価格が下がっています。

十年ほど前までは、とても考えられなかったような状態です。私のサイトでも何度か書きましたが、品物を作っても売れ

ないから価格が下がる、価格が下がるから儲けにならない、儲けにならないから合理化と言う名の下に雇っている人を

削減する、人を削減したり給料を下げたりするから、益々、物は売れなくなっていく。全ては悪循環の中にあるのです。

 一方、銀行はお客さんからお金を預かり、預かったお金を企業や個人に貸して利子を稼ぎます。ところが借り手がいなく

なったり、借りるのを手控えたりすると利子は入りません。その上、銀行の資産である土地や株の価値が下がり経営基盤

を弱くしています。これら価値の少なくなった土地や株を不良債権と呼んでいます。今までにも公的資金と称して莫大な

お金を注ぎ込んできました。アメリカをはじめ諸外国からは不良債権を早く処分しろと、再三、再四、要求されてきました。

 しかし、あれやこれや理由を付けて抜本的な見直しを先送りしてきました。その間、より一層、土地の価格は下がり株価

も一進一退を続けてきました。頼みの綱であったアメリカの経済にも陰りが見られ、株価も大きく乱高下しています。依然、

先の見えない状態なのです。こんな状況を見かねた日本銀行が不良債権化した株の一部を買い上げようとしています。

これらのお金もすべて国民からかき集めたお金であり、私達がいずれは支払わなければならない借金なのです。本当に

こんな事で大丈夫なのと言いたくなります。何かしら処方箋を間違っているような気がしてなりません。お金を「お足」と

言うからには、お金がうまく回れば良いのです。お金が一箇所に固まっているから経済の循環がうまくいかないのです。

 ではどうすれば良いのでしょうか。確かに銀行がつぶれてしまえば関連する企業にも大きな影響が出ます。銀行が自己

保全を図って金を貸し渋れば、それまでうまくいっていた経営にも破綻を来すところも出てきます。そのためには銀行を

救済せざるを得ないのも良く分かります。それでも釈然としないのは何故でしょうか。

 そこでお金が「お足」だという意味合いのことをよく考えて見たいのです。お金の回りを良くするにはどうすれば良いの

でしょうか。それはみんながお金をどんどん使うことです。日本は世界でも有数の貯金国だと言われています。宵越しの

お金を持たなかった江戸の人達と異なり、大なり小なり貯金をしています。特に私達から上の年代の人は、かなりな蓄え

を持っているはずです。このお金を使えば良いのです。しかし、無条件に使えと言うわけにはいきません。なぜならば

日本の将来について先行きの不安感をみんな持っているからです。将来の生活が保障されるのであれば、買いたい

ものも我慢してため込むことはないはずです。

 従って、政府がはっきりと将来ビジョンを提示し、責任を持って病気になったときや老後の保障をすれば良いのです。

今の政策は残念ながら不安をあおるような事ばかりやっています。また、今までも裏切られてきたという思いがあって、

政府の言うことや政策を信じていないのです。最悪の状態だと言っても良いのではないでしょうか。

 本当の足下を見ずして上の方ばかり見て政治をしているとこんな事になるのです。外交ではそれなりの成果を得ながら

肝心な国内経済に目を向けなければ、大変な事になるのではないか、そんな懸念が先に立つ昨今です。

                                                       2002年11月3日掲載

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