一部の政党を除く多くの政党には、親から引き継いだ二代目、三代目と言った議員が少なくない。

昔のことわざに「親苦労、子楽、孫べいとう(乞食)」と言うのがある。いくら栄えた家でも三代とは続かないと言うことである。

ことわざ通りだと日本の将来は非常に暗いものだと言うことになる。二世議員が全て悪いというのではない。

しかし、世間の感覚とはおおよそかけ離れた感覚しか持ち合わせていない議員達が、国会や地方政治の多くを占めるようになり、

且つ、国政や地方政治の中枢に居座り続けるということになると、どうなるのであろうか。

二世議員の多くは父親が亡くなった後、あるいは引退した後、地盤、看板、鞄を親から受け継いで、議員として立候補する。

正に世襲以外の何ものでもない。

動物の世界では血が偏るのを避けるため、雄を群から追い出す。追い出された雄は群から群へと渡り歩き、

隙あらば群の中心にいるボスを倒して、自分が群の中に入るチャンスをうかがっている。これが自然の姿なのである。

血が偏ることは、動物として種の滅亡を意味することになる。彼らは本能的に、このことを知っていて、こういった行動をとる。

政治と動物達の種の保存を同一視するわけにはいかないだろう。しかし、このままにしておいて良いのだろうかと

いう疑問は捨てきれない。

二世議員の中には、おおよそ政治家に向かない人もたくさんいるだろう。政治的センスも学識も持ち合わせていないものも

少なくないはずだ。

そしてなによりも欠けているのは、国民の代表であり、国民の為に奉仕するという精神である。

政治を私して、自分たちの出世の為に利用したり、政争の道具にしてはいないだろうか。

小沢さん、小渕さん、鳩山さん、横路さん、中曽根さん、橋本さん、みんな二世議員である。

国民の置かれている環境とはおおよそかけ離れた国政の場で、さしてせっぱ詰まった様子もなく、ゲーム感覚で

政治をやっているように見える。

今の選挙制度を改め、フレッシュな政治感覚を持った優秀な人達が、政治家になれるような仕組みを作っていかなければ、

この国の政治は死んでしまう。国民のための政治は取り戻せない。

明治維新が達成した頃は、多くの有用な人物が排出した。既成の支配体制が崩壊し、押さえつけられていた人々の中から、

優秀な人材が表舞台に出てきたからである。だからこそ、100年足らずで世界に肩を並べうるような日本になり得たのである。

戦後の著しい経済復興も同じ事である。戦争で既成の社会が崩壊し、誰でもがチャンスをつかめるような時代となった。

理想と実力を持ったものが、続々と未来を目指した。それが原動力となって、今日の経済復興を成し遂げたのである。

政治がこのままで良いはずはない。何とかしなければ、この未曾有な危機を乗り切ることは難しいのではあるまいか。

議員の世襲という血の停滞は、日本の将来に暗い影を落としている。        2000年5月11日掲載

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