長崎ぶらぶら節 

 久々に一気に読んでしまった一冊の本でした。作詞家のなかにし礼さんが小説家として書かれた何冊かの本の一つです。

「徹子の部屋」のインタビューの時にも話しておられましたが、礼さん自身も引揚者として幾度となく苦しい目や悲しい目に

遭われています。そして、実のお兄さんとの長く辛い悲しい思いも体験されています。(ビートたけしがお兄さん役になって

テレビドラマにもなりました)そんな礼さんの体験が伏線となって、この小説を実に読み応えのあるものにしているように

思えます。

 筋書きとしては天涯孤独な少女サダが長崎の花街に売られて行き、そこで一本立ちの芸者「愛八」となり、ある出会いが

きっかけで、古賀という学者と伴に長崎周辺に忘れ去られたまま朽ち果てようとしていた歌を探して歩くようになります。その

過程で出会った歌が、この小説の題名ともなった「長崎ぶらぶら節」でした。この歌が世に広く知られるようになった裏には、

我が身を捨ててまで妹芸者を死の病と言われた結核から救いたいという強い思いもありました。それは、妹芸者の中に

身よりのない捨て子であった自分とをだぶらせて見ていたからです。

 歌は世に連れ、世は歌に連れと言われています。人々は打ちひしがれた時、歌に励まされ歌に慰められます。しかし、

その人にとって、あるいはその時代にとって、必要でなくなった時には振り返られることなく忘れられてしまいます。そして

いつしか、多くの歌は時代の片隅に埋もれてしまいます。そんな歌がたくさんあります。その思いは礼さんが時代を詠って

きた作詞家であるがゆえの思いであるかも知れません。

 この小説には涙なしに読めないような部分がいくつかあります。その涙は何に由来するものでしょうか。それは人間の

本質に迫るような思いが、小説を通して私自身に伝わってくるからかも知れません。気負いもなく、さりとて衒いもなく、

作者の思いが淡々と伝わってくるような小説でした。冒頭にも触れましたが、この小説を人間味のあるものにしているのは

礼さんの心優しい気持ちの現れだと思います。人は悲しみや苦しみを体験してこそ心優しくなれるものだと思います。

久々に全く久々に良い小説を読んだという充実感にひたっています。

なかにし礼著  (株)文藝春秋

                                                  2002年5月19日掲載

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