森進一の歌で有名になった北海道の襟裳岬は、昭和28年頃まで、荒涼たる砂漠で

あったようだ。地理的に強風が吹き荒れる場所であっただけに、表土は飛散し、削られて、

大量の土砂が海に流れ込み、そのせいで、昆布の採れた海は、次第に不毛の海へと姿を

変えていった。

 海を蘇らすためには、土砂の飛散や流出を止めるしかないと感じた漁民達は、襟裳岬に

緑を取り戻すために立ち上がった。 この話は、先日、NHKの「プロジェクトX」という、テレビ

番組で取り上げられ、見られた方も多いのではないだろうか。おおよそ、半世紀をかけて、

荒廃した大地に緑を取り戻すために、取り組んだ人達の話であった。

 その昔、襟裳岬も豊かな緑に覆われた森林地帯だったという。入植した人達が森林を伐採し、

燃料として多くの木が切り出されていった。切るだけ切って、植林をしないままに放置された

大地は、強い風や雨で侵食され、次第に砂漠と化していった。中国の黄土地帯や、今日、

砂漠となってしまった、多くの場所と同じ運命をたどったようだ。

 こうして、生き物の姿さえも、ほとんど目にすることすら出来なくなった、荒涼たる大地が広

がる景色へと姿を変えてしまった。そして、襟裳岬の下に広がる海も、時を同じくして、昆布の

育たない不毛の海へと変わっていってしまった。

 一旦、表土が奪われた大地を元に戻すことは、なかなか容易な事ではない。蒔いた牧草の

種も、たちまちの内に強風に飛ばされてしまう。繰り返しの試行錯誤の末、海岸に流れ着いた

藻を拾ってきて、蒔いた牧草の種の上に敷いてみた。それが効を奏して、次第に大地に緑が

甦り始めた。そうして、次は松を植えたのだが、地下水が災いして松は満足に育たなかった。

地下水を流すための溝が掘られ、やっと松が根付き始めた。やがて、地域ぐるみの取り組み

は、次の世代にも受け継がれていくようになった。その間には、この気の遠くなるような事業に

取り組んだ人達自身や、次の世代の人達との間にも、多くの葛藤や苦しみがあったようだ。

 しかし、世代を越えた半世紀にもわたる取り組みは、見事に森を再生し、海には澄んだ水が

甦ってきた。元々、襟裳岬周辺は豊かな昆布の産地だった。森が甦り、海がきれいになり始め

た頃、この地方では珍しく流氷が押し寄せて、海底に溜まった大量の土砂を、沖に運び去って

しまった。海底が自然の力によって、掃除をされたのだ。こんな事があって、昆布の出来は更に

良くなり、森から流れ出す水は栄養の富んだ水となって、一層、昆布を太らすことになって来た。

 「森が魚を育てる」という好例となった。今日では、あの荒涼たる砂漠が、この場所だったのだろ

うかと、その目を疑うほどに、見事な緑の大地となったのだ。 自然を壊すのも人間なら、自然を

再生させるのも、また、人間である。「森が魚を育てる」「人間は壊すだけでなく、再生する力を

持っている」「人間の自覚や考え方一つで、全ての事は良くもなり悪くもなる」。そして、人間の

たゆみない努力は、森をも作り上げてしまう。森を壊すのも人間なら、森を再生させるのも、又、

人間である。私達は強い決意を持って、自然の荒廃や地球規模の自然破壊に対し、取り組ん

で行きたい。そして再び、この地球に、みんなが安心して住めるような環境を取り戻したい。

                                         2001年3月13日掲載


リンク先

NHK特集番組「プロジェクトX」

「えりも岬に春を呼べ」

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