水を大切に

 科学新時代のコーナーにも掲載した事はあるのだが、先日のテレビ放映を見ていて感じたことがあったので、もう一度

触れておこうと思い書き始めた。最近、スーパーの店頭などで山積みにされたミネラルウオーターだが結構買っていく人が

多いようだ。水を買う人がいて、水が売れるなどということは、私達が子供だった頃には考えられない事である。売れていく

背景には手軽であると言うことと、水道水の質の問題などもあるのだろうが、健康志向ということも背景にあるに違いない。

(例外的に江戸時代、下津井港に面した町屋内では水売りが水を売り歩いていたと聞いている)

 ちなみに倉敷市の水道水は同じ水道水の水でも、東京あたりの水に比較すれば随分質の良い水だと思っている。日本

全国いたるところまで水道設備は普及しているが、一口に水道とは言っても、その市町村の水事情によって水の質は随分

異なるのではないだろうか。水道は戦後大いに普及した。多くは衛生面からの必要性があったからである。しかし、普及

すればするほど、一方では量の確保という面から大量の水を川水に頼らざるを得なくなった。私の故郷神辺では当初、川の

ほとりに掘った井戸から汲み上げていたようであるが、今はどうなっているのだろう。

 しかし昨今、川水が汚染され見た目には決して質の良い水とは言えなくなっている。そこで東京など都市部のように水処理

はされているのだが、何か変な臭いがすると言うことにもなりかねない。あるいは取水口の上流に他の市町村の浄化槽から

吐き出される水が混ざっていることもあるだろう。このように今日では上下水道の区別なく一本の川に依存した生活形態で

あるので仕方のないことなのだが正直なところ気持は良くない。

 水の質問わなければ水道は便利なものに違いない。栓をひねれば豊富な水が出てくるのである。開発途上国の取材

風景などでよく見かけることだが、小さな子供が何キロも離れたところへ水汲みに出かけるシーンがある。こんな姿を見て

いると、ああ日本は何と幸せな国なのだろうと思ってしまう。

 しかし、日本でもつい最近までは何キロ先とまではいかないまでも井戸から水を汲み上げたり、井戸のない家は共同の

井戸まで汲みにいったりしていた。風呂に水を入れるのは子供の役目だったことも少なくないのである。井戸に簡易ポンプ

が設置され簡易水道が普及した。そして各市町村が後追いのような形で公共水道を布設し始めたのである。それでも場所

よっては随分後々まで順番が回ってこなかった事も少なくなかったのである。

 数年前の19号台風の時には塩害がひどかった。そのため各所で停電が発生し、電気の供給が滞ったばかりでなく、

水道さえも満足に供給されなかった。アパート住まいの人達は毎日エレベータの止まってしまった階段を重い水を持って

上がったとか、水洗便所が使えないので近くの公衆便所に通っただとか、大変不便な思いをしたようだった。このような

事が再び起きないとは限らない。

 水はまさしく命の次に大切なものである。生きとし生けるもの全ては水なしに生きてはいけない。そんな事を考えて見ると

私達は水の恩恵を軽んじてはいないだろうか。日本は雨が多く身近に豊富な水を見ることが出来る。四季を通じて雨は

豊富に降ってくる。その季節が来れば梅雨があり台風が来る。これらは被害をもたらすこともあるけれど豊富な水を

もたらしてくれる。これらなくして日本の稲作は成り立たないだろうし、工業用水の確保も難しい。今一度、水の恩恵を

考えてみたいものである。

 カンボジアの戦争の傷跡は深い。かつて肥沃な大地であったところには多くの地雷が埋められ、戦争で破壊された水門

は水を蓄える事が出来ないのだ。政府の援助もない。この水門さえ修復出来れば水を蓄え広大な大地を元の水田に戻す

ことが出来る。今は幼い少女が遠く離れた水場まで行き、ぬかるむ足を踏みしめながら腰まで浸かって濁った水を汲んで

くる。これがこの少女の一日の始まりであり、一家を支える命の水なのである。アフリカの少女は毎日二キロ離れた井戸

にまで通う。頭に乗せる水の重さは二十キロ、少女の体重に近い重さなのだ。成長期にある幼い体にのしかかるような

重さなのだ。いずれも見ていてため息の出るような風景である。

 如何に日本の今日が恵まれているか、これを見ると良く分かる。日本からのODAの活動には井戸掘りを指導したとか、

共同の水場を作ったとかという話を耳にする。現地の人達にとっては神様のような存在なのではないだろうか。私達は

他国のこの厳しい現状を眺めつつ、自らを省みてもう一度水の大切さをかみしめて見てみたい。と同時に自分自身では

現地に飛び込むことが出来ないとしても、こういった現地支援のいくらかの支えになることは出来ないだろうかとも考える

昨今である。

                                                  2002年3月17日掲載 

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