孫の成長


序文

 私の初孫は今年の一月で満一歳になりました。数え年で言うと二歳です。私は人の年齢は

昔風に数え年で数える方が適切だと思っています。母親のお腹に宿った時が零歳であり、月

満ちて生まれた時が一歳と数える方が自然だと思うからです。

 人間は母親のお腹に宿ったときから生まれるまでに、人間が誕生するまでの進化の過程を

たどると言われています。そして生まれてから後も立って歩けるまでは、サルから人への進化

をたどるように成長します。当たり前の事だと言ってしまえばそれまでですが、考えてみれば

実に不思議なことです。

 赤ちゃんは、お母さんのお腹の中へいるときから外の世界の様々な音を聞きながら成長して

いると言われています。そんな事から、ひところは胎教が必要だと本を読み聞かせたり、音楽を

聴かせることなどが流行しました。そんなことは今でも続いているのでしょうか。

 孫の玄ちゃんは生まれた時から睡眠の浅い子でした。それは今でも変わりません。少しでも

変な音や大きな音が聞こえるとすぐに起きてしまいました。そして、どんなに眠くても容易に遊び

を止めようとはしませんでした。一般的に赤ちゃんはよく眠るというのに、この子の場合は反対

のようでした。

 実に愛想が良いのもこの子の性格のようです。誰にでもにっこり笑いかけます。そして、見る

もの全てに興味があるらしく、スーパーマーケットなどへ連れて行くと常にきょろきょろしています。

 また、誰にでも愛想が良いものだから良く可愛がられます。そんなことが分かっているかの

ような時もあると娘が話していました。案外分かっているのかも知れません。赤ちゃんというもの

は私達が考える以上に知恵と才覚が回るものなのかも知れません。

 今はハイハイから立って伝い歩きをするようになりました。夢中になって遊んでいてもお母さん

の事が気になるらしく、姿が見えなくなるとお母さんがいると思われる場所に行って確かめます。

何度か行き来して、それでも見つからないと不安になるのか急に大声を出して泣き出してしまい

ます。

本文

 私の初孫である玄ちゃんは今年の4月で満一歳と三ヶ月になりました。やっと一人歩きが出来

るようになり、言葉も幾つか覚えたようです。お父さんやお母さんが話す言葉をオウム返しの

ようにしゃべると言っていました。たった、一ヶ月ほど前に会ったときは伝い歩きが少しと訳の

分からない言葉らしきものを発するだけでした。

 おじいちゃんとおばあちゃん(私達夫婦)が車に乗り込んでしばらくすると激しく泣き始め、隣に

座ったおばあちゃんをがっかりさせました。その前、来たときにはおじいちゃんが隣に座って

大泣きをしたので今回は交代したのです。それでも同じ事でした。結局、人見知りが激しい子

だと言うことだけが分かりました。

 そうした事もどうやら内弁慶からのものらしく、家に帰るとぴたりと泣きやんでおじいちゃんの

膝にも遠慮なく乗ってきました。おじいちゃんとお母さんが話をしていて玄ちゃんの相手をして

いないと嫉妬するように大きな声で泣き始めます。ともかく自分が中心か、少なくともみんなが

常に自分の方を向いていてくれないといけないようです。とかく幼子はわがままで寂しがり屋

なのかもしれません。

 玄ちゃんがお母さんのお腹にいるとき、お母さんは激しいつわりで苦しみました。ほとんど

食事らしい食事ができず、玄ちゃんの体が大きくなっているのに体重は減ってしまいました。

食べられないのと玄ちゃんの成長に栄養が取られお母さんの体は痩せてしまったのです。

それくらい、激しいつわりでした。つわりなど、ほとんどないという人もいるのに人によって違う

のは何故でしょう。また、同じお母さんでも妊娠のたび毎に異なると言いますから不思議なもの

です。

 こんな玄ちゃんでしたから生まれてきたときにも少し小さかったようです。しかし、どこにも欠陥

はなく元気な赤ちゃんでした。無事出産したと聞いたときは正直ほっとしました。お父さんが

待合室のところから初対面までの克明な写真を写し、その写真の一枚一枚に微笑ましいコメント

を付けていました。初めてお父さんになる心境が面白く綴られていました。

 生まれてからも玄ちゃんは比較的世話の焼ける子でした。睡眠時間は短く夜泣きをするので

お母さんは十分寝ることが出来ませんでした。その上、ほとんどの栄養は母乳として玄ちゃん

にとられるので体力も落ちていたのではないでしょうか。倉敷のおばあちゃんが引き上げた晩

に熱を出してしまい、急遽、近くに住んでいる白上のおばあちゃんに応援を頼みました。こんな

わけでお母さんの体重はなかなか増えませんでした。

 しかし、母乳だったからこそ玄ちゃんはほとんど病気らしい病気もせず、ここまで大きくなった

のだと思います。とにかく、まるまると太った元気な子でした。

 玄ちゃんは優しい顔をしていたのでしばしば女の子に間違われました。ひいき目を差し引いて

も赤ちゃんらしい顔をした可愛い子でしたから、買い物に連れて行ってもおばちゃん達に可愛い

可愛いと声を掛けられることが多かったようです。

 また、玄ちゃん自身も愛嬌があり、特にきれいなお姉さんは大好きなようでした。にこにこと

笑いかけていたと言いますから、何かしら末恐ろしい子供になるような気がします。

 本当に赤ちゃんの成長は驚くほど早いような気がします。お母さんのお腹の中でほんの小さな

豆粒ほどの固まりが見る見るうちに目鼻立ちの整った人間の姿になっていき、大きくなって

お腹の中で動き回る様子をエコーカメラで写したビデオを見たときには、思わずこんにちはと

声をかけたくなるほど鮮明に写っていました。

まとめ

 さて、幼児の虐待や殺人等と子供達を取り巻く環境は決して穏やかではありません。先日も

子供会の役員で共に苦労したことのある友人に会って話していると「近頃の若い母親の中には

何が気に入らないのか、ぷいと家を出たまま帰ってこず、仕方がないので母親の両親が孫の

面倒を見ている」そんな話をしていました。この人の口振りでは近所のことのようで、他にも同じ

ような事例が幾つかあるようでした。

 自分のお腹を痛めて生んだ子が可愛くはないのでしょうか。出ていった若い母親の相手の

男性はどのような存在なのでしょうか。結婚したけれど別れてしまったのでしょうか。それとも

同棲していただけの相手だったのでしょうか。生んだ子供の戸籍はどうなっているのでしょうか。

色んな疑問が次々に湧いてきます。

 最近の男女の結びつきは実に簡単であり、その分、離別も早いようです。また、離婚しても

すぐに別な男と一緒になるようなケースも多いようです。そうした結びつきに子供の存在は

ほとんど感じられません。子供はまるで荷物のようにお父さんやお母さんに連れられて別の

人と暮らすようになるようです。もとより簡単な結びつきですから子供の存在など面倒くさい

だけなのかも知れません。

 父親となるべき新しい男の人にも愛されず、母親にも疎まれるような存在となって子供達は

居場所をなくしています。そんな存在だから両親に少しでも逆らおうものなら容赦なく制裁を

受けます。子供にとっては恐怖と心細さの混在する肩身の狭い毎日ではないでしょうか。

こんな環境でまともに成長せよと言う方が無理な話です。

 そんな子供達のことを考えるとき、優しい両親の元で暮らすことの出来る子供は、なんと幸せ

な存在でしょうか。本来、これが当たり前の事なのですが、こうも子供に関わる事件が多いと

当たり前のことが珍しいことのように思えてくるのです。

追記

 この文章を書き始めたのはほんの一ヶ月ほど前からでした。この間の孫の成長は著しく、既

に伝い歩きから独り立ち、そして瞬く間に歩き始めました。言葉もたくさん覚え、幾つかの言葉

の使い分けも出来るようです。また、話すことは出来なくても両親の会話は理解しているようだ

と娘が話していました。

 そして何よりの変化はよく寝るようになったとのことです。「玄ちゃんねんねしよう」と言うと

さっさと布団に行って横になるようです。この変化は親にとって負担が軽くなると言う大きな

変化です。妊娠から子育ての今日まで娘は実によく頑張りました。親だからと言ってはしまえ

ないような努力と忍耐の子育てだったと思います。今は娘にご苦労様と声を掛けたい気持ち

です。

                                 2007年4月22日掲載

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