瞼の母

 「瞼の母」の母を歌っているのは中村美律子さん、「番場の忠太郎」を歌っているのは氷川きよしさんです。

若い人に番場の忠太郎を知っているかと尋ねても、さっと答えられる人はいないのではないでしょうか。しかし、

ある年齢以上になると、大抵の人は一度くらい聞いたことのある名前だと思います。かつては新国劇でも演じ

られ、映画にもなった時代劇の主人公です。芝居や映画で「やくざもの」が全盛時代だった頃、作家の長谷川

伸さんによって書き上げられたお話です。

 筋書きを簡単に紹介しておきます。主人公の「番場の忠太郎」は、若くて生きのいいやくざ者です。彼は幼い

頃、母親と生き別れ父親の手によって育てられました。その父親も彼が十二歳の時亡くなってしまいました。

天涯孤独となってしまった忠太郎は、彼が幼かった頃、家を出たという母親を探す旅に出ます。

 尋ね歩いた母は夫と別れた後、江戸に出てきて下働きの女中から、今は名のある料亭の女将さんになって

いました。彼女には父親の異なる娘が一人いました。そこへ忠太郎が訪ねて来たのです。店の暖簾をくぐった

忠太郎には、やっと探し当てたという安堵感と、まだ見ぬ母親がどんな人なのだろうという思いが一緒になって

万感胸に迫るものがありました。はやる心をぐっと押さえて名乗りをあげます。もしや女将さんは忠太郎という

男の子を残して家を出たことはありませんかと尋ねます。

 しかし、母親には近々大店に嫁がせる事になっている娘がいる。風体を見ればやくざではないか。彼の話を

聞いてみると確かに自分の腹を痛めた子に違いない。分かってはいたが、おまえさんが息子だとはついに言い

出せませんでした。そして忠太郎にわざとすげなく何が欲しくて訪ねて来たのだと聞きます。ゆすりたかりで

来たのではないと懐から百両もの大金を掴み出す忠太郎。もしや母親が苦労しているようなことがあればと

思い、賭場でこつこつと稼いだ金でした。「金なんかが欲しくて来たのではない。一目だけおっかさんに会い

たい、会って親子の名乗りがしたかっただけなのだ」と腹立たしさと悔しさに涙がこみ上げてきます。

 そんな思いをぐっと奥歯で噛みしめ、みれば大店の女将さん、それも何かの事情がありそうだ。そう悟った

忠太郎は、それ以上何も言わずにそっと店を出ていきます。一部始終を物陰から見ていたのは妹でした。

見ればおっかさんの面影にどこか似ている。話していたおっかさんの様子も尋常ではなかった。あれは私の

兄さんに違いない。娘はしぶる母の手をとって忠太郎の後を追いかけます。

 しかし、忠太郎には凶状持ちという後ろめたい事情がありました。おっかさんだと分かっただけでよい。

見れば金には苦労していないようだ。自分はこのまま身を隠そう。そう心に決めて、この場を立ち去ります。

道中合羽を背にした後ろ姿には寂しさが漂っていました。「両の瞼をそっと合わせりゃ、会わなかった頃の

おっかさんの姿が浮かんでくらあ。俺のおっかさんは今も俺の心の中に生きている」

 舞台でも映画でも涙を誘う場面です。そんな心の内を歌った歌が「瞼の母」であり、「番場の忠太郎」なの

です。特に中村美律子さんのせりふ入り「瞼の母」は浪曲調の極め付きの歌だと言えましょう。氷川きよしさん

の歌もまた、歌っている氷川さんが忠太郎と同じ年格好なので良く似合っています。しかし、残念ながら忠太郎

の話を知らない世代、歌の中のせりふは美律子さんに少し負けているようです。

 久々に時期を一にして同じテーマの歌がヒットしたのには何か訳があるのでしょうか。お話とはいえいずれの

歌にも涙を誘うものがあります。

瞼の母♪♪

(一)  軒下三寸、借り受けまして

     申し上げます、おっかさん。

     たった一言忠太郎と

     呼んで下せえ、呼んで下せえ。

     たのみやす。

(二)  世間の噂が気になるならば

     こんなやくざを何故生んだ。

     つれのうござんす、おっかさん。

     月も雲間で、月も雲間で。

     もらい泣き。

(三)  会わなきゃあ良かった。泣かずに済んだ。

     これが浮き世と言うものか。

     水熊横町は遠明かり。

     縞の合羽に、縞の合羽に。

     雪が散る。

                                                2004年10月14日掲載

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