子育てあれこれ

 子供育てというものは難しいとも言われているが、考えようによっては放っておいても育つものであるから深刻に考える

ほどのものではないのかも知れない。これは相矛盾することのようであるが事実である。しかし一方では若いお母さんが

子育てで悩んで子供を殺し自分も自殺しただとか、幼児虐待等、多くはないけれど後を絶たない。

 何故こんな事が起きるのだろう。子育てに教科書はない。色んな人が色んな本を書いているが、それは一般的な事で

あり、必ずしも自分の子育てに当てはまるものばかりではない。それが証拠に子育てについての悩みや事件は減る

どころか年を追う毎に増えている。そして、それに比例するかの如くに多くの読み物が、これでもかこれでもかという

くらい次々に出版されている。

 何故だろうか。答えは実に簡単な事だと思っている。それは親も子も人間だからである。人間というからには必ず

それぞれに個性があり、全ての親子で周りの環境が異なるからである。隣の親子でうまくいっていることであっても

自分の家に当てはまる事ばかりではない。それぞれの家庭環境が全て異なるからである。お父さん、お母さん、兄妹、

おじいさん、おばあさん、これだけの家族構成でも実に複雑多岐な組み合わせが生まれる。それぞれの家族に個性が

あり、ものの考え方が異なるのである。こうして天文学的な組み合わせが生まれ、それが故に子育ての教科書など

当てはまることはないのである。

 ではどうすれば良いのだろうか。私の経験を含めて話をするならば、子育てに唯一共通して言えるものは愛情だけ

である。子供が愛おしく可愛く思う心、これなくして子育ては出来ない。赤ん坊の時は昼であろうが夜であろうがお構い

なしにお乳が欲しいと言って泣くし、おむつが濡れて気持ちが悪ければ泣くと言った具合に、親の都合などは全く構って

はくれません。少し大きくなれば反抗期もやってくる。親の言うことを聞かず自我を主張する。更に大きくなれば親の言う

ことなど無視して自分の行く末を決めようとし始める。いずれにせよ親にとっては何かににつけてやっかいで疎ましい

存在であることに変わりはない。

 しかし、人の親になってみて分かることだが、自分も同じような事をして大きくなってきたことにふと気づかされる時が

ある。言い古された言葉かも知れないが「親は子に育てられ、親が子を育てているのではない」という事をいやという

ほど感じることがある。この蘊蓄ある言葉は誠に言い得て妙である。未完成な人間のままに人の親になり、子育てを

通じて自分自身も成長していくのである。子育てのなんたるかがおぼろげながら分かった頃には、雛は手元から親鳥と

して巣立っていく。それが変わらぬ人の世の営みではないだろうか。

 子供に育てられていると思えば腹の立つような事も納得はいくものである。こうして親子共々至らぬ人間同士が支え

合って成長していくのではないだろうか。子育て真っ最中のお父さんやお母さんに申し上げたい。あまりむきにならず、

なるようになるさぐらいのゆったりとした気持で子育てをなさい。親があまりにも枠にはめた見方や考え方を押しつければ

押しつけるほど子供は枠からはみ出そうともがくものです。そんなに立派な親にならなくても良いのです。かえって親が

頼りなければ子供は親を支えなければと思いしっかりするものなのです。逆もまた真なりということではないでしょうか。

                                                 2002年3月17日掲載      

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